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歌を忘れてカナリヤが

By , 2012年7月10日 6:59 AM

歌を忘れてカナリヤが (原口隆一・麗子著、文芸社)」を読み終えました。

著者の原口隆一氏は武蔵野音大の教員であり、声楽家としても活動を続けていました。ところが、 1993年 9月 24日に脳梗塞を発症しました。後遺症として失語症が強く残り、著者は地道にリハビリを続けました。実際の彼のノートの一部が印刷されているのですが、「お父さん=男→父→パパ」と書いてあります。さらにルビまで振ってあるのです。このレベルの単語が失われてからのリハビリだったので、大変な努力が必要だったのではないかと思います。

しかし、彼は歌手としての復帰を目指し、2000年にその夢を叶えました。その努力の奇跡が本に描かれています。

私は神経内科医として脳梗塞の患者さんを多く見ていますが、患者さんの思いというものが伝わってきて、非常に感動しました。

同じように脳梗塞の後遺症で苦しんでいる方、リハビリ関係の方、脳卒中診療に関わる方などに読んで欲しいと思いました。また、音楽家が内面を綴った文章ですので、音楽関係の方にも興味を持っていただけるのではないかと思います。

 

「唄を忘れたカナリヤ」(西條八十「砂金」より)

唄を忘れた金糸雀(かなりや)は
後の山に棄てましよか
いえいえ それはなりませぬ

唄を忘れた金糸雀は
背戸の小藪に埋(い)けましょか
いえいえ それはなりませぬ

唄を忘れた金糸雀は
柳の鞭でぶちましよか
いえいえ それはかわいそう

唄を忘れた金糸雀は
象牙(ぞうげ)の船に銀の櫂(かい)
月夜の海に浮べれば
忘れた唄をおもいだす

(参考)

第35回日本神経心理学会総会

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The principle of Baillarger-Jackson

By , 2015年6月30日 1:08 AM

物の名前を聞いても答えられない失語症の患者さんが、日常会話だと喋れてしまうことがあります。日常臨床では割と普通に見かけることですが、この現象に名前が付いていることを Alajouanine先生の論文で最近知りました。

Baillarger and Jackson: the principle of BaillargerJackson in aphasia.

Baillargerはパリのサルペトリエール病院の医師です。Baillargerは、ある単語を発音しようとしてもできないのに、やろうとしなければ出来てしまう現象を記載しました。これに眼を止めたのが、Jacksonてんかんなどで名を残した Queen Squareの医師 Hughlings Jacksonです。Jacksonは、さまざまな調子で ”yes” “no” などの発話ができる失語症患者について、感情的言語は保たれているが命題的機能が欠けていること、時々行なわれる発話に次の 3つの状態があることを見出しました。すなわち 「(1) 感情に支配された、会話ではない発話 (“oh”, “ah” など), (2) 会話ではあるが下位の発話 (”merci”, “good-bye” など), (3) 知的な価値を持った真の会話」です。鋭い観察に基づくこれら異なった状態の分析が、発話障害におけるジャクソンの生理病態学的解釈の基本でした。

この論文著者の Alajouanine先生は、次のような症例の体験を記載しています。ある失語症患者に娘の洗礼名を質問したのですが、その患者はうまく答えられず、娘に向かって「ねぇ、ジャクリーヌ (※洗礼名)、私はあなたの名前を思い出せないのよ」と。意図しても出てこないのに、感情に支配されたシチュエーションでは、このように簡単に出てくるものなのですね。この症例では、本人がそのことに気付いていないのが興味深いです。

高次脳機能の分野は非常にマニアックなので、なかなかこうした領域の論文を読む機会は少ないのですが、あまり気に留められないこの現象をジャクソンが追求していたことを知って、新たな発見がありました。

(参考)

歌を忘れてカナリヤが

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ブラームス・シンフォニック・クロノジー

By , 2014年12月27日 10:04 AM

2014年12月11日に東京オペラシティのコンサートに行ってきました。

ハイドンの主題による変奏曲 op.56a (ブラームス)

ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.77 (ブラームス)

交響曲第 2番 ニ長調 op.73 (ブラームス)

パーヴォ・ヤルヴィ指揮

ドイツ・カンマ―・フィルハーモニー管弦楽団

ヴァイオリン:クリスティアン・テツラフ

12月11日 (木) 19時開演 東京オペラシティ

ハイドンの主題による変奏曲は、ピリオド奏法が随所に見られ、高い演奏効果をあげていました。

2曲目はヴァイオリン協奏曲。テツラフはあまり音量の大きいヴァイオリニストではないので、オーケストラにかき消されてしまうことがよくあります。しかし、ヤルヴィはソロヴァイオリンの魅力が最大限引き出されるようにオーケストラを鳴らしていました。その御蔭でソロ・パートがくっきりと浮かび上がって、素晴らしい演奏でした。テツラフがこの曲をどう伝えたいのか、意図がはっきりと伝わってきました。

前半のアンコールは、バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第 3番第 3楽章 (Largo) でした。私が好んで弾く、大好きな曲です。テツラフが最初を出した瞬間、その響きの広がりに痺れました。こんなに美しいバッハを聴ける機会はなかなかありません。テツラフは、さすがバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ・パルティータ全集を複数回録音しているだけありますね。

後半の交響曲第 2番は、秋にベルリンに行ってサイモン・ラトル指揮、ベルフィン・フィルハーモニー管弦楽団で聴いてきたばかり。その時の演奏はすばらしかったですが、今回もとても情熱的な演奏で、終演後は拍手がなりやみませんでした。オーケストラが完全に退出した後でも拍手が止まらないので、ヤルヴィが再び舞台に登場して、みんなに感謝の意を示す場面があったほどです。後半のアンコールは、ハンガリー舞曲の第 3番と第 5番でした。大満足の演奏会でした。

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脳からみた心

By , 2012年10月27日 11:24 AM

「悩からみた心 (山鳥重著、NHKブックス)」をアメリカ旅行中に読み終えました。山鳥重先生は、神経心理学の権威です。

本書は「言葉の世界」「知覚の世界」「記憶の世界」「心のかたち」の四部構成からなっています。Aさんから Zさんまで、脳損傷によってある機能が失われた患者さんを分析することで、脳の働きを掘り下げていきます。非常に詳細な専門的分析をしているにも関わらず、平易な文章で、解剖学用語もほぼ登場しません。音楽家の原口隆一・麗子氏が著書「歌を忘れてカナリヤが」の中で本書を紹介していたことからわかるように、医療関係者以外の方にも読みやすい本なのではないかと思います。また、ソシュール記号論なんかも登場するので、文学や哲学が好きな方が読んだら面白いかもしれません。

内容が少しでも伝わるように、目次を紹介しておきます。

目次

はじめに-脳と心の関係

I 言葉の世界

(1)言葉は意味の裾野をもつ

言葉に対するでたらめともいえない反応の仕方 言葉は意味の骨格のまわりに広い裾野をもっている

(2)語の成立基盤

名前と物が重ならない ソシュールの理論を裏づける

(3)語は範疇化機能をもつ

一つの物にしか名前をいえない 人間は物の一般的属性を切り出す能力をもつ

(4)「意味野」の構造

物の名前を言えない 語は意味野の部分である

(5)「語」から「文」への意味転換

語はわかるが「文」が理解できない 「文」は語の単純加算ではない

(6)自動的な言葉と意識的な言葉

日常的な言葉は壊れにくい 注意を集中すると言葉が理解できない

(7)言語理解における能動的な心の構え

文脈を理解していて内容を理解していない 言葉の受動的理解から能動的理解へ

(8)状況と密着した言葉

目的意識をもつとうまくいえない 言葉は習慣性の高い自動的な能力

(9)言葉はかってに走りだす

とりとめのない言葉が延々と続く 言葉は常に内容を伴うとはかぎらない

(10)過去の言葉が顔を出す

意図に反して同じ言葉がでてしまう 過去が過剰に持続する

(11)言葉の反響現象

意味の理解を伴わない言葉の自動的繰り返し 状況が大枠で適切な言葉を引きだす

(12)言葉の世界は有機体-まとめ

II 知覚の世界

(1)知覚の背景-「注意」ということ

注意を維持できない 正確な知覚には注意機能が必要

(2)注意の方向性

左側の空間に気づかない 注意がその方向に向いて知覚が成立する

(3)「見えない」のに「見えている」ということ

見えていないはずの光源の方向が分かる 「見える」、「見えない」が視覚のすべてではない

(4)「かたち」を見ること-その一

かたちの区別がつけられない 視覚的要素が「かたち」に転化する

(5)「かたち」を見ること-そのニ

文字は読めるが顔は分からない 顔が分かるには線の知覚が重要

(6)「かたち」の意味

触ると分かるが見ると分からない 知覚された形と意味が結びつく段階

(7)二つの形を同時に見ること

二つのものが同時に見えない まとまりのあるものを見ようとする過程

(8)「対象を見る」とは何か

対象が消えても眼前にありありと再現する 神経活動の過程を「見て」いる

(9)視覚イメージの分類過程

見えない視野に出現するまぼろし 視覚情報は基本パターンに分類される

(10)対象を掴む

眼前の物を掴めない 「形」ではなく「関係」の知覚能力が必要

(11)私はどこにいるのか?

方角がわからない 動かない空間を基準に自己の動きを見ること

(12)知覚の世界は宇宙空間-まとめ

III 記憶の世界

(1)刹那に生きる

昨日、今日のことを覚えていない 記憶のない行動は恐い

(2)短期記憶から長期記憶へ

新しい出来事を覚えられない 短期記憶を長期記憶へ移していく特別の機構

(3)長期記憶が作られる過程

過去へ遡る記憶の消滅 じょじょに長期記憶として固められていく

(4)記憶の意味カテゴリー

時間性を失った記憶 記憶の歴史性と状況性

(5)記憶と感情の関わり

記憶が自分のものでないように思える 感情と記憶の濃淡が時間体験の背景

(6)短期記憶はなぜ必要か

数字の復唱ができない その場の一時的な働きを支える短期記憶

(7)記憶の世界の広大な拡がり-まとめ

IV 心のかたち

(1)言語と音楽能力は関係あるか

強い言語障害でもすばらしい曲を作る 音楽的世界は言語世界から自立している

(2)言語と絵画能力は関係あるか

強い言語障害でもすばらしい絵をかく 絵画的能力と言語能力は別でありうる

(3)左大脳半球と言語 左右大脳半球を分離する-その一

右手は正しいが左手は不正確 言語機能は左大脳半球に偏っている

(4)右大脳半球の世界 左右大脳半球を分離する-そのニ

脳梁全切断患者への画期的な実験 右大脳半球は視知覚能力がすぐれる

(5)人は複数の心をもつ

複数の心の同時並列的な関係 意識が心の一つを選びとる

(6)心のかたち

参考・引用文献

あとがき

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第35回日本神経心理学会総会

By , 2011年9月17日 12:25 PM

9月 15~16日、宇都宮で開かれた日本神経心理学会総会に行ってきました。心理士の方が中心のためか、若い女性の多いなかなか楽しい会でした←何かが間違っている・・・。

Continue reading '第35回日本神経心理学会総会'»

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