FIRST AUTHOR’S

By , 2012年11月11日 8:45 AM

FIRST AUTHOR’Sというブログを見つけました。日本人の論文著者が、自身の論文を要約したものをまとめたサイトのようです。そのせいか、論文の内容がかなり詳細に記述されています。

FIRST AUTHOR’S

読もうと思っていた、球脊髄性筋萎縮症に対するナラトリプタンの効果を示した論文の要約もありました。

ナラトリプタンはCGRP1の発現抑制を介し球脊髄性筋萎縮症を抑止する

専門外で内容が難しい論文も多いけれど、自分の専門分野の論文もたまに登場するので、定期的にチェックしていきたいと思います。

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イトーヨーカ堂

By , 2012年11月10日 7:50 AM

東洋経済 2012年11月3日号の「自然災害 M9のマネジメント」という記事を読みました。噂には聞いていたけれど、ここまで迅速な対応がなされていたとは知りませんでした。このイトーヨーカ堂の対応は、お手本になりますね。記事によると、阪神・淡路大震災から長年かけてブラッシュアップしてきたそうです。

果たして自分が勤務する病院だと、どれだけのことが出来るだろうかと思いながら読みました。こうした企業を見習っていかないといけません。

東洋経済誌

東日本大震災発生直後のイトーヨーカ堂の対応

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Nature

By , 2012年11月9日 7:30 AM

Nature誌の “Editorial” に森口騒動を通じたメディア批判が掲載されました。

 Bad press

掲載された当時から、ネットでは相当反響が大きく、賑わいました。

日本語訳をした方も複数います。下記のサイトでわかりやすく纏めてくれているので、紹介しておきます。

“Bad press”―Natureに掲載された日本のメディアに対する批判

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ネタ系論文

By , 2012年11月8日 7:30 AM

論文には、何も堅苦しいものばかりじゃなくて、ユニークな発想のものがたくさんあります。既に削除されたようですが、以前ネットでは「プロ野球選手と結婚する方法」という長文の卒業論文が話題になりました。今回、ユニークな論文を集めた記事が話題になっていたので、紹介します。

「ウルトラマンに正義はあるか」「成功しやすい告白とは」 ユニークなテーマの論文を紹介

例えば、鴨川カップルの“等間隔の法則”に関する調査では、祇園祭の時期に京都の鴨川でカップルが並ぶ間隔について考察しています。私が最も興味を持ったのは、ブラジャー着用時と非着用時の運動中の乳房振動特性恋愛における告白の成否の規定因に関する研究です。「出会って 3ヶ月以内に告白する」「告白時に交際の申し込みをはっきり伝えることが成功者のパターンとして現れている」「成功者の多くは夜に告白を行っている」ということらしいので、実践してみようと思います。この論文にもっと早く出会っていれば、私がこの歳まで独身でいることもなかったでしょうに・・・ orz

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避難ママ

By , 2012年11月6日 8:54 PM

郡山時代の同僚の奥様が、震災について手記を残しています。

同僚から、奥様のことについて聞いたことが無かったから、「こんなことがあったのか」というのを初めて知りました。

その同僚と奥様は、郡山と大阪で未だに二重生活をしています。是非読んでみてください。

 避難ママのお茶べり会 手記その6

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ポリーニ・パースペクティヴ 2012

By , 2012年11月5日 7:30 AM

11月 2日にポリーニのコンサートに行ってきました。

ベートーヴェン―シュトックハウゼン 大ホール

2012年11月2日(金)19:00開演

シュトックハウゼン:ピアノ曲VII <曲目変更>

シュトックハウゼン:ピアノ曲IX <曲目変更>

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第24番 嬰ヘ長調 op. 78「テレーゼ」

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第25番 ト長調 op. 79

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第26番 変ホ長調 op. 81a「告別」

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第27番 ホ短調 op. 90

*シュトックハウゼン:ピアノ曲Ⅹが上記2曲に変更となります。

ピアノ:マウリツィオ・ポリーニ

シュトックハウゼンの音楽は、私はこの類の音楽を普段聴かないのでわからなかったけれど、ポリーニの音に対する繊細さはよく伝わって来ました。ポリーニの演奏を生で聴くのは初めてでした。

そして目的のベートーヴェン。まずソナタ第 24番はテレーゼは、あまり出来が良くなく、指がもつれてリズムが壊れたりしていました。ポリーニのおっかけをやっている人に聞くと、「いつも出だしはこんなものだよ」と。第 25番はやや持ち直したものの、しかし期待した演奏には程遠かったと思います。

後半に入ると、徐々にエンジンが入ってきたようでした。まずは私が現在ハマっている第 26番「告別」。お気に入りのバックハウスの演奏を毎日通勤の時に聴いていて、特に第 3楽章「再会」は、実験でテンパった時にいつも頭の中をグルグルと回る曲になっていました。

・Beethoven Piano Sonata No 26 Op 81a Les Adieux 1 Das Lebewohl (Les Adieux – The Farewell)


・Beethoven Piano Sonata No 26 Op 81a Les Adieux 2 Abwesenheit (L’Absence – The Absence)

・Beethoven Piano Sonata No 26 Op 81a Les Adieux 3 Das Wiedersehen (Le Retour – The Return)

で、ポリーニの演奏は、この上なく情熱的でした。ひたすら前へ、前へ!演奏としてはリスクが高く、いつ崩壊してもおかしくなかったのですが、それだけにポリーニの滾る思いが存分に伝わってきました。第 3楽章「再会」の演奏では、戦火を逃れた親友ルドルフ大公と再会したベートーヴェンの胸の高鳴りを感じました。

演奏は尻上がりに良くなり、第 27番も素晴らしかったです。アンコールはベートーヴェン「6つのバガテル」から op. 126-3, 4でした。会場はスタンディングオベーションでした。会場にはカメラがたくさんあって、NHKで一部放送するそうですので、興味の有る方は是非御覧ください。

 12月17日(月)【16日(日)深夜】午前0時~午前4時
プレミアムシアター
◇マウリツィオ・ポリーニ 日本公演
~ポリーニ・パースペクティヴ2012~ から

<曲 目>
Il rumore del tempo[日本初演](マンゾーニ)
弦楽四重奏曲 第3番「グリド(叫び)」(ラッヘンマン)
ピアノ・ソナタ 選集(ベートーベン)  ほか

<演 奏>
マウリツィオ・ポリーニ(ピアノ)
【ベートーベン作品の演奏】

クリストフ・デジャルダン(ビオラ)
アラン・ダミアン(クラリネット)
ダニエル・チャンポリーニ(打楽器)
チョー・ジョー(ソプラノ)
【マンゾーニ作品の演奏】

ジャック四重奏団
【ラッヘンマン作品の演奏】 ほか

収録:2012年10月23日、11月2、7、13日
サントリーホール

某千葉県 K総合病院の集中治療科のトップに内定した、知り合いのブリスベン先生 (仮名) が、エリザベート及びロン・ティボーコンクール第 2位のヴァイオリニスト成田達輝氏を会場で紹介してくれて、コンサートが終わってから 3人で飲みに行きました (この前日、ブリスベン先生とプロ棋士の橋本八段と私の三人で酒を飲んだので、ブリスベン先生とは2日連続の酒になりました (^^;)。

新橋に移動して、徳壽という焼肉屋でさんざん酔って、3人で芸術論を語り合いました。一流音楽家の話はとても新鮮でした。成田氏はジャン・ジャック・カントロフの弟子らしく、面白い話をたくさん聴かせてくださいました。今度は成田氏の演奏会を是非聴きに行きたいと思いました (残念ながら今回の来日公演はチケット完売で手に入らず)。

・ロン・ティボー国際音楽コンクール(成田達輝)

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国内留学を終えて

By , 2012年11月4日 2:58 PM

10月31日をもって、2年間の国内留学を終えました。

基礎研究は全くの初心者の状態で国内留学し、当初は実験失敗の連続でした。一日一善という言葉はありますが、一日一つは大きな失敗をしでかし、皆様に大きな迷惑をかけました。私がしでかした失敗で、一冊本が書けます。

しかし、ラボに行って 1年くらいすると、徐々に実験がうまくいく事が増え始め、手を動かすことが楽しくなりました。国内留学を終える頃には、他の研究者達と同じくらいのペースでデータを生み出すことが出来ていたのではないかと思います。2年間でこれだけスキルアップしたので、もう少し時間があればもっと色々なことが出来たのかもしれませんが、臨床医としてのスキルを落とすわけにはいきませんので、戻るには丁度良い時期でしょう。

この 2年間、研究生活に身を置いてみて、過去に「D教授の言葉」という随筆で紹介した言葉の素晴らしさをますます感じました。現在読んでいる「ラモニ・カハール」という本の冒頭でも、萬年甫先生が「D教授の言葉」を引用していますね。

[増補] 神経学の源流 2 ラモニ・カハール (萬年甫編訳, 東京大学出版)

私が学生時代に読んで深い感銘を受けた文章のひとつに安騎東野氏の「D教授の言葉」がある。安騎東野という名が、柿本人麿が安騎野でよんだ「ひむがしの野にかげろひの立つ見えてかへり見すれば月かたぶきぬ」(万葉集巻I)をただちに連想させ、この歌が私のすきなものであったので、この人の随筆にも興味をもち、「欧州の雀」、「向日葵」、「歩行者」、「農村復興」と次々に発行される著書には必ず目を通していた。「D教授の言葉」は「向日葵」の中にある。

それは昭和 14年に書かれたもので、安騎氏がベルリンに 2年在留し、それを終えて帰国直前の主任教授の D氏と一夕を過ごした時の会話である。話題は日本人の独創力をめぐって進む。D教授はいう。「私は日本人の独創力を本質的には高く考えている。それだのに日本には、例外的の 2, 3の人達を除けば、明日の文化を約束するような面白い芽が生えてきていないようですね。この点について、私は君とよく考えてみたいのです。私はこの点について、日本のどこが悪いのかはもちろん知らない。だがもし君の御参考になるのならば、自分の科学に態度なりまたは研究室の指導なりについてお話ししましょう」と前おきして、「科学というものは常に現象から始めなければいけないと私は思うのです。もちろんそんなことを新しくいえば、君はあたり前だといって笑うかもしれない。しかし時にそれが笑いごとでない場合があるのです。というのは往々若い科学者は、自分の眼で見た現象と、文献で読んだ知識を混同するのです。しかし、もしある科学者が彼の文献で読んだ知識と、自分の眼で見た現象とを同等に評価するようになったらば、私はその科学者の生命はもうその時終わったものと考えるのです。科学者は常に現象の発見からはじめて行かなければならないと思う。それからすぐそれについて考えてみて、研究をすべきだと思うのです。私は決して科学者に文献を読むなというのではありません。ただ私だけの考えでは科学者の文献を読む時期が問題なのです。私はこの時期について常に 2つの種類を分けるのです。第 1の種類というのは文献を現象の発見の道具として扱うものです。もちろん自然現象というものは四六時中自分の身辺に始終起こっているのですから、気をつけてさえいれば、面白いものを発見できないはずはないのですが、もしそれにを発見できないような場合には、というよりも自分の気づかなかった現象に他人が気づいているかもしれないから、そういう現象の発見ということには、文献は必要であるのです。ただこの時一番注意しなければならぬことは、この場合できるだけその現象に対する他人の解釈は読まないことです。いい換えれば緒論や結論は読んではいけないのです。ただ実験の成績、変化現象だけを読むだけで、たくさんなのです。この場合文献は辞書と同じもので、いくら辞書をひいたといっても、すぐうまい文章が書けるというものではないのです。だから現象の発見ということがやはり主たる目的なのです。自分の興味ある現象すら発見していないのに文献を読むということは全くの無意味です。現象を見てすぐ文献に取り付いてもまだ早いのです。その現象について考え、研究がほぼ目鼻がついてからはじめて読むべきなのでしょう。いやその時期にこそはぜひ読まなければいけないのです。この時期が私のいう第 2の種類なのです。この時こそ前人がそれについてどう考えていたかもある程度までは読むべきで、それによって自分の研究が科学全体でどの位置にあるかということをはっきりさせる必要があるのです。」東野氏は以上のことを認めながら、しかし現象についてある程度まで自分だけで研究してしまって文献を探して見たら、そんなことはもう前人が詳しくやってあったというようなことはないだろうかと質問する。それに対する答は明快である。「決して!もし 1人の人が本気で自分自身の考え方で研究していったとするならば、それらの仕事は各人各様の特質をもってくるはずです。私はこの指紋のような仕事を尊敬します。また将来の科学こそは、現在のこの指紋のような仕事によってのみ進められるのだと確信しています。もし他人の仕事と全く同じになるという危険を云々するならばそれはむしろ文献ばかり読んでいる人の仕事にだけそれがあると考えなければならないのだと私は信じるのです。・・・研究者それ自身は本質的に独創力のある人であったにしても、その人があまり文献を読みすぎたという態度の誤りで、その人の研究には時として一生芽をふかない場合もあるのです・・・。」

以来、私はこの文章をことあるごとに思い出した。しかし、学生時代にはそれは活字の世界のことであり、あくまで二次元のものとしてしか受取れなかった。それが昭和 24年医学部を卒業して東大脳研究所に入り、小川鼎三先生のもとで研究生活をはじめて見ると、この言葉、ことに「まず現象から」、「文献を読む時期」、「指紋を押したような仕事」の 3つが三次元、四次元のものとして実感できるようになった。そしてこれに共感するからには、是非実行してみようと心がけた。

さて、私は 11月から大学病院に復帰する訳ですが、現象をみることの重要性というのは、臨床においても同じだと思います。そういう意識を持って、臨床現場に臨みたいと思います。

そして 11月 2日にかつて机を並べて実験した同僚から嬉しい連絡をもらいました。医学部編入試験を受け、見事合格したそうです。私を反面教師にして頑張って欲しいです。

最後になりますが、ご指導頂いた方々、本当にお世話になりました。ありがとうございました。

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