ESNR2008

By , 2008年4月30日 10:16 PM

さて、今年もこのシーズンがやってきました。

European Society of Neuroradiology (ESNR)の Abstract締め切りです。本当は今日が締め切り日。

でも、昨年、締め切りが伸びたことを思い出し、エントリーを先延ばしにしてみました。

案の定、ESNRのサイトを今見てみたら、締め切りが 5月10日になっていました。

今年はポーランドです。絶対行きたいので、5月10日まで推敲して、応募したいと思います。

去年は、放射線科の教授に指導して頂きましたが、今年は出来るところまで自分でやってみるつもりなので、上手くいかないかもしれませんが、それも経験ですね。


長谷川式

By , 2008年4月29日 9:48 PM

聖マリアンナ大学出身の研修医から、面白い話を聞きました。

Dementiaの評価には、長谷川式スケールが用いられています。それを考案した長谷川先生が後悔しているのだとか。

高齢になって、自分が開発した検査を自身に行われるのではないかと考えると、複雑なのだそうです。「自分が考えた検査なのに、出来ないみたいだよ」と周囲に言われるのはいい気がしないでしょう。

本人に聞いた話ではないので、真偽はわかりませんが、心情的にはわかるような気がします。


片頭痛の新薬

By , 2008年4月27日 11:58 PM

大学で働いていた時に、有志で抄読会をしていました。いくつか論文を読み溜めていたのですが、転勤に伴い抄読会もなくなり、もったいないので紹介。

ネタは片頭痛についてです。片頭痛に対して有効なトリプタン製剤に変わる薬剤が開発されており、そのReviewを読みました。ただ、論文を寝かせている間に古くなってしまいましたが・・・

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聖火リレー

By , 2008年4月27日 10:17 AM

4月25日は、仕事が終わった後、21時頃から methyl氏の家を訪れ、酒を飲みました。近くのスーパーでベルギービールを売っており、買ってきてガブガブ飲んだ後、飛露喜をご馳走になりました。痛飲し、いつの間にか潰れて寝ていました。

翌朝は、二日酔いで目覚め、テレビをつけると聖火リレーをしていました。人が乱入したり、聖火が消えたり、オリンピックより盛り上がっていて、何だかなぁ・・・と感じました。(聖火リレーを見た後、帰宅したのですが、携帯電話を忘れて帰るという痛恨のミスをし、郵送して貰うことになりました。)

さて、その聖火リレーをユーモアたっぷりに楽しんでいるサイトを見つけました。

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ザハール・ブロンのレッスン2

By , 2008年4月27日 12:00 AM

4月5日に紹介したザハール・ブロンのレッスン。同じシリーズで「ザハール・ブロンのレッスン ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト (AMA VERLAG GmbH 企画制作、ヤマハミュージックメディア販売)」を見ました。私も良く弾いたり聴いたりする曲ですので、興味深く見ました。扱われているのは、モーツァルト ヴァイオリンとピアノのためのソナタ ホ短調 KV 304です。

最初に行われた生徒の演奏は、音が綺麗ですし、特におかしなことはやっていないと思ったのですが、少しせわしなさを感じました。

実際にレッスンに入ると、ブロン氏によって、如何にモーツァルトが難しいかが語られました。シンプルであることの難しさです。

生徒の演奏はフレージングが未熟であり、ブロン氏によって「メロディーの切断である」と批評され逐一直されていきます。弓の使い方がメロディーの演奏に大きな意味を持っていますが、ヴィブラートもしつこく注意されていました。ヴィブラートは TPOが大切です。

私が感じた「せわしなさ」については、「直線的に進んでいます」「君は急ぎすぎているんです」という言葉で注意されていました。

2楽章では、ギャラント様式という言葉が多用されます。ギャラント様式というのは、Wikipediaによると「多くの点でバロック様式のけばけばしさへの反撥であり、バロック音楽にくらべると、より素朴で、ごてごてと飾り立てておらず、流麗な主旋律の重視に伴い、モノフォニックなテクスチュアと、楽節構造の軽減や和声法の抑制 (トニカとドミナントの殊更な強調)、バス声部 (通奏低音)の軽視といった特徴がある」というものです。言われてみると、モーツァルトのソナタはその通りですね。ブロン氏によると、この曲はギャラント様式の中に豊かな感情や心情が入り、最後に哀しみが表現されるという解釈です。

その他に面白かったのが、音の「中膨らみ」が注意されているシーンです。音の「中膨らみ」が、ゴールドベルクによるストリング誌での誌上レッスンでしばしば注意されていたのを思い出しました。弦楽器奏者が陥りやすい音楽的な過ちの一つです。今回は、「中膨らみ」が一つの音についてでなく、一つのフレーズについて指摘されていたのが新鮮でした。

このレッスンに刺激を受け、私のモーツァルトの演奏も少し変わるかも知れません。


George Enescu

By , 2008年4月13日 9:45 PM

ヴァイオリン音楽好きなら、「ジョルジュ・エネスコ」というヴァイオリニストの名前を聞いたことがあるかも知れません。ヴァイオリンの巨匠の1人として知られています。

最近、「ジョルジェ・エネスク-写真でたどるその生涯と作品-(ヴィオレル・コズマ著、竹内祥子編訳、ペトレ・ストイヤン監修、ショパン出版)」という本を読みました。ルーマニア人ですので、発音が難しく、本書では「ジョルジェ・エネスク」と記載されています。

エネスクは 1881年 8月 7日 (19日説もあり) にルーマニアのドロホイ県、(現ボトシャニ県) リヴェニ・ヴルナヴに生まれました。父のコスタケ・エネスクはテノールの歌手であり、ヴァイオリンも演奏しましたが、農業をおもな生業としていました。母のマリア・コズモヴィチ・エネスクは、ギターやピアノを演奏していましたが、プロの演奏家ではありませんでした。医学の未熟な時代であり、マリア・コズモヴィチ・エネスクの子供のうち、4人が死産で、7人が 12歳以下で死亡し、末子のジョルジェのみが生き延びることができました。

コスタケ宅は音楽サロンでもあり、子供の教育のために音楽家を雇ったりしました。ヤシからやってきたエドゥアルド・カウデッラは 1886年と 1887年の 2回ジョルジェに会い、ウィーンで学習することを勧めました。それを受け、1888年に 7歳のジョルジェ・エネスクはウィーン学友協会の音楽院を訪れます。しかし、当時、規則で 10歳未満の子供の器楽コースへの入学は認められていませんでした。それにも関わらず、ジョルジェ・エネスクは特例として入学が認められました。そのすぐ前にも特例として認められた人物がおり、それが有名なフリッツ・クライスラーです。

小児期には、小さいサイズのヴァイオリンで練習するものですが、エネスクはやがてフルサイズのヴァイオリンを演奏するようになり、「サン・セラフィーノ、ウィネーゼの製作者、1663年」と署名の入ったヴァイオリンを持つようになりました。エネスクの教師は、ルードヴィヒ・エルンスト (ピアノ)、ロベルト・フックス (和声、対位法、作曲)、アドルフ・プロスニッツ (音楽史)、ヨーゼフ・ヘルメスベルガー二世 (室内楽)、フェステンベルガー (合唱)などでした。

エネスクは 11歳でメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲ホ短調をソリストとしてウィーンで演奏し、成功を収めました。そこへ、シュヴェリン劇場専属オーケストラが 11歳のエネスクにコンサートマスターとして雇いたいと接触してきたのです。実現はしませんでしたが、彼の音楽家としての資質を証明する逸話です。1893年のウィーン音楽院での卒業演奏会では、彼はパブロ・デ・サラサーテの「カルメン幻想曲」を演奏しました。

1895年になると、ジョルジェはパリを訪れました。パリ音楽院作曲家教授のマスネ宛の紹介状を持参です。パリの当時の音楽水準は低かったらしいのですが、マスネ、フォーレとの接触は大きな刺激になったようです。同音楽院での彼の師は、ヨゼフ・マルシク (ヴァイオリン)、ホセ・ヴィーテ (ヴァイオリン)、ルイ・ディエメ (ピアノ)、アンブロワーズ・トマ (和声)、テオドール・デュボア (和声)、アンドレ・ジェダルジェ (対位法)、マスネ (作曲)、フォーレ (作曲)でした。また、学友にはジャック・ティボー、アルフレッド・コルトー、モーリス・ラヴェル、ロジェ・デュカス、アルトゥール・オネゲルらがいました。また、彼が出入りしたマノラアケ・エプレアヌ公のサロンには、音楽家のグノー、サン=サーンス、マスネ、フォーレ、アントン・ルービンシュタイン、アンリ・ヴュータン、イグナーツ・パンデレフスキ、画家のピエール・ボナール、ジャン・エドゥアール・ヴィヤール、作家のアナトール・フランス、マルセル・プルースト、彫刻家のアリスティード・ブールデルなどの名士が訪れました。パリにいる間に、彼はストラディヴァリを手に入れました。パリでの充実した時代を送った後、彼はルーマニアに帰国しました。

ルーマニアに帰国した後も、ヴァイオリニスト、ピアニスト、指揮者として各地を飛び回り演奏活動を行っていたエネスクですが、作曲家としても、歌劇≪オイディプス王≫など数々の名曲を残します。また、教育者としても、1928年にハーバード大学で教鞭を執ったりしました。

エネスクは 1946年に、全体主義政府から逃れるため、アメリカに亡命しました。また、マルカという女性に恋をし、1937年に 56歳で結婚しました。エネスクはかなり入れ込んでいたようで、彼女のことを常に「愛する王女」と呼んでいたそうです。精神疾患に罹患したマルカの看病のために、演奏活動を数年間中止したといいます。1947年にエネスク夫妻はパリに戻りました。彼は1952年 7月 1日に最後の遺言書を書き、そこには「私は自分の財産を後見人である私の妻にすべて委ねます。そして以前私が書いた遺言は無効とします。私は妻を私の後継者としてフランス・アカデミーの委員に任命します。」とあります。

1954年 6月 13日にエネスクは心臓発作を起こし、パリのアタラ・ホテル移されました。ホテルのオーナーのフロレスクは無料で受け入れ、エリザベート王妃は看護婦を雇い、エネスクが亡くなるまで看病させたといいます。作曲家のマルチェル・ミハロヴィッチもエネスクの死ぬ間際、看病に当たった一人です。ミハロヴィッチは「エネスクの意識はずっとはっきりしていたが、寝たきりで左腕は完全に麻痺していた」と言っていたそうです。1955年 5月 4日に、彼は亡くなりました。本書には、病床でのエネスクの写真が掲載されていますが、左腕は写されていません。ルーマニア国立オペラ歌劇場正面の公園にある彼の銅像の写真を見ると、左手はWernicke-Mannの肢位をとっているように見えます。彼は、希望したルーマニアのバカウ州テスカニではなく、パリのペール・ラシェーズ墓地に埋葬されました。

ヴァイオリニストとしてのエネスクの腕前は、今更説明の必要はありません。巨匠としての名声は、完全に確立されています。彼がヴァイオリニストとして如何に素晴らしかったかを示す逸話を「ストリング 2002年 9月号」から紹介します。

奏法を極めて至る音楽観というもの<一>-ヴァイオリニスト・朝枝信彦-

音程というのは、体全体でとる、という話を以前しました。音というものはそういうものだ、という話をしました。

で今回、もっと押し進んで、調性というのは、象徴からくるものである、ということですね。G-dur、D-dur、A-durという風に幸福度が増してくるシャープ系と、憂鬱度が増してくるフラット系、そういうものがありますよね。悲しい、だけど絶望していない、絶望しているけれども力強さのある c-mollとか。音程というのはそこから来るんですね。

だから『音程というのは作るものじゃなくて、来るもの』なんです。だから、象徴、イマジネーション、そういうものがあって、これは万人共通のものですね。そういうところから調性、音程が来る。

僕が初めてミルシュタイン先生にレッスンを受けた時に『君、音全部違っている』と言われたのは、そういう調性感からくる音程を考えていなかったからなんです。

僕は音程を正しく弾いたつもりでも、全然合っていないわけです。例えば、ブラームスの d-mollで、ソット・ヴォーチェで、というところから来る音程で弾いていなかったんですね。だから、君、全部音違っている、と言われてもそれは当然のことでしょう。

ミルシュタイン先生が亡くなる一週間前に、エネスコの CDが届いたことがありました。ヘンデルのニ長調の四番のソナタ。

先生は『きれいだな。お前分かるか』と言うわけ。『エネスコは音を探って弾いている、それが美しい』と言う。『ヴァイオリンをどうやって弾いたらいいか、今よく分かる』って言われるんですよ、八十九歳の先生が。僕みたいな若造にそういうこと言うわけ。泪流すんですよ。『でも、もう歳だからヴァイオリンは弾けない、だけど弾きたい』と言うんですね。『エネスコは偉大だったと。エネスコは美しい』と言うんです。感動しましたね。

ミルシュタイン先生が亡くなってだいぶ経つけれども、非常に懐かしいと同時に、そういうことを言う先生自体が、非常に崇高で美しいと思う。自分の中にもそういうものを求めているということを最近すごく感じるようになりましたね。

歳をとるというのは素晴らしいことですよ。

不幸というか、現代では、レッスンでそういうことを言ってくれる先生というのがほとんどいないですよね。目先の技術が優先されてね。

コンクールで良い賞をとる生徒を育てるのがいい先生とされているから。だけど、本当のものというのは、目に見えないものでしょう。目に見えるもの、計れるものというのは、確かに大事かもしれないけれど、それは一つの手段なんですよね。

手段を学習することによって、到達する真の目的というのは、本当は目に見えないものを悟るということなんですね。だから、それ自体は何の価値もないんですよ。

でも、そういうもの、つまり手段を学習することによって、ある時、ふっと、その奥にある、つまり目に見えないものを悟るわけですね。

指揮者としてのエネスクは、1898年に 17歳の時、自作のルーマニア詩曲 Op.1でタクトを振り、1905年以降は海外のオーケストラでも指揮をするようになりました。バロック、古典派、ロマン派、現代曲まで幅広いレパートリーを誇りました。アメリカの音楽学者の中には、指揮者としてのエネスクをレオポルト・ストコフスキー、ディミトリ・ミトロポロス、アルトゥール・トスカニーニと同格に扱う人もいるそうです。ルーマニア以外で彼が指揮したのは、コロンヌ、ラムルー (フランス)、ニューヨーク・フィル、フィラデルフィア交響楽団などです。

ピアニストとしてのエネスクは、1897年に 16歳でヴァイオリニストのエヴァ・ロランの伴奏としてデビューしました。彼はピアニストとして百回以上舞台に立ったと言われています。カーネギーホールを初めとする数々のホールで演奏し、ジャック・ティボーやパブロ・カザルス、ダヴィッド・オイストラフ、カール・フレッシュらの伴奏をつとめました。暗譜を得意とし、オーケストラ曲をピアノで数時間、暗譜で演奏することもあったそうです。バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス、フランクのソナタとピアノ協奏曲全曲がレパートリーであり、しかも全て暗譜していたそうです。かのハイフェッツがヴァイオリンのレパートリー 930曲ほとんどをピアノ譜まで暗譜し、ときにピアニストより上手にピアノを演奏した逸話があるのと似ていますね。

教育者としては、弟子を列挙すれば、その凄さがわかるでしょう。弟子には、イェフディ・メニューインアルトゥール・グリュミオーイーダ・ヘンデルクリスチャン・フェラスウート・ウギ、ロベルト・ゾータン、イヴリー・ギトリスローラ・ボベスクらがいます。

本書は、写真が豊富ですので、是非実際に手にとって読んでみて欲しいと思います。

さて、それでは彼のCDを聴きながら、ワインでも飲むこととしましょう。今日聴く CDは、「George Enescu, J.S. Bach / Sonata and partitas for solo violin (PHILIPS 422 298-2)」。1948年の録音です。晩年の録音ですので、技術的には少し衰えが見られますが、それを補って余りある迫力が伝わってきます。ジョルジェ・ネエスクという「人」を感じる演奏です。


井原市

By , 2008年4月10日 9:16 PM

岡山県に井原市という都市があります。県南部の都市です。他県の方はあまり名前を聞いたことがないかもしれませんね。

Wikipediaで調べると、「中国地方の子守歌」発祥の地であり、北条早雲、雪舟などを輩出している地なのだそうです。

井原市医師会のサイトには、いくつか面白い読み物があるのですが、中でもお薦めは、「知識の宝庫」と題された一連のページです。

知識の宝庫

結構、備忘録として使えそうです。医師の方、覗いてみてください。


風邪の治療

By , 2008年4月6日 1:22 PM

風邪というのは、軽い上気道炎の便宜上の用語で、鼻閉やくしゃみや咽頭痛、咳などの症状が見られます。実際には、いろんなウイルスによる色々な病気を含んでいます。基本的には、勝手に良くなりますが、他の臓器に波及したり、細菌感染を起こしやすくしたりすることがあります。

引用文献に挙げた論文に良くまとまっていたので、これらを下敷きにしながら、簡単に解説してみます。内容は、ほぼ引用文献そのままです。

・原因
どんなウイルスが風邪を引き起こすのか、Lancetの表から引用です。ただし、これらのデータは、少し古いデータなので、現在ではもう少し変わっている可能性があります。

Virus Estimated annual proportion of cases
Rhinoviruses 30-50%
Coronaviruses 10-15
Influenza viruses 5-15%
Respiratory syncytial virus (RS virus) 5%
Parainfluenza viruses 5%
Adenoviruses 5%未満
Enteroviruses 5%未満
Metapneumovirus Unknown
Unknown 20-30%

このように、ライノウイルスやコロナウイルスが多いことがわかるのですが、年齢や季節などによって、ばらつきがあります。例えば、ライノウイルスは年間を通すと 30-50%の割合ですが、秋に限れば上気道感染の 80%以上を占めます。また、ライノウイルスには、100以上のセロタイプが知られており、それらには地域差があります。

インフルエンザは風邪とは違う物だと考えられていますが、臨床的には風邪とオーバーラップするものだと考えられます。

・疫学
1人あたり平均すると、小児で年 6-8回、成人で年 2-4回風邪を引きます。1歳未満では、女の子より男の子の方が多く風邪を引きます。しかし、成長と共にこの関係は逆転します。また、風邪も引きにくくなっていきます。病は気からと良くいったもので、精神的ストレスは程度依存的に風邪を引きやすくするとの研究があります。きつい肉体トレーニングは風邪を引きやすくし、適度な運動はリスクを減少させるとの研究があります。

上記の表のように、風邪の原因としてはライノウイルスが多いですから、風邪の疫学は、ライノウイルスの疫学と大きく関係します。ライノウイルスは一年を通じて検出されますが、感染のピークは秋にあり、続いて春になります。生まれて最初の 1年間はライノウイルスに感染する頻度が高く、6ヶ月までに 20%の小児が感染します。2歳までに、79%の小児かライノウイルスが検出され、91%の小児がライノウイルスに対する抗体を持っています。

上気道感染を引き起こすウイルスの感染経路には 3つのメカニズムがあります。

①接触感染
②長時間空気中にさまよっている小粒子エアゾル
③感染者からの大粒子エアゾルの直撃

どのウイルスも、上記全ての感染経路をとるのかもしれませんが、主とした感染経路は決まっています。例えば、インフルエンザウイルスは主として小粒子エアゾルを介して感染します。

・病因論
風邪の病因論は、ウイルスの複製と宿主の炎症応答との相互作用を含んでいます。細かなメカニズムは、ウイルス毎にとても異なっています。例えば、インフルエンザウイルスが最初に複製を開始するのは、気管気管支の上皮です。一方、ライノウイルスは主として鼻咽頭です。

ライノウイルスの感染は、涙管から鼻に達し前方鼻粘膜ないし眼に沈着することで始まります。ウイルスは粘膜繊毛の作用で、後部鼻咽頭に運ばれます。アデノイドで細胞の特異的受容体に結合し、上皮細胞に進入することが出来るようになります。ライノウイルスの 90%ものセロタイプは、Intercellular adhesion molecule-1 (ICAM-1) というレセプターを使用します。上皮細胞中に進入すると、ウイルスは猛烈な勢いで複製を開始します。

鼻粘膜へのウイルス感染は血管拡張や血管透過性の亢進を引き起こします。それは鼻閉や鼻漏の原因となり、それらは風邪の主症状です。コリン作動性の刺激は、粘液腺の分泌やくしゃみを引き起こします。

インフルエンザウイルスやアデノウイルスは、気道上皮に広範囲の障害を引き起こしますが、ライノウイルスに感染した鼻粘膜を生検しても、組織病理学的な破壊は見られません。このように、ライノウイルスが上皮の破壊を伴わないことを考えると、風邪の症状はウイルスによる直接の細胞障害が原因では無いのかもしれず、宿主の炎症応答の最初の原因であると言えます。

炎症のメディエーター (仲介物質) の研究がなされ、いくつも発見されました。キニン、インターロイキン1、インターロイキン6、インターロイキン8、tumor necrosis factor (TNF)、regulated by activation normal T cell expressed and secreted (RANTES)などです。鼻粘膜のインターロイキン6、インターロイキン8の濃度は、症状の強さと比例します。しかし、ウイルス感染によって起こる宿主の免疫応答については、複雑で、まだよくわかっていません。

風邪の影響は鼻腔内のみに留まらなくて、副鼻腔にも波及します。成人の風邪の初期に、CT検査や単純レントゲンで、副鼻腔に異常が見られることがありますが、これらは通常抗生剤を使用しなくても改善します。従って、これらの副鼻腔炎は細菌感染ではなく、風邪の一部と考えられます。実際に副鼻腔からの吸引で細菌は存在しないもののライノウイルスのRNAが検出されたりしています。

インフルエンザや RSVは下気管支にも感染しますが、ライノウイルスが下気道で複製されるかは、議論されてきました。ライノウイルスは気管支鏡で下気道の分泌液から検出されますが、最近まで、上気道からのコンタミネーションの可能性が否定出来ませんでした。しかし、気管支生検に in-situ hybridisationを行った研究の結果、ライノウイルスも下気道で複製出来ると考えられるようになりました。

・臨床症状
潜伏期間は、ウイルスにより異なります。実験によると、ライノウイルスは鼻粘膜への感染から 10-12時間と考えられています。一方で、インフルエンザウイルスの潜伏期間は 1-7日とされています。症状のピークは、感染後平均 2-3日です。症状は 7-10日続きますが、3週間経ってもまだ続くこともあります。

ライノウイルスの感染は、咽頭痛から始まり、鼻閉や鼻汁、くしゃみや咳がすぐに伴うようになります。咽頭痛は通常すぐに消失し、当初の水様の鼻漏は濃く膿性になります。膿性であっても、鼻粘膜の細菌叢に変化はなく、細菌感染ではないと考えられています。発熱は大人ではあまり見られませんが、小児では普通に見られます。嗄声や頭痛、倦怠感、虚脱感を伴うこともあります。筋肉痛は風邪の患者で見られる症状ですが、インフルエンザでより典型的です。

風邪は短期間で自然に良くなりますが、時々細菌感染を合併します。小児で最も多いのが中耳炎です。小児のウイルス性気道感染の 20%に、急性中耳炎を合併します。他の細菌性合併症は、副鼻腔炎と肺炎です。副鼻腔炎は風邪の 0.5-2%に見られます。しかし、前述のように風邪で副鼻腔に異常所見が出ることを考えると、細菌感染を合併したかの判別は困難です。肺炎に関しては、ウイルス感染と細菌感染の合併によるものが多いのですが、純粋にウイルス感染が肺まで広がったものもあります。

いくつかの研究で、ウイルス感染と喘息の急性増悪の関連が指摘されています。例えば、喘息持ちの成人の場合、風邪の症状の 80%は、喘鳴や呼吸苦です。喘息のウイルスによる急性増悪の約 60%でライノウイルスが検出されています。子供でも、喘息の急性増悪を引き起こすことが知られています。

高齢者では、インフルエンザ以外のウイルスによる風邪の罹患率は低く見られがちですが、サーベイランス研究によると、高齢者の 3分の 2は下気道疾患を起こしうるとされています。慢性閉塞性肺疾患 (COPD) も、別の意味でウイルス感染の重要なリスク群です。風邪への罹患率は COPDがあってもなくてもそれほど変わりませんが、COPDがある方が、風邪にかかったとき救急治療室を受診する割合が多くなります。つまり、風邪が重篤化しやすいということです。免疫不全患者では、RSVが通常重篤な呼吸不全を引き起こしますが、ライノウイルスも致命的な下気道感染を起こします。

・診断
多くの場合、患者が自分で診断しています。しかし、症状を自分で表現できない小児で発熱のみ先行したときなどは、特に診断が困難です。アレルギー性や血管運動性鼻炎もしばしば風邪と紛らわしいことがありますが、通常は容易に鑑別できます。溶連菌による咽頭痛はしばしば風邪の初発症状と似ています。しかし、鼻症状は、典型的には溶連菌の咽頭痛では起こりません。ちなみに、咽頭を視診しても、ウイルス性か細菌性かは鑑別できません

それぞれのウイルスで典型的な臨床症状は異なりますが、それぞれ症状には個人差もあるので、症状から原因ウイルスを同定することはできません。ウイルス性呼吸器感染症の中で異なった存在だと見なされているインフルエンザでさえ、臨床症状による陽性的中率は 27-79%にすぎません。

ウイルスの同定には、培養、抗原の検出、PCR法があります。培養は時間がかかるので、臨床的な有用性はほとんどありません。モノクローナル抗原による免疫染色 (Immunoperoxidase staining of the cultures with monoclonal antigens) だと、48時間以内に結果が得られます。しかし、前述のようにライノウイルスには多くのセロタイプがあることを考えると、ルーチンの検査としては行えません。抗原の迅速検査キットがインフルエンザと RSVで開発され、15-30分で結果が出ます。PCR法はウイルスの同定に有用ですが、臨床で使用するには大がかり過ぎます。

・治療
風邪は、病原性メカニズムの異なった多くのウイルスが原因となるので、有効とされる治療法はありません。そのため対症療法が主体となります。症状を緩和するために 100種類を超える薬剤が利用可能です。

特定のウイルスに対する治療薬としては、インフルエンザウイルスに対するものだけが利用可能です。新しいインフルエンザ特異的抗ウイルス薬である zanamivir (商品名:リレンザ) と oseltamivir (商品名:タミフル) が知られています。いずれも副作用が少なく、インフルエンザ Aとインフルエンザ B両者に有効です。症状出現 48時間以内に開始すれば、症状を1-2日早く治せます。これらの薬が細菌感染の合併を予防できるかについては根拠が乏しいのですが、oseltamivirによる早期治療が小児の中耳炎を 40%以上減らすという研究結果があります。

風邪に関してライノウイルスの果たす役割は大きいので、ライノウイルスに対して有効な治療薬には大きな期待が寄せられてきました。1980年代にインターフェロンの使用が期待されましたが、残念なことに効果がありませんでした。ライノウイルスにとって主要な細胞受容体である ICAM-1が発見され、ウイルスの接着を防ぐ試みがなされました。ライノウイルスの感染実験では重症度を軽くしましたが、効果はそれほど強くありませんでした。

最近のライノウイルスに対する薬剤には、capsid binderである pleconarilやヒトライノウイルス 3C protease inhibitorである ruprintrivirなどがあります。pleconarilは、海外では Phase Ⅱ試験まで終了しているようです。Pleconarilは経口投与で幅広くライノウイルスやエンテロウイルスに作用します。症状発現 24-36時間に投与された場合、1-1.5日風邪の期間を短縮しました。

成人のライノウイルスに対する治療では、経鼻的インターフェロンと経口 クロルフェニラミンとイブプロフェンの併用で、鼻症状のみならず他の症状にも効果があるのではないかという研究結果があります。

いずれにしても、抗菌薬の有用性は証明されておらず、副作用のことを考えるとメリットはありません。

さて、対症療法については、いくつかのエビデンスが得られており、それを紹介します。American Family Phisicianという雑誌に掲載された論文からです。

A. 咳
店で売っている風邪薬に、咳を減らすための良質なエビデンスのあるものはありません。「The American College of Chest Physicians guideline」は、上気道感染に対して中枢作用性鎮咳薬 (コデイン、dextromethorphan) を使用することを推奨していません。わかりやすいように商品名で言うと、コデインはリン酸コデイン (通称 リンコデ)、Dextromethorphanは臭化水素酸デキストロメトルファンでメジコンです。

これらの結論にもかかわらず、3つのスタディのうち 2つでは、dextromethorphanを使うことが有益だとして推奨されています。そのうち 1つの研究 (meta-analysis) では、18歳~高齢者に対して dextromethorphanを投与し、咳の頻度や重症度を軽減し、副作用はありませんでした。 1つのスタディは、抗ヒスタミン薬と消炎剤の併用で、やや効果がありましたが、有意に副作用が見られました。対照的に鎮静効果のない新世代の抗ヒスタミン薬は咳を減らしませんでした。

小児においては、dextromethorphanの有効性は証明されておらず、咳の治療に効果がある薬剤はありません。

論文の表では、Mucolytic (ビソルボンなど) がbenefitになっていますが、論文の本文では触れられていません。

これらを総合すると、何か使うとすれば、dextromethorphan、つまりメジコンというところでしょうか。

B. 鼻閉と鼻漏
第一世代の抗ヒスタミン薬はあるエンドポイントでは有用でしたが、風邪に関連したくしゃみや鼻症状を緩和しないとの結論になりました。例えわずかに有効だったとしても、第一世代抗ヒスタミン薬では副作用が上回ります。それ故、抗ヒスタミン薬の単独投与は推奨されません。

第一世代抗ヒスタミン薬と消炎剤の併用は、鼻閉、鼻漏、くしゃみにある程度有効でしたが、スタディの質が低く、効果も小さいものでした。また、小児には有効ではありませんでした。

消炎剤の局所投与ないし経口投与は、有効と考えられます。

最近では、気管支拡張剤である ipratropium (商品名:Atrovent)の局所投与が、鼻炎や風邪による鼻漏に有効であるとされています。

C. 代替の治療について
Echinaceaは有効性が証明されていません。ビタミンCも、風邪の症状や重症度を軽減しません。Zincはウイルスの増殖を抑え、風邪の期間を短くするという研究はありますが、その他の研究ではいずれも無効だったり副作用が見られたりしていますので、推奨しません

咳と鼻症状について、論文の表がわかりやすいので紹介しておきます。いくつか表があるのですが、成人の表のみ紹介します。

Therapy Study findings
Couch
Antihistamine/decongestant combination Two studies: one showed benefit with unfavorable side effect; one showed no benefit
Antihistamines Three studies: no benefit
Codeine (Robitussin AC) Two studies: no benefit
Dextromethorphan (Delsym) Three studies: two showed benefit; one
showed no benefit
Dextromethorphan plus salbutamol One study; limited benefit with unfavorable side effect
Guaifenesin (Mucinex) Two studies: one showed benefit; one showed no benefit
Moguisteine One study: very limited benefit
Mucolytic (e.g., Bisolvon Linctus) One study: benefit
Congestion and rhinorrhea
Antihistamine/decongestant combination Seven studies: five showed some benefit for nasal obstruction; five showed no benefit for nasal obstruction; two showed no benefit,
Six studies: five showed some benefit for rhinorrhea; one showed no benefit
Antihistamines Five studies: no benefit for nasal obstruction,
Seven studies; benefit for rhinorrhea (first generation antihistamines only)
Intranasal ipratropium (Atrovent) One study: benefit
Oral or tropical decongestants (single dose) Four studies: benefit for nasal obstruction
Oral decongestants (repeated doses) Two studies: one showed benefit for nasal obstruction; one showed no benefit

・予防
風邪の原因ウイルスの多様性が、予防を難しくしています。多くのセロタイプに共通する抗原がないため、ライノウイルスのワクチンの開発は困難です。インフルエンザが唯一、呼吸器感染で商用のワクチンを利用可能です。筋肉注射で行う現在の不活化インフルエンザワクチンに加えて、経鼻投与可能なワクチンが開発中です。また、RSVやパラインフルエンザウイルスに対するワクチンも開発中で、臨床試験に入っています。

抗ウイルス薬による感染予防は、インフルエンザで行われています。反対に、ライノウイルスではインターフェロン経鼻投与での予防効果は知られていますが、副作用が強く受け入れられていません。

Echinaceaという植物から抽出されたビタミン Cは、風邪予防に広く用いられているにもかかわらず、根拠を欠きます。今のところ、完璧な風邪の予防は、社会から長期間隔離されることによってのみ可能だと思われます。しかし、論文の言葉を借りるなら、多くの人々は(長期間隔離されるために) 南極大陸への次の船を待つ一方で、ワイン、特に赤ワインに風邪の予防効果があるかもしれないという論文に慰めを見いだすのでしょう。

(参考文献)
1. Heikkinen T, et al. The common cold. Lancet 361: 51-59, 2003
2. Simasek M, et al. Treatment of the common cold. Am Fam Phisician 75: 515-520, 2007


ザハール・ブロンのレッスン

By , 2008年4月5日 10:21 AM

「ザハール・ブロンのレッスン アントニオ・ヴィヴァルディー (AMA VERLAG GmbH 企画制作、ヤマハミュージックメディア販売)」を見ました。

ザハール・ブロンの略歴は下記。

Wikipedia-ザハール・ブロン-

ザハール・ブロン(Zakhar Bron, 1947年 – )は、カザフスタン、ウラリスク出身のヴァイオリン奏者。

オデッサの音楽学校に学んだ後、1960年~1966年、グネーシン音楽院でボリス・ゴールドシュタインに、1966年~1971年、モスクワ音楽院でイーゴリ・オイストラフに師事し、1971年~1974年、同音楽院でオイストラフの助手を務めた後、ノヴォシビルスク音楽院、1989年、リューベック音楽院の教授、以後、ロンドン王立音楽アカデミー、ロッテルダム音楽院、ソフィア王妃音楽大学(マドリード)などでもヴァイオリンを教えた。現在はケルン音楽院、チューリッヒ音楽院教授。

主な門下には、ヴァディム・レーピン、マキシム・ヴェンゲーロフ、樫本大進、庄司紗矢香、川久保賜紀、神尾真由子などがいる。

1971年、エリザベート王妃国際音楽コンクール第12位、1977年、ヴィエニアフスキ国際ヴァイオリン・コンクールに入賞した。

2002年、チャイコフスキー国際コンクール、2004年、ジュネーヴ国際音楽コンクールの審査員も務めた。

収録されている曲は、「ヴァイオリン協奏曲イ短調、作品 3の 6」。ヴァイオリン学習者であれば、ほとんど誰でもさらう、メジャーな曲です。でも、実は Tuttiが結構綺麗な曲でもあります。Tuttiで第 2ヴァイオリンを弾いていると、第 1楽章の冒頭は

ほぼ同じリズムで純粋に和声を与えているのですが、和声とともに変化する下行系と上行系の音型の違いが曲調に変化を与えます。演奏していて、雰囲気をコントロールしている気分にさせられます。

さて、今回レッスンを受ける演奏者は音の綺麗な、若い女性。正確には弾けているのですが、伝わるものがあまりない演奏でした。私だったらどうアドバイスするか、考えながら聴きました。音のアタックが厳しすぎるのが一番気になった点です。

演奏後、ブロンの指示によって、みるみる曲が色づいてきます。技術的な指導で表現が鮮やかに変わるのが見物です。「伝わるものがない」という批評があったとき、よく精神面に言及されますが、純粋に技術的な要素が占める部分も大きいのだと痛感します。

時々ブロンがお手本として演奏するのですが、これが非常に上手。音に独特の色合いがあります。

一度ブロンの演奏を生で聴いたことがあります。チャイコフスキーコンクールで 2位であった演奏家とのジョイントだったのですが、その演奏家が子供に見えました。そのくらい、ブロンの演奏は素晴らしかったです。

このシリーズはいくつか作品があるみたいなので、早速 Amazonで注文しました。


ジョーク

By , 2008年4月4日 8:42 PM

アメリカンジョークをいくつか記したサイトがあります。サイト名は、アメリカンジョークです。

ある程度の予備知識は蓄えておく。

長くても一息に読む。

登場人物や書き手を馬鹿だと思う。

どこが面白いのかは考えない。

のが楽しむポイントらしいのですけれど、実際に見ていくと、クスクス笑いがこみ上げるジョークが多いです。今、これを書いている私は泥酔状態なので、何を見ても笑い上戸状態になってますけど。

毒が少ないという意味で、理系ジョークをいくつか挙げておきます。同サイトからの引用です。

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