漱石の疼痛、カントの激痛

By , 2014年3月27日 8:07 AM

漱石の疼痛、カントの激痛  『頭痛・肩凝り・歯痛』列伝 (横田敏勝著、講談社現代新書)」を読み終えました。

横田氏の著書については、「名画の医学」を以前ブログで紹介したことがあります。非常に芸術に造詣の深い先生で、尊敬しております。本書は、「作家、画家、その作品」と、医師が日常診療する疼痛とを並べて扱っています。扱われた芸術作品をみると、著者の教養の広さがわかります。関節リウマチを「慢性関節リウマチ」と記述していたり、片頭痛治療でエルゴタミンを紹介していたり、少し古くなってしまった記述もありますが、一般人向けに書かれているにも関わらず、医師の眼から読んで唸らされることばかりです。オススメの一冊です。

神経内科医にとって「頭痛」は、初診患者での主訴として最も多い疾患の一つです。本書では、頭痛に関連した項で、片頭痛、緊張型頭痛、群発頭痛、クモ膜下出血による頭痛 (源頼朝)、高血圧性頭痛、二日酔いよる頭痛 (源実朝) などが扱われています。例えば、芥川龍之介の「歯車」という小説で、芥川自身の片頭痛体験が記されていることは本書で初めて知りました。小説中では閃輝暗点が詳細に描かれています。ちなみに、文学作品の中で「肩が凝る」という言葉を初めて使ったのは夏目漱石だったそうです。「門」という小説に登場します。欧米では「肩こり」という語はないそうで、彼らは「首の凝り」あるいは「僧帽筋の筋肉痛」と呼んでいます。

沢村伝之助 (三代目) という花形役者が閉塞性血栓性血管炎で下肢を切断することになったとき、手術したのはジェームズ・カーティス・ヘボンでした。手術はクロロホルム麻酔下で行われました。ヘボンの名は、ローマ字で「ヘボン式」というとピンときますね。ヘボンの弟子に、大村益次郎、高橋是清、林董、などがいます。彼は後年、明治学院で教鞭をとり、その間に島崎藤村を教えました。また、最初の和英・英和辞典 「和英語林集成」 を完成させています (上海で印刷)。ヘボンが「ヘボン式ローマ字」の開発など日本と西洋文化をつないだ人だとは知っていましたが、医師として業績は、本書で初めて知りました。

本書には疼痛に関するネタが満載なのですが、私の好きなミレーの「落穂拾い」の絵が腰痛の項で扱われていますので、絵の背景に関する部分を最後に紹介しておきます。この背景を知っていれば、「落穂拾い」の絵がもっと楽しめるはずです。

ジャン・フランソワ・ミレーの名作「落穂拾い」は、旧約聖書の「ルツ記」をもとにしている。「ルツ記」は名もない民衆の一人の物語である。

-むかし、ベツレヘムの村にエリメルクという人がいた。妻ナオミとの間にキリオンとマロンという息子があった。エリメルクは裕福であったが、ベツレヘム一帯が飢饉に襲われ、すっかり財産をなくしてしまう。従兄弟ボアズの助けをかりることもできたが、新しい土地に移って心機一転やり直そうと決意し、死海のさきのモアブに移住した。

エリメルクは新しい土地で懸命に働き、間もなく多少の資産ができた。しかし、過労がたたって、病に倒れ、死んでしまう。残されたナオミは、幼い二人の子を抱えながら、よく働いた。やがて成長した息子たちは、母親をよく助け、近くに住むモアブ人から嫁を迎えた。こうして、ナオミと息子たちの家族は、モアブの地に根を下ろすことができた。

ところが、息子たちは二人とも病弱で、相次いで死んでしまう。気落ちしたナオミは、故郷のベツレヘムに帰りたいと思った。息子の嫁たちには、ベツレヘムに行くのか、残るのか、自分の好きなように選ばせた。キリオンの嫁のオルパは残ることにし、マロンの嫁のルツは、ひとりぼっちになったナオミを見捨てることはできないと言い、一緒にベツレヘムへと旅立った。

苦しい旅の末にベツレヘムにたどりついた二人には、一切れのパンを買うお金も残されていなかった。ルツは、何とかして年老いた姑においしいパンを食べさせたいと思う。ちょうど麦刈りの時期だったので、畑に出て落穂を拾い、それを粉にして、パンを焼くことにした。イスラエルでは、収穫が済んだあとの畑で落穂を拾うことが、貧しい人たちの権利として認められていたのである。これはモーゼが定めた掟の一つで、ルツは貧しい人たちにまじって、毎日毎日落穂を拾い、ナオミに食べさせた。やがてルツとナオミの噂がベツレヘムの人たちの間にひろがり、ナオミの亡き夫の従兄弟ボアズの耳にも届いた。

ボアズはルツの人柄に感心して、彼女の様子を見たいと思った。そこで、そしらぬふりをして、彼女がせっせと働く姿を見ていたが、昼になると、彼女を食事に誘った。ルツは食卓に出されたパンのほんの一部を食べ、残りを年老いた姑のために持ち帰った。

ボアズはルツとナオミを助けようと、麦の借り手たちに言いつけて、あまり念入りに収穫せず落穂をたくさん残すようにした。あくる日も落穂拾いにきたルツは、持って帰れないほどの落穂を拾うことができた。ナオミは「ボアズがルツに好意を抱いているな」と思って、大変喜んだ。「自分はそんなに長く行きられない。嫁のルツの身の振り方が気がかりだ。妻に死なれてやもめ暮らしをしているボアズがルツをめとってくれたらいいのだが。ボアズも幸せになれるだろうし、このけなげで優しいルツも、立派な主婦になって、幸せに暮らせるだろう」、こんな思いから「どうか私が死ぬ前に、この二人が幸せになれますように」と祈るのだった。やがてこの願いがかなえられ、ルツはボアズと結ばれて、子宝に恵まれた。ナオミは初孫を抱いてから、この世を去った-。

ミレーの「落穂拾い」は、貧しいながらも落穂を拾って、けなげに生きるルツのイメージを伝えている。貧しさと厳しい労働に耐えている姿が痛々しい。背景の豊かな収穫は、貧しさを一段と際だたせている。この絵に描かれた姿勢で長時間働いていると、筋筋膜痛症候群になり、筋肉が痛むようになるだろう。長年前かがみの姿勢で農作業に従事していると、立ち上がるときに腰が伸びにくくなり、歩くと腰の痛みがひどくなる。五十歳を過ぎた農村の女性の背骨は農作業をするのに適した前かがみの姿勢に固まってしまい、いつもこの姿勢で歩くようになる。この絵を見ていると、心が痛む。


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