ルツェルン旅行(2005年9月13日〜9月19日)

ルツェルン第3日目

 この旅ではやけに朝早く目が覚める。「今日はこれをしようかな」と、ボーっとベッドの中で考えているのが心地よい。 今日は、何となく早朝の散歩をしたい気分だ。早速、朝食を摂る。ヨーロッパに来るといつも思うのだが、 サーモンは、日本の川魚のように土の香りがする。また、野菜が大味だ。 こういったものは、日本の方がおいしいなと、違うものを皿に盛りつける。 ウィンナーだとか、ハムは、いろんな種類があり、それなりに美味しい。 パンも香ばしそうだが、私はパンをあまり食べる習慣にないので、代わりにコーンフレークを食べる。 こちらも3種類用意されていて、ミルクをかけると甘さがそのまま活力になりそうだ。

 食後のコーヒーを終えると、早速散歩の始まりである。

 最初に、今日のコンサート会場を確認しようと、「Konzertsaal」へ向かう。朝早いので、人影は疎らである。 ホール内部は照明が薄暗く、その手前に受付があって、綺麗な女性が2人、話し合いながら、 事務的な仕事をしていた。「Good morning. excuse me?」と話しかけて、今日のコンサートのチケットを見せた。 すると、「こっちのコンサートは今夜ここで、もう一つのコンサートは『Marianischer Saal』よ」と 教えてくれた。「『Marianischer Saal』の場所が良くわからない」と言うと、行き方を教えてくれた。 どうやら「湖から流れる川に沿って、教会の向こう側、わかりやすい所にある」とのことで、 実際その通り簡単にたどり着くことが出来た。ただ、コンサートの開演にはまだ早い。しかし、 建物の周りには、練習中のピアノ、ヴァイオリンの音が流れていて、暫し聴き入ってしまった。

 「Marianischer Saal」のすぐそばに文房具屋があり、蛇の柄のペンや、ドイツ語の格変化が 書かれた鉛筆を購入した。店を出たが、時間を潰そうにもショッピングを楽しめそうな店もない。 観光客向けの時計屋などがあり、スイスの名産品でもあるが、これと気に入ったものはなかった。 仕方ないので、川縁にカップル達と並んで腰掛け、ボーっと景色を眺めながら開演時間を待った。

 「Marianischer Saal」に入ると、入り口のところでドレスアップした女性が、 老婦人と抱き合っていた。どうやら演奏家と母親のようだ。そのまま階段を上り、 演奏会会場に着いた。会場はかなり賑わっており、熱気で少々暑かった。

 コンサートは「MONDRIAN ENSEMBLE」というピアノ四重奏だった。 曲目は、SANDOR BERESS、MICHEL ROTHという作曲家の現代曲と、 HAYDNやBRAHMSのピアノ三重奏曲だった。現代曲はどちらもリズムが面白く、 リズミックな部分と、メロディアスな部分が対比されて楽しめた。 どちらも非常にテクニックを要する曲だが、バイオリンのDANIELA MULLERが安定した演奏を聴かせてくれた。 また、チェロのMARTIN JAGGIも歌い方がすばらしく良かった。ビオラのCHRISTIAN ZGRAGGENもバランス感覚が抜群だった。 一方、残念だったのは、ピアニストのWALTER ZOLLERが全くの準備不足で、一人足を引っ張っていたことだ。 アマチュアでもまだ上手に演奏するだろうに。ということで、多少消化不良の部分と、 3人の才能ある演奏家を発掘した満足両方を抱え、演奏会場を後にした。 帰る際にわかったことだが、演奏会前に母親と抱き合っていた演奏家は、 ヴァイオリニストのDANIEL MULLERだった。彼女は演奏後も多くの人達に囲まれており、実に幸せそうだった。

 演奏会が終わってからは、夕方の演奏会まで時間を潰さないといけない。実は、思ったよりルツェルンの街は 狭く、半日程度で全て散策しつくし、その日何をして良いか、有効な考えが思いつかなかった。 そこで、昨日見たピカソ美術館を思い出し、しばらく絵を眺めていることとした。

 ピカソ美術館に着くと、受付は昨日と同じ女性。人の少ない美術館のせいか、彼女も俺のことを覚えていてくれた。 入場料を払おうとすると、笑顔で「いらないわよ」と。私は感謝の気持ちを全身で表現しながら、中に入っていった。 2日続けて絵を見たところで新たな発見はあまりなかったが、今日も人があまりおらず、独占しているような 気分を味わうとともに、誰かと共有したいような何とも言えない気持ちで鑑賞していた。 立ち止まったのは、昨日に引き続きまたもや「三人の楽師達」という絵の前で、30分くらい同じ絵を眺めていた。 岩田教授は位置関係の希薄さを「見る脳・描く脳」という本で述べているが、私は、美しい絵の中に不自然に 存在する緑が気にかかり、その形が何かの文字にも見えそうで、様々な位置から鑑賞したり思考を凝らしてみたが、 解決することは出来なかった。人が少ないせいか、各絵の前に椅子が並べてあり、そこに腰掛けて 存分に気に掛かった絵を堪能した後で、美術館を後にした。

 ピカソの絵に囲まれ、精神的には満たされたものの、昼食を摂っていないことを思い出し、 近くに見える「Goldener Loben」と書かれたレストランに入ってみた。 チーズフォンデュの店らしいが、店員の態度が悪く、店の奥で数人と酒を飲んでいて なかなか注文を取りに来ない。ワインを飲みながら、奥の方を眺めてみると、店員の中年女性を 含めて全てスペイン系の人達のようだ。ヨーロッパに来て思うことだが、 ドイツ系、イギリス系、イタリア系、英国系、スペイン系、東欧系など、かなり違った雰囲気を持っている。日本にいた頃は ヨーロッパ人と一括りにもしていたものだが・・・。

 一人で食べる少し味気ないチーズフォンデュを、ワインで流し込んでいるうちに、夕方の演奏会の時刻が 近づいてきた。湖をかかる橋を渡ってコンサート会場に向かう。コンサート会場は、昨日乗った遊覧船の船着き場の すぐ横にある。

 コンサートはギドン・クレーメルの主催する「KREMERATA BALTICA」で、クレーメルが若い演奏家を 集めて作った演奏団体である。彼は、現代曲を含め幅広いレパートリーを有するが、 編曲の才にも長け、「ヴィヴァルディ」と「ピアソラ」の作曲した「四季」を融合させたりといった 試みも成功させている。一方、ザルツブルグ音楽祭において、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲の演奏でも 高い評価を受けている。

 1曲目はLEPO SUMERAという作曲家の1998年に作られた交響曲である。午前中に聴いた、 SANDOR BERESS程ではないが、リズミックな面白い曲である。

 2曲目はLERA AUBERBACH作曲の「Dialogues on Stabat Master」という曲である。この曲は、 バロックと現代曲の対比が主眼となっているようだ。プログラムはドイツ語で書かれており、 正確なところはわからないが、曲から感じ取ることが出来る。バッハのような出だしで始まり、 一部はおそらくはバッハから引用しているのだろうが、カデンツァはバリバリの現代曲。 曲が終わってから、作曲者が拍手で以て迎えられたが、私には曲の良さわからなかった。 作曲者は満面の笑みだったが。ちなみに作曲者は1973年生まれ。私の3歳年上のようだ。

 休憩時間はみんなコンサートホールの前の、即席のスタンディング・バーのような所で、 湖を見ながらワインを傾けていた。最後の曲はシューベルトの弦楽四重奏曲(D887)である。 Victor Kissineという人がオーケストラ版に編曲したようだが、全員の音色が非常に綺麗で、 うっとりとしてしまった。これ程までに美しいと、黙って聴いているほかない。 コンサートが終わってからも、充足した気分は続いていた。


[Back/Next]