ALSにおける筋電図

By , 2009年10月4日 7:19 PM

先日、抄読会で ALSにおける針筋電図の論文を紹介しました。この研究は、帝京大学の園生先生や千葉大学の桑原先生らが行った多施設前向き研究で、かなりインパクトのあるものでした。Muscle & Nerveという雑誌に掲載されたのですが、オンラインで読めるのでリンク先を示します (リンク先の Full text PDFを選んでください)。

 Utility of trapezius EMG for diagnosis of amyotrophic lateral sclerosis

Muscle Nerve. 2009 Jan;39(1):63-70

 

Utility of trapezius EMG for diagnosis of amyotrophic lateral sclerosis.

Sonoo M, Kuwabara S, Shimizu T, Komori T, Hirashima F, Inaba A, Hatanaka Y, Misawa S, Kugio Y; Tokyo Metropolitan Neuromuscular Electrodiagnosis Study Group.
Collaborators (13)
Department of Neurology, Teikyo University School of Medicine, Tokyo, Japan.

Needle electromyography (EMG) of the tongue is traditionally used as a key to the diagnosis of amyotrophic lateral sclerosis (ALS), although relaxation of the tongue is often difficult to achieve. Recently, frequent abnormalities in the EMGs of the sternocleidomastoid (SCM) and upper trapezius muscles in ALS have been reported. To elucidate the diagnostic utility of these muscles we performed a multicenter prospective study to examine EMGs of the tongue (genioglossus), SCM, and trapezius in 104 ALS or suspected ALS patients. We also examined EMGs of the SCM and trapezius in 32 cervical spondylosis (CS) patients. We mainly evaluated fibrillation potentials/positive sharp waves (Fib/PSWs) and fasciculation potentials. Complete relaxation was achieved in 85% of ALS patients in the trapezius, but in only 6% of patients in the tongue. Fib/PSWs were observed in 8%, 13%, and 45% of ALS patients in the tongue, SCM, and trapezius, respectively, whereas fasciculation potentials were observed in 1%, 7%, and 39%, respectively. Abnormal spontaneous activity of any type was found in 9%, 17%, and 63% of patients, respectively. The high frequency of abnormal spontaneous activity in the trapezius was similar among the different diagnostic categories, and even 72% of clinically suspected ALS (progressive muscular atrophy) patients showed them in their trapezius. We did not observe Fib/PSWs or fasciculation potentials in any of our CS patients, thus these findings have excellent specificity. Tongue EMG added little utility over the clinical sign of tongue atrophy. Abnormal spontaneous activity in the trapezius would be more useful for the early diagnosis of ALS.
PMID: 19086078 [PubMed – indexed for MEDLINE]

要旨は上記の通りです。もう少し踏み込んだ話をつけ加えて、簡単に解説します。

ALSの診断は、El Escorial の診断基準が用いられることが多いのですが、病初期では感度が低い問題点があります。これは診断基準にも含まれる脳神経領域での針筋電図の異常が低頻度であるためと考えられています。

診断基準を満たすかどうか以外の面でも、脳神経領域の異常を示すのは大事なことです。なぜなら四肢の筋力低下という症状に対しては、頚椎症を鑑別しなければなりません。理論上、頚椎症では脳神経領域の異常は出ず、ALSでは見られるので、脳神経領域の異常の有無が大きな鑑別点となるのです (その他には、頚椎症では針筋電図で髄節性を証明することも大事)。

頚椎症を除外するには、MRIなどの画像検査も有用なのですが、ある程度の年齢になるとMRIで頸椎に異常所見を呈することが多いので、頚椎症だけの問題なのか、ALSと頚椎症が合併して筋力低下が起きているのか区別が難しいことがあります。現に、ALSを指摘された患者の 約 4.2%が、病初期に頚椎症と診断され、手術を受けていたという報告 (Yoshor D, et al. Incidence and characteristics of spinal decompression surgery after the onset of symptoms of amyotrophic lateral sclerosis. Neurosurgery 57: 984-989, 2005) もあります。

これまで、脳神経領域での異常は、舌の針筋電図(顎の下から上向きに針を刺して検査する)が行われてきたのですが、いくつかの疑問点がありました。非常に”痛い”検査なので、検査中に安静を保つのが難しいのです。患者が脱力しないと、異常安静時活動を評価出来ません。また、そもそも、感度がどのくらいかも明らかにされていませんでした。

詳しくは論文を読んで頂きたいのですが、この研究の結果、「舌は安静がなかなか取れなくて評価しにくい。そもそも感度自体が非常に低い」ことがわかりました。

では、舌の代わりにどこを検査すれば良いのかという話なのですが、僧帽筋 (trapezius) や胸鎖乳突筋 (SCM) が候補となりました。これらの神経は上位頚髄からの支配を受けていますので、理論上頚椎症で異常が出る可能性はあるのですが、今回のスタディーで頚椎症では異常がでないことがわかりました。更に、僧帽筋で最も検査時の安静が保ちやすく、感度が良いこともわかったのです。

著者らの研究会での発言を加えるならば、「ALSにおいて脳神経領域での異常所見を調べるには、僧帽筋を調べるのが最も良く、舌より有用であるかもしれない」ということになります。

このスタディーの背景について、はりやこいしかわ先生からメールを頂きましたので、紹介させて頂きます。

ALSの筋電図診断で脳神経支配筋の神経原性変化、脱神経の証明が重要なのは御周知の通りですが、概して脳神経の支配筋の針筋電図は技術的に難しく、どこを調べるのが効率的か?という関心は古くからありました。

その問題に最初に authenticに言及したのが、あの木村淳先生です。

彼が御自身の経験に主に基づいた提言として、
(1)ALSの脳神経では、tongueで異常が捕まり易く、masseterや facial muscleでは所見が捕まりにくい。
(Kennedyなんかだと逆に masseterで typical giant MUP with reduced recruitmentが捕まるんだけどね。)
(2) tongueは慣れると安静時活動も含めて所見をとれるようになる。

clinicianとしても尊敬され権威ある彼の発言は “J.Kimura’s comments” として、ALS以外にもいくつかあって、それが正しいか否かがまた新しい研究を生んだりしています。いわば筋電図屋に於けるフェルマー予想やポアンカレ予想のような影響を良くも悪くも果たしているわけです。そういうところが木村淳先生の学者として大きな点のひとつと感じます。

話が本題から逸れましたが、この ALSについての見解は、その後長く筋電図屋を ALSに於ける tongueの針筋電図へ半ば強迫的に縛り付ける結果となったのですが、『木村先生はああ仰るけど、tongueの筋電図はやってもやってもうまくいかない。本当に技術的な問題だけなんだろうか??』と多くの針やさんたちが疑問に思っていたのに出した答えの一つが今回の M&Nのstudyです。(舌の安静時活動は、そもそも検査にならない。という結論です。)

もうひとつ、ALSの方が、技術的にも比較的容易なtrapezius,SCMいった副神経支配筋で比較的所見が出易いのも皆経験的に知っていたのですが、これにも一つ問題提起がありました。

副神経は C2-4髄節由来で解剖学的には cranial nerveだけど、発生学的には spinal nerveな訳で、C4支配が含まれる以上、上位頚髄型の頸椎症性筋萎縮とALSを鑑別する指標に本当にしてしまってよいのだろうか、という意見がありました。

それについても今回の M&Nの studyで結論付けています。即ち、上位頚髄型頸椎症では副神経支配筋に所見の出た caseはなかった。逆に ALSでは高率。ということです。ALSの針筋電図に於いては副神経を機能的に脳神経扱いしてよかろうと。

以上から、ALSを疑ったら tongueより、upper trapeziusやSCMを調べましょう、というのが言いたい事です。

このスタディーは、やっているときから知っていて、いつ論文になるのだろうと気にかけていたのですが、論文になってから気付くのに 9ヶ月もかかってしまいました。Muscle & Nerveは良い雑誌なので、定期的にチェックしてたのにも関わらずです。ちょっと反省です。

この研究で、ALSの診断において、検者・被検者ともに負担少なく、早期診断できるようになるといいなと思います。ただ、治療という意味では最も難しい疾患の一つであって、治療法の開発が望まれます。

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