生殖内分泌学を築いた巨匠達の群像

By , 2006年11月10日 9:37 PM

「生殖内分泌学を築いた巨匠達の群像 (五十嵐正雄著、メディカルレビュー社)」を読み終えました。かなり専門的な知識を要する本で、卵巣の組織なども解説なしにいきなり英語で書かれています。PMSや hCGのなどもある程度知っていることが前提です。学生時代の婦人科分野の知識が欠落してしまった現在、内容が全て把握出来たとは言えないものがあります。

人ないし動物の組織を人に注射する方法は、1668年の羊→人の輸血の記載以前の報告を私は知りませんが、いつ頃からあったのでしょうか。その後は時々行われることがあったようで、1798年のジェンナーによる種痘は有名です。これは牛痘に罹患した女性の膿をジェンナーが息子に注射して天然痘を予防したものです。雌牛 (Vacca) を語源としてパスツールがワクチン (Vaccine) と名付けました。

神経内科を勉強したことがあれば、Brown-Sequardという名前を聞いたことのない人はいないでしょう。彼は脊髄損傷での Brown-Sequard症候群で有名ですが、動物の副腎を摘出すると生存できないことを証明しています。彼は 72歳の時、「イヌとモルモットの睾丸のエキスを自分自身に注射して若返り効果を認めた」と発表しました。このことは British Medical Journal (BMJ) で論争を呼びました。Brown-Sequard自身が Lancetに論文を載せています。

このようなエキス注射は organotherapyとして発展を遂げ、粘液水腫に対する甲状腺エキスや、糖尿病に対する膵臓エキスで効果を認め、以後の医学の発展につながったといいます。

1690年に Frederik Ruyschが甲状腺が血中に何かを注いでいるらしいと述べ、1700年代の Bordeuも体の他の部分に影響を及ぼす放散物質を想定していたそうですが、エビデンスある内分泌学を確立したのは、Bertholdと Addisonであると著者は述べています。1849年、Bertholdは雄鶏を去勢すると鶏冠が萎縮することを報告しました。

1849年にAddisonは副腎に関する貧血を発表しました。彼は 1855年に「副腎性黒皮症 melasma suprarenale」を報告しましたが、翌年 TrousseauはAddison病と名付けました。1855年には Claude Bernardにより「内分泌 secretion interne」という用語が生まれました。

これ以後の内分泌学の発展はめざましいものがあります。最もスタンダードな方法は、動物の様々な器官 (下垂体、卵巣、子宮、精巣など) を摘出したり、それらを別の場所に移植したり、エキスにして他の動物に注射したりといったものです。

こうした研究により、様々なホルモンが「ありそうだ」と仮説が立てられるようになりました。そうしたホルモンを、同定していく作業が19世紀半ばに行われるようになりましたが、著者を始め、松尾寿之博士 (LH-RFを発見) などの大活躍がありました。様々なホルモンが同定され、役割が検証され、各研究所で激しい競争が繰り広げられました。この辺りの記述は、手に汗を握るものがあります。

これまで述べてきたことからわかるように、内分泌学というのは非常に新しい学問です。女性の排卵がいつ起こるのかがわかったのですら、1920年代なのです。ちなみにそれを突き止めたのは、荻野久作という日本人です。彼は「オギノ式」という避妊法で有名です。

荻野氏は受胎期を8日間としましたが、後にKnausという学者は5日間としました。著者の記述が笑えます。「荻野学説との違いは、受胎期を荻野は8日間としているのに対し彼は5日間としている点であり、彼の方法のほうが実際には受け入れやすいが、他方禁欲期間が短いために避妊効果についての信頼性がそれだけ低下する点が荻野式よりも劣る。」

著書の中では、一つ一つのホルモンの発見の歴史、エピソード、役割などが詳細に記されています。例えばPRL(プロラクチン)というホルモンは主な作用として乳汁分泌が知られていますが、ラットの巣作りを誘起したり、サンショウウオの繁殖を始めさせたり、両生類や魚類の浸透圧を調整したり、渡り鳥の渡航の前に脂肪を蓄積させたり多岐な作用が紹介されています。PRLは非常に古いホルモンで、無脊椎動物ばかりか単細胞動物にも存在するそうです。

ホルモンというのは、相互作用があったり、フィードバックがあったり、極めて複雑な動態を示します。ホルモンを発する器官と、受容する器官両方の研究が欠かせません。それらの器官が各々 1つとも限らない訳です。近代医学としての研究が始まってから、約 50年間。極めて短期間のうちに、これだけの知見を集めた研究者達に対する尊敬の念は尽きません。こういった研究の歴史が忘却されないためにもこの本は貴重です。まだ未知の知見 (ActivinやInhibinなど) もあり研究が進められていくと思います。Activin Aは単球性白血病に働いて脱癌させることも1987年に江藤穣らにより発見されたそうです。

 

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