クラクフ旅行(2008年9月16日〜9月22日)

ワルシャワ第2日目

 ワルシャワもあいにくの雨。折りたたみの傘を持ってきていて正解だった。まさに備えあれば憂いなしである。散策をするため荷物をホテルに預けてからチェックアウト。モスクワ中央駅 9時55分発の予定の電車は 10時に出発した。

 車窓を眺めること 40分ばかりでソハチェフ駅に着いた。駅前には train museumがあって、鉄道ファンにはたまらないのだろうが、あいにくゆっくりしている時間はない。ここからショパンが住んでいた家まで行くのが目的だ。数キロ距離があるので、駅前にいるタクシーをつかまえた。多少ぼったくられるのは覚悟の上。背に腹は代えられない。

 案の定、えらい迂回した道を通ってジェラゾヴァ・ヴォラ (Zelazowa Wola) に到着。とはいっても、物価が安いのでぼったくられても安いものだ。タクシー代は 51z、日本円にすれば 2500円くらいで想定の範囲内だった。

 ジェラゾヴァ・ヴォラにはショパンの生家は現在博物館になっている。門のところにはコンサート案内があり、演奏家の中には「Naomi Kudo」という日本人の名前も確認できた。ショパンの生家で演奏できるなんて、ピアニスト冥利につきるとはこのことだ。さぞかし万感の思いで演奏したのだろう。

Chopin邸

 門を入ると広大な庭がある。木が生い茂る庭には川が流れていており、自然豊かだ。いくつか銅像も置かれている。目を凝らすと、あちこちでリスが走り回っている。ショパンの華麗な音楽とイメージが重なる。庭をしばらく歩き、建物に着くと快く迎え入れて貰えた。

Chopin邸

 部屋の中にはショパン縁のものがたくさんあり、極めつけは彼が弾いていたピアノが、そのままの位置に置いてある。ピアノの横は出窓になっていて、その前にはベンチがたくさん並べてある。時々ショパンが弾くピアノを村人達が訪ね、そこにあるベンチで聴いていたようだ。何と贅沢なことだろうか。娯楽は都会にのみあるのではない

 ジェラゾヴァ・ヴォラから駅に戻ろうとしたが、タクシーがつかまらない。田舎町にタクシーが普段から走り回っている方が奇異な感じがするとも言えるが。仕方ないのでショパンの生家の横にある土産物屋に入って、いくつか買い物。ショパンの自筆譜などだ。そして、店員にタクシーを呼んで欲しいと頼んだら、快諾してくれた。店員が道路までついてきてくれて、タクシーが着くまで二人で話し合った。といっても、店員はドイツ語とロシア語しか喋れない。私は話せる唯一のドイツ語「Ja!」と片言の英語で対応した。「仕事出来たのか?仕事は何をやっているんだ?」と聞かれたので「医者をやってる」と答えると凄い驚いていた。こうした東欧の小さな街では供給される医療に限界があるし、医者自体稀少なのではないだろうか。彼はしきりに「Nobel prize」を連呼していた。医者がみんなそんな賞を貰っていたら日本だけでも 20万個以上メダルが必要だ。と考えているうちにタクシーが到着。ちゃんとしたタクシーを呼んでくれたおかげで、帰りは 32zだった。よく考えると、行きのタクシーでぼったくられたといっても 19z、すなわち 1000円弱なのだ。そう考えると腹も立たなかった。

 iPodで Chopinの曲を聴きながら感傷に浸り、ソハチェフからワルシャワに戻った。ワルシャワのホテルで荷物を受け取ると、再度ワルシャワ中央駅から特急に乗り 2時間半〜3時間くらいでクラクフに着いた。クラクフでのホテルは駅前すぐにある Andel’s Hotel Crakowだった。


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