神経科学セミナー・先端研究セミナー参加報告

By , 2010年9月11日 8:10 AM

9月 10日に神経科学セミナー・先端研究セミナー「将棋における脳内活動の探索研究と、コンピュータ将棋の現状について」に参加してきました。

理化学研究所、富士通、将棋連盟は将棋を通じて脳の機能局在を調べる試みを行っています。演者の勝又清和六段は富士通将棋部の顧問であり、このプロジェクトに当初から参加しています。勝又清和六段はプロ棋士には珍しく、東海大学の理系学科を卒業しています。

講演の前半は、「将棋と脳科学」という本を下敷にした話で、後半はコンピューター将棋についてでした。

脳波を用いた研究では、将棋の囲いとデタラメの駒の配置を棋士、アマチュアに見せたところ、プロでは囲いでのみ 0.3秒後に前頭葉にθ波がみられ、アマチュアは囲いでもデタラメでも 0.4秒後に前頭葉にθ波が見られたそうです。プロは意味のあるもののみ一瞬でより分ける能力があるのですね。更にこの 0.1秒の差はかなり大きいものなのだそうです。

興味深かったのは fMRIを用いた研究。あるパターンの駒の配置を見せたところ、プロでは序盤と終盤の局面で、アマチュア四段では序盤で頭頂葉楔前部が賦活されました。アマチュア初段以下では賦活されませんでした。この部位は意味の理解に関与していると言われています。普通将棋の勉強は序盤の定跡を覚える所から始めるので、四段だと序盤で賦活されるのは理解できますが、プロだと終盤もパターン認知しているようです。

続いて、19手くらいまでの詰め将棋を 1秒だけ見せて一瞬で解かせる課題です。詰将棋は、私の感覚としてはアマチュア初段が時間をかけて 5~9手詰で悩むくらいが目安でしょうか。これを各被験者に 100問解いて貰いました。1秒で瞬間的に答えないといけませんので、考える時間はなく、おそらくこれは直感を見るタスクと言えます。fMRIでは基底核が賦活されたことから、直感には基底核が重要な役割を果たしているのではないかと考えられます。

さっきの詰め将棋で解けなかった課題を再度時間をかけて解いて貰うと小脳が賦活されます。これはプロでもアマチュアでも同じですが、プロの方が賦活される領域が狭いという結果が得られました。「読み」にはどうやら小脳が関与しているのではないかと推測されます。

こうした実験には数十名のプロ棋士とアマチュアが参加しています(実は私も参加しています)。プロとアマチュアの実力差はかなり大きく、これにはプロ養成のために厳しい門をくぐり抜けないとプロになれないためです。

プロ養成システムについて簡単に説明すると、全国大会優勝したようなアマチュア五~六段がまず奨励会入会試験を受け、六級で入会します。「良いところ取りで6連勝(5連敗していても6連勝すれば良い)」などのルールで昇級していき、三段リーグに参加します。ここで半年に2名プロになれるという狭き門です。強い棋士の中で選別されるので、棋士になれるのはエリート中のエリートなのです。26歳までにプロになれないと奨励会を退会しないといけませんが、この40年くらい、20歳過ぎてプロになった棋士はタイトルをとれていないそうです。名を残す天才棋士はだいたい10代半ばでプロになっています。

このプロジェクトに参加したプロ棋士の中でもずば抜けた成績を残したのは羽生名人だったそうです。羽生名人は忙しいので、機械に慣れる為の検査は行わず、ぶっつけ本番で参加しました。上記の詰め将棋課題で、プロが 7~8割の正答率だったのが、羽生名人は何と 85%。うち 2~3問は明らかにボタンの押し間違いだったそうです。間違った問題から 15問出す課題で、問題が尽きそうで、実験担当者が青くなったのだとか。やはり羽生名人はプロの中でもずば抜けているのですね。

最後はコンピューター将棋。コンピューター将棋は、1980年代には非常に弱く、私でも余裕で勝てるくらいでした。ところが山下宏さんという電通大学の研究者が YSS将棋というプログラムを開発しました。将棋では一つの局面でだいたい 80手くらいルール上可能な選択肢があるとされ、深くを手を読む毎に等比級数的に選択肢が増加します。山下氏は Minimaxなどの方法を用いて読む手を減らし、評価関数を用いて指す手を決めました。評価関数は、歩が100点、など駒や囲いを点数化していくものです。数手後にこの評価関数が高い点を出す手を指し手として選択していたのです。

ところが、この評価関数の調整は人の手でやっていたので、限界がありました。保木邦仁さんという将棋10級くらいの素人が Bonanzaというプログラムを作り、状況を一変しました。プロの棋譜を大量に読み込ませ、評価関数をコンピューターに自動学習させたのです。こうして出来た評価関数はプロの感覚に非常に近く、プロを唸らせました。

更に革命を起こしたのが激指というプログラムです。どこまで深く手を読むかという問題に「実現確率探索」という手法を導入しました。手数で決めるのではなく、確率論で読んでいくのです。。例えば動いた駒を取る確率はプロではかなり高いです。したがって、それに関する手を重点的に深く読んでいくことで、無駄な手を読むことを減らしました。

勝又六段は、コンピューター将棋はプロ四段でも充分に勝負できると語っていました。今から丁度 30日後にコンピューターと女流プロの初の公開対局が行われます。強いプログラムを並列で使い、合議させるという試みで、更に東大の数百台のコンピューターを繋ぐので演算能力は桁違いです。コンピューター有利とみられていますが、どうなるでしょうか?

ちなみに、チェスでは 10年以上前にディープブルーというコンピューターがチェスの王者カスパロフを破りました。最近ではコンピューター通しでチェスを対局させ、その棋譜を元にコンピューターに評価関数を自動学習させているそうです。これまでの定跡が覆されることもあるそうです。

Post to Twitter


Leave a Reply

Panorama Theme by Themocracy