Category: 音楽関連

Sad music induces pleasant emotion

By , 2013年8月2日 8:55 AM

2013年6月13日の frontiers in psychology誌に、”Sad music induces pleasant emotion” という論文が掲載されました。無料公開されています。

Sad music induces pleasant emotion

著者は東京芸術大学、理化学研究所のグループです。責任著者は、鳥の歌研究で有名な岡ノ谷一夫先生です。

論文を読んで最初に驚いたのが、査読者の名前が公開されていることです。こうされると、査読される側もいい加減な査読は出来ませんね (^^;

内容は、理化学研究所のプレスリリースがあるので、そちらをご覧いただくのがよいと思います。

悲しい音楽はロマンチックな感情ももたらす

-なぜ私たちは悲しい音楽を聴くのかが明らかに-

プレスリリースで大体の内容はわかるのですが、折角論文を読んだので、プレスリリースの補足をしながら、簡単に内容を紹介します。

悲しみは一般に negativeな感情と考えられるのに、われわれは何故悲しい音楽を聴くのか?

最初に著者らが立てた仮説は以下の 2つでした。

①体験した感情 “felt emotion” は必ずしも判断された感情 “perceived emotion” と一致しないのではないか ?

②音楽的経験のある方が、悲しい音楽を聞いた時により悦びを感じるのではないか?

そんな問に答えるため、18歳~46歳の44人(男性19人、女性25人)の実験参加者に聞いてもらい、鑑賞後にどのような感情が生じたか、62の感情 (Table 1) とその強度を答えてもらいました (神経心理学の研究でよく用いられる手法です)。

table.1

table.1

その結果、悲しい音楽は悲しみを与えるものの、被験者は実際にはそこまで悲しい感情になっておらず、曲から受けとるよりもロマンチックな感情 (romantic) や、陽気な感情 (blithe emotion) が生じていることが明らかになりました (Figure 1)。

figure.1

figure.1

このことには、音楽経験は関係ないという結果でした。音楽経験が関係ないという結果は、Kawakamiらによる先行研究とは矛盾しますが、著者らは Kawakamiらが使用した評価尺度に問題があったのではないかと考えているようです。

著者らは、悲しい音楽で快の感情が生じるという「両価的感情 (ambivalent emotion)」が何故生じるのか、3つの可能性を考えました。

1) 聴き手が予期したことが当たると心地よいと感じる予測効果 (prediction effect) です。例えそれが悲しい音楽であったとしても生じます。

2) 芸術を愉しむという審美的なコンテクストでは、悲しい音楽でも快の感情が引き起こされるのかもしれません。

3) 日常では、判断された感情は周囲の状況にマッチしています。しかし、音楽が危険を表現していても、聴き手は安全です。そのため、われわれは代理的に感情を経験をすることができます (代理感情)。

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Fiddler’s neck

By , 2013年5月1日 7:43 AM

首筋フェチのヴァイオリン弾きには外せない論文を見つけたので紹介します。 2012年9月の Dermatology online journalからです。

Fiddler’s neck: Chin rest-associated irritant contact dermatitis and allergic contact dermatitis in a violin player

Jennifer E Caero1 BA, Philip R Cohen2,3,4 MD
Dermatology Online Journal 18 (9): 10
1. The University of Texas Medical School at Houston, Houston, Texas
2. Department of Dermatology, University of Texas Health Science Center, Houston, Texas
3. Department of Dermatology, University of Texas MD Anderson Cancer Center, Houston, Texas
4. Health Center, University of Houston, Houston, Texas

Abstract

Fiddler’s neck refers to an irritant contact dermatitis on the submandibular neck of violin and viola players and an allergic contact dermatitis to nickel from the bracket attaching the violin to the chin rest on the violinist’s supraclavicular neck. A 26-year-old woman developed submandibular and supraclavicular left neck lesions corresponding to the locations of the chin rest and bracket that was attached to her violin that held it against her neck when she played. Substitution of a composite chin rest, which did not contain nickel, and the short-term application of a low potency topical corticosteroid cream, resulted in complete resolution of the allergic contact dermatitis supraclavicular neck lesion. The irritant contact dermatitis submandibular neck lesion persisted. In conclusion, violin players are predisposed to developing irritant contact dermatitis or allergic contact dermatitis from the chin rest. We respectfully suggest that the submandibular neck lesions from contact with the chin rest be referred to as ‘fiddler’s neck – type 1,’ whereas the supraclavicular neck lesions resulting from contact of the bracket holding the chin rest in place be called ‘fiddler’s neck – type 2.’ A composite chin rest should be considered in patients with a preceding history of allergic contact dermatitis to nickel.

ヴァイオリンの顎当てによる接触性皮膚炎を fiddler’s neckと呼びます。

今回の症例は 26歳女性です。ニッケルのイヤリングで湿疹の既往があります。左顎下部に 15 x 15 mmの高色素斑、左鎖骨上部に掻痒感のある、紅斑、湿疹の隣接があり、これらは融合傾向を示しました。楽器を構えてもらうと、左顎下部は楽器の顎当てが当たる場所で、鎖骨上部は顎当てを固定するニッケル製の器具が当たる場所でした。fiddler’s neckと診断し、desconide 0.05%クリームの塗布による治療を行いました。顎当てを固定する器具に金属を含まないヴァイオリンを使用することで鎖骨上部の皮疹は改善しましたが、顎下部の皮疹は残存しました。

Onderらが 97名のオーケストラ奏者、20名の歌手を調べたところでは、最も皮膚疾患の多かったのはヴァイオリン奏者で、33名のヴァイオリン奏者中 6名で fiddler’s neckを認めました。また、Gamblicherらによると、ドイツの音大生 412名のうち、21.6%に楽器関連皮膚疾患があり、最もリスクが高かったのが弦楽器奏者及び撥弦楽器奏者でした。

Fiddler’s neckには下記の 2つの病態があります。

①type 1: 一次接触性皮膚炎 (irritant contact dermatitis) で主として顎当ての当たる顎下部左側に見られるものです。色素沈着を伴う、或いは伴わない苔癬化として記載されます。病因としては、頸部における楽器の圧迫、顎当てと皮膚の摩擦、衛生、楽器自体が挙げられます (これらは fiddler’s neck type 2も増悪させるかもしれません)。治療は原因から遠ざかることです。楽器を弾く限り原因から遠ざかることは難しいですが、顎当てと首の間にクッションを置くのは一つの方法です。

②type2:アレルギー性接触性皮膚炎 (allergic contact dermatitis) で、多くは顎当てを固定する器具に含まれるニッケルによって起こります。通常、鎖骨上部左側に起こります。掻痒感のある紅斑で、不明瞭なあるいは水疱性のあるいは両者を伴った浸潤性、落屑性皮疹であるかもしれません。治療は原因から遠ざかることです。顎当てを固定する金属の器具を覆うように包帯を用いることや、根本的には器具を金属を含まないものに交換するといった方法があります。

 そういえば、私の妹にもあった気がします。わりと頻度が高いようなので、次からはヴァイオリン或いはヴィオラ奏者の首筋をもっと注意深く観察しておきたいと思います。若い女性ヴァイオリン奏者の首を眺めすぎて通報されないようには気をつけます (^^;

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クリスマスBMJ

By , 2013年4月10日 7:53 AM

British Medical Journal (BMJ) は、超一流医学雑誌ですが、毎年クリスマス特集号でネタ系論文を掲載しています。一例として下記に紹介します。

BMJクリスマス号

医師の中で一番ハンサムなのは外科医

減塩を推奨する政府・医療機関は、減塩ができていない

最近、2011年のクリスマス BMJにベートーヴェンの難聴と作曲スタイルの論文が掲載されていることを知り、読んでみました。

Beethoven’s deafness and his three styles

論文を読んだ後、AFPニュースで詳細に紹介されているのを見つけました。

難聴が生み出したベートーベンの名曲たち、オランダ研究

2011年12月22日 18:37
【12月22日 AFP】ドイツの作曲家ベートーベン(Ludwig van Beethoven)が生み出した名曲の数々に、聴力の衰えが深く反映されているというオランダの研究チームによる論文が、20日の英医学誌「ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル(British Medical JournalBMJ)」に掲載された。

ベートーベンが楽器や人の話し声の高音が聞こえづらいと最初に訴えたのは1801年、30歳のときだった。1812年には、ほとんど叫ぶように話さないとベートーベンには聞き取れなくなり、1818年には筆談でのコミュニケーションを始めている。1827年に死去したが、晩年には聴力はほぼ完全に失われていたとみられる。

ライデン(Leiden)にあるオランダ・メタボロミクスセンター(Netherlands Metabolomics Centr)のエドアルド・サセンティ(Edoardo Saccenti)氏ら3人の研究者は、ベートーベンの作曲活動を初期(1798~1800年)から後期(1824~26年)まで4つの年代に区切り、それぞれの時期に作曲された弦楽四重奏曲を分析した。

研究チームが着目したのは、各曲の第1楽章で第1バイオリンのパートが奏でる「G6」より高い音の数だ。「G6」は、周波数では1568ヘルツに相当する。

難聴の進行とともに、G6音よりも高音域の音符の使用は減っていた。そしてこれを補うかのように、中音域や低音域の音が増えていた。これらの音域は、実際に曲が演奏されたときにベートーベンが聞き取りやすかった音域帯だ。

ところが、ベートーベンが完全に聴力を失った晩年に作られた曲では、高音域が復活している。これは、内耳(骨伝道)でしか音を聞けなくなったベートーベンが作曲の際、演奏された音に頼ることをやめ、かつての作曲経験や自身の内側にある音楽世界に回帰していったためだと、研究は推測している。(c)AFP

【参考】サセンティ氏らによる実演付きの研究結果説明の動画(ユーチューブ)(英語)

論文の内容はこの通りです。少し補足すると、ベートーヴェンのカルテットは通常 3つの時期 (前期、中期、後期) に分けられますが、この論文では 4つに分けています。すなわち前期 1798-1800年 (作品 18), 中期1 1805-1806年 (作品 59), 中期2 1810-1811年 (作品 74, 95), 後期 1824-1826年です。中期の作品 59と、作品 74, 95はスタイルが異なり、作曲時期も違うため、分けたようです。 

論文にある Figure 2を見ると、著者らの主張が一目瞭然です。

Fig 2

Fig 2

(追記) 昔、ベートーヴェンの耳疾についてブログに書いたことがありますので、興味のある方は御覧ください。

耳の話

さらに、ロマン・ロランが書いた本に、ベートーヴェンが伝音性難聴であったことを示唆する記述がありました。併せてどうぞ。

ベートーヴェンの生涯

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MUSICOPHILIA

By , 2013年2月24日 10:19 AM

音楽嗜好症 (オリヴァー・サックス著、大田直子訳、早川書房)」を読み終えました。

オリヴァー・サックスの書いた本を読むのは初めてでしたが、彼は独特の研究スタイルを持っていると感じました。多くの科学者は、間違いないと確認されたことを足がかりに次のステップに進んでいきますが、彼の場合はとりあえず正確かどうかは二の次にして手に入る限りの情報を集めて、その中からエッセンスを抽出する方法を取っているようでした。そのため、所々「本当にそう言い切れるのかな?」と感じさせる部分はありましたが、独自の視点で音楽について論じることが出来ていました。

本書は、音楽に対して医学的にあらゆる角度からアプローチしています。症例が豊富ですし、論理を裏づけるために引用した科学論文も膨大な量です (末尾に文献集があります)。

特に印象に残ったのはパーキンソン病と音楽療法についてです。日本では林明人先生が「パーキンソン病に効く音楽療法CDブック」を出されていますが、L-Dopa登場前に既に行われていて、大きな効果を上げていたことは初めて知りました。

また「誘惑と無関心」と題された、失音楽に関する章でイザベル・ペレッツの名前を見た時は驚きました。メールのやり取りをしたことがある研究者だったからです。この業界では有名人なので、登場してもおかしくはないのですが。

それと、ウイリアムズ症候群の患者達がバンドを組んでデビューしている話も興味深かったです。Youtubeで動画が見られます。

The Williams Five

5足す 3が出来ないくらいの mental retardationがありながら、プロの音楽家として立派に活躍しているというのは、音楽がそういうことは別に存在していることを示しています。

このように興味深い話題が豊富なのですが、内容をすべては紹介できないので、代わりに目次を紹介しておきます。本書がどれだけ広範な角度から音楽にアプローチしているか、伝われば幸いです。

序章

第1部 音楽に憑かれて

第1章 青天の霹靂―突発性音楽嗜好症

第2章 妙に憶えがある感覚―音楽発作

第3章 音楽への恐怖―音楽誘発性癲癇

第4章 脳のなかの音楽―心象と想像

第5章 脳の虫、しつこい音楽、耳に残るメロディー

第6章 音楽幻聴

第2部 さまざまな音楽の才能

第7章 感覚と感性―さまざまな音楽の才能

第8章 ばらばらの世界―失音楽症と不調和

第9章 パパはソの音ではなをかむ―絶対音感

第10章 不完全な音感―蝸牛失音楽症

第11章 生きたステレオ装置―なぜ耳は二つあるのか

第12章 二〇〇〇曲のオペラ―音楽サヴァン症候群

第13章 聴覚の世界―音楽と視覚障害

第14章 鮮やかなグリーンの調―共感覚と音楽

第3部 記憶、行動、そして音楽

第15章 瞬間を生きる―音楽と記憶喪失

第16章 話すことと、歌うこと―失語症と音楽療法

第17章 偶然の祈り―運動障害と朗唱

第18章 団結―音楽とトゥレット症候群

第19章 拍子をとる―リズムと動き

第20章 運動メロディー―パーキンソン病と音楽療法

第21章 幻の指―片腕のピアニストの場合

第22章 小筋肉のアスリート―音楽家のジストニー

第4部 感情、アイデンティティ、そして音楽

第23章 目覚めと眠り―音楽の夢

第24章 誘惑と無関心

第25章 哀歌―音楽と狂喜と憂鬱

第26章 ハリー・Sの場合―音楽と感情

第27章 抑制不能―音楽と側頭葉

第28章 病的に音楽好きな人々―ウィリアムズ症候群

第29章 音楽とアイデンティティ―認知症と音楽療法

謝辞

訳者あとがき

参考文献

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絶対音感を身につけるタイミング

By , 2013年2月21日 7:05 PM

2013年 1月 29日に、音楽に関する sensitive periodについての論文を紹介しました。

絶対音感にも、sensitive periodがあり、大人になってから身につけようと思っても、まず無理です。「では、何歳までなら大丈夫なのか?」という問いに答えた論文を見つけましたので、紹介します。

Absolute pitch among American and Chinese conservatory students: Prevalence differences, and evidence for a speech-related critical period a

Absolute pitch is extremely rare in the U.S. and Europe; this rarity has so far been unexplained. This paper reports a substantial difference in the prevalence of absolute pitch in two normal populations, in a large-scale study employing an on-site test, without self-selection from within the target populations. Music conservatory students in the U.S. and China were tested. The Chinese subjects spoke the tone language Mandarin, in which pitch is involved in conveying the meaning of words. The American subjects were nontone language speakers. The earlier the age of onset of musical training, the greater the prevalence of absolute pitch; however, its prevalence was far greater among the Chinese than the U.S. students for each level of age of onset of musical training. The findings suggest that the potential for acquiring absolute pitch may be universal, and may be realized by enabling infants to associate pitches with verbal labels during the critical period for acquisition of features of their native language.

© 2006 Acoustical Society of America

[背景]

絶対音感は、参照にする音がなくても音名がわかったり、その高さの音を出したりする能力ですが、アメリカやヨーロッパでは非常に稀とされ、おそらく 10000人に 1人以下であると言われています。稀ということもあって、絶対音感はしばしば、非常に優れた能力であるとみなされます。しかし、実際には絶対音感がなくても優れた音楽能力を持つ人はたくさんいます。ドイチュらは、2006年の論文に「ヴェトナム語と北京語を母国語として話す人たちは、単語のリストを読む時に非常に正確な絶対音感を示す」ことを報告しました。

声調言語はピッチの高さとそのコントロールに規定されます。声調言語である北京語では、例えば「マー」と発音したとき、第一声 (高い音で平板に) だと母、第二声 (中ぐらいの高さで始めてさらに高く) だと麻、第三声 (中ぐらいの高さからいったん低く下げ、最後は尻上がりに) だと馬、第四声 (高い音から低い音に下げる) だと非難・・・といった感じです。このように微妙なピッチの感覚を子供の頃から身につけていると、絶対音感取得に役立つのではないかというのがドイチュらの推測です。さらにドイチュらは英語のような非声調言語より、声調言語の方が絶対音感の保持率が高くなるのではないかと推測しました。子供の頃に微妙なピッチの感覚が身につかない非声調言語では、それを応用して絶対音感を身につけることができないので、特に音楽を開始する年齢が強調されるのです。

今回、絶対音階を身につけるために言語に関連した臨界期 (critical period) を調べるため、北京中央音楽学校 (Central Conservatory of Music; CCOM) とイーストマン音楽学校 (Eastman School of Music; ESM) の 1年生を比較しました。

[方法]

①被験者

CCOM: 男性 28名、女性 60名、平均年齢 20歳 (17-34歳)

ESM: 男性 54名、女性 61名、平均年齢 19歳 (17-23歳)

音楽開始年齢別分類 (比較の関係上、少なくとも 9名以上含まれるサブグループを用いた)

CCOM: 4-5歳 43名、6-7歳 22名、8-9歳 12名

ESM: 4-5歳 21名、6-7歳 31名、8-9歳 24名、10-11歳 20名、12-13歳 9名

②音源

音源は Kurzwei K2000 synthesizerによるピアノ音で、C3 (131 Hz) ~ B5 (988 Hz) の音を用い、CDないし DVDを通じて被験者に聴かせました。相対音感を使いにくくするためにそれぞれの音の感覚は 1オクターブ以上離しました。チューニングは A4= 440Hzとして、音の長さは 500 msとしました。検査は 12個の音を含む 3つのブロックに分け、ブロック内での音と音の感覚は 4.25秒とし、ブロック間では 39秒の休憩をとりました。

[結果]

Fig.1A 正解率 85%以上を絶対音感ありとしました。

Fig. 1B 半音の間違いは許容した上で、正解率 85%以上を絶対音感ありとしました。

Fig1

Fig. 1

・CCOMにおいても、ESMにおいても、早期から音楽トレーニングを始めるほうが絶対音感保有率が高いことがわかりました

・絶対音感保有率は、どの音楽開始年齢においても CCOMの方が ESMよりはるかに高かいことがわかりました

・絶対音感保有率に性差はありませんでした

[考察]

 今回の研究で、絶対音感の獲得には声調言語でも非声調言語でも臨界期が存在することが示されました。絶対音感は、声調言語を用いる中国人の方が保有率が高いですが、ひょっとすると遺伝的な要素も影響を与えているかもしれません。

  この論文の Figure. 1を見ると、絶対音感を身につけるためにはだいたい 9歳くらいまでに音楽を始める必要があるのがわかりますし、若ければ若いほどよさそうです。弦楽器奏者及びピアノ奏者の方が管楽器奏者より絶対音感保有率が高いことは広く知られているので、楽器別の分析に興味が湧きましたが、残念ながら論文中にそれらについての記載はありませんでした。

さて、実は日本人とポーランド人の音楽性を比較した研究も 2012年 11月に発表されています。この研究を行った宮崎先生は日本での絶対音感研究の第一人者です (昔、研究室のサイトに論文が公開されていて、読んで勉強させて頂いていたのですが、いつの間にかなくなっていて、がっかりしています)。

Prevalence of absolute pitch: a comparison between Japanese and Polish music students.

Source

Department of Psychology, Niigata University, Niigata 950-2181, Japan. miyazaki@human.niigata-u.ac.jp

J Acoust Soc Am. 2012 Nov;132(5):3484-93. doi: 10.1121/1.4756956.

Abstract

Comparable large-scale surveys including an on-site pitch-naming test were conducted with music students in Japan and Poland to obtain more convincing estimates of the prevalence of absolute pitch (AP) and examine how musical experience relates to AP. Participants with accurate AP (95% correct identification) accounted for 30% of the Japanese music students, but only 7% of the Polish music students. This difference in the performance of pitch naming was related to the difference in musical experience. Participants with AP had begun music training at an earlier age (6 years or earlier), and the average year of commencement of musical training was more than 2 years earlier for the Japanese music students than for the Polish students. The percentage of participants who had received early piano lessons was 94% for the Japanese musically trained students but was 72% for the Polish music students. Approximately one-third of the Japanese musically trained students had attended the Yamaha Music School, where lessons on piano or electric organ were given to preschool children in parallel with fixed-do solfège singing training. Such early music instruction was not as common in Poland. The relationship of AP with early music training is discussed.

PMID:23145628

論文にアクセスできなかったので、abstractから抜粋して紹介させて頂きます。

音楽学生を調べた所、絶対音感保有者はポーランドでは 7%だったのに対し、日本人では 30%でした。絶対音感保有者は 6歳までに楽器を始めていました。日本人の音楽学生は、ポーランド人学生に比べて平均 2歳早く音楽を始めていました。幼い頃よりピアノトレーニングを開始していた音楽学生は、日本人では 94%だったのに対し、ポーランド人では 72%でした。日本人音楽学生の 1/3が、固定ドで英才教育をするヤマハ音楽学校で習っていました。このような教育法はポーランドでは一般的ではありません。この論文では絶対音感と早期音楽トレーニングについて考察しました。

ちなみに私はヴァイオリンの音域だけ絶対音感があります。それも第 1-3ポジションで弾ける音のみです。コンクールでモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第 3番を弾いたのが 8歳の時で、この曲は第 3ポジションまでの音を使いますから、私の絶対音感はヴァイオリンを始めた 4歳からおよそこの頃までに身についた能力なのだということが感覚としてわかります。もし私が鍵盤楽器を練習していれば、絶対音感はもう少し幅の広いものになったでしょう。

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音楽を習い始めるタイミング

By , 2013年1月29日 7:33 AM

2013年 1月 13日の The Journal of Neuroscience誌に、音楽を始める時期についての論文が掲載されていました。人間のいくつかの能力には “sensitive period” というものがあり、ある時期までに始めないと高度には身につかないものがあります。外国語の勉強をする時などに身に沁みて感じます。

音楽についても “sensitive period” は当然存在すると考えられています。優れたソリストのほとんどが、子供の頃から楽器を始めていることを考えれば感覚的にわかると思います。

Early Musical Training and White-Matter Plasticity in the Corpus Callosum: Evidence for a Sensitive Period

Training during a sensitive period in development may have greater effects on brain structure and behavior than training later in life. Musicians are an excellent model for investigating sensitive periods because training starts early and can be quantified. Previous studies suggested that early training might be related to greater amounts of white matter in the corpus callosum, but did not control for length of training or identify behavioral correlates of structural change. The current study compared white-matter organization using diffusion tensor imaging in early- and late-trained musicians matched for years of training and experience. We found that early-trained musicians had greater connectivity in the posterior midbody/isthmus of the corpus callosum and that fractional anisotropy in this region was related to age of onset of training and sensorimotor synchronization performance. We propose that training before the age of 7 years results in changes in white-matter connectivity that may serve as a scaffold upon which ongoing experience can build.

この論文では、被験者を 7歳までにトレーニングを開始した音楽家、7歳以降にトレーニングを開始した音楽家、非音楽家に分けて評価しました。その結果、7歳までにトレーニングを始めると脳梁 (特に posterior midbody/isthmus) の発達が良いことが確認されました。またこの部位において、拡散テンソル画像で調べた異方性度 (fractional anisotropy; FA, 白質の変化を反映) は、トレーニング開始年齢と感覚運動同期パフォーマンスに関連していることがわかりました。

小さい頃から音楽を始めることが高度に能力に発達させるために大事であることは様々な研究で示されていますが、この研究によると、 7歳までに音楽を始めることで、それに対応して脳梁の白質線維連絡が強化するようです。おそらく、これは高度な音楽能力に貢献しているのでしょう。

ということで、私も自分の子供が 7歳になるまでに音楽トレーニングを開始しようと思いました。問題は、子供の母親が私と出会っていなくて、従ってまだ生まれてくる見込みがないことです (^^;

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脳梗塞と音楽能力

By , 2013年1月14日 6:38 AM

音楽能力が脳のどこに局在するかは、様々な学者が研究している興味深いテーマです。 Functional MRIなどの画像検査で脳のどこが賦活化されるか調べるのもひとつの方法ですが、脳の病気で失われた部分と音楽能力を比較するのも昔から行われている有力な方法です。

ある高名な指揮者が左中大脳動脈領域の広範な脳梗塞となり、その経過が 1985年の Journal of Neurology, Neurosurgery, and Psychiatry誌に掲載されました。患者さんは匿名化されて “NS” と記されています (ただし論文での記載があまりに詳細であるため、私の師匠は経過を読んで、誰だかわかってしまったそうです)。最近その論文を読んだので簡単に内容を紹介します。

Spared musical abilities in conductor with global aphasia and ideomotor apraxia.

(Basso A, et al. J Neurol Neurosurg Psychiatry, 1985; 48: 407-12)

SUMMARY: A conductor suddenly developed global aphasia and severe ideomotor apraxia as a result of an infarct in the territory of the left middle cerebral artery. Although aphasia and apraxia remained unchanged during the following six years, his musical capacities were largely spared and he was still able to conduct. This case provides some evidence in favour of right hemisphere dominance for music.

ヴァイオリンとピアノを嗜み、ヴェニスの Feniceやミラノの La Scalaなどで長年指揮者を務めた NS氏は、1977年11月27日に脳梗塞を発症しました。アメリカのツアー中での出来事でした。症状は、軽度の右片麻痺、右同名半盲、全失語でした。また、高次脳機能評価では、観念運動失行などを指摘されました。論文に頭部CTが掲載されていますが、左中大脳動脈後枝領域を中心に広範に障害されています。

ところが、音楽能力はほぼ保たれました。ピアノ演奏は行うことが出来ましたし、初見演奏も可能でした。他人の演奏の小さな間違いをも指摘することができました。そればかりか 1982年2月から 6月までの間、指揮者としての活動を続け、音楽評論家から絶賛されました。オペラも指揮しています。ただし、言葉は完全に失われたままで、音名を述べたりすることは出来ませんでした。彼は 1983年4月21日に左片麻痺で 2度目の脳血管障害を発症しました。そして、5月4日に肺水腫を伴った心不全で死亡しました。

彼の音楽能力と、音楽以外の能力には多くの解離があります。観念運動失行はあるけれど指揮はできる、文章は読めないけれど楽譜は読める、言葉は失われたけれど演奏はできる・・・。右半球の脳梗塞で音楽能力を失った過去の報告と併せ、著者らは音楽能力の多くが脳の右半球にあるのではないかと推測しています。

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The musicality of Franz Liszt

By , 2012年12月17日 8:28 AM

The Musicality of Franz Liszt」という論文が、2011年10月28日号 Cell Culture誌の読み物として掲載されたので、「おっ?」と思って読んでみました。内容は直接リストに関係したものではなかったのですが、リストの生誕 200周年を記念して、聴覚と認知について興味深いトピックスが紹介されていました。短い論文ながら、内容は 4部構成となっています。以下簡単に紹介します。

The Musicality of Franz Liszt

①Frequency Detection a Presto

リストは超絶技巧で有名でしたが、聴衆の耳は彼の奏でる複雑な和声や速いフレーズを瞬時に分離することができました。そのメカニズムに関する知見です。

耳にある外有毛細胞の細胞膜には prestinと呼ばれる陰イオン輸送体が多数あります。Cl-が prestinの細胞内側の表面に結合すると脱分極し、prestin容積の減少と細胞の短縮といった構造変化が起こります。2008年に Dallosが prestin変異のマウスを作製したところ、変異 prestinは細胞膜に正しく局在したものの、外有毛細胞を短縮させることは出来ませんでした。そのマウスは音への感度低下を示し、音波を個々の振動数に分離する能力が低下しました。

prestinの働きは、音による振動を増大させることによって、有毛細胞がその下にある基底膜と共に作り出す振動数マップの分離能を向上させているようです。

音波は有毛細胞の脱分極と過分極の周期を作り出し、prestinはそれに合わせて細胞を繰り返し伸縮させます。基底膜は音波と同じ振動数で振動することになり、シグナルは増幅され、周波数の選択性は増します。なんと、prestinは他の蛋白質の約 1000倍もの速さで機能し (μ秒単位)、細胞膜の分極がそのようなスピードについていくことが出来るそうです。

②Pitch Picking

リストは “perfect pitch” を持っていました。つまり、音符を見ずに、音名を当て、同じ高さの音を再現することが出来ました。

2005年に、Bendorと Wangは音程に特異的に応答する神経細胞の一群を見つけ、オクターブにまたがっていたり異なる楽器の楽音を人がどのように認識するのかに言及しました。

ピアノで “A (ラ)” の鍵盤を叩くと、440 Hzの倍音成分 440, 880, 1320, 1760…Hzが発生します。しかし聴き手は最も低い周波数 440 Hzのみを認識します。基礎となる 440Hzの周波数を失ってさえ、脳は (倍音成分に含まれる) 別の周波数から音を再構成し、その音程が 440Hzの “A” であると認識します。

そのような神経細胞を探していて、Bendorと Wangは marmoset monkeyの聴覚皮質で活動電位を記録しました。低周波数領域の境界部を調べたとき、彼らは 131個の神経細胞のうち 51個が音程の選択性に関わっているのを見つけました。これらの神経細胞はそれぞれ基礎となる音に由来する倍音の周波数に応答していました。例えば、ある神経細胞は 200 Hzとその倍音成分である 800, 1000, 1200 Hzの組み合わせに応答しました。聴神経細胞が非常に狭い範囲の周波数に対応していることにより、音程の選択性が生まれることは驚くべきことです。

2011年に Chenらは、”high-speed two-photon microscopy method” を用いて、マウス聴神経細胞の樹状突起棘のシナプスカルシウムシグナルを記録しました。約 45%の樹状突起棘が 1オクターブ以内の周波数に応答しました。しかしもっと驚くことに、同じ樹状突起にあるそれぞれ隣り合う樹状突起棘は異なった周波数で同調されることです。ニューロン全体の最適な刺激は、最適ではない周波数刺激と比べて 2倍もの樹状突起棘でシナプスのカルシウム信号を誘導します。これは、単なる個々の音から調和的に関連した音の周波数まで扱うピッチ選択的ニューロンを形成する仕組みを示唆しています。

③O Please Gentleman, A Little Bluer!

“perfect pitch” に加え、リストは共感覚を有していたと言われています。共感覚とは、ある感覚刺激が、刺激と関係ない感覚の引き金となることです。リストは音符や和音が色に見えました。共感覚は、脳の隣り合った領域の相互刺激によるものであると考えられていますが、よくわかっていません。

2010年、Neelyらは新しい「痛み遺伝子」の研究中にこの現象に出くわしました。彼らはショウジョウバエの高温面からの逃避行動をみることで、痛み知覚を研究しました。彼らは個々の遺伝子を knock downして調べましたが、580個調べた遺伝子の中の一つが straightjacket でした。straightjacket遺伝子は voltage-gate Ca2+ channelのサブユニットをコードしていました。straightjacket遺伝子の哺乳類でのホモログは α2δ3であり、神経痛の 2つの治療薬の分子ターゲットとなっています。また、この遺伝子を除去したマウスは、温度や炎症による熱への感受性が低下します。この遺伝子変異のあるヒトは熱や慢性疼痛への感受性が低下することから、α2δ3はハエからヒトまで保存された「痛み遺伝子」と考えられます。

驚くべきことは、α2δ3欠損がどのように痛覚の認知を変えるかです。有害な熱刺激は脳の疼痛に関係した部位を賦活します。しかしα2δ3変異マウスでは、この領域の不活化が減少し、視覚野や聴覚野、嗅部が賦活されることがわかりました。言い換えると、α2δ3の障害は痛みが「見えて、聞こえて、匂う」共感覚の原因になるのです。α2δ3遺伝子はシナプス発達に関係しています。そのため、α2δ3欠損は視床と高次の痛覚中枢を結ぶシナプス回路を微妙に変化させるのだと考える研究者もいます。

④Lisztomania in the Striatum

リストは音楽の組織やチャリティーに快く応じる慈善家でした。精神疾患に対する音楽療法を試みた最初の一人であるとさえ考えられています。それから 150年近く経って、感動に満ちた音楽は、セックスや薬物、食事と同じように、快楽中枢や報酬中枢にドパミンを放出させることが報告されました。

過去の研究では、音楽は脳の報酬回路を賦活しますが、ドパミン活性を直接調べた研究はありませんでした。さらに、音楽も実験者に選ばれたものが用いられていました。

Salimpoorらは、被験者に自分の好きな曲を選んでもらい、曲のクライマックスで一貫して身震いするような人々に焦点を当てました。ドパミン活性の測定には、ドパミンの D2受容体と競合する 11C-racloprideを用いた PET検査を用いました。普通の音楽と違って、身震いを起こさせるような音楽は、線条体、特に側坐核でのでのドパミン放出の引き金となります。ここは、コカインでの高揚感と関係した部位です。functional MRIと併せて解析すると、歌の感情的なクライマックスは側坐核のドパミンと関連していますが、クライマックスの瞬間への予感は、報酬の予測と関係した尾状核を活性化させることがわかりました。このことで、「リストマニア」を説明できると考える研究者もいます。

 

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What’s dose it mean to be musical?

By , 2012年11月27日 6:41 AM

2012年2月23日の Neuron誌に、”What’s does it mean to be musical?” という論文が掲載されました。音楽能力についての科学的な検討です。

かなり難しい論文だったのですが、私に理解できた範囲で簡単に内容を紹介します。

What Does It Mean to Be Musical?

<The functional neuroanatomy of music>

研究初期には、言語は左半球、音楽は右半球と考えられていたが、もっと詳しくわかってきた。音程 (ピッチ) の処理は、ピアノの鍵盤のように音程順に大脳皮質に分布した tonopic mapによって説明される。異なった楽器の音 (音色) は、後Heschel回と上側頭溝の特定の領域で処理される。テンポやリズムの処理には小脳や基底核の階層的オシレーターが用いられるとされている。音の大きさは、脳幹から下丘、側頭葉への経路で処理される。音の位置の把握には、両耳間での音の到着時間の差、周波数及び時間スペクトラムの変化などが用いられる。

音楽における、より高次な音の認知には、特定の神経処理ネットワークが関わっている。音楽を聴くと、側坐核、腹側被蓋領域、扁桃体といった報酬経路が活性化し、ドパミン産生が調節される。音色やハーモニー、リズムの予測を必要とする課題では、前頭前野、特に Brodmann 44, 45, 47野、及び、辺縁系や小脳を含む皮質ネットワークの一部である前帯状回、後帯状回が賦活される。

音楽のトレーニングは、灰白質体積や皮質再現の変化に関与している。鍵盤奏者の小脳体積は、練習効果により増加している。

作曲に関与する経路は、文字を書く経路とは異なるようで、文字の失書を伴わない音楽失書の症例が報告されている。また、音楽失書と、音楽失読の解離も報告されている。

<Defining Musicality>

楽譜を読んだり音楽を記憶したり、演奏の様々な特性を聴き取ったり、楽器を弾いたり・・・といった各々のコンポーネントは、直感的には音楽能力と関係があるといえるだろう。これらには遺伝的影響が関与する可能性がある。それは単一の「音楽遺伝子」というより、むしろ複数の遺伝子が関与していそうだ。例えば、catechol-O-methyl transferase (COMT) の遺伝子多型は前頭前野のドパミンを調節し、それにより作業記憶に影響を与える。他の遺伝子多型も、間違いなく一連のリズムにおける目と手の協調運動や、聴覚的長期記憶に影響を与える。

ただ、音楽能力の研究で難しいのは、何を以て音楽能力があるとするかである。例えば、楽器が違ったり、やっている音楽が違うと単純に比較はできない。

ディスクジョッキーは曲の1秒くらいを聴いて、タイトル、作曲家、演奏家などを当てることができる。そして普通の人が気付かない音楽の結びつきを明らかにする (例えば、Foscariniの “Toccata in E” を逆再生して Led Zeppelinの “Gallows Pole” との結びつきを明らかにする)。これには曲のある要素を抽出する能力と共に詳細な音楽的記憶を必要とする。こうした結びつきを認識することは、どんな音楽家にも出来ないことである。

音楽の一番の目的は、人の感情を動かすことだと推測され、これもまた音楽能力の評価の対象である。音楽家の中にはこのことに長けている者もいて、その音楽家がある特性を欠いている時に特に明らかになる。例えば、Bob Dylanや Bruce Springsteenは美声とは言い難いけれども、多くの人たちに感動を与える。

また、独自性や新規性も大切である。全ての音楽家が備えている訳ではないが、これらを持っている音楽家は賞賛を集める。 Mozart, Louis Armstrong, Beatlesなどは、彼らが有する音楽能力は別として、それに相応しい。彼らは音楽に最大級の独創性をもたらす。

<Nonmusical Genetic Factor>

一般認知機能や身体的要素は音楽的成功に関与しているが、これにも遺伝的要素が関係してくるかもしれない。例えば、親のしつけと DRD4遺伝子 (新規探索傾向や、努力、ドパミン機能と関連) の関係は、研究の出発点になるのかもしれない。

<Amusia>

失音楽は様々な原因による様々な集まりを含む概念である。歌が識別出来ないとか、うまく歌えないというのもあるし、また脳損傷あるいは先天的な原因でリズム、ピッチ、音色に関する能力がそれぞれ特異的に欠落した人々もいる。色々と研究が盛んな分野だ。

<Quantifying Musicality and the Future of Music Phenotyping>

最もよく使われる音楽テストは Seashoreの音楽能力テストである。しかし、個性や情動、創造性を評価できるものではない。実際にプロの演奏家が、Seashoreテストの 6項目中 3項目で一般人と差がなかったりする。Seashoreテストに代わるような、新しい評価法が必要とされる。

<Targeting Genes>

ダンスについての遺伝学的研究から、 AVPR1a (Vasopressin) という遺伝子が浮かび上がった。これは、かつて親和的、社会的、求愛的行動、学習、記憶、興味、疼痛感受性などを調節するとされていた遺伝子である。加えて、ダンサーと非ダンサーでセロトニン輸送体 SLC6A4に有意に違いがあるということもわかっている。SLC6A4は、霊的体験に関与することがかつて報告されている。SLC6A4は脳での Vasopressinの放出を促進することから、これらの遺伝子には相互作用がありそうだ。

Vasopressin遺伝子は、音楽能力にも関与しているようだ。AVPR1aは聴き手としての振る舞いや音声構成能力に関係しているとされている。AVPR1aと SLC6A4のプロモーター部分の遺伝子多型と音楽的記憶にはかなりの遺伝的相互関係がある。共感を含む哺乳類の社会的行動に関与し、AVPRa1との関連が知られている oxytocin (OTXR) をコードする遺伝子のさらなる研究も望まれるところだ。

また、AVPR1aは、不安や抑うつと関係していて、音楽的創造性と不安や抑うつの関係はよく知られている。

性格の多様性と遺伝的多型の関係については、盛んに研究が行われており、これらの研究から、音楽的才能と関係した遺伝子が今後見つかるだろう。

音楽遺伝子については、この論文で初めて知りました。音楽好きとしては興味深いです。今後の発展に期待しています。

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どうして弾けなくなるの? <音楽家のジストニア>の正しい知識のために

By , 2012年10月19日 8:15 AM

紹介が遅くなりましたが、9月中旬に「どうして弾けなくなるの? 音楽家の<ジストニア>の正しい知識のために (ジャウメ・ロセー・リョベー、シルビア・ファブレガス・イ・モラス編、平孝臣・堀内正浩監修、NPO法人ジストニア友の会)」を読み終えました。

ジストニアは運動障害の一種で、筋緊張の異常のため、異常姿勢をとったり、さまざまな運動のコントロールが困難になります。ある種の熟練者に見られる特殊なジストニアもあり、音楽家に生じるものを “musician’s dystonia” と呼びます。

音楽家のジストニアで最も有名な患者は、ロベルト・シューマンでしょう。過去にロベルト・シューマンの手に関する論文を少し紹介しました (シューマンの手<1>, <2>) が、その後、シューマンはジストニアであったという説が最も有力になっています。つまり、ロベルト・シューマンは、ジストニアのために演奏家を諦め、作曲家を目指したらしいのです。シューマン以外にも多くの演奏家がその道を諦めています。どのくらい多いかというと、音楽家のジストニアはプロの音楽家の 5%に見られ、その半数で音楽家の道を諦めなければいけない事実が、本書の序文に記されています。

音楽家のジストニアは、ヴァイオリニストやピアニスト、ギタリストの手に見られるだけではなく、声楽家の喉、管楽器奏者の口などにもみられます。こうしたジストニアの診療には、楽器演奏に対するある程度の知識がないと難しいようです。例えば、演奏家の手にジストニアが生じ、第 III指が屈曲した形になると、第 II指が伸展して第 III指の屈曲を代償しようとします。このとき、患指がどの指か見極めないといけません。そして、代償のため伸展した第 II指を患指と誤りボツリヌス治療をすると、第 III指の屈曲はますますひどいものになります。

また、”musician’s dystonia” は、診た瞬間診断が確定するわけではなく、ジストニアと紛らわしい他の疾患 (末梢神経障害など) の除外をしないといけません。ジストニアがある疾患に続発しておこる場合があるので、その基礎疾患 (神経変性疾患など) を見逃さないことも重要です。

これらの事を考えると、音楽家のジストニアの診療には、ある程度楽器の演奏に精通した神経内科医に求められる部分が大きい気がします。実は私の知り合いの先生が、こうした診療をしている医師を紹介してくれるとおっしゃってくださったので、折を見て勉強しに行こうか模索しています。音楽家のジストニアの専門的な治療が出来る医師は極めて少ないので、ヴァイオリンを弾く神経内科医として、少しでも力になれればと思います。

さて、音楽家の側から見て、演奏していて楽器を扱う部位に違和感を感じた時、それを克服するために無理をすると、ジストニアを発症ないし増悪させる可能性があります。一旦安静をとり、改善がないようなら、音楽家のジストニア診療に精通した医師の診断を受ける必要があると思います。音楽家生命に関わる疾患であり、適切な対処が求められる疾患でもあるので、もっと広くこの疾患の事が知られることを望みます。

[目次]
本書の必要性

第1章  音楽家のジストニアとは何か?
書痙と同じ疾患か?
音楽家のジストニアはいつ頃から知られていたか?

第2章  音楽家のジストニアとは
初期症状
もっとも特徴的な症状
どのような音楽家が発症するか?
どのような種類の楽器で発症するか?
発症しやすい身体部位はどこか?
症状が現れたときに音楽家はどのように対処したか?
感覚トリック
手のジストニアの特徴
楽器の種類による症状の特徴はあるか?
口唇(アンブシュア)ジストニアの特徴
声楽ジストニアの特徴
どのように進行するのか?
他の動作と副楽器演奏への症状の拡大
ジストニアの進行を防ぐことは可能か?

第3章  どのように診断するか?
病歴
診察所見
楽器演奏中の症状の評価
ジストニアの患指と代償指の診断
除外すべき疾患は?
その他の特発性ジストニアとの鑑別診断
偽性ジストニア
口唇ジストニアの鑑別診断における注意点
喉頭ジストニアの鑑別診断における注意点
どのような補足検査が必要か?

第4章  ジストニアの原因は何か?
精度の高い定型的反復動作、困難と動機づけ、基本的要素
なぜ一部の熟練した音楽家だけがジストニアになるのか?
発見された変化

第5章  ジストニアの心理学的側面
ジストニアの発症を促す心理学的要素は存在するか?
音楽家のジストニアへの対処法は?
ジストニアは心理的な問題を引き起こすか?
心理的な要因によりジストニアの回復が難しくなるか?
周囲の人々はジストニアを理解しているか?
ジストニアが回復すると、感情のバランスも安定するか?

第6章  予防対策

第7章  ジストニアの症状が出たときに何をすべきか?
ジストニアを改善させるための一般的な注意
内服薬
ボツリヌス毒素
神経リハビリテーション
興奮性の調整
外科手術

付録1 私のジストニア闘病記
マルコ・デ・ビアージ:ギタリスト
ジャンニ・ヴィエロ:オーボエ奏者
ジュリアーノ・ダイウト:ギタリスト
フランシスコ・サン・エメテリオ・サントス:ピアニスト

付録2 ジストニアをとりまく法律および労働に関する状況

あとがき
文献
一覧
索引

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