COVID-19と脳卒中②

By , 2020年5月15日 8:50 AM

2020年5月2日に書いたCOVID-19と脳卒中の続きです。

COVID-19 presenting as stroke. (Brain Behav Immun. 2020.4.28 published online)

カルテを用いて脳卒中を呈したCOVID-19を調べた。

症例1: 73歳男性、高血圧症、高脂血症、頸動脈狭窄の既往がある。発熱、呼吸困難、精神症状で救急外来を受診した。COVID-19PCRが陽性だった。精神症状に対して、繰り返し頭部CTが撮像されたが、左後頭頭頂葉の皮髄境界が不鮮明であり、急性期梗塞の所見だった。繰り返しCTを撮像し、左中大脳動脈にhyperdense signあり。心房細動は見つかっていない。機能予後的に血栓溶解療法の適応なくアスピリンを投与した。緩和目的となり、最終的に抜管した。

症例2: 83歳女性、反復する尿路感染症、高血圧症、高脂血症、2型糖尿病、末梢神経障害の病歴がある発熱、顔面麻痺、構音障害、摂食障害で救急外来を受診。診察では、著明な左顔面麻痺と構音障害を認めた。NIHSS 2点だった。頭部CTでは明らかな急性期病変なく、CT血管撮影では右中大脳動脈に軽度の狭窄を認めるのみだった。COVID-19 PCRが陽性だった。入院3日目に左半側無視、左片麻痺を伴う左顔面麻痺の悪化がみられ、NIHSS 16点となった。頭部CTでは、右前頭葉に梗塞巣が見られたが、状態が悪く血栓溶解療法は行われなかった。呼吸不全が急激に悪化し、すぐに治療を終了することを決めた。

症例3: 80歳女性、高血圧症の既往がある。精神症状と左片麻痺で受診した。NIHSSは36点だった。CTでは右中大脳動脈領域の梗塞があり、CT血管撮影では右内頚動脈起始部の狭窄と、偶発的に両側肺すりガラス陰影がみられた。COVID-19 PCRが陽性だった。採血では、D-dimer 13966 ng/mlと上昇し、LDH 712 U/l, CRP 16.24と上昇がみられた。入院3日目に緩和目的に抜管した。

症例4: 88歳女性、高血圧症、慢性腎臓病、高脂血症の既往がある。15分続く右上肢の筋力低下としびれ感、喚語困難があり救急外来を受診した。受診時には神経学的に正常で、CTでも急性期変化はなかった。一過性脳虚血発作の診断で入院したが、呼吸苦や咳が出現し、COVID-19 PCRを施行したら陽性だった。D-dimerは880 ng/mlから3442 ng/mlまで上昇した。MRIでは左側頭葉内側に梗塞巣があり、MRAでは右M1に軽度狭窄を認めた。不整脈は見つからなかった。アスピリン、スタチンで治療され、イベントモニターを付けて、リハビリに退院した。

脳卒中でCOVID-19を発症した報告です。採血データが揃っているのは患者3, 4だけですが、LDH, D-dimer, フェリチン、CRPがいずれも高値でした。これらの意義については、論文ではあまり考察されていませんが今後検討されるべきだと思います。また、呼吸器症状が出現する前に脳卒中を発症した症例 (症例4) でD-dimerが上昇しており、感染初期からD-dimer上昇する症例は注意が必要かもしれません。

本筋とは全く関係ありませんが、「症例1: The family eventually decided to pursue comfort measures and terminally extubated the patient. 症例2: Soon after, the family decided to withdraw care. 症例3: her family chose for terminal extubation with comfort measures.」という感じで、引き際の速さがさすがアメリカと感じました。あと、ニューヨークからの報告なのに、「Electrocardiogram (EKG) was within normal limits.」と書いてあって、心電図はECGではなく、ドイツ語での略EKG (Elektrokardiogramm) なんですね。

Characteristics of ischaemic stroke associated with COVID-19. (J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2020.4.30 published online)

英国Queen Squareでの連続6症例 (2020年4月1~16日) の脳卒中の特徴。

症例1: 64歳男性、COVID-19発症10日目に呼吸不全となりICU入室。15日目に左上肢の麻痺と協調運動障害。MRIで左椎骨動脈閉塞と左後下小脳動脈領域の出血性梗塞。D-dimer >80000 ug/Lだった。19日目に両側肺塞栓症を発症し低分子ヘパリンで治療開始。。22日目に両側協調運動障害と右同名半盲が出現し、MRIでは後大脳動脈領域に広範な梗塞巣を認めた。

症例2: 53歳女性、心房細動の既往がありワルファリン内服中。COVID-19発症24日目に、錯乱、協調運動障害、傾眠があり、CTで左小脳と右頭頂後頭葉に梗塞巣がみられた。D-dimer 7750 ug/lであり、脳卒中発症時にINR 3.6だった。脳室ドレナージ、低分子ヘパリン投与したが、肺炎で死亡。

症例3: 85歳男性、COVID-19発症10日後に構音障害と右片麻痺を発症。心房細動、高血圧症、虚血性心疾患の既往あり。CTでは左後大脳動脈閉塞と梗塞を認めた。D-dimer 16100 ug/lだった。心房細動に対してアピキサバンで治療された。

症例4: 61歳男性、高血圧症、脳卒中の既往があり、肥満。構音障害と左片麻痺で発症。MRIで右線条体梗塞がみられた。D-dimer 27190 ug/lだった。入院2日後に呼吸器症状が出現し、SARS-CoV-2感染がRT-PCRで確認された。またCT肺血管撮影で血栓がみられた。低分子ヘパリンで治療された。

症例5: 83歳男性、高血圧症、糖尿病、虚血性心疾患の既往があり、大量喫煙、飲酒の生活歴がある。COVID-19発症15日後に、構音障害、左片麻痺が出現した。CT血管撮影では、右中大脳動脈M2近位部に、血栓性閉塞を認めた。翌日、梗塞は右島にもみられた。D-dimer 19450 ug/lだった。血栓溶解療法が行われた。

症例6: 70歳代男性、COVID-19発症8日目に失語、右半身麻痺が出現。MRIで脳底動脈閉塞、両側P2狭窄、多発脳梗塞 (右視床、左橋、右後頭葉、右小脳半球) を認めた。血栓溶解療法を受けた後、D-dimerは1080 ug/lだった。

・脳卒中の発症メカニズムはよくわかっていないが、COVID-19による脳卒中には特徴があるかもしれない。今回の症例は全例大血管の梗塞だった。3例は複数の血管領域であり、2例は抗凝固療法を行っていたにも関わらず発症した。2例は静脈血栓症も併発していた。5例はD-dimer > 7000 ug/lと高値 (既報の中央値は 900 ug/l) で、1例は血栓溶解療法後にもかかわらず1080 ug/lであった。6例中5例はCOVID-19発症8-24日後で、1例はCOVID-19の症状が出る前だった。

・COVID-19が抗リン脂質抗体の産生を促進し、それが虚血性脳卒中のメカニズムではないかという議論があるが、感染後の抗リン脂質抗体産生は通常一過性であり、血栓とは関連しない。6例中5例でループスアンチコアグラントが陽性で、1例は抗カルジオリピン抗体IgMが中等度、抗β2グリコプロテイン1のIgM/IgGが軽度陽性だった。抗リン脂質抗体はCOVID-19関連脳卒中のスクリーニングに合理的かもしれないが、病的意義はわかっていない。全例で、フェリチンとLDHが上昇していた。

・COVID-19でなぜ脳卒中を発症するかはわからないが、今回の知見からは、全身の高度の過凝固状態の中で起こっていることから、低分子ヘパリンによる抗凝固療法を直ちに行うことが支持される。初期からの抗凝固療法は、血栓塞栓症を減らすメリットがあるが、脳出血を増やすリスクもあり、臨床試験が必要である。

COVID-19による凝固異常とそれによる脳梗塞 (や肺梗塞) は以前から議論されているところです。この論文では、抗リン脂質抗体が全例測定されておりほとんどでループスアンチコアグラントが陽性だったことが興味深いです。抗凝固療法を要するCOVID-19のスクリーニングに、D-dimerや抗リン脂質抗体などのバイオマーカーを用いる選択肢は考慮されてもよいかと感じました (ただし、その裏付けとなる臨床研究は必要です)。

Status of SARS-CoV-2 in cerebrospinal fluid of patients with COVID-19 and stroke. (J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2020.4.30 published online)

COVID-19と同時に神経症状を呈した2例

症例1: 31歳男性、既往歴なし。COVID-19の症状が1週間続いた。突然頭痛と意識障害を発症し他院受診。CTでクモ膜下出血の所見が確認された。意識状態は改善し、著者らの施設に入院。挿管、脳室ドレナージ、脳動脈瘤の治療をすることとなった。インフルエンザ様症状があったので、鼻スワブでCOVID-19検体が提出された。手術後2日目、COVID-19は陽性で戻ってきた。SARS-CoV-2関連脳炎の可能性も考え、脳室ドレナージから髄液検体を提出したが、RT-PCRは2回とも陰性だった。一方で鼻スワブは入院中複数回陽性だった。

症例2: 62歳女性、急性発症の失語と右片麻痺で、CT血管撮影で左中大脳動脈閉塞があり、機械的血栓除去が行われた。2020年3月下旬にリハビリ退院したが、10日後に精神症状とCTでのmidline shiftを伴う脳出血、閉塞性水頭症で戻ってきて、血腫除去術が行われた。意識障害のため抜管はされなかった。明らかな症状はなかったが、気管切開前の評価のため鼻スワブでCOVID-19を評価したところ陽性だった。脳室ドレナージから採取した髄液での評価は2回とも陰性だった。

COVID-19に感染しているからといって、髄膜炎や脳炎を起こしていなければ、髄液にSARS-CoV-2はいないのかもしれません。

前回紹介した論文と、今回紹介した論文を合わせると、次のことが言えそうです。

  • 頸動脈や中大脳動脈、椎骨脳底動脈など、太い血管の梗塞が多い
  • 肺塞栓症など静脈血栓症を合併することも多い
  • 高齢者に多いようだが、若年性脳卒中も問題となっている
  • 脳卒中は重症のCOVID-19に多い傾向がある
  • COVID-19の発熱や呼吸器症状が出る前に発症すること (脳卒中が初発症状) もあれば、COVID-19発症から8-24日くらいして発症することもある。
  • D-dimer高値のことが多く、過凝固を背景に発症している。
  • COVID-19に合併した脳卒中患者では抗リン脂質抗体が陽性のことも多い。その中でもループスアンチコアグラントが陽性になりやすい。ただし、病的意義はよくわかっていない (抗リン脂質抗体陽性は感染による一過性に出現したもので、血栓には関係ないという意見もあるが、私は一般的な感染での陽性としては頻度が高すぎるのではないかという感想を持つ。このウイルス特有の何か?)。
  • 他にCOVID-19関連脳卒中では、LDHやフェリチン高値が多い
  • 低分子ヘパリンで治療していて発症することもある。もっと早期から使用していれば・・・?どのように抗凝固療法を行えばよいかは、まだ未知の部分が多い。

これを踏まえると、D-dimerや抗リン脂質抗体 (特にループスアンチコアグラント)、LDHなどのバイオマーカーをチェックして、これらが異常の症例では抗凝固療法 (ヘパリンなど) を開始しておくというのが治療戦略になるかもしれません。ただ私の個人的な印象で、裏付けとなる研究が必要です。

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