ウィーン(2008年12月29日〜2009年1月4日)

ウィーン第2日目

ザンクトマルクス墓地

 熱いシャワーを浴びて、マフラー、手袋、コートの装備で外に出た。ところが半端無く寒い。霜が、精神的に寒さを助長する。郡山に住んでいた頃は、冬でも薄着だったし、1月にエアコンが壊れた時も、ほとんど暖房なしで過ごすことができたくらいで、自分では寒さに強いと思っていた。ところが、ウィーンの冬は私の想像を上回る寒さだった。

 とはいえ、せっかくウィーンまで来て出かけないわけにはいかない。モーツァルトの墓がある、ザンクト・マルクス墓地に向かった。

 墓地まで、市電 (路面電車) の駅から 10分くらい歩いた。とにかく寒い。入り口の看板に、モーツァルトの名前を見つけることが出来、その案内のとおりに墓に向かった。

 季節によっては棺のある場所の上に美しいバラが咲いているらしいが、この冬の寒さでは、当然そうした光景はみられなかった。しかし、誰かが置いていったらしい飾りが、その場所には置かれていた。彼の音楽に魅了され、彼との接点を求めてここに来た人々によるものだろう。ひとけのない、寒い墓地にぽつんとある墓とのギャップに、センチメンタルな気分になった。(ザンクト・マルクス墓地 PowerPoint file (10 MB))

 モーツァルトの墓の次は、シューベルト最期の家を訪れることにした。「ウィーン旧市街 とっておきの散歩道 (ダイヤモンド社)」に書いてある通り、地下鉄 Kettenbruckengasse駅で下車し、Kettenbruckengasse通りを歩く。Kettenbruckengasse通りは、中華街のような雰囲気だった。

 残念ながら、シューベルト最期の家は閉まっていた。気を取り直して、いつもウィーンに来たときは訪れる「ドブリンガー」という楽譜屋に行くことにした。カールスプラッツ駅まで戻れば、いつも行き慣れた道だ。ドブリンガーでは、モーツァルトの自筆譜ファクシミリなどを購入した。昼食は近くにあるレストランで、グラーシュとワインだ。グラーシュはスープ料理で、ウィーンで食べられる最も好きな食べ物の一つだ。店は混んでいて相席だった。

ホイリゲ

 食事をすると、時差ボケと相まって眠くなったため、一旦ホテルに戻って仮眠をとることにした。

 ぐっすり眠って、夕方に起きて、ホイリゲに出かけた。Rathausから Schottentor-Universtat駅を経て、Grinzingへ。グリンツィングは、ウィーン北部にあり、ホイリゲという新酒を出す店が集まっている。グリンツィングに着くと、駅から一番近いホイリゲに入った。

 Frittaten-Suppe (コンソメスープ)、Grinzinger-Heuringensteak (ステーキ及び豆のスープ) を注文。ホイリゲワイン 250 mlを 3杯飲んだ。

 ジプシー音楽家たちがシュランメルを演奏していて、「日本人か?」と聞かれたので「Yes」と答えたら、「シャボン玉」「上を向いて歩こう」を弾いてくれた。アンコールでは「荒城の月」を演奏。リクエストを聞かれたので、「チャルダーシュ」を弾いてもらった。何故か、「鬼のパンツ」も演奏していた。

 演奏に合わせて私が指を動かしていたせいだろう。ある音楽家が「Geige?」と聞いてきた。「Yes」と答えたら、何か弾けというので、演奏することにした。カップルが多かったし、アカペラだったので、しんみりした曲が良いかなと思って、「ふるさと」を演奏したが、盛り上がらなかった。どうせだったら、チャルダーシュを弾けばよかった。

 酔っ払って、演奏して、気分が良くなったところで帰宅した。これ以上酔って外で寝たら、間違いなく凍死する。ウィーンで死ぬなら後悔はないけれど。


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