音楽と音楽家

By , 2009年9月25日 7:08 AM

「音楽と音楽家 (シューマン著、吉田秀和訳、岩波文庫)」を読み終えました。

この本は面白かったです。言わずと知れた、かの有名作曲家ロベルト・シューマンが著した本です。彼は作曲家としてだけではなく、評論家としても大きな業績を残しているのです。作曲家が作曲家を批評することで、曲の裏側が見えてくることもあります。

批評のスタイルの一つとして、シューマンは、フロレスタン、オイゼビウスという二人の架空の人物を登場させ、議論を戦わせます。間に入るのは、ラロー先生で、これはロベルト・シューマンの妻であるクララ・シューマンの父、ヴィーク・シューマンがモデルと言われています。こうしたスタイルを取ることで、対象を多角的に見ることを可能にしています。

シューマンのバッハ、ベートーヴェン信仰は強く、至る所に出てきます。例えば、シューマンがバッハを崇拝しているとわかる一文を示しましょう。

 ラロー先生、フロレスタン、オイゼビウスの思索と詩作のノートより

源泉というものは時がたつにつれて、次第に互いに近寄ってくる。たとえばベートーヴェンはかならずしもモーツァルトが学んだものをみな勉強する必要はない。同様にモーツァルトはヘンデルが-ヘンデルはパレストリーナが-。そのわけは、こうした人たちは、先駆者を吸収してしまうからである。しかしどんな時代になっても、みんながあらためて汲みにくるだろうと思われる泉が一つある。-その泉は即ちヨハン・セバスチャン・バッハである!
フロレスタン

このような表現は、数多く登場します。やはり、一流は一流を知るのですね。シューマンが絶賛したバッハ、ヘンデル、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトといった巨匠やベルリオーズ、ショパン、メンデルスゾーンといった同時代の作曲家達、部分的に評価していたパガニーニ、リスト、ウェーバーなどを除くと、他はかなり酷評されています。シューマンは、後世に残るべき作曲家か否かをきちんと見抜いていたことになります。時に、偉大な作曲家は同時代の人間には評価されない、などという台詞を聞くことがありますが、わかる人にはわかるものなのですね。

この本では、ショパンに対する批評が非常に多く登場します。基本的にシューマンが絶賛しているのですが、吉田秀和氏の注で、「シューマンの師ヴィークもシューマンと一緒にショパンを批評した原稿を出したのに、余白がないといってことわられたという話がのこっている」とあり、ちょっとした興味を引きます。

さて、本書の終わりは「音楽の座右銘」と題されており、多くの教訓が書かれています。長くて全文引用はできないので、一部のみ紹介しておきます。音楽家を目指す方必読です。

 音楽の座右銘

(略)

一日の音楽の勉強を終えてつかれを感じたら、もうそれ以上、無理にひかないように。悦びもいきいきとした気持ちなしにひくくらいなら、むしろ休んでいる方がいい。-

大きくなったら、流行曲などひかないように。時間は貴重なものだ。今あるだけの良い曲を一通り知ろうと思っただけでも、百人分くらい生きなくてはならない。

ビスケットやお菓子のような甘いものでは、子供を健全な大人に育てられない。精神の糧も肉体の糧と同じく、素朴で力強くなければならない。大家といわれるような人は、このことに充分気を配っていた。こうした栄養をとること。-

およそはでなばかりで内容のない売物は、時代とともに流れてしまう。技巧は、より高い目的に奉仕しているときだけ、価値がある。

(略)

大きくなったら、名人よりはスコアと交際するように。

よい大家、ことにヨハン・セバスチャン・バッハのフーガを熱心にひくように。≪平均律クラヴィーア曲集≫を毎日のパンにするように。そうすれば、今にきっとりっぱな音楽家になる。

友だちの中でも、自分よりよく知っている人を選ぶように。

音楽の勉強につかれたら、せっせと詩人の本をよんで休むように。野外へも、たびたび行くこと!

男や女の歌手の話は、いろいろためになる。けれども、何もかもいわれる通りに信じてはいけない。

山の彼方にも人が住んでいるのだ。謙遜であれ!君は、まだ自分より前にほかの人が考えたり、みつけたりしたこと以外に、何一つみつけたこともなければ、考えたこともない。またもし何か新しいものがみつかったら、それを天の贈物と考えて、ほかの人にもわけなければいけない。

いろいろな時代の傑作を熱心にきくことを土台にして、音楽の歴史を勉強すれば、うぬぼれと虚栄心が一番早く癒るだろう。

(略)

ほかの芸術や科学をみると共に、自分のまわりの生活をしっかり観察せよ。

道徳の掟は、また芸術の掟でもある。

勤勉と根気があれば、きっと上達する。

銅貨の五六枚も出せば買える一ポンドの鉄から、何十万グロッシェンもする、何千という時計のばねができる。神から与えられた一ポンドの才能を、大切に利用すること。

芸術では熱中というものがなかったら、何一ついいものが生まれたためしがない。

芸術は金持になるためにあるのではない。一生懸命にますます偉大な芸術家になりたまえ。ほかのことは自然にやってくる。

まず形式がすっかりわかって、はじめて精神もはっきりわかるのだ。

恐らく、天才を完全に理解するものは、天才だけだろう。-

勉強に終りはない。

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