風邪の治療

By , 2008年4月6日 1:22 PM

風邪というのは、軽い上気道炎の便宜上の用語で、鼻閉やくしゃみや咽頭痛、咳などの症状が見られます。実際には、いろんなウイルスによる色々な病気を含んでいます。基本的には、勝手に良くなりますが、他の臓器に波及したり、細菌感染を起こしやすくしたりすることがあります。

引用文献に挙げた論文に良くまとまっていたので、これらを下敷きにしながら、簡単に解説してみます。内容は、ほぼ引用文献そのままです。

・原因
どんなウイルスが風邪を引き起こすのか、Lancetの表から引用です。ただし、これらのデータは、少し古いデータなので、現在ではもう少し変わっている可能性があります。

Virus Estimated annual proportion of cases
Rhinoviruses 30-50%
Coronaviruses 10-15
Influenza viruses 5-15%
Respiratory syncytial virus (RS virus) 5%
Parainfluenza viruses 5%
Adenoviruses 5%未満
Enteroviruses 5%未満
Metapneumovirus Unknown
Unknown 20-30%

このように、ライノウイルスやコロナウイルスが多いことがわかるのですが、年齢や季節などによって、ばらつきがあります。例えば、ライノウイルスは年間を通すと 30-50%の割合ですが、秋に限れば上気道感染の 80%以上を占めます。また、ライノウイルスには、100以上のセロタイプが知られており、それらには地域差があります。

インフルエンザは風邪とは違う物だと考えられていますが、臨床的には風邪とオーバーラップするものだと考えられます。

・疫学
1人あたり平均すると、小児で年 6-8回、成人で年 2-4回風邪を引きます。1歳未満では、女の子より男の子の方が多く風邪を引きます。しかし、成長と共にこの関係は逆転します。また、風邪も引きにくくなっていきます。病は気からと良くいったもので、精神的ストレスは程度依存的に風邪を引きやすくするとの研究があります。きつい肉体トレーニングは風邪を引きやすくし、適度な運動はリスクを減少させるとの研究があります。

上記の表のように、風邪の原因としてはライノウイルスが多いですから、風邪の疫学は、ライノウイルスの疫学と大きく関係します。ライノウイルスは一年を通じて検出されますが、感染のピークは秋にあり、続いて春になります。生まれて最初の 1年間はライノウイルスに感染する頻度が高く、6ヶ月までに 20%の小児が感染します。2歳までに、79%の小児かライノウイルスが検出され、91%の小児がライノウイルスに対する抗体を持っています。

上気道感染を引き起こすウイルスの感染経路には 3つのメカニズムがあります。

①接触感染
②長時間空気中にさまよっている小粒子エアゾル
③感染者からの大粒子エアゾルの直撃

どのウイルスも、上記全ての感染経路をとるのかもしれませんが、主とした感染経路は決まっています。例えば、インフルエンザウイルスは主として小粒子エアゾルを介して感染します。

・病因論
風邪の病因論は、ウイルスの複製と宿主の炎症応答との相互作用を含んでいます。細かなメカニズムは、ウイルス毎にとても異なっています。例えば、インフルエンザウイルスが最初に複製を開始するのは、気管気管支の上皮です。一方、ライノウイルスは主として鼻咽頭です。

ライノウイルスの感染は、涙管から鼻に達し前方鼻粘膜ないし眼に沈着することで始まります。ウイルスは粘膜繊毛の作用で、後部鼻咽頭に運ばれます。アデノイドで細胞の特異的受容体に結合し、上皮細胞に進入することが出来るようになります。ライノウイルスの 90%ものセロタイプは、Intercellular adhesion molecule-1 (ICAM-1) というレセプターを使用します。上皮細胞中に進入すると、ウイルスは猛烈な勢いで複製を開始します。

鼻粘膜へのウイルス感染は血管拡張や血管透過性の亢進を引き起こします。それは鼻閉や鼻漏の原因となり、それらは風邪の主症状です。コリン作動性の刺激は、粘液腺の分泌やくしゃみを引き起こします。

インフルエンザウイルスやアデノウイルスは、気道上皮に広範囲の障害を引き起こしますが、ライノウイルスに感染した鼻粘膜を生検しても、組織病理学的な破壊は見られません。このように、ライノウイルスが上皮の破壊を伴わないことを考えると、風邪の症状はウイルスによる直接の細胞障害が原因では無いのかもしれず、宿主の炎症応答の最初の原因であると言えます。

炎症のメディエーター (仲介物質) の研究がなされ、いくつも発見されました。キニン、インターロイキン1、インターロイキン6、インターロイキン8、tumor necrosis factor (TNF)、regulated by activation normal T cell expressed and secreted (RANTES)などです。鼻粘膜のインターロイキン6、インターロイキン8の濃度は、症状の強さと比例します。しかし、ウイルス感染によって起こる宿主の免疫応答については、複雑で、まだよくわかっていません。

風邪の影響は鼻腔内のみに留まらなくて、副鼻腔にも波及します。成人の風邪の初期に、CT検査や単純レントゲンで、副鼻腔に異常が見られることがありますが、これらは通常抗生剤を使用しなくても改善します。従って、これらの副鼻腔炎は細菌感染ではなく、風邪の一部と考えられます。実際に副鼻腔からの吸引で細菌は存在しないもののライノウイルスのRNAが検出されたりしています。

インフルエンザや RSVは下気管支にも感染しますが、ライノウイルスが下気道で複製されるかは、議論されてきました。ライノウイルスは気管支鏡で下気道の分泌液から検出されますが、最近まで、上気道からのコンタミネーションの可能性が否定出来ませんでした。しかし、気管支生検に in-situ hybridisationを行った研究の結果、ライノウイルスも下気道で複製出来ると考えられるようになりました。

・臨床症状
潜伏期間は、ウイルスにより異なります。実験によると、ライノウイルスは鼻粘膜への感染から 10-12時間と考えられています。一方で、インフルエンザウイルスの潜伏期間は 1-7日とされています。症状のピークは、感染後平均 2-3日です。症状は 7-10日続きますが、3週間経ってもまだ続くこともあります。

ライノウイルスの感染は、咽頭痛から始まり、鼻閉や鼻汁、くしゃみや咳がすぐに伴うようになります。咽頭痛は通常すぐに消失し、当初の水様の鼻漏は濃く膿性になります。膿性であっても、鼻粘膜の細菌叢に変化はなく、細菌感染ではないと考えられています。発熱は大人ではあまり見られませんが、小児では普通に見られます。嗄声や頭痛、倦怠感、虚脱感を伴うこともあります。筋肉痛は風邪の患者で見られる症状ですが、インフルエンザでより典型的です。

風邪は短期間で自然に良くなりますが、時々細菌感染を合併します。小児で最も多いのが中耳炎です。小児のウイルス性気道感染の 20%に、急性中耳炎を合併します。他の細菌性合併症は、副鼻腔炎と肺炎です。副鼻腔炎は風邪の 0.5-2%に見られます。しかし、前述のように風邪で副鼻腔に異常所見が出ることを考えると、細菌感染を合併したかの判別は困難です。肺炎に関しては、ウイルス感染と細菌感染の合併によるものが多いのですが、純粋にウイルス感染が肺まで広がったものもあります。

いくつかの研究で、ウイルス感染と喘息の急性増悪の関連が指摘されています。例えば、喘息持ちの成人の場合、風邪の症状の 80%は、喘鳴や呼吸苦です。喘息のウイルスによる急性増悪の約 60%でライノウイルスが検出されています。子供でも、喘息の急性増悪を引き起こすことが知られています。

高齢者では、インフルエンザ以外のウイルスによる風邪の罹患率は低く見られがちですが、サーベイランス研究によると、高齢者の 3分の 2は下気道疾患を起こしうるとされています。慢性閉塞性肺疾患 (COPD) も、別の意味でウイルス感染の重要なリスク群です。風邪への罹患率は COPDがあってもなくてもそれほど変わりませんが、COPDがある方が、風邪にかかったとき救急治療室を受診する割合が多くなります。つまり、風邪が重篤化しやすいということです。免疫不全患者では、RSVが通常重篤な呼吸不全を引き起こしますが、ライノウイルスも致命的な下気道感染を起こします。

・診断
多くの場合、患者が自分で診断しています。しかし、症状を自分で表現できない小児で発熱のみ先行したときなどは、特に診断が困難です。アレルギー性や血管運動性鼻炎もしばしば風邪と紛らわしいことがありますが、通常は容易に鑑別できます。溶連菌による咽頭痛はしばしば風邪の初発症状と似ています。しかし、鼻症状は、典型的には溶連菌の咽頭痛では起こりません。ちなみに、咽頭を視診しても、ウイルス性か細菌性かは鑑別できません

それぞれのウイルスで典型的な臨床症状は異なりますが、それぞれ症状には個人差もあるので、症状から原因ウイルスを同定することはできません。ウイルス性呼吸器感染症の中で異なった存在だと見なされているインフルエンザでさえ、臨床症状による陽性的中率は 27-79%にすぎません。

ウイルスの同定には、培養、抗原の検出、PCR法があります。培養は時間がかかるので、臨床的な有用性はほとんどありません。モノクローナル抗原による免疫染色 (Immunoperoxidase staining of the cultures with monoclonal antigens) だと、48時間以内に結果が得られます。しかし、前述のようにライノウイルスには多くのセロタイプがあることを考えると、ルーチンの検査としては行えません。抗原の迅速検査キットがインフルエンザと RSVで開発され、15-30分で結果が出ます。PCR法はウイルスの同定に有用ですが、臨床で使用するには大がかり過ぎます。

・治療
風邪は、病原性メカニズムの異なった多くのウイルスが原因となるので、有効とされる治療法はありません。そのため対症療法が主体となります。症状を緩和するために 100種類を超える薬剤が利用可能です。

特定のウイルスに対する治療薬としては、インフルエンザウイルスに対するものだけが利用可能です。新しいインフルエンザ特異的抗ウイルス薬である zanamivir (商品名:リレンザ) と oseltamivir (商品名:タミフル) が知られています。いずれも副作用が少なく、インフルエンザ Aとインフルエンザ B両者に有効です。症状出現 48時間以内に開始すれば、症状を1-2日早く治せます。これらの薬が細菌感染の合併を予防できるかについては根拠が乏しいのですが、oseltamivirによる早期治療が小児の中耳炎を 40%以上減らすという研究結果があります。

風邪に関してライノウイルスの果たす役割は大きいので、ライノウイルスに対して有効な治療薬には大きな期待が寄せられてきました。1980年代にインターフェロンの使用が期待されましたが、残念なことに効果がありませんでした。ライノウイルスにとって主要な細胞受容体である ICAM-1が発見され、ウイルスの接着を防ぐ試みがなされました。ライノウイルスの感染実験では重症度を軽くしましたが、効果はそれほど強くありませんでした。

最近のライノウイルスに対する薬剤には、capsid binderである pleconarilやヒトライノウイルス 3C protease inhibitorである ruprintrivirなどがあります。pleconarilは、海外では Phase Ⅱ試験まで終了しているようです。Pleconarilは経口投与で幅広くライノウイルスやエンテロウイルスに作用します。症状発現 24-36時間に投与された場合、1-1.5日風邪の期間を短縮しました。

成人のライノウイルスに対する治療では、経鼻的インターフェロンと経口 クロルフェニラミンとイブプロフェンの併用で、鼻症状のみならず他の症状にも効果があるのではないかという研究結果があります。

いずれにしても、抗菌薬の有用性は証明されておらず、副作用のことを考えるとメリットはありません。

さて、対症療法については、いくつかのエビデンスが得られており、それを紹介します。American Family Phisicianという雑誌に掲載された論文からです。

A. 咳
店で売っている風邪薬に、咳を減らすための良質なエビデンスのあるものはありません。「The American College of Chest Physicians guideline」は、上気道感染に対して中枢作用性鎮咳薬 (コデイン、dextromethorphan) を使用することを推奨していません。わかりやすいように商品名で言うと、コデインはリン酸コデイン (通称 リンコデ)、Dextromethorphanは臭化水素酸デキストロメトルファンでメジコンです。

これらの結論にもかかわらず、3つのスタディのうち 2つでは、dextromethorphanを使うことが有益だとして推奨されています。そのうち 1つの研究 (meta-analysis) では、18歳~高齢者に対して dextromethorphanを投与し、咳の頻度や重症度を軽減し、副作用はありませんでした。 1つのスタディは、抗ヒスタミン薬と消炎剤の併用で、やや効果がありましたが、有意に副作用が見られました。対照的に鎮静効果のない新世代の抗ヒスタミン薬は咳を減らしませんでした。

小児においては、dextromethorphanの有効性は証明されておらず、咳の治療に効果がある薬剤はありません。

論文の表では、Mucolytic (ビソルボンなど) がbenefitになっていますが、論文の本文では触れられていません。

これらを総合すると、何か使うとすれば、dextromethorphan、つまりメジコンというところでしょうか。

B. 鼻閉と鼻漏
第一世代の抗ヒスタミン薬はあるエンドポイントでは有用でしたが、風邪に関連したくしゃみや鼻症状を緩和しないとの結論になりました。例えわずかに有効だったとしても、第一世代抗ヒスタミン薬では副作用が上回ります。それ故、抗ヒスタミン薬の単独投与は推奨されません。

第一世代抗ヒスタミン薬と消炎剤の併用は、鼻閉、鼻漏、くしゃみにある程度有効でしたが、スタディの質が低く、効果も小さいものでした。また、小児には有効ではありませんでした。

消炎剤の局所投与ないし経口投与は、有効と考えられます。

最近では、気管支拡張剤である ipratropium (商品名:Atrovent)の局所投与が、鼻炎や風邪による鼻漏に有効であるとされています。

C. 代替の治療について
Echinaceaは有効性が証明されていません。ビタミンCも、風邪の症状や重症度を軽減しません。Zincはウイルスの増殖を抑え、風邪の期間を短くするという研究はありますが、その他の研究ではいずれも無効だったり副作用が見られたりしていますので、推奨しません

咳と鼻症状について、論文の表がわかりやすいので紹介しておきます。いくつか表があるのですが、成人の表のみ紹介します。

Therapy Study findings
Couch
Antihistamine/decongestant combination Two studies: one showed benefit with unfavorable side effect; one showed no benefit
Antihistamines Three studies: no benefit
Codeine (Robitussin AC) Two studies: no benefit
Dextromethorphan (Delsym) Three studies: two showed benefit; one
showed no benefit
Dextromethorphan plus salbutamol One study; limited benefit with unfavorable side effect
Guaifenesin (Mucinex) Two studies: one showed benefit; one showed no benefit
Moguisteine One study: very limited benefit
Mucolytic (e.g., Bisolvon Linctus) One study: benefit
Congestion and rhinorrhea
Antihistamine/decongestant combination Seven studies: five showed some benefit for nasal obstruction; five showed no benefit for nasal obstruction; two showed no benefit,
Six studies: five showed some benefit for rhinorrhea; one showed no benefit
Antihistamines Five studies: no benefit for nasal obstruction,
Seven studies; benefit for rhinorrhea (first generation antihistamines only)
Intranasal ipratropium (Atrovent) One study: benefit
Oral or tropical decongestants (single dose) Four studies: benefit for nasal obstruction
Oral decongestants (repeated doses) Two studies: one showed benefit for nasal obstruction; one showed no benefit

・予防
風邪の原因ウイルスの多様性が、予防を難しくしています。多くのセロタイプに共通する抗原がないため、ライノウイルスのワクチンの開発は困難です。インフルエンザが唯一、呼吸器感染で商用のワクチンを利用可能です。筋肉注射で行う現在の不活化インフルエンザワクチンに加えて、経鼻投与可能なワクチンが開発中です。また、RSVやパラインフルエンザウイルスに対するワクチンも開発中で、臨床試験に入っています。

抗ウイルス薬による感染予防は、インフルエンザで行われています。反対に、ライノウイルスではインターフェロン経鼻投与での予防効果は知られていますが、副作用が強く受け入れられていません。

Echinaceaという植物から抽出されたビタミン Cは、風邪予防に広く用いられているにもかかわらず、根拠を欠きます。今のところ、完璧な風邪の予防は、社会から長期間隔離されることによってのみ可能だと思われます。しかし、論文の言葉を借りるなら、多くの人々は(長期間隔離されるために) 南極大陸への次の船を待つ一方で、ワイン、特に赤ワインに風邪の予防効果があるかもしれないという論文に慰めを見いだすのでしょう。

(参考文献)
1. Heikkinen T, et al. The common cold. Lancet 361: 51-59, 2003
2. Simasek M, et al. Treatment of the common cold. Am Fam Phisician 75: 515-520, 2007

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