ベクロニウム事件

By , 2010年12月3日 7:34 AM

12月2日の日記で、「論文の投稿スタイルが厳格になりすぎると、ひょっとすると論文を投稿するよりも、web siteを通じて自分の考えを自由に述べる学者が出てくるかも知れない」と書きました。似たような話で、内容的に医学雑誌が掲載できないようなことを、web siteを通じて発信する医師が出てきてもおかしくありません。

そんなことを感じさせる話に、昨日のエントリーを書いた直後に遭遇しました。「北陵クリニック事件」を指している思われる論文を web siteを通じて発信している医師を見つけたのです。北陵クリニック事件とは、仙台の「北陵クリニック」の准看護士だった守大助さんが11歳女性にベクロニウム (商品名:マスキュラックス) を投与したことで殺人罪に問われた事件です。最高裁で無期懲役が確定し、守さんは刑に服しています。

事件については冤罪とする意見も強く、ネットで検索すれば判決を疑問視するサイトが山のようにあります。中でも、下記のサイトがまとまっていると思います。

無実の守大助さんを支援する首都圏の会

さて、この事件はそもそも診断自体が誤っており、実際は MELASだったと考えれば辻褄が合うという論文を神経内科医マッシー池田先生が発表されました。こんな危険な論文を掲載する医学雑誌があるとは思えませんので、ご自身のサイトに掲載されています。

急激な意識障害を主徴とし,臭化ベクロニウム中毒と誤診されたMitochondrial myopathy, Encephalopathy, Lactic Acidosis, Stroke-like episodes(MELAS)の1例

論文を読むと非常に説得力があります。確かに筋弛緩薬を投与された患者がけいれんを起こすというのは考えられません(筋肉が弛緩していれば痙攣できない)ですし、症状は MELASに合致しています。

私は MELASの初発発作の患者さんを当直で初めてみたとき、なかなか診断に至れなかった記憶があります。二度目に同じような状況に遭遇したときは鑑別診断の最初に挙げることができましたが、診たことがない医師がこの疾患を思い浮かべるのは至難でしょう。神経内科や小児神経の専門家が関与することなく、この疾患をほとんど知らない麻酔科医が鑑定して事件が一人歩きしてしまったことは怖いことだと思います。この論文を元に、この事件は再度検討されるべきではないかと思います。

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