新歓

By , 2009年6月21日 9:41 PM

昨日は、学生時代所属していた部活の新歓に出掛けてきました。

ベルリン・フィルのコンマスに樫本大進さんが選ばれた話題になったのですが、先輩の一人が、先代のベルリン・フィルのコンマス安永徹氏と演奏したことがあるなんて話を聞いて盛り上がりました。

私もOBとして偉そうに新入生にスピーチをしたのですが、えらく好評だったので、要旨を紹介しておきます。

みなさま入部おめでとうございます。こういう場では『6年間は過ぎてみると短い』などという話が定番となるのですが、そうはいっても6年間という期間はどうしようもないので、密度を濃く出来るように頑張ってください。

これから、皆さんが音楽を勉強していく上で、しばしば「音楽的に正しい」とか「音楽的に間違っている」という議論を聞くと思います。私は学生時代、この「音楽的」ということが、どういうことかわからなかったんですね。

しかし、医師になって、「医学的に」という言葉を使うようになって、何となく感覚的にわかるようになりました。

たとえば、みなさんが風邪の患者さんに「ネギを首に巻いてください」と言ったとしてそれは「医学的」ではないですね?それが医学的なのかどうなのかは、医療関係者にとっては「コモン・センス」です。何が「医学的」であって、何が「医学的」でないかは、感覚的にわかります。

音楽家が言う「音楽的」というのも、多分同じようなことなんだろうと。演奏家にとって当たり前の「コモン・センス」なんです。きっと。

一人で部屋で演奏をするのなら「音楽的」であることにこだわらなくてもいいですよ。自分が風邪を治すのに「ネギを首にまいても」いいように。でも、医師が病院でそんなアドヴァイスをしないのと同じように、みなさんも舞台に上がるのだったら「音楽的な」演奏を目指さないといけません。

医学的なものだって、音楽的なものだって、それには当然理論の裏付けがあります。だからこそ「医学的」「音楽的」と言えるわけです。でも、医学書を読んだら「医学的に」患者を診察できる訳でないのと同じように、音楽の本を読んだから「音楽に」演奏出来る訳でもないのです。理論を知ることは大事ですが、理論から勉強しようとすると、却って遠回りになることもあるので注意が必要です。

実際、私自身学生時代に失敗したことがあります。「音楽的に」と指導されて、どうしていいかわからずに楽典を開いたんです。理論を知ったら理解出来るだろうと。そしたら、「主音は大事な音」「属音は主音に向かう」と書いてある。「主音は大事」なのだから主音を強く弾いてみた。でも全然おかしいんですね。

音楽的には、属音→主音だったら、属音を強く弾く。主音は大事な音だから、放っておいても目立つんです。だから属音を大事にしてあげないといけない。このことは楽典には書いていません。

このように、「音楽的」あるいは「医学的」なことは本から簡単に身につくものでもない。ではどうしたらいいのか?

これらは、その体系の中にいる人の「コモン・センス」なのだから、その体系の中に身を置けば良いのです。皆さんは将来医療関係者になるのだから、医学的なことは自然と身に付きます。どうやって音楽的なことを身につけるのか?

CDを聴いたり、コンサートに行って、多くの音楽と触れて感じて欲しい。また、レッスンを受けるとか、音楽家から色々教わって欲しい。出来るだけその体系に触れていれば、自然と身に付いてくるものだと思っています。それと同時に、理論的な裏付けも勉強していってください。以上です。



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