Category: 医学一般

COVID-19とGuillain-Barre症候群/Fisher症候群②

By , 2020年5月15日 8:55 AM

2020年5月2日に書いたCOVID-19とGuillain-Barre症候群/Fisher症候群の続きです。

COVID-19 presenting with ophthalmoparesis from cranial nerve palsy. (Neurology. 5.1 published online)

症例1: 36歳男性、先天性の斜視の既往がある。左眼瞼下垂、複視、両側下肢遠位の感覚障害が出現した。4日前に熱っぽさ、咳、筋痛があり、それらは改善していた。診察では、左散瞳、軽度の眼瞼下垂、内転および下転制限があり、部分的な左眼球運動麻痺の所見だった。外転制限は両側性で、両側外転神経麻痺に合致していた。下肢腱反射低下、感覚鈍麻、歩行失調がみられた。鼻スワブでSARS-CoV-2陽性だった。MRIでは左動眼神経に造影効果、T2強調像高信号、腫大がみられた。Miller Fisher症候群を疑われて免疫グロブリン大量投与 (2 g/kg 3日間) を投与され、またヒドロキシクロロキンが用いられた。症状は入院3日後の退院前に部分的に改善していた。抗ガングリオシド抗体は陰性だった。

症例2: 71歳女性、高血圧症の既往がある。2日前の起床時に疼痛を伴わない複視と、右眼の外転困難が出現した。視力、瞳孔、眼底には異常がなかった。彼女は数日続く咳と発熱があることを述べた。救急外来では、発熱と低酸素血症があった。髄液検査は正常だった。MRIでは視神経鞘とTenon嚢後部の造影効果がみられた。胸部画像では、両側に陰影があった。鼻スワブでのSAR-CoV-2 PCRが陽性だった。COVID-19肺炎はヒドロキシクロロキンで治療した。外転麻痺は入院6日後の退院までには大きな改善はなかった。退院2週間後の電話での聞き取りでは、徐々に良くなっているとのことだった。

症例1について著者らも考察している通り、Guillain-Barre症候群やFisher症候群の可能性はあるけれど、感染から発症まで数日しかないので、ウイルスの直接浸潤の可能性も残る所です。

Guillain-Barre syndrome during SARS-CoV-2 pandemic: a case report and review of recent literature. (J Peripher Nerv Syst. 2020.5.10 published online)

症例:54歳女性、特記すべき既往歴なし。2020年4月に急性、近位筋に目立つ、中等度の対称性麻痺 (MRC 下肢近位筋3/5、遠位筋4/5) で入院した。腱反射消失、四肢しびれ感やチクチク感も伴っていた。これらの症状は口腔咽頭のCOVID-19 RT-PCR陽性の3週間後から始まり、入院の時点で既に10日間進行していた。RT-PCRは濃厚接触者として行われたものだった。彼女は発熱や呼吸器、消化器症状はなかったが、Guillai-Barre症候群の症状が出る2周間前に、一過性の嗅覚、味覚障害を自覚していた。mEGOSは入院時3/9, 入院7日目に1/12だったため、予後が良好であることを示していた。新たに行った鼻咽頭のウイルス検査は陰性だった。髄液は細胞数正常、蛋白 140 g/lと蛋白細胞解離を認めた。入院時の神経伝導検査では、遠位潜時の著明な延長と、両総腓骨神経CMAPのtemporal dispersionを認めた。脛骨神経刺激で、両側に複合A波はあったがF波潜時は正常だった。その他の神経は正常だった。筋電図では、脱神経電位はなかった。AIDPと診断した。入院2日後に、四肢筋力低下の悪化があり、嚥下障害も訴えた。免疫グロブリン大量投与を受け、ほぼ完全に回復した。入院14日後に電気生理検査を再検したが、前回と著変はなかった。

典型的なGuillain-Barre症候群と思います。既報と比べて特記すべきことはありません。抗ガングリオシド抗体はどうだったのでしょうね。それほど頻度が高いわけではないでしょうが、Guillain-Barre症候群の報告は珍しくなくなてきた気がします。

Post to Twitter


COVID-19と脳炎/脳症、髄膜炎②

By , 2020年5月15日 8:51 AM

2020年5月2日に書いたCOVID-19と脳炎/脳症、髄膜炎の続きです。

Neurological Complications of Coronavirus Disease (COVID-19): Encephalopathy. (Cureus. 2020.3.21 published online)

症例は74歳男性、心房細動、心原性脳塞栓症、パーキンソン病、慢性閉塞性肺疾患 (COPD)、蜂窩織炎の既往がある。患者は、発熱、咳で救急外来を受診したが、COPDの増悪を疑われて帰宅した。しかし、24時間以内に、頭痛、精神症状、発熱、咳といった症状の増悪で再診した。患者はオランダから米国について7日後であったが、精査のため入院した。胸部画像検査ではすりガラス陰影がみられた。精神症状が数日間続くため、神経内科に紹介された。指示理解は不良だったが、四肢は動かし、刺激への反応もあった。頭部CTは陳旧性の病変のみで、急性期病変はなかった。左側頭葉に陳旧性梗塞による脳軟化があった (論文本文では左、図の説明では右と記載。図のCT写真に左右を示すマークはない)。脳波は全体的に徐波で左側頭葉に鋭波を伴う局所的な徐波を認めた。脳軟化に伴う潜在的なseizureの可能性と、右側頭葉 (論文本文では右、図の説明では左側頭葉) のてんかん波があることから、抗てんかん薬が開始された。髄液細胞数増多はなく、蛋白は68だった。症状が進行し、COVID-19の検査は陽性だった (どこから検体を採取したかは記載なし)。呼吸不全を発症し、挿管された。予後は不良と考えられる。

左右を取り違えたような記載が数カ所あり、またどこから採取した検体でCOVID-19を調べたのかも記載がありません。彼らが根拠とする脳波所見も、既存の陳旧性脳梗塞巣による遅発性てんかんの可能性が残り、脳症と断定はできないと思います。読んでモヤモヤする論文でした。

Transient cortical blindness in COVID-19 pneumonia; a PRES-like syndrome: Case report. (J Neurol Sci. 2020.4.8 published online)

38歳男性、5日間続く発熱で入院。胸部CTですりガラス陰影があり、鼻咽頭スワブでのSARS-CoV-2 RT-PCR陽性だった。入院し、ヒドロキシクロロキン、アジスロマイシン、オセルタミビルで治療した。呼吸機能が悪化し、ICUに入室した。ICU入室5日目、急性錯乱状態となった。血圧高値も数時間続いた。同時に、患者は両眼の視力低下を訴えた。神経学的には、アパシーがあり、指示理解が不良だった。瞳孔は両側2 mmで対光反射は正常だった。両眼視力は高度低下し、手動弁や光覚弁レベルだった。頭部MRIでは左優位の両側後頭葉、前頭葉皮質下白質、及び脳梁膨大部にT2強調像/FLAIR/拡散強調像高信号を認め、PRES (posterior reversible leucoencephalopathy) が示唆された。ヒドロキシクロロキンを中止し、デキサメサゾン 24 mg/dayを開始した。ステロイド2回目の投与で、患者は指示に従えるようになり、視力も完全に回復した。ステロイドは漸減中止した。2週間後に行われた頭部MRIでは病変は完全に改善した。

COVID-19に合併したPRESの報告。論文の考察ではPRESとなった原因は不明で片付けていますが、全身性の炎症、ヒドロキシクロロキンによる薬剤性といった可能性が気になるところです。SARS-CoV-2に合併した中枢神経障害では、ウイルスによる直接浸潤、自己免疫学的機序以外にもこうした病態も考えないといけないのですね。

Lessons of the month 1: A case of rhombencephalitis as a rare complication of acute COVID-19 infection. (Clin Med (Lond). 2020.5.5 published online)

症例:40歳男性。高血圧症と閉塞隅角緑内障の既往がある。発熱や進行性の呼吸苦が10日間あり、3日間の咳、喀痰、下痢があった。受診時、神経学的異常所見はなかった。胸部画像検査では右下肺にconsolidationがあった。上気道 (鼻/咽頭) のスワブを用いたPCRでSARS-CoV-2が検出された。患者は入院3日目に歩行障害を訴えた。その後24時間で、複視、動揺視、四肢失調、右上肢感覚障害、吃逆、飲食時の流涎が出現した。神経学的には、軽度の両側顔面麻痺、両側への舌運動障害、右への舌偏倚、全方向で上向き眼振、右優位の上肢 (軽度) と下肢 (中等度) の失調がみられた。緊急MRIで、脳幹~頸髄に異常がみられ、脳幹脳炎/脊髄炎と診断した。髄液検査では細胞数増多や蛋白上昇はなかった。髄液採取量が少なかったので、SARS-CoV-2 PCRは行えなかった。抗MOG抗体と抗アクアポリン4抗体は結果未着である。この患者は急性発症の肝障害も合併していた。しかし、神経症状も肝障害も徐々に改善し、11日後に退院した。ガバペンチンで多少吃逆は改善したが、眼振と動揺視、失調は残存した。

MRI

髄液でのSARS-CoV-2 PCRが出来ていないのが残念で結果が気になります。コロナウイルスは脳幹にも到達しやすいと考えられるので、ウイルスによる炎症でも不思議はないですが、自己免疫学的機序という可能性も残ります。論文の考察に山梨大学のCOVID-19髄膜炎に言及されていましたが、論文著者は「武漢からの報告」と記していて、誤解がありそうでした。

SARS-CoV-2 can induce brain and spine demyelinating lesions. (Acta Neurochir (Wien). 2020.5.4 published online)

54歳女性、前交通動脈瘤の外科的治療歴がある。自宅で意識障害を発症した。病院到着時、GCS12 (E3M6V3) で、局所神経脱落症状はなかった。頭部CTで異常なく、SARS-CoV-2のRT-PCRが陽性だった (※採取部位の記載はないが、後に髄液で調べているので、おそらく今回は鼻咽頭スワブ)。数時間で臨床的に悪化し、挿管された。脳波では右前頭側頭葉から始まり、対側大脳半球に広がる2つのseizureが観察された。ラコサミド、レベチラセタム、フェニトインで治療した。頭部MRIでは、脳室周囲白質に拡散強調像の異常や造影効果を伴わないT2強調像異常信号を認めた。同様の病変が、延髄移行部と頸髄背側にみられた。多発性硬化症精査のための検査では異常なかった。髄液SARS-CoV-2は陰性だった。デキサメサゾン 20 mg/dayを10日間、10 mg/dayを10日間投与し、肺病変は急速に改善した。7日目に気管切開し、15日後に呼吸器の離脱が行われた。

MRI

多発性硬化症を除外したとしていますが具体的にどこまでやって除外したのか、視神経脊髄炎関連疾患の抗体は測定しているのかなどの記載がないのが気になります。あと、本文では頭部MRIについてT2強調像と拡散強調像、造影検査についての記載のみなのに、掲載された図にはFLAIRしか載っていないので、本文に記載されたモダリティーの画像も見たかったです。ステロイド治療で画像や神経所見がどう改善したかも知りたいです。

Post to Twitter


COVID-19と脳卒中②

By , 2020年5月15日 8:50 AM

2020年5月2日に書いたCOVID-19と脳卒中の続きです。

COVID-19 presenting as stroke. (Brain Behav Immun. 2020.4.28 published online)

カルテを用いて脳卒中を呈したCOVID-19を調べた。

症例1: 73歳男性、高血圧症、高脂血症、頸動脈狭窄の既往がある。発熱、呼吸困難、精神症状で救急外来を受診した。COVID-19PCRが陽性だった。精神症状に対して、繰り返し頭部CTが撮像されたが、左後頭頭頂葉の皮髄境界が不鮮明であり、急性期梗塞の所見だった。繰り返しCTを撮像し、左中大脳動脈にhyperdense signあり。心房細動は見つかっていない。機能予後的に血栓溶解療法の適応なくアスピリンを投与した。緩和目的となり、最終的に抜管した。

症例2: 83歳女性、反復する尿路感染症、高血圧症、高脂血症、2型糖尿病、末梢神経障害の病歴がある発熱、顔面麻痺、構音障害、摂食障害で救急外来を受診。診察では、著明な左顔面麻痺と構音障害を認めた。NIHSS 2点だった。頭部CTでは明らかな急性期病変なく、CT血管撮影では右中大脳動脈に軽度の狭窄を認めるのみだった。COVID-19 PCRが陽性だった。入院3日目に左半側無視、左片麻痺を伴う左顔面麻痺の悪化がみられ、NIHSS 16点となった。頭部CTでは、右前頭葉に梗塞巣が見られたが、状態が悪く血栓溶解療法は行われなかった。呼吸不全が急激に悪化し、すぐに治療を終了することを決めた。

症例3: 80歳女性、高血圧症の既往がある。精神症状と左片麻痺で受診した。NIHSSは36点だった。CTでは右中大脳動脈領域の梗塞があり、CT血管撮影では右内頚動脈起始部の狭窄と、偶発的に両側肺すりガラス陰影がみられた。COVID-19 PCRが陽性だった。採血では、D-dimer 13966 ng/mlと上昇し、LDH 712 U/l, CRP 16.24と上昇がみられた。入院3日目に緩和目的に抜管した。

症例4: 88歳女性、高血圧症、慢性腎臓病、高脂血症の既往がある。15分続く右上肢の筋力低下としびれ感、喚語困難があり救急外来を受診した。受診時には神経学的に正常で、CTでも急性期変化はなかった。一過性脳虚血発作の診断で入院したが、呼吸苦や咳が出現し、COVID-19 PCRを施行したら陽性だった。D-dimerは880 ng/mlから3442 ng/mlまで上昇した。MRIでは左側頭葉内側に梗塞巣があり、MRAでは右M1に軽度狭窄を認めた。不整脈は見つからなかった。アスピリン、スタチンで治療され、イベントモニターを付けて、リハビリに退院した。

脳卒中でCOVID-19を発症した報告です。採血データが揃っているのは患者3, 4だけですが、LDH, D-dimer, フェリチン、CRPがいずれも高値でした。これらの意義については、論文ではあまり考察されていませんが今後検討されるべきだと思います。また、呼吸器症状が出現する前に脳卒中を発症した症例 (症例4) でD-dimerが上昇しており、感染初期からD-dimer上昇する症例は注意が必要かもしれません。

本筋とは全く関係ありませんが、「症例1: The family eventually decided to pursue comfort measures and terminally extubated the patient. 症例2: Soon after, the family decided to withdraw care. 症例3: her family chose for terminal extubation with comfort measures.」という感じで、引き際の速さがさすがアメリカと感じました。あと、ニューヨークからの報告なのに、「Electrocardiogram (EKG) was within normal limits.」と書いてあって、心電図はECGではなく、ドイツ語での略EKG (Elektrokardiogramm) なんですね。

Characteristics of ischaemic stroke associated with COVID-19. (J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2020.4.30 published online)

英国Queen Squareでの連続6症例 (2020年4月1~16日) の脳卒中の特徴。

症例1: 64歳男性、COVID-19発症10日目に呼吸不全となりICU入室。15日目に左上肢の麻痺と協調運動障害。MRIで左椎骨動脈閉塞と左後下小脳動脈領域の出血性梗塞。D-dimer >80000 ug/Lだった。19日目に両側肺塞栓症を発症し低分子ヘパリンで治療開始。。22日目に両側協調運動障害と右同名半盲が出現し、MRIでは後大脳動脈領域に広範な梗塞巣を認めた。

症例2: 53歳女性、心房細動の既往がありワルファリン内服中。COVID-19発症24日目に、錯乱、協調運動障害、傾眠があり、CTで左小脳と右頭頂後頭葉に梗塞巣がみられた。D-dimer 7750 ug/lであり、脳卒中発症時にINR 3.6だった。脳室ドレナージ、低分子ヘパリン投与したが、肺炎で死亡。

症例3: 85歳男性、COVID-19発症10日後に構音障害と右片麻痺を発症。心房細動、高血圧症、虚血性心疾患の既往あり。CTでは左後大脳動脈閉塞と梗塞を認めた。D-dimer 16100 ug/lだった。心房細動に対してアピキサバンで治療された。

症例4: 61歳男性、高血圧症、脳卒中の既往があり、肥満。構音障害と左片麻痺で発症。MRIで右線条体梗塞がみられた。D-dimer 27190 ug/lだった。入院2日後に呼吸器症状が出現し、SARS-CoV-2感染がRT-PCRで確認された。またCT肺血管撮影で血栓がみられた。低分子ヘパリンで治療された。

症例5: 83歳男性、高血圧症、糖尿病、虚血性心疾患の既往があり、大量喫煙、飲酒の生活歴がある。COVID-19発症15日後に、構音障害、左片麻痺が出現した。CT血管撮影では、右中大脳動脈M2近位部に、血栓性閉塞を認めた。翌日、梗塞は右島にもみられた。D-dimer 19450 ug/lだった。血栓溶解療法が行われた。

症例6: 70歳代男性、COVID-19発症8日目に失語、右半身麻痺が出現。MRIで脳底動脈閉塞、両側P2狭窄、多発脳梗塞 (右視床、左橋、右後頭葉、右小脳半球) を認めた。血栓溶解療法を受けた後、D-dimerは1080 ug/lだった。

・脳卒中の発症メカニズムはよくわかっていないが、COVID-19による脳卒中には特徴があるかもしれない。今回の症例は全例大血管の梗塞だった。3例は複数の血管領域であり、2例は抗凝固療法を行っていたにも関わらず発症した。2例は静脈血栓症も併発していた。5例はD-dimer > 7000 ug/lと高値 (既報の中央値は 900 ug/l) で、1例は血栓溶解療法後にもかかわらず1080 ug/lであった。6例中5例はCOVID-19発症8-24日後で、1例はCOVID-19の症状が出る前だった。

・COVID-19が抗リン脂質抗体の産生を促進し、それが虚血性脳卒中のメカニズムではないかという議論があるが、感染後の抗リン脂質抗体産生は通常一過性であり、血栓とは関連しない。6例中5例でループスアンチコアグラントが陽性で、1例は抗カルジオリピン抗体IgMが中等度、抗β2グリコプロテイン1のIgM/IgGが軽度陽性だった。抗リン脂質抗体はCOVID-19関連脳卒中のスクリーニングに合理的かもしれないが、病的意義はわかっていない。全例で、フェリチンとLDHが上昇していた。

・COVID-19でなぜ脳卒中を発症するかはわからないが、今回の知見からは、全身の高度の過凝固状態の中で起こっていることから、低分子ヘパリンによる抗凝固療法を直ちに行うことが支持される。初期からの抗凝固療法は、血栓塞栓症を減らすメリットがあるが、脳出血を増やすリスクもあり、臨床試験が必要である。

COVID-19による凝固異常とそれによる脳梗塞 (や肺梗塞) は以前から議論されているところです。この論文では、抗リン脂質抗体が全例測定されておりほとんどでループスアンチコアグラントが陽性だったことが興味深いです。抗凝固療法を要するCOVID-19のスクリーニングに、D-dimerや抗リン脂質抗体などのバイオマーカーを用いる選択肢は考慮されてもよいかと感じました (ただし、その裏付けとなる臨床研究は必要です)。

Status of SARS-CoV-2 in cerebrospinal fluid of patients with COVID-19 and stroke. (J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2020.4.30 published online)

COVID-19と同時に神経症状を呈した2例

症例1: 31歳男性、既往歴なし。COVID-19の症状が1週間続いた。突然頭痛と意識障害を発症し他院受診。CTでクモ膜下出血の所見が確認された。意識状態は改善し、著者らの施設に入院。挿管、脳室ドレナージ、脳動脈瘤の治療をすることとなった。インフルエンザ様症状があったので、鼻スワブでCOVID-19検体が提出された。手術後2日目、COVID-19は陽性で戻ってきた。SARS-CoV-2関連脳炎の可能性も考え、脳室ドレナージから髄液検体を提出したが、RT-PCRは2回とも陰性だった。一方で鼻スワブは入院中複数回陽性だった。

症例2: 62歳女性、急性発症の失語と右片麻痺で、CT血管撮影で左中大脳動脈閉塞があり、機械的血栓除去が行われた。2020年3月下旬にリハビリ退院したが、10日後に精神症状とCTでのmidline shiftを伴う脳出血、閉塞性水頭症で戻ってきて、血腫除去術が行われた。意識障害のため抜管はされなかった。明らかな症状はなかったが、気管切開前の評価のため鼻スワブでCOVID-19を評価したところ陽性だった。脳室ドレナージから採取した髄液での評価は2回とも陰性だった。

COVID-19に感染しているからといって、髄膜炎や脳炎を起こしていなければ、髄液にSARS-CoV-2はいないのかもしれません。

前回紹介した論文と、今回紹介した論文を合わせると、次のことが言えそうです。

  • 頸動脈や中大脳動脈、椎骨脳底動脈など、太い血管の梗塞が多い
  • 肺塞栓症など静脈血栓症を合併することも多い
  • 高齢者に多いようだが、若年性脳卒中も問題となっている
  • 脳卒中は重症のCOVID-19に多い傾向がある
  • COVID-19の発熱や呼吸器症状が出る前に発症すること (脳卒中が初発症状) もあれば、COVID-19発症から8-24日くらいして発症することもある。
  • D-dimer高値のことが多く、過凝固を背景に発症している。
  • COVID-19に合併した脳卒中患者では抗リン脂質抗体が陽性のことも多い。その中でもループスアンチコアグラントが陽性になりやすい。ただし、病的意義はよくわかっていない (抗リン脂質抗体陽性は感染による一過性に出現したもので、血栓には関係ないという意見もあるが、私は一般的な感染での陽性としては頻度が高すぎるのではないかという感想を持つ。このウイルス特有の何か?)。
  • 他にCOVID-19関連脳卒中では、LDHやフェリチン高値が多い
  • 低分子ヘパリンで治療していて発症することもある。もっと早期から使用していれば・・・?どのように抗凝固療法を行えばよいかは、まだ未知の部分が多い。

これを踏まえると、D-dimerや抗リン脂質抗体 (特にループスアンチコアグラント)、LDHなどのバイオマーカーをチェックして、これらが異常の症例では抗凝固療法 (ヘパリンなど) を開始しておくというのが治療戦略になるかもしれません。ただ私の個人的な印象で、裏付けとなる研究が必要です。

Post to Twitter


COVID-19とGuillain-Barre症候群/Fisher症候群

By , 2020年5月2日 12:57 AM

COVID-19とGuillain-Barre症候群/Fisher症候群について、最近みかけた論文を備忘録に残しておきます。

Guillain-Barré syndrome associated with SARS-CoV-2 infection: causality or coincidence? (Lancet Neurol. 2020.4.1 published online)

症例は61歳女性。2020年1月19日に武漢から帰還。発熱や呼吸器症状などなし。1月23日から下肢筋力低下が出現し、四肢筋力低下に進行。神経伝導検査では脱髄を示唆。ギラン・バレー症候群の診断。蛋白細胞乖離あり。1月30日に発熱、咳があり、胸部CTで肺炎像確認。咽頭スワブでのRT-PCRでSARS-CoV-2陽性確認。治療は、Guillain-Barre症候群に対して免疫グロブリン大量静注療法、COVID-19に対してarbidol, lopinavir, and ritonavirが投与された。筋力、呼吸器症状とも改善した。

臨床経過に少し違和感があります。COVID-19感染からしばらくしてGuillain-Barre症候群発症なら納得できるけれど、この症例では神経症状が出てからCOVID-19の症状が出ているからです。ただ、その後に次々と出てきた報告を見ると、COVID-19がGuillain-Barre症候群を合併しうることはほぼ確実と思われます。

Guillain Barre syndrome associated with COVID-19 infection: A case report. (J Clin Neurosci, 2020.4.15 published online)

症例は65歳男性。急速進行性の四肢麻痺で入院した。患者は入院5日前から急速進行性の両下肢筋力低下があり、入院前日に四肢麻痺となった。両側顔面麻痺も伴っていた。入院2週間前に、咳、発熱、呼吸苦があり、鼻咽頭検体採取、胸部CTの後に、COVID-19と診断されていた。SARS-CoV-2 RT-PCRが陽性だったので、その時にヒドロキシクロロキン、ロピナビル/リトナビル、アジスロマイシンで治療されていた。基礎疾患には糖尿病がありメトホルミンを内服中であった。入院9日目におこなった電気生理検査では、CMAPが低下しており、SNAPは導出されなかった。患者の同意が得られず髄液検査はおこなわなかった。Guillain-Barre症候群のAMSAN (acute motor-sensory axonal neuropathy) と診断した。免疫グロブリン大量療法をおこなった。

イランからの報告です。Guillain-Barre症候群として典型的な経過だと思います。

Guillain-Barré Syndrome associated with SARS-CoV-2 infection. (IDcases, 2020.4.18 published online)

症例は54歳男性。2日間続く両下肢のしびれ感と筋力低下を自覚した。麻痺は進行し、寝たきりとなった。救急外来では、38.9℃の発熱があり、アモキシシリンやステロイドで改善せず10日持続する乾性咳嗽があった。彼は2日前にクロストリジウム・ディフィシルによる腸炎を2日前に発症したが、治療で改善した。喀痰からはライノウイルスが検出された。またSARS-CoV-2を提出した。著者らの病院に到着したとき、四肢筋力低下 (MMT 2-3程度) があり、腱反射は消失していた。Guillain-Barre症候群の診断で免疫グロブリン大量投与が行われた。著者らの病院でSARS-CoV-2が再検され、前医とともに陽性であることが判明した。ヒドロキシクロロキンが投与された。典型的な症例であり感染制御の観点から、筋電図や髄液検査は行わなかった。症状は改善し、免疫グロブリン投与4日目で人工呼吸器を離脱した。上肢筋力は良くなったが、下肢の筋力低下は残存し、リハビリテーションを継続した。

COVID-19を発症してから5-10日で出現した筋力低下であり、Guillain-Barre症候群として典型的な経過です。

Guillain-Barre syndrome associated with SARS-CoV-2 (N Engl J Med, 2020.4.19 published online)

5例報告。77歳女性、23歳男性、55歳男性、76歳男性、61歳男性。COVID-2019の症状が出てから5-10日後に発症。抗ガングリオシド抗体は3例で陰性、2例で未検。MRIでは神経根や脳神経の造影効果がみられた。全例髄液SARS-CoV-2のPCRは陰性。軸索型3例、脱髄型2例。治療はIVIg (1例で血漿交換追加) が行われ、4週間後の予後は、2例がICU、2例が神経症状のためリハビリ継続、1例が独歩退院。

臨床像

この報告をみると軸索型、脱髄型も同じくらい起こしうるのでしょうか。それぞれの臨床経過は、他の感染症に伴うGuillain-Barre症候群と比べて大きくは違わなさそうな印象です。これまでの症例で、抗ガングリオシド抗体が検出されたとの報告はなく、抗体との関連は気になる所です。

Miller Fisher syndrome and polyneuritis cranialis in COVID-2019 (Neurology, 2020.4.17 published online)

2例報告。眼筋麻痺を含む末梢神経障害。50歳男性、39歳男性。1例目は、2日間垂直性複視、口周囲のしびれ感、歩行障害で受診。受診5日前にCOVID-19の症状。抗GD1b抗体陽性。SARS-CoV-2のPCRは咽頭で陽性、髄液で陰性。IVIgで改善。2例目は複視で受診。3日前から下痢などCOVID-19の症状。SARS-CoV-2のPCRは咽頭で陽性、髄液で陰性。対症療法で帰宅し、telemedicineでの経過観察となった。そのため、抗ガングリオシド抗体は提出せず。1例目では抗体が検出されているので、ウイルスによる障害よりも免疫学的機序が想定される。Miller Fisher syndromeは抗GQ1b抗体が有名だが、抗GQ1b抗体陽性よりも、抗GD1b抗体陽性の方が回復は早いことが知られているとのこと。

Guillain-Barre症候群を起こすのなら、当然Fisher症候群も起こるのでしょう。抗GQ1b抗体ではなく、抗GD1b抗体だったというのが興味深いです。

Guillain-Barré syndrome following COVID-19: new infection, old complication? (J Neurol, 2020.4.24 published online)

症例は70歳女性。3月28日に、1日以内に進行する脱力感、四肢感覚障害、歩行障害で救急外来を紹介受診。彼女は3月4日に発熱 (38.5℃) の発熱、乾性咳嗽があり、1日後に鼻咽頭から採取した検体でSARS-CoV-2-RNAのRT-PCRが陽性だったが、それは数日で軽快していた。

救急外来では、胸部CTですりガラス陰影がみられたが、SpO2 98%で採血検査でも好中球優位の白血球増加のみであった。鼻咽頭のSARS-CoV-2-RNAを再検したが陰性だった。3月31日の髄液検査では、細胞数 1 /ulと正常範囲内で、蛋白48 mg/dlと軽度上昇していた。神経伝導検査が行われ、患者はGuillain-Barre症候群と診断された (神経伝導検査の結果をみると脱髄型 (AIDP) と考えられる)。免疫グロブリン大量静注療法が開始された。4月1日に挿管され、人工呼吸器管理となった。抗ガングリオシド抗体は検索されなかった。

とにかく早く報告することを意識していたのか、治療を開始したところで報告が終わっています。他の疾患の除外が不十分と考察されているが、臨床的にはGuillain-Barre症候群でほぼ間違いはないでしょう。

Guillain-Barre syndrome related to COVID-19 infection (Neurology, 2020.4.28 published online)

症例は71歳男性。亜急性の経過で四肢の感覚障害、次いで3日前から急速に進行する四肢遠位の弛緩性麻痺を発症し、救急外来に紹介されてきた。前の週に、彼は微熱が数日間続いていた。既往歴は高血圧症、腹部大動脈瘤、肺癌術後があったが、神経疾患はなかった。神経学的には、四肢筋力低下及び感覚障害、腱反射消失がみられた。室内気でPaO2 65 mmHgの低酸素血症があった。胸部CTではすりガラス影やconsolidationがあり、COVID-19に典型的だった。鼻咽頭ぬぐいでは、SARS-CoV-2が陽性だった。髄液は細胞数9 /ulと軽度の細胞数増多があり、蛋白 54 mg/dlと上昇していた。髄液のSARS-CoV-2は陰性だった。神経伝導検査を行い、脱髄型Guillain-Barre症候群と診断した。入院数時間後から免疫グロブリン大量静注療法を行った。非再呼吸式マスクでの60-80%酸素投与、抗ウイルス療法 (ロピナビル+リトナビル)、ヒドロキシクロロキン投与を行った。しかし入院24時間で呼吸不全が進行し、CPAP導入、腹臥位療法を行った。しかし、患者は数時間後に呼吸不全で死亡した。

ミラノからの報告。考察に “Early respiratory support, including ICU admission, is indicated but not always feasible during the current pandemic” と書いてあり、医療が崩壊しているイタリアの状況が伝わってきます。抗ガングリオシド抗体がどうのとかは言ってられない状況のようです。

Post to Twitter


COVID-19と脳炎/脳症、髄膜炎

By , 2020年5月2日 12:55 AM

COVID-19とCOVID-19と脳炎/脳症、髄膜炎について、最近みかけた論文を備忘録に残しておきます。

専門家「新型コロナが中枢神経系を攻撃、想定内しかも低確率」 (人民網 日本語版 2020年3月6日)

北京地壇病院は5日、新型コロナウイルスが中枢神経系を攻撃することを初めて証明した。また世界初の新型肺炎の脳炎合併患者がこのほど退院したと発表した。羊城晩報が伝えた。

新型肺炎の重篤患者で、脳炎を合併していた許さん(56)がこのほど、首都医科大学付属北京地壇病院で完治し、退院した。北京地壇病院重症医学科、検査科、中国疾病予防・管理センター感染症研究所の共同作業チームは、採取された脳脊髄液のメタゲノミクス次世代シーケンシング及び感染症の病原体の鑑定においてその他の病原体を排除し、SARS-CoV-2ウイルスの遺伝子配列を取得した。

ゲノムシーケンシングにより脳脊髄液に「SARS-CoV-2」が存在することが証明され、ウイルス性脳炎と臨床診断された。同検査は初めて新型コロナウイルスが中枢神経系を攻撃する可能性があることを証明した。同事例に関する報道は世界初となった。

中山大学附属第三病院感染科副科長の林炳亮氏は取材に対し、より詳細に説明した。林氏によると、現在の報道を見ると、北京地壇病院が患者の脳脊髄液から新型コロナウイルスの配列を検出したが、ウイルスが中枢神経系を直接攻撃したのか、血液に入ってから脳膜に入り脳脊髄液から検出されたのかについては、さらなる研究が必要だという。

新型コロナウイルスがある臓器を攻撃する場合、その臓器の細胞にACE2受容体が含まれる必要がある。分かりやすく言えばウイルスは鍵、関連受容体は錠で、鍵と錠が合わなければ細胞の扉を開くことができない。肺が新型コロナウイルスから最も攻撃を受けやすいのはACE2受容体が多いからだ。一部の患者に消化器の症状が出ているが、これもそこにACE2受容体があるからだ。

現在のデータを見ると、脳細胞には関連する受容体が見つかっていない。しかしACE2受容体の他の受容体を通じ入ったかについては定かではない。新型コロナウイルスは新たに発見されたウイルスであり、さらなる研究と認識が必要な多くの未知の領域が残されている。

林氏は、「新型コロナウイルスが中枢神経系に入る可能性は低いはずで、それを恐れる必要はない。患者に意識障害などの関連症状が出た場合、臨床医は必ずこれに注意し、直ちに干渉措置を講じるはずだ」と補足した。

おそらく最初の報道と考えられます。しかし、このニュースについての論文はまだ見当たりません。

COVID-19-associated Acute Hemorrhagic Necrotizing Encephalopathy: CT and MRI Features. (Radiology, 2020.3.31 published online)

50歳代後半の女性の空港職員。3日間続く咳、発熱、意識障害があり、鼻咽頭ぬぐいRT-PCRでSARS-CoV-2が検出された。髄液検査は血性となってしまい、詳細な評価はできなかった。CTで両側視床内側核に低信号域があり、MRIでは両側視床、側頭葉内側、傍島領域に出血を伴う造影病変を認めた。急性壊死性脳症と診断した。呼吸器系に配慮し、高用量ステロイドではなく、免疫グロブリン投与を開始した。

壊死性脳症

MRI画像が結構印象的です。

コロナウイルスは、鼻腔から神経向性に中枢神経に入るという説と、血行性に中枢神経に入るという説があります。神経向性に入るという説の根拠として、

  • SARS-CoVやMERS-CoVをマウスの鼻に入れると、嗅神経を経由して脳に入る。そして視床や脳幹に広がる。ウイルスは肺では見つからず脳でのみ検出される。
  • 他のコロナウイルス (HEV67など) や鳥インフルエンザウイルスでは、神経終末から経シナプス性に中枢神経に入るとされている。
  • HEV67は、経口・経鼻的に子豚の鼻粘膜、扁桃、肺、小腸に感染し、末梢神経を逆行性に延髄に運ばれ、嘔吐病と呼ばれる原因となる。
  • 鳥インフルエンザウイルスをマウスの鼻に投与すると、孤束核や疑核を含む脳幹で検出される。

と説明している論文がありました。視床病変というのはまさにその通りであるなぁと感じました。なお、血行性という説は

  • ウイルスを含む血液が中枢神経系に入った後、血流が遅くなる毛細血管で上皮細胞に発現しているACE2とウイルスで相互作用が促進されるかもしれない。
  • 一方で、感染した脳の非神経細胞からはウイルスが検出されないので、考えにくい (血行性などであれば神経細胞以外の細胞にもウイルスが検出されるはず)。

とする論文 () があり、それより説得力が弱い印象です。

A first case of meningitis/encephalitis associated with SARS-Coronavirus-2. (Int J Infect Dis. 2020.4.3 published online)

山梨大学からの報告。症例は24歳男性。海外渡航歴なし。2020年2月下旬に頭痛、全身倦怠感と発熱を自覚。インフルエンザの臨床診断でlaminamivirと解熱薬を処方された。インフルエンザ抗原の迅速検査は陰性だった。症状が悪化し、5日目に別のクリニックを受診。9日目に意識障害で山梨医科大学に搬送。1分間の全般発作がみられた。項部硬直もあった。全身CTで脳浮腫はなかったが、胸部にすりガラス影を認めた。髄液圧は320 mmH2O以上で、細胞数は12/ul (単核球:多形核球=10:2) だった。SARS-CoV-2のRT-PCRが鼻咽頭ぬぐいと髄液で検査されたが、髄液でのみ陽性だった。気管挿管し、ICUでてんかん発作の管理、エンピリックにセフトリアキソン、バンコマイシン、アシクロビル、ステロイド、てんかん発作に対してレベチラセタムの投与が行われた。また、ファビピラビルも投与された。頭部MRIでは右側脳室下角の壁に沿って拡散強調像高信号、側頭葉内側や海馬にFLAIR高信号を認めた (鑑別はけいれん性脳症)。右脳室炎と脳炎が疑われた。15日目、治療を継続中である。

頭部MRIで髄膜の造影効果が見られることがあるという知見と合わせても、やはりCOVID-19で髄膜炎は起こしうるのだろうなと思います。この症例では、髄液PCRでSARS-CoV-2が陽性となったことが興味深いです。

無菌性髄膜炎を合併した COVID-19 肺炎の 1 例 (日本感染症学会ウェブサイト, 2020.4.3.公開)

神奈川県立足柄上病院からの報告。73歳男性、発熱、意識障害。基礎疾患に、糖尿病、高血圧、脂質異常症などあり。入院14日前に発熱、呼吸器症状があり、一時的に解熱した。入院2日前に発熱、意識障害が出現。項部硬直があり、髄液検査をおこなったところ、細胞数 9/μL (リンパ球 22%、好中球 22%、単球様 44%、好酸球 11%)、蛋白 76mg/dL、 糖103mg/dLという結果だった。シクレソニド 200μg インヘラー1 日 2 回、1 回 2 吸入、セフトリアキソン、アシクロビルなどで加療。入院当日に行った髄液を神奈川県の衛生研究所に提出し SARSCoV-2 PCRは陰性。4日目の髄液検体を山梨大学に提出し、SARS-CoV2 PCR 陽性だった。症状は入院2日目には改善した。

髄液を衛生研究所で検査して陰性で、山梨大学に測定して陽性とのことでした。なぜそうだったのか考察は全くされていませんが、PCRのアッセイ系が問題だった可能性はないのかなと感じます。

前述③の山梨大学の論文では、「Viral RNA was extracted from clinical specimen using magLEAD 6gC (Precision System Science Co., Ltd.). The SARS-CoV-2 RNA was detected using AgPath-IDトレードマーク One-Step RT-PCR Reagents (AM1005) (Applied Biosystems) on CobasZ480 (Roche). The diagnostic assay for SARS-CoV-2 has three nucleocapsid gene targets (Supplementary Materials).」と記載があり、ロシュのアッセイ系を用いていることがわかります。なお、新型コロナウイルス感染症のPCRには、下記の3つのアッセイ系が用いられることが多いらしいようです。

臨床検査として「SARS-CoV-2 核酸検出」を実施する際に考慮すべき事項

・感染研マニュアル nested PCR 法(ORF1a、S 遺伝子)

・感染研マニュアル real-time PCR 法(N 遺伝子の 2 箇所)

・ロシュ社キット real-time PCR 法(N および E 遺伝子)

そして、これらの感度には多少違いがありそうです。

「SARS-CoV-2 核酸検出」PCR 反応系の比較検討

「陽性コントロールを用いた検討では、N2 アッセイでは TaqPath, LC 2-step, LC 3-step 全てで 5 コピー/反応の検出が可能だったが、N アッセイでは 50 コピー/反応であり、N アッセイの感度が低いと考えられた。マスターミックス・プログラムの比較では、その増幅効率は TaqPath>LC 2-step > LC 3-step である可能性が示唆された。

臨床検体を用いた検討では、感染研 N2, German E, Roche E アッセイでは5サンプルが陽性と判定された。しかし、感染研/German N, Roche N, Roche RdRP では、それぞれ 2~3, 3, 4 サンプルが陰性と判定され、感度が低いことが示唆された。上記と異なる5サンプルは全てのアッセイで陰性と判定され、偽陽性はないと考えられた。」

検体採取日が異なれば、髄液中のウイルス量が変化して結果が変わる可能性はもちろんありますが、その他の可能性としてアッセイ系の違いは気になりました。

Encephalitis as a clinical manifestation of COVID-19. (Brain Behav Immun. 2020.4.10 published online)

武漢の男性が1月28日から発熱、呼吸困難、筋痛が出現。頭部CTは正常で、胸部CTではGGOsがあり、SARS-CoV-2が陽性だった。意識障害、項部硬直があり、Babinski徴候が陽性だった。アルビドールと酸素投与で治療されたが、意識は改善しなかった。髄液検査は、細胞数、蛋白、糖ともに正常範囲内だった。髄液のSARS-CoV-2 PCR、抗SARS-CoV-2 IgM/IgGは陰性だった。支持療法のみで、マンニトールを投与した。2月24日に意識は完全に回復し、2月27日に退院した。

脳炎をきたしたが、自然治癒した症例。頭部MRIがどうだったのかは気になる所です。改めて、self-limittingな疾患なのだなぁと思いました。

COVID-19-Associated Acute Disseminated Encephalomyelitis – A Case Report (preprint, 2020年4月23日アクセス)

症例は40歳代前半の女性。同居の親族は、海外旅行から帰ってきて翌日に頭痛、筋痛を発症したが軽症で、4日間で自然治癒したため受診はしていなかった。患者は、入院11日前に頭痛、筋痛を発症したが、それはその親族が海外旅行から戻ってきた4日後だった。近医ではキャパシタティーオーバーでCOVID-19の検索はおこなわれず、アジスロマイシンで治療された。患者は嚥下障害、構音障害、脳症を入院2日前に発症。

救急外来では体温39℃、頻呼吸と低酸素血症があった。呼吸逼迫はないが、ラ音 (rhonchi) を聴取した。神経学的には、構音障害、表出性失語、球麻痺、右注視優位性、軽度の左顔面麻痺、軽度の両側筋力低下があった。髄膜刺激症状はなかった。
髄液検査は細胞数、蛋白、糖はいずれも正常で、各種ウイルスPCRは陰性だった。頭部CT/MRIで白質病変を認めた。脳では発作を示唆する所見はなかった。入院2日後にSARS-CoV-2の核酸が検出された。

急性散在性脳脊髄炎 (ADEM) の診断で、ヒドロキシクロロキン、セフトリアキソン、免疫グロブリン大量静注療法 (IVIg, 5日間) で加療された。COVID-19を悪化させることを懸念して、ステロイドは仕様しなかった。IVIg 5日間の後、唾液の嚥下、構音障害が改善し、呼吸器症状なく解熱した。

おそらく、COVID-19に伴う急性散在性脳脊髄炎 (ADEM) の最初の報告です。ADEMはステロイドが標準治療ですが、肺病変のことを考えると使いたくないところです (ARDS合併など、時期によってはむしろ使用することが考慮される場合もあるようです)。そこでIVIgを使用したというのは、私でもまず考える選択肢かなと思います。

Post to Twitter


COVID-19と脳卒中

By , 2020年5月2日 12:51 AM

COVID-19と脳卒中について、最近みかけた論文を備忘録に残しておきます。

Neurologic Features in Severe SARS-CoV-2 Infection. (N Engl J Med, 2020.4.15 published online)

重症SARS-CoV-2感染症の患者を評価

・筋弛緩を中止したら、58名中40名(69%)に易興奮性。

・58名中39名(67%)に錐体路徴候

・45名中15名(33%)に遂行機能障害症候群

 

局所脱落症状なかった13名のMRIを撮ると

・8名に髄軟膜の造影効果

・11名に両側前頭葉の血流低下

・2名に急性期無症候性脳梗塞

・1名に亜急性無症候性期脳梗塞

 

7名に髄液検査をすると

・細胞数増多はなし

・2名にオリゴクローナルバンド

・1名に髄液蛋白やIgG上昇

・全員髄液RT-PCRは陰性

神経症状

中枢神経症状はそれなりにあるようで、例えば、「Concomitant neurological symptoms observed in a patient diagnosed with coronavirus disease 2019. (J Med Virol, 2020.4.15 published online)」などもそれを示唆する報告です。

MRIで見られた髄軟膜の造影効果は髄膜炎を反映している可能性があります。それ以外に、無症候性脳梗塞があるのは、凝固異常を反映しているのでしょうか?COVID-19で抗凝固薬 (ヘパリン、ナファモスタットメシル酸) の議論があることと関連があるかもしれません。その他の可能性として、重症ARDSだと水分を引き気味に管理するから、脱水で血液濃縮など考えますが、血管炎という根拠は今の所なさそうです。

Neurologic Manifestations of Hospitalized Patients With Coronavirus Disease 2019 in Wuhan, China. (JAMA Neurol. 2020.4.10 published online)

・武漢の患者を後方視的に調べた研究では、神経筋症状はそれなりに多い。

・脳血管障害は、重症群で梗塞4名、出血1名、非重症群で梗塞1名。

・味覚障害5.6%、嗅覚障害5.1%

・重症患者では筋症状 (筋痛、CK上昇) が多い

臨床像

Preprintの段階で、職場の抄読会で紹介した論文でした。脳血管障害は、重症群で梗塞4名、出血1名、非重症群で梗塞1名みられましたが、機序は考察されていません。脳出血は、ECMOの合併症なのか、抗凝固療法を併用していたのか、そういうことも不明です。重症患者では筋症状 (筋痛、CK上昇) が多いようです。意識障害は重症群で多いですが、これについては重症になれば意識状態が悪くなるのは当たり前といえば当たり前と思います。一番気になったのは、データのとり方です。後方視的にカルテをひっくり返して纏めた論文であり、カルテに記載がなければ、なかったことになっています。従って、味覚障害5.6%、嗅覚障害5.1%と頻度は低くなっており、他の研究のデータと結構乖離しています。参考までに、他の研究ではどのくらいの頻度で味覚、嗅覚障害が見られるかというと、症状としては3人中2人以上といったところでしょうか。

Association of chemosensory dysfunction and Covid-19 in patients presenting with influenza-like symptoms.→インフルエンザ様症状の患者を対象とした研究で、嗅覚、味覚障害はCovid-19陽性患者のそれぞれ68%, 71%で見られた。一方でCovid-19陰性患者ではそれぞれ16%, 17%に過ぎなかった。

Smell dysfunction: a biomarker for COVID-19.→検査で98%に何らかの嗅覚障害があった。

Large-Vessel Stroke as a Presenting Feature of Covid-19 in the Young. (N Engl J Med, 2020.4.28 published online)

若年性の大血管脳梗塞の5例。33, 37, 39, 44, 49歳で、NIHSSの平均は17点。基礎疾患は、糖尿病2名 (うち1名は軽症脳卒中既往)、高血圧症+高脂血症1名。rt-PA 1名、血栓回収療法4名 (うち1名はrt-PA後に血栓回収)。予後は、自宅退院~COVID-19で挿管管理までまちまちであった。

臨床的特徴

臨床的特徴 (続き)

COVID-19が凝固異常をきたしやすいことを裏付ける報告です。データについては表をみれば一目瞭然です。D-dimerは高値が多いです。最近の報道からも、このウイルスによる脳梗塞は結構トピックスとなってきていることがわかります。

なお、この論文の著者はニューヨークのマウントサイナイ病院ですが、同様の事例が同病院から4月23日に発表されていました。

新型コロナで突然の脳梗塞、30~40代の患者で相次ぐ 米

(CNN)  新型コロナウイルスに感染した30~40代の患者が脳梗塞(こうそく)を併発する症例が相次いでいる。米ニューヨークのマウントサイナイ病院が22日に報告した。

同病院によると、新型ウイルスの感染者で病院があふれ返っているという話を聞き、救急車を呼ぶことをためらう患者もいるとみられる。

新型コロナウイルスをめぐっては、血栓を引き起こしたという報告が増えており、結果として脳梗塞を発症したと思われる。

マウントサイナイ病院は、同病院で診察した患者5人の症例を報告した。いずれも50歳未満で、新型コロナウイルス感染症の症状は軽症か無症状だった。

同病院のトーマス・オックスリー医師は、「同ウイルスの影響で大動脈の血栓が増大し、重度の脳卒中につながったと思われる」と説明する。「我々の報告では、若い患者が突然の脳卒中に見舞われた症例はこの2週間で7倍に増えた。ほとんどの患者に既往症はなく、症状が軽かった(2人は無症状だった)ため、自宅にいた」

新型コロナウイルスの検査では、全員が陽性と判定された。2人については救急車を呼ぶのが遅れていた。

この年代で脳卒中を発症する患者はそれほど多くない。マウントサイナイ病院の場合、それまでの12カ月間は、大きな血管の脳梗塞のために治療を受けた50歳未満の患者は、2週間ごとの平均で0.73人にとどまっていた。

こうした血栓はすぐに摘出しなければ重い障害が残ることもある。同病院で診察した患者のうち少なくとも1人は死亡し、残る患者もリハビリ施設や集中治療室などに入院しているという。1人だけは退院できたが、集中的な介護を必要とする状態にある。

オックスリー医師は、新型コロナウイルス感染症の症状があり、脳卒中が疑われる場合は、すぐに救急車を呼ぶよう促している。

COVID-19と凝固異常については、かなり注目されているトピックスです。以下、参考までに。

COVID-19では微小塞栓症に関連して肺血栓塞栓症が想定外に多いのでは? -Radiologyからの報告を元に (4月23日)

肺血栓塞栓症を含む多臓器塞栓症とCOVID-19について、日本語でのわかりやすいまとめです。

Endothelial cell infection and endotheliitis in COVID-19. (Lancet, 2020.4.20 published online)

ウイルスが血管内皮細胞に炎症を起こすことが報告されていて、ひょっとするとこれが凝固異常と関連しているのではないかなと私は推測しています。

Microvascular COVID-19 lung vessels obstructive thromboinflammatory syndrome (MicroCLOTS): an atypical acute respiratory distress syndrome working hypothesis. (Crit Care Resusc. 2020.4.15 published online)

集中治療の専門家から、「MicroCLOTS」という概念があることを教えて頂きました。

Post to Twitter


Covid-19の話

By , 2020年5月1日 9:40 PM

2020年1月1月に、Facebookで知り合いの検疫官が「平和だなぁ・・・」という趣旨の書込みをしていたので、私は「そんなこと言っていると、発熱の中国人が先生の前に現れますよ。」とコメントを書込み、下記のリンクを貼り付けておいたのでした。

中国で原因不明の肺炎患者相次ぐ 武漢で27人発症、政府が調査

2019/12/31(火) 15:57配信

 【北京共同】中国湖北省武漢市当局は31日、市内の医療機関で27人がウイルス性肺炎を発症したと発表した。感染源など詳しい原因は不明で、中国政府は感染状況を把握するため、専門チームを現場に派遣。発症の疑いがあれば報告するよう医療機関に求めている。中国メディアが伝えた。

病院は患者の隔離措置を取った。武漢市当局は患者が多く出た市内の海鮮市場を中心に調査、ウイルスの特定を急いでおり、原因が判明すれば公表する方針。人から人への感染は確認されていないという。

中国当局は、2003年に大流行したSARS発生との見方について「現時点で原因は不明」と否定している。

その時は、軽い気持ちでしたが・・・いまや世界がCovid-19で大変なことになっています。

専門外の人間が大声で騒ぐことの醜さは、ワイドショーを見ていて骨身にしみているので、ノイズとなるような情報発信はせずウォッチャーとして静観しておりました。情報は玉石混交ですが、一般向けで私が信頼を置いているのが下記のソース達です。

忽那賢志先生のYahoo!記事

忽那先生とは、一緒に講演会で喋ったり (DVD化されました)、彼がNHKでドクターG!に出る時に少しだけお手伝いをしたり (クレジットに名前入れてくれました) と個人的なつながりが少しあります。最近では、「3月のライオン」の著者とのtwitterでの運命的な出会いが話題となりました。学問的にも、非常に尊敬できる専門家です。

高山義浩先生のFacebook記事

行政と専門家と臨床医の視点で、一般人がわかりやすいように噛み砕いて説明してくれています。

さて、当初は「神経合併症はないのか」とホッとしていたこの感染症がですが、脳卒中、髄膜炎、Guillain-Barre症候群など多彩な合併症を呈することが明らかになってきています。次回の更新以降、簡単に触れていこうと思います。

Post to Twitter


最近の医学論文【下】

By , 2017年3月24日 9:27 PM

(最近の医学論文【中】より続く)

Ocular Flutter in the Serotonin Syndrome. (2016.11.3 published online)

46歳の女性が興奮 (agitation) のため救急外来に搬送されてきた。到着時、38.6℃の発熱と頻脈 (心拍数 169 /分) があった。患者は興奮しており、眼球粗動がみられた。また、下肢の筋強剛と腕のミオクローヌスがあった。腸音は亢進し、皮膚は冷たく、発汗を伴っていた。内服薬はベンゾジアゼピン、venlafaxine (SNRI) であった。彼女は指示されたよりも多く venlafaxineを内服していた。症状と無い履歴からセロトニン症候群が疑われた。ミダゾラムが投与され、気管挿管されたが、眼球粗動は続いていた。患者は ICUに入室し、数日後に死亡した。

SSRIや SNRIを処方することはたまにあるが、セロトニン症候群の経験はまだない。しかし、いつ遭遇するかわからないので、勉強しておかないと。論文サイトの眼球粗動の動画が印象的だった。

Assessing the Risks Associated with MRI in Patients with a Pacemaker or Defibrillator. (2017.2.23 published online)

MRI検査の適応がありながら、MRI非対応の心臓ペースメーカーや除細動器を植え込んでいる患者に、1.5Tの MRIを用いて検査をし、その安全性を前向き研究で確認した。植え込み式除細動器のうち pacing dependentの患者は除外している。適切なプログラミングがされていなかった植え込み式除細動器でジェネレーターの動作が確認できなかった以外、1000名のペースメーカー患者と 500名の植え込み式除細動患者で大きなトラブルはなかった。数件、小さなトラブルがあった。この研究でおこなったような条件なら、1.5テスラの MRIで大きな問題は起きないようだ。

この論文を読んで、10年前に読んだ教科書に、「いや・・・ほとんどめったに・・・ただただ気が進まずに行うことがある。我々の施設ではおよそ5年ごとに、ペースメーカー装着患者の差し迫った臨床上の問題で他の画像検査では十分でないために、MRIが必要とされる状況が生じる。このようなまれな状況では、我々は以下のプロとコールで安全に検査を施行してきた。①検査が医学的に必要なことを主治医が述べている声明書を取得する。(略)④うまくいくように祈る。」と書いてあったのをブログで紹介したことを思い出した。

Association of Intensive Blood Pressure Control and Kidney Disease Progression in Nondiabetic Patients With Chronic Kidney Disease: A Systematic Review and Meta-analysis. (2017.3.13 published online)

非糖尿病性の慢性腎臓病 (CKD) で厳格な血圧コントロールをしたら、進行が防げるかというメタアナリシス。通常の血圧コントロールは 140/90 mmHg未満で、厳格な血圧コントロールは 130/80 mmHg未満とした。フォローアップ期間の中央値は 3.3年だった。その結果、年間の GFR変化率、血清クレアチニン倍増ないし GFR 50%低下、末期腎不全、複合腎アウトカム、総死亡において、両群間に有意差はなかった。ただし、非黒人および蛋白尿量が多い患者では、厳格な血圧コントロールでの CKD進行リスクが低い傾向があった。

厳格な血圧管理の有効性は低いかもしれないとはいえ、血圧の管理自体を否定する結果ではないのだろう。

Serum creatinine elevation after renin-angiotensin system blockade and long term cardiorenal risks: cohort study. (2017.3.9 published online)

RAS系阻害薬 (ACE阻害薬と ARB) 開始後の血清クレアチニン上昇と長期間の心腎リスク (末期腎不全、心筋梗塞、心不全、死亡) のコホート研究。海外のガイドラインでは、血清クレアチニンが 30%上昇したら、RAS系阻害薬は中止するように推奨されているらしい。この研究では、RAS系阻害薬を投与された 122363名のうち 1.7%でクレアチニンが 30%上昇していた。女性、高齢者、心腎疾患合併、NSAIDs/ループ利尿薬/カリウム保持性利尿薬の使用に多かった。クレアチニン上昇の 30%上昇は全アウトカムの調整罹患率比に相関があった。

クレアチニン上昇とアウトカム

クレアチニン上昇とアウトカム

図をみると、クレアチニン上昇とアウトカムとの量相関関係が一目瞭然。たとえクレアチニン 10%上昇でも心腎リスクが上昇するというのはビックリ。これからは、ACE阻害薬とか ARBを処方したら、クレアチニンの上昇がないか気を配らないと。

Autologous Induced Stem-Cell-Derived Retinal Cells for Macular Degeneration. (2017.3.16 published online)

加齢性黄斑変性症に対する iPS療法の報告。2名が治療対象として選ばれ、1名に iPS療法が施行された 。iPS細胞由来の網膜色素上皮細胞は術後 1年後も正常であった。視力は改善も悪化もなかった。もう 1名は copy numberの異常が確認され抗 VEGF療法への反応も若干あったため移植されなかった。移植しなかった細胞は解析に回され、ラットを用いた実験では、腫瘍の形成はみられなかった。

iPS細胞由来の網膜色素上皮細胞移植の安全性を示したという意味で、記念碑的な論文だと思う。私は幹細胞医療も眼科領域も専門外でよくわからなかったのだけれど、術後 1年経過して視力が改善も悪化もしないというのはどういう意味なのだろう。加齢性黄斑変性症が進行しなかったため効果があったということなのか、それとも改善しなかったというのは効果がなかったということなのか。論文に説明がないので、よくわからない。”However, we have yet to evaluate the extent of photoreceptor function of RPE graft in Patient 1.” と書いてあるから、効果に対する評価はこれから色々とおこなわれていくのだろう。

NEJM誌の同じ号に、幹細胞クリニックで脂肪由来の幹細胞移植を受けて失明した 3名の加齢性黄斑変性症患者の症例報告がある。今回日本から報告された iPS療法のように十分な科学的裏付けがあり安全性に細心の注意を払っておこなっているところはよいけれど、そうではないところは怖いなと思う。

Clarifying a “PenicillinAllergy: A Teachable Moment. (2017.2.1 published online)

患者さんがペニシリンアレルギーと深刻したとき、皮膚テストをしてみると 80-90%はアレルギーではないらしい。ペニシリンアレルギーの患者にどう対応するかという下記の図が勉強になる。

ペニシリンアレルギー

ペニシリンアレルギー

DPPX antibody-associated encephalitis: Main syndrome and antibody effects. (2017.3.3 published online)

DPPXは Kv4.2カリウムチャネルの制御蛋白である。2013年以降の DPPX抗体関連脳炎 9名を後方視的に検討。発症年齢の中央値は 57歳 (36-69歳)。全ての症例で、強い体重減少や下痢が先行した。その後に、認知機能障害、記憶障害、中枢神経興奮性 (過剰驚愕症、ミオクローヌス、振戦、けいれん発作)、脳幹や小脳機能障害が出現した。疾患のピークは 8ヶ月 (1-54ヶ月) であった。全例、IgG4および IgG1 DPPX抗体が陽性であった。クラスター化した神経では、抗体は DPPXクラスターと Kv4.2蛋白の減少の原因となったが、これらは抗体の除去により可逆的だった。67%の症例に、体重減少 (中央値 20 kg)/胃腸症状、認知機能-精神機能低下、中枢神経興奮性の三徴がみられた。過去の報告と併せた 39症例のうち、35例の予後が評価可能だった (8名は免疫療法を受けていない)。60%は十分ないし軽度の改善、23%は改善なし (大部分は無治療)、17%が死亡した。

近年、脳炎の原因抗体が沢山されていて、把握がなかなか困難となってきているけれど、強い体重減少や下痢の先行というキーワードは特徴的なので覚えておこうと思う。

Delayed tacrolimus leukoencephalopathy, a rare and reversible cause of dementia. (2017.1.10 published online)

タクロリムスを投与している患者に起こる急性白質脳症としては、PRESが一般的だが、遅発性慢性の経過をとる白質脳症も報告されている。頭部MRIで造影効果があり、タクロリムスを中止すると改善するらしい。

Neurological Autoantibody Prevalence in Epilepsy of Unknown Etiology. (2017.2.6 published online)

原因不明のてんかん患者の連続症例で、自己抗体を検索した研究。112名のうち、34.8%で何らかの自己抗体が検出された。2つ以上の自己抗体が検出されたのは 7名で、3名が 抗TPO抗体+抗VGKC抗体、2名が抗GAD65+抗VGKC抗体、1名が抗TPO抗体+抗GAD65抗体、1名が抗Hu抗体+抗GAD65抗体だった。112名のうち、抗TPO抗体が 15名 (13.4%)、抗GAD65抗体が 14名 (12.5%)、抗VGKC抗体が 12名 (10.7%; うち 4名が抗LGI抗体)、抗NMDA抗体が 4名 (3.6%) であった。抗TPO抗体および低値の抗VGKC抗体を除いてさえ、てんかんの原因と考えられる自己抗体が検出された患者が 23名 (20.5%) 存在した。自己抗体が存在するか予測するのに APE (antibody prevalence in epilepsy) スコアが有用だった。自己抗体が検出された 23名のうち APE 4点以上が 82.6%であり、抗体が陰性なのに APE 4点以上だったのは 19.1%のみだった。自己抗体が陽性の患者は、発作のアウトカムが良く、発作頻度の減少は免疫抑制療法の使用と関連があった。

APE score

APE score

Trial of Pregabalin for Acute and Chronic Sciatica. (2017.3.23 published online)

坐骨神経痛に対するプレガバリン (商品名リリカ) の効果を調べたランダム化比較試験。8週間 (および 52週間) の観察で、プレガバリンによる疼痛スケール、障害、QOLなどの改善はなく、副作用 (めまいなど) が多かった。

Auditory training changes temporal lobe connectivity in ‘Wernicke’s aphasia‘: a randomised trial. (2017.3.4 published online)

脳卒中で感覚性失語症をきたした患者に対する介入。30名の慢性期患者を対象に (1) “Earobics” というソフトウェアを用いた音韻性トレーニング、(2) ドネペジルによる薬物療法の効果を調べた。ドネペジルは、二重盲検、プラセボ対照、クロスオーバーデザインで評価した。その結果、音韻性トレーングは重度の障害の患者の言語理解を特に改善した。ドネペジルは、逆に悪化させるという予想外の結果だった。ドネペジルなど認知機能改善薬は、神経薬理学的作用と遂行機能の間に逆U字状の関係が指摘されており、聴覚野のアセチルコリン刺激が十分高い状況でドネペジルを入れることが逆効果だったのではないかと著者らは考察している。また、ドネペジルは言語理解よりもむしろ言語の表出に効果があるのではないかという検討もなされている。

Noninvasive Treatments for Acute, Subacute, and Chronic Low Back Pain: A Clinical Practice Guideline From the American College of Physicians. (2017.2.14 published online)

米国内科学会による腰痛の診療ガイドライン。

RECOMMENDATION 1:

Given that most patients with acute or subacute low back pain improve over time regardless of treatment, clinicians and patients should select nonpharmacologic treatment with superficial heat (moderate-quality evidence), massage, acupuncture, or spinal manipulation (low-quality evidence). If pharmacologic treatment is desired, clinicians and patients should select nonsteroidal anti-inflammatory drugs or skeletal muscle relaxants (moderate-quality evidence). (Grade: strong recommendation).

RECOMMENDATION 2:

For patients with chronic low back pain, clinicians and patients should initially select nonpharmacologic treatment with exercise, multidisciplinary rehabilitation, acupuncture, mindfulness-based stress reduction (moderate-quality evidence), tai chi, yoga, motor control exercise, progressive relaxation, electromyography biofeedback, low-level laser therapy, operant therapy, cognitive behavioral therapy, or spinal manipulation (low-quality evidence). (Grade: strong recommendation).

RECOMMENDATION 3:

In patients with chronic low back pain who have had an inadequate response to nonpharmacologic therapy, clinicians and patients should consider pharmacologic treatment with nonsteroidal anti-inflammatory drugs as first-line therapy, or tramadol or duloxetine as second-line therapy. Clinicians should only consider opioids as an option in patients who have failed the aforementioned treatments and only if the potential benefits outweigh the risks for individual patients and after a discussion of known risks and realistic benefits with patients. (Grade: weak recommendation, moderate-quality evidence).

ごく簡単に要約すると、”急性および亜急性の腰痛は、治療にかかわらず時間とともによくなる。まずは温める、マッサージなどの非薬物療法を選択するべきである。もし薬物療法が必要なら、NSAIDsや筋弛緩薬を用いる。慢性の腰痛では、最初に非薬物療法を選択し、非薬物療法への反応が不十分なら薬物療法を考慮すべきである。NSAIDsが第一選択薬で、トラマドールやデュロキセチンが第二選択薬となる。”
普段外来をしていると、腰痛を訴える高齢者は少なくないし、必要な知識だと思う。

Post to Twitter


最近の医学論文【中】

By , 2017年3月24日 9:26 PM

(最近の医学論文【上】より続く)

Assessment of Safety and Efficacy of Safinamide as a Levodopa Adjunct in Patients With Parkinson Disease and Motor Fluctuations: A Randomized Clinical Trial. (2017.2.1 published online)

MAO-B阻害薬である safinamideの第三相試験。Safinamideはジスキネジアのない on時間を 9.3時間から 1.42時間延長した。プラセボ群では 9.06時間から 0.57時間延長した。ジスキネジアは、safinamide群 14.6%, プラセボ群 5.5%だった。そして、FDAが 2017年3月21日承認

セレギリン、ラサギリンに続く薬剤。他の薬剤との直接比較がどうなのか知りたいところ。

Blood-based NfL: A biomarker for differential diagnosis of parkinsonian disorder. (2017.2.8 published online)

血液で、パーキンソン病とそれ以外のパーキンソン症候群 (atypical parkinsonian disorders; APD) を鑑別できないかという試み。パーキンソン病では neurofilament light chain (NfL) は上昇しないが、多系統萎縮症、進行性核上性麻痺、大脳皮質基底核変性症候群では上昇することを用いた。パーキンソン病を APDと鑑別する感度/特異度は、 Lund cohortで 82%/91%, London cohortで 80/90%, Early disease cohortで 70/80%だった。NfLは髄鞘化大径線維の変性のマーカーであり、脳卒中、頭部外傷、APD, 筋萎縮性側索硬化症、前頭側頭葉変性症などで上昇することが知られている。パーキンソン病では上昇しない。軸索変性が重度でなく、また広範ではないことが原因ではないかと推測されている。

NfL

NfL

血液検査で、精度良く鑑別できるのは大きな利点だと思う。

Development of a Biochemical Diagnosis of Parkinson Disease by Detection of α-Synuclein Misfolded Aggregates in Cerebrospinal Fluid. (2017.2.1 published online)

パーキンソン病患者の髄液中の微量の α-synucleinを protein misfolding cyclic amplification (PMCA) で検出することで、感度 88.5% (95%CI 79.2-94.6%), 特異度 96.9% (95%CI 89.3-99.6%) の診断精度をえられるという報告。

PMCAは 2014年に報告された論文で尿中のプリオン蛋白を検出するのに用いられた方法で、これがパーキンソン病の髄液 α-synucleinで報告されたというのは、α-syculeinとプリオン蛋白との類似性の現れなのかもしれない。

Predictors of survival in progressive supranuclear palsy and multiple system atrophy: a systematic review and meta-analysis. (2017.3.1 published online)

進行性核上性麻痺や多系統萎縮症の予後予測についての systematic review & meta-analysis。進行性核上性麻痺では、予後不良因子として、Richardson型、初期の嚥下障害や認知機能障害が挙げられる。多系統萎縮症の予後不良因子は、重度の自律神経障害、初期から自律神経障害と運動症状の合併が挙げられる。そのほか、進行性核上性麻痺と多系統萎縮症で、早期からの転倒も予後予測因子だった。

この論文で勉強になったのは、予後予測因子そのものより、各研究での生存曲線。いずれの疾患も、約5~10年で半数、10~15年で大部分が亡くなるという結果が一目瞭然。

Predictors of survival in PSP and MSA

Predictors of survival in PSP and MSA

Safety and efficacy of ozanezumab in patients with amyotrophic lateral sclerosis: a randomised, double-blind, placebo-controlled, phase 2 trial. (2017.1.28 published online)

筋萎縮性側索硬化症に対する分子標的治療薬 ozanezumabの第二相試験。SOD1G93A mouseに効果を示した Neurite outgrowth inhibitor A (Nogo-A) に対するモノクローナル抗体 ozanezumabは ALS患者に対して、プラセボ比較で効果を示すことができなかった。

論文の考察でも少し触れられているけれど、SOD1をターゲットに薬剤を開発しても、SOD1変異がない大部分の ALS患者では効果がないということなのだろうか・・・。SOD1変異のあるヒトを対象とした臨床試験をおこなったらどうだろうかと、ふと思った。

Zika virus infection and Guillain-Barré syndrome: a review focused on clinical and electrophysiological subtypes. (2016.10.31 published online)

ジカウイルスによる Guillan-Barre症候群の総説。AIDPタイプが多い、顔面の麻痺を伴うことが多い、入院時に抗asialo-GM1抗体が 31%に検出されるがジカウイルス抗原と asialo-GM1の関連を示すエビデンスはない、などの点がポイント。

Genetic heterogeneity of motor neuropathies. (2017.3.1 published online)

運動ニューロパチーの遺伝的多様性を調べたイギリス北部の大規模コホート研究。105名の内訳は、distal hereditary motor neuropathy (dHMN) 64名、axonal motor neuropathy (Charcot-Marie-Tooth disease type 2) 16名、hereditary motor neuropathy plus 25名であった。原因遺伝子は 35.6%で同定された。遺伝子の内訳と、鑑別を考えるときの手がかりは下記。

Genetic heterogeneity of motor neuropathies

Genetic heterogeneity of motor neuropathies

Netrin-1 receptor antibodies in thymoma-associated neuromyotonia with myasthenia gravis. (2017.3.1 published online)

胸腺腫、neuromyotonia, 重症筋無力症のある 3名の患者の血清を用いて免疫沈降法をおこなった。沈降したタンパク質 182のうち、コントロール群の血清と反応したタンパク質などを除外した後、細胞表面タンパク質が 9種類残った。Neuromyotoniaの患者サンプルを用いて、cell-based assayをおこない、Contactin-associated protein 2 (Casper2), Deleted in colon cancer (DCC), Netrin uncoordinated-5A receptor (UNC5A) の 3つの抗体が同定された。抗Netrin抗体 (DCC, UNC5A) 陽性患者はいずれも胸腺腫があった。

Serum antibody-positive patients

Serum antibody-positive patients

Venn diagram

Venn diagram

胸腺腫合併の重症筋無力症や neuromyotoniaで、抗Netrin-1抗体が陽性になることがあるらしいという話。覚えなくてはいけない抗体がどんどん増える。

Long-term survival in paraneoplastic Lambert-Eaton myasthenic syndrome. (2017.3.1 published online)

肺小細胞癌患者は、Lambert-Eaton筋無力症候群 (LEMS) を合併した方が予後がよさそうという報告。Lead time biasでは説明できないらしい。原因はよくわかっていないけれど、LEMSで検出される抗VGCC抗体が腫瘍の増殖にとってマイナスに働いているのではないかと推測されている。

肺小細胞癌とLEMS

肺小細胞癌とLEMS

Cerebellar Ataxia and Hearing Impairment. (2017.2.1 published online)

51歳男性。マラソンをして 1ヶ月もしないうちに進行性の歩行障害が出現した。また難聴を訴えが、他人の話したことを解釈するのが難しいようだった。浮動性めまいや膀胱直腸障害はなかった。バランス障害をきたすような家族歴は無かった。弁護士としての勤務は可能だった。神経学的には軽度の小脳失調はあったが、ミオクローヌスやパーキンソニズムはなかった。MoCAは 28/30点だった。頭部MRIは異常がなかった。髄液は正常で、14-3-3蛋白も正常範囲内だった。傍腫瘍症候群の抗体は陰性で、脳波も正常だった。1ヶ月後、車椅子生活となり、正確変化がみられた。小脳失調が悪化し、姿勢反射障害もみられたが、ミオクローヌスはなかった。けいれんが出現して入院した。精神症状が悪化し、無言となった。脳波も徐波となった。頭部MRIでは拡散強調像を含めて異常なかった。

診断はクロイツフェルト・ヤコブ病。感覚性失語を伴う急速進行性の失調が診断の手がかりとなる。鑑別診断は、亜急性失調+末梢性難聴として、傍腫瘍症候群、そのほか成人発症 CAPOS (cerebellar ataxia, pes cavus, optic atrophy, and sensorineural hearing loss) 症候群など。しかし、末梢性難聴がないことや、けいれんがあったことから考えにくい。亜急性の失調としては、ビタミンB1欠乏やビタミンE欠乏が挙げられるが、これらは正常だった。頭部MRIでも Wernicke脳症を示唆する所見はない。ビタミンB1を補充しても改善はなかった。橋本脳症のようなステロイド反応性脳症も考えたが、抗TPO抗体は陰性であり、ステロイドパルスも無効であった。通常耳鳴りや回転性めまいを伴わない聴力低下や聴覚過敏は、孤発性クロイツフェルト・ヤコブ病の初期症状として報告されている。髄液14-3-3蛋白、脳波、拡散強調像の感度/特異度は高い (髄液14-3-3蛋白 92/80%, 脳波での周期性同期性放電 67/86%, 拡散強調像 83-92/87-95%) が、いずれも正常な場合があり、特に初期症状が小脳失調の場合に多い。これらは無言無動状態となってさえみられないことがある。この患者の剖検では、視床、海馬、小脳歯状回に海綿状変性があり、ウエスタンブロットで異常プリオンタンパクの存在が確認された。病理学的には thalamic CJD / sporadic familial insomniaに合致する所見であったが、このような表現型ではなかった。

主要検査所見が全て陰性である triple negative CJDは小脳失調で発症するタイプにみられやすいことを 2016年12月31日のブログで書いておきながら、すっかり忘れていた。復習が必要。

The prion model for progression and diversity of neurodegenerative diseases. (2017.2.23 published online)

神経変性疾患の原因タンパク質が個体内あるいは個体間で伝播するというプリオン仮説の総説。研究の現状や、治療 (免疫療法、RNA干渉)。

prion仮説

神経変性疾患のprion仮説

ラボで基礎実験をしていた時代、TDP-43のプリオン仮説を唱えている先生の講演を聞いて以来、注目している仮説。

最近の医学論文【下】

Post to Twitter


最近の医学論文【上】

By , 2017年3月24日 9:23 PM

論文を読んでいて、ちょっとおかしな点があったので酔った勢いで知り合いに連絡を取って、レターを書いたら、脳卒中の某 top journalに通りました。普段は酔った勢いで失敗してばかりですが、プラスに働くこともあるんですね。あと、編集中の雑誌が出版間際なのですが、原稿落ちの危機にあって 5日間で総説一本書き上げました。普段読んだ論文をブログ記事にしているため、ブログ内検索しながら引用すべき文献を見つけられて、結構楽でした。忙しいけれど、こうして書いておくと、何かの役に立ちますね。

Effectiveness and safety of reduced dose nonvitamin K antagonist oral anticoagulants and warfarin in patients with atrial fibrillation: propensity weighted nationwide cohort study. (2017.2.1o published online)

腎障害、年齢、体重などにより、NOACは減量して用いる。減量して用いた患者でのコホート研究 (propensity scoreを使用) が BMJ誌に掲載された。その結果、虚血性脳卒中及び全身性塞栓症リスク (%/year) は、アピキサバン 4.8,ダビガトラン 3.3, リバロキサバン 3.5, ワルファリン 3.7だった。ワルファリンとの比較では、効果に関するハザード比は、アピキサバン 1.19 (95%CI 0.95-1.49), ダビガトラン 0.89 (0.77-1.03), リバロキサバン 0.89 (0.69-1.16) だった。主要安全性アウトカムは、アピキサバン 0.96 (0.73-1.27), ダビガトラン 0.80 (0.70-0.92), リバロキサバン 1.06 (0.87-1.29) だった。

通常量だと NOAC間で効果に差がなくアピキサバンの出血リスクが低そうという結果だったが、減量量に関していえば、アピキサバンは効果が劣る、ダビガトランの出血リスクが低いということで、ダビガトランに軍配があがりそうだ。

Optimal Timing of Anticoagulant Treatment After Intracerebral Hemorrhage in Patients With Atrial Fibrillation. (2016.12.20 published online)

心房細動のある患者が脳出血を発症した場合、いつ頃から抗凝固療法を再開すればよいかを調べたコホート研究。脳出血発症 7~8週間後から再開すると、効果とリスクの比が最もよさそうだ。

Cardioembolic Stroke. (2017.2.3 published online)

Atrial Fibrillation and Mechanisms of Stroke: Time for a New Model. (2017.1.19 published online)

③と④は同じ著者による論文。心房細動では説明できない心原性脳塞栓症が多いことがわかってきていて、心房心筋症や心房の線維化など、心房基質の異常というモデルが注目されているという内容。2017年1月9日のブログ記事で詳しく紹介した論文と似た内容。

Histopathological Differences Between the Anterior and Posterior Brain Arteries as a Function of Aging. (2017.2.14 published online)

脳バンクの 194剖検脳を用いて、脳の前方循環と後方循環の動脈の病理組織学な違いを検討。後方循環の動脈は前方循環と比べて、壁が薄く、エラスチンが少なく、求心性の内膜肥厚が強かった。前方循環と比べると、脳底動脈は内弾性板に囲まれた動脈の面積が大きく (動脈拡張を示唆する)、椎骨動脈はエラスチンの欠損、求心性内膜肥厚、非アテローム硬化性狭窄が強かった。若者では椎骨動脈の石灰化が前方循環よりも強かったが、加齢とともにこの差は目立たなくなった。

前方循環と後方循環の脳梗塞の違いを比較するときに役に立ちそうな報告だと思う。

Intravenous Thrombolysis in Unknown-Onset Stroke: Results From the Safe Implementation of Treatment in Stroke-International Stroke Thrombolysis Registry. (2017.2.7 published online)

発症時刻不明で血栓溶解療法をおこなった症例と、発症 4.5時間以内に血栓溶解療法をおこなった症例を比較した。その結果、発症時間不明の脳卒中では、発症4.5時間以内とくらべて、症候性出血は増えなかった (調整オッズ比 1.09, 95%CI 0.44-2.67) が、死亡が増え (調整オッズ比 1.58, 95%CI 1.04-2.41)、良好なアウトカム (mRS) は減少した (調整オッズ比 1.29, 95%CI 1.01-1.65)。

mRS at 90 days

mRS at 90 days

発症時刻不明の脳卒中症例で、頭部CTで early signが出ていなかったり、頭部MRIの拡散強調像での高信号域が狭かったりすると、私は「まだ発症してすぐなんだろうな」と思いながら、血栓溶解療法は結局やらない (というか、基本的に発症 4.5時間以内というのが確認できる症例じゃなきゃ、やっちゃダメだし)。発症時刻不明の脳卒中で血栓溶解療法をすると、発症 4.5時間以内の症例に比べて予後が悪くなるというのは予想できる結果だったけど、どの程度というのがわかって勉強になった。

Association of Preceding Antithrombotic Treatment With Acute Ischemic Stroke Severity and In-Hospital Outcomes Among Patients With Atrial Fibrillation. (2017.3.14 published online)

心房細動の既往のある急性期虚血性脳卒中患者 94474名を対象として、発症前におこなわれていた治療と脳卒中の重症度 (NIHSS 16点以上を中等度~重症脳卒中と定義) を後方視的に調べた。脳卒中発症前に 7.6%が治療域 (INR≧2) のワルファリン、8.8%が NOACsを内服していた。83.6%は治療域の抗凝固療法を受けていなかった。13.5%はワルファリンを内服していたが治療域でなく、39.9%は抗血小板薬単独であり、30.3%は何の抗血栓治療も受けていなかった。CHA2DS2-Vasc 2点以上で抗凝固療法をおこなっていなかった理由の内訳は、記載なし 65.8%, 出血リスク 16.3%, 転倒リスク 10.3%, 終末期 6.2%, 患者の拒否 4.3%などだった。交絡因子で調整後、発症前に抗血栓療法がおこなわれていた患者では、中等度~重症脳卒中 (調整後オッズ比 治療域のワルファリン 0.56 [95%CI 0.51-0.60], NOACs 0.65 [0.61-0.71], 抗血小板薬 0.88 [0.84-0.92]) および院内死亡 (調整後オッズ比 ワルファリン 0.75 [0.67-0.85], NOACs 0.75 [0.72-0.88], 抗血小板薬 0.83 [0.78-0.88]) のオッズが低かった。

神経内科医になって、心房細動があるのに抗凝固療法をされずに心原性脳塞栓症で運ばれてくる患者さんを日々みて切々と感じていたのは、「なぜこの方は抗凝固療法をされていなかったのだろう。ひょっとしたら防げていたかもしれないのに。」ということ。おそらく NOACsが発売になり製薬会社がプロモーションの一環として抗凝固療法の必要性の啓蒙活動をするようになったこと、CHADS2あるいは CHA2DS2-Vasc scoreが知られるようになり抗凝固療法の適応がわかりやすくなったことが原因で、最近では適切に抗凝固療法が行われている症例が増えていると思う。そして、きちんと予防治療されている患者では、仮に虚血性脳卒中を発症しても軽くすむことが多いというデータ。抗血小板薬でも中等度~重症脳卒中および院内死亡の低下とこれだけ相関があるというのは少し驚きだった。

Validating the HERDOO2 rule to guide treatment duration for women with unprovoked venousthrombosis: multinational prospective cohort management study. (2017.3.17 published online)

誘因のない静脈血栓塞栓症において、女性の 51.3%が HERDOO2 (Hyperpigmentation, Edema, or Redness in either leg; D-dimer level ≥250 μg/L; Obesity with body mass index ≥30; or Older age, ≥65 years) の low riskに分類された。この場合、5-12ヶ月の短期間で抗凝固療法をやめても再発率は低かった (3.0% per patient year, 95% confidence interval 1.8% to 4.8%)。HERDOO2高リスク女性および男性では、治療を中止すると 8.1%  (95%CI 5.2% to 11.9%) per patient yearの再発があり、抗凝固療法を続けた場合は 1.6% (95%CI 1.1-2.3%) per partient yearの再発リスクだった。

HERDOO2

HERDOO2

いつまで抗凝固療法をつづけるかの指標として便利なので覚えておきたい。

 

Tumefactive demyelination following treatment for relapsing multiple sclerosis with alemtuzumab. (2017.2.8 published online)

症例は 39歳の女性。24歳時に再発緩解型多発性硬化症と診断。Glatiramer acetate→fingolimod→natalizumabで治療してきて、JC virusが陽性となったことを転機に alemtuzumabに変更。4ヶ月後、脱髄病巣による腫瘤形成がみられた。著者らは、リンパ球の populationが劇的に変化したためではないかと推測している。

Alemtuzumabは、種々の副作用のため米国では承認が延長された過去があり、最近副作用絡みの報告が専門誌に散見されるので、かなり注意して使わないといけない薬剤だと思う。

Treatment effectiveness of alemtuzumab compared with natalizumab, fingolimod, and interferon beta in relapsing-remitting multiple sclerosis: a cohort study. (2017.2.10 published online)

再発寛解型多発性硬化症について、alemtuzumabと他の薬剤を比較したコホート試験。年間再発割合は、alemtuzumab 0.19 vs interferon beta 0.53, alemtuzumab 0.15 vs fingolimod 0.34, alemtuzumab 0.20 vs natalizumab 0.19だった。障害のアウトカムでは、alemtuzumabは interferon beta, fingolimod, natalizumabと比較して有意差はなかった。alemtuzumabは障害の改善において、 interferon beta, fingolimodと差はなく、natalizumabより劣った。

Alemtuzumabや natalizumabの再発抑制効果は高いことはよくわかるけれど、いずれも副作用が気になるところ。重症例向けの薬剤なのだろうな・・・。

Long-term Outcomes After Autologous Hematopoietic Stem Cell Transplantation for Multiple Sclerosis. (2017.2.20 published online)

多発性硬化症に対する自家造血幹細胞移植の長期成績。281名の患者、追跡の中央値 6.6年の報告。78%が進行型の多発性硬化症だった。末梢血幹細胞の mobilizationをしたときの EDSSスコアの中央値は、6.5だった。8名 (2.8%, 95%CI 1.0-4.9%) が移植後 100日以内に死亡した。EDSSスコアによる評価で悪化がなく 5年間過ごせたのは 46%だった。移植後の神経学的疾患進行に関する因子は、高齢、進行型、2種類以上の疾患修飾薬を使用した既往であった。ベースラインの EDSSスコアが高い患者では、全生存の悪化と関連があった。

移植治療は侵襲の大きな治療で、約3%が移植に関連して亡くなるが、うまくいけば約半数の患者で明らかな進行なく過ごせるという、ハイリスク・ハイリターンの治療。

Neurodegeneration in multiple sclerosis and neuromyelitis optica. (2016.9.28 published online)

多発性硬化症と視神経脊髄炎の神経変性についての総説。多発性硬化症では髄鞘が障害されやすいけれど、視神経脊髄炎では軸索が障害されやすいことを説明した図がわかりやすい。

MS and NMO

MS and NMO

 

Possible liver injury added to label of Biogen MS drug (2017.1.25)

2017年2月22日に本邦でも発売開始となった フマル酸ジメチル (商品名 テクフィデラ) だが、米国では 添付文書に肝障害の副作用について記すことになったらしい。フマル酸ジメチルで重度の肝障害をきたした症例が複数報告されており、販売するバイオジェンのスポークスマンによれば、23万人治療して、14例だったとのこと。発症時期は数日~数ヶ月で幅があるらしい。

最近の医学論文【中】

Post to Twitter


Panorama Theme by Themocracy