モーツァルトとベートーヴェン その音楽と病

By , 2014年11月7日 6:29 AM

モーツァルトとベートーヴェン その音楽と病-慢性腎臓病と肝臓病 (小林修三著, 医薬ジャーナル社)」を読み終えました。

第一章はモーツァルトの病についてです。モーツァルトの診断を下すにあたって、病歴上いくつもの大きなヒントがあります。

・死の直前まで、ベッドで身体を起こして作曲していた (=起座呼吸)

・モーツァルト 6歳時に父親が手紙に「息子の咽頭がやられて、熱を出したあと痛いというので診ると、足のすねにやや盛り上がった、銅貨ほどの大きさの赤く腫れ上がった発疹がいくつかできていました (扁桃炎+結節性紅斑?)」と記載。咽頭の腫れは何度か繰り返した。

・「水腫」という記述

・オペラ「魔笛」上演後に呼吸困難で倒れた

・死の約 2時間前に痙攣を起こし昏睡状態となった。両頬は膨らんでいた。熱のために体は汗でびっしょりぬれていた。

こうした病歴より、著者の診断は、直接の死因は心不全となります。原因疾患は原発性慢性糸球体腎炎、もしくはへノッホ・シェーンライン紫斑病、あるいは水銀中毒による間質性腎炎からの慢性腎臓病。その終末疾患としての尿毒症で死亡。併発疾患は大動脈弁狭窄・・・としています。

溶連菌感染→心臓弁膜症、糸球体腎炎というのは、もっとも合理的な説明ですね。起座呼吸や水腫という病歴もこれらの疾患に合致します。モーツァルトの病としてはとても有力な説です。へノッホ・シェーンライン紫斑病説は、確か私が学生の頃、2000年頃に論文を読んだことがあり、これも有力な説の一つかなと思っていました。

第二章はベートーヴェンの病についてです。ベートーヴェンについては腹水の病歴があり、病理解剖で肝臓に萎縮と表面に結節があったそうですから、肝硬変はほぼ確定診断です。その他、虹彩炎と思われる症状、繰り返す消化器症状、関節炎もあったようです。著者は鉛により誘発されたベーチェット病と診断しました。やや踏み込み過ぎの感はありますが、積極的に否定する証拠もないように思います。

話は脱線しますが、ベーチェット病では HLA-B51 typeが多いことが知られています。一方で、欧米人では HLA-B51は少ないそうです。2009年の Lancet Neurologyの総説を読むと、日本人やトルコ人のベーチェット病患者で HLA-B51 がみられるのは 60-70%である一方で、ヨーロッパ人では 10~20%に過ぎないと記載されていました (ただし、その論文は “Behçet’s syndrome: disease manifestations, management, and advances in treatment.” を引用したものです)。欧米人の診断をつけるときは要注意ですね。

本書は、一般人が読んでもわかりやすく書いていますし、医学的にもまっとうな内容だと思います。唯一残念なのは参考文献が示されていないことです。著者が下した診断は過去に別の研究者が論文にしているのと同じですし、そのことは明記すべきと思いました。また、診断根拠となる所見がどの文献に書かれていたのかによっても信ぴょう性は変わってくるので、その辺りは記しておくべきでしょう。

(参考)

Beethovenの耳の話

楽聖ベートーヴェンの遺体鑑定

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