神経学会総会

By , 2012年5月27日 11:14 AM

以前お伝えしたとおり、5月22~25日に神経学会総会があり、行ってきました。なかなか有意義な数日間が過ごせました。この数日間を簡単にお伝えしようと思います。

5月22日

神経学会生涯教育セミナー Hands-on 6 「高次脳機能」に参加しました。WAIS-IIIは自分で検査したこともされたこともあったので、検査の初歩的説明は私にはあまり面白くなかったです。しかし、次期 WAIS-IVから評価項目の記載が代わると話など、いくつか新しい知識が得られました。聞き終わってからラボに実験に行きました。

5月23日

8時から「ビデオで見る不随意運動の基礎」という講演を聞きました。不随意運動は見る機会があっても、最初は「これが○○だよ」と誰かに教えて貰わないと、なかなか正しく学習出来ません。教科書を読んでも、文字からでは想像しにくいものが多いのが事実です。そういった意味で、得難い勉強の機会でした (とはいえ、10年も神経内科医をやっていれば、ビデオで見た不随意運動のほとんどは既に経験したものですが・・・)。

9時からは絞扼性末梢神経障害の手術についての講演でした。亀田総合病院の整形外科の先生が、講演してくださいました。内容は、carpal tunnel syndrome (手根管症候群), ulnar neuropathy at elbow (昔、肘部管症候群と言われていたもの), Guyon’s canal syndrome, tarsal tunnel syndrome, T.O.S. (胸郭出口症候群), piriphormis syndrome (梨状筋症候群), meralgia parestheticaについてでした。我々は診断をつけたら整形外科に患者さんを紹介することが多い訳ですが、整形外科の先生がどのような基準でどのように治療するかがわかって、非常に勉強になりました。また、手根管症候群の一部で、Palmar cutaneous branchが障害されると非典型的な症状 (母指の障害) を出し、Tinel’s signの部位が通常と異なることは初めて知りました。こんなに面白い話なのに、非常に参加者が少なかったのが残念でした。

10時頃からポスターをみて、ラボに行き、実験をしました。そして、15時の講演に合わせて会場に戻りました。15時からの「小脳症状とは何か」という講演は、期待はずれでした。あまり「小脳症状とは何か」という問に答えていない演者が多かった気がします。

5月24日

8時から「てんかん発作を診て勉強しよう」の講演を聞きました。基本的な話が中心で、新しく勉強になったことは少なかったですが、入院でビデオ+脳波同時期録ができる施設が羨ましいと思いました。なかなかそういう環境でないと、ヒステリー (偽発作) と本当のてんかん発作の鑑別が難しいことがあるからです。

9時からは「感覚情報と大脳基底核」の講演を聞きました。内容としては、「Motor」「Oculomotor」「Prefrontal」「Limbic」の系は (細かいことを別にすれば) 閉じている、一方感覚系は閉鎖ループではなく、一種の open loopとして大脳基底核に関わっている、という話でした (一部閉鎖ループはあるかもしれないが、その影響は小さい)。つまり、運動の実行、プラン時に感覚野は大脳基底核の機能に影響を与え、この障害は基底核で運動症状を作ると言うことです。また、Sensory trickは、大脳基底核障害で回らない基底核ループの感覚情報の修飾、paradoxical gaitは感覚情報を用いた小脳による運動の補正 (大脳基底核:internal triggerな運動を制御、小脳:external triggerな運動を制御) と説明するとわかりやすいのではないかと提案されました。なんとなくわかった気がしたのですが、いつも話がわかりやすい宇川先生を以てしても難しい話でした。

10時からはポスターを見ました。紀伊半島古座川 ALSに 3名の C9ORF72変異が見つかった話、Parkinson disease with dementiaでは MMSEより HDS-Rの方が鋭敏であること、筋萎縮性側索硬化症 (ALS) のレスパイト入院では年間医療費はほとんど増えないという話などが面白かったです。ポスターを見てからラボに実験に行きました。

5月25日

前日、将棋の橋本八段達と午前 1時過ぎまで飲んでいて朝辛かったですが、何とか遅刻せずに間に合いました。

8時からの「てんかんと運転免許」は今トピックの話でした。てんかんの方に運転免許が与えられるようになってきた経緯、それを規定する法律内容について説明がありましたが、詳しく書くと長くなってしまうので、いくつかに絞って紹介します。

・医師の責任について。てんかん患者が運転免許を取るときに必要な診断書は、虚偽の記載をすれば虚偽公文書作製罪に問われます。しかし、適合と判断したのに非適合あったケースでは、医師の刑事責任は問われません。

・事故件数について。日本での運転免許保持者は 8101万人、総人身事故は 72.6万件/年、うちてんかん発作によると思われる事故は 71件 (そのうち免許取得/更新時に申請していたのは 5名) と、有病率を考えれば決して多くありません。

・ヨーロッパでは欧州連合指令による規定があります。自家用運転での発作抑制期間 (この期間発作がなければ免許がとれる) は、てんかん 1年、初回発作 6ヶ月、薬物調整時 6ヶ月、てんかん手術後 1年、職業運転での発作抑制期間は、てんかんの場合内服なしで 10年、初回発作 5年です。今後これが global standardになっていくのではないかと考えられています。ちなみに、発作抑制期間の長さにより、あまり事故率は変わらないというデータがあるそうです。

・運転適性 がない (発作の恐れがある) のに運転していた人のうち、35%が仕事や生活の必要性のため免許がどうしても必要なので申告していなかったそうです。

講演後、フロアから、いくつか良い質問がありました。

①初回発作のときどうするか?

てんかんは、 2回以上の発作があって初めて確定診断されることが多いです (初回発作があっても、半分の患者さんはその後発作を起こさない)。なので、初回発作のみでは診断できない場合があります。このとき運転免許をどうするかに関しては、明確な決まりはないそうです。

②仕事がなくなるのが怖いから、患者さんは申請できないのでは?

現行ルールを守って貰うため、世間を巻き込んだ議論をする必要があります。現行ルールで良いのかは学会で方針を出したい、とのことでした。

③減薬をどうプランニングするか?

成人に成る前にトライすべきで、成人になってからは極めて慎重であるべき、とのことでした。

(2012年 10月11日16:00-18:00に日本てんかん学会のワークショップ「てんかんと運転」があり、そこで様々な事が決まる見込みなのだそうです)

9時からは、「実地に役立つ神経遺伝学」の講義でした。家族性 ALSと診断されていた MJD, MERFF, Friedrich ataxia with retained reflexes, Posterior column ataxia, hereditary spastic palarysisが症例としてあげられました。遺伝形式などにより使う手法が違うので臨床診断がしっかりしていないと無駄が多くなってしまう、という話でした。どのような場合にどのような解析法を使うかなど、勉強になりました。参加者が少なかったのが残念でした。

10時からポスターを見に行きました。京都からの報告で、 ALS/Paget病の患者さんで VCP変異が見つかった話などが興味深かったです。日本ではその変異はないかと思っていたのですが、実際にはあったのですね。

13時 30分から、「東日本大震災:あれから一年」というシンポジウムに参加しました。まず岩手医大、東北大学の先生が、震災により生じる健康被害についてどう研究をするか、どうデザインを組むかを話されました。私は「そういう話は学会誌の読み物にまとめて、こういう場じゃないと聞けない話をすればよいのに」と思いました。

3人目の演者、福島県立医大の宇川教授は「調査する側とされる側の思いは違う」とチクリと言って、講演を始めました。福島県は、浜通り、中通り、会津と 3地域にわけられますが、それぞれの震災後の状況、現状を話されました。放射能汚染についても触れました。現在、福島市の放射線量はローマと同じくらいですが、雨樋など一部高い場所もあるようです。どの程度怖がるかは、科学じゃなくて価値観の問題なので難しいようです。考えさせられました。

4人目の演者は斎藤病院の斎藤先生でした。石巻の民間病院の院長です。周囲が全て津波に飲まれ、1個のおにぎりを半分にして、それを 1日 2回にして飢えを凌いだとおっしゃっていました。斎藤病院では、震災後救急患者が 2-3倍になりすぐに満床になりました。DMATは石巻赤十字病院には来ましたが、斎藤病院には来ず、その後東北大学が様々な支援をしたそうです。支援物資の分配も上手くいっていなかったそうで、民間病院や在宅の方へは届くのが遅れました。石巻では 3ヶ月で 70%, 6ヶ月で 86.8%の病院が再開しました。民間病院には、建物に半分の補助がでましたが、医療機器は補償されず、官民格差を感じたとのことでした。最後のまとめで斎藤先生がおっしゃっていたのは、①震災時に拠点病院以外の病院をどうするのか?②卸売り業者が被災して薬が手に入らなくなった場合、メーカーから直接買えるようにならないか?③支援物資をどう届けるのか?④予算案が国会を通るのに何故 8ヶ月も空白が生じたのか?ということでした。

5人目の演者はいわき病院の先生でした。いわきは揺れ、津波、原発事故のトリプルパンチをくらいました。原発事故後、1週間は外を車が走っていなかったと証言されていました。いわき病院では、津波時に寝たきりの患者さんを院内の高いところに避難させ、その後全ての患者さんを他院に搬送し、そして戻ってきて診療を再開しました。講演では、被災後の ALSの患者さんの動向などについて話されました。現在のいわきでは、流出した人はいるものの相双地区から流入した人がいて、若干人が増えたそうです。転勤してくる方の住む家がないほどだとおっしゃっていました。

まだシンポジウムは続いていたのですが、被災地の先生の話が終わったため、別のシンポジウムに出るため、途中で抜けました。このシンポジウムで残念だったのは、参加者が非常に少なかったことです。他に勉強しなきゃいけないことがたくさんあるのはわかりますが、1年経つと人の関心は移ろうものだなぁ・・・と。まだ引きずっている私の方がおかしいのでしょうか?

さて、15時 15分からは「神経学と精神」というシンポジウムに出ました。まずは神経疾患で見られる精神症状について。急性自律性感覚性ニューロパチーでは半数以上に精神症状が見られる、片頭痛で遁走が見られることがある、post stroke depressionでは中前頭回の血流が低下している、CADASILではアパシーが見られる、パーキンソン病では性欲亢進が見られることがある、抗 NMDA受容体抗体脳炎では意識・自我の障害がみられる、拒食症では insulaとの関係が指摘されている、視床梗塞では personality障害が出る・・・という話でした。その後、精神科の先生からの話を聴き、神経内科とは違った立場からの見方に新鮮さを感じました。

これで私が聴講した全ての講演が終わりました。参加できた講演はこれでもごく一部で、神経学の幅広さを実感しました。

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