ジェノヴァ旅行(2007年9月15日〜9月26日)

クレモナ第1日目

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 朝寒くて目が覚めた。窓を調べるときちんと閉まっていたが、外は雨だった。少し喉が痛い。

 昨日、どうしても見たかったにもかかわらず、時間がなかったり休館だったために見られなかった施設が3箇所あった。シャリテ(旧大学病院)、楽器博物館、ベルクグリューン・コレクション(ピカソの作品70点以上がある)だ。しかし、昼過ぎにクレモナに発たないといけないので、1箇所しか見学出来そうにない。悩ましい選択肢であったが、シャリテを選択した。楽器博物館やベルクグリューン・コレクションは、また来る機会もあるだろう。

 食事を終えて、外に出ると、雨が非常に冷たい。近くのスーパーまで走り、傘を買い、そのまま電車に乗って、Friedrichstrasse駅に向かった。Friedrichstrasse駅から、昨日訪れた森鴎外記念館の横を通って直進すると、シャリテ通りとシューマン通りの交差点に着いた。交差点にはウィルヒョウの銅像が立っていた。

 シャリテの入り口で守衛に医学史記念館の場所を聞くと、一番奥の突きあたりを左だと言われた。広大な敷地を歩く。先ほど買った傘は、既に壊れかかっていた。ドイツの安物の傘は、日本のコンビニの傘より圧倒的に貧弱だ。

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 医学史記念館の受付で、チケットを買って中に入った。最初に展示されているのが、シャリテの出来た頃のスケッチだ。それからシャリテの変遷、それぞれの時代の他のシャリテのスケッチなどが掛かっていた。それから、昔の検査器具の写真の展示を経て、階段を上ると標本室だった。あらゆる臓器のさまざまなホルマリン漬け標本が、所狭しと並んでいた。標本といっても顕微鏡標本ではなく、体から臓器を切り出してきたそのままの臓器標本で、肉眼で見るものだ。病理学の父ウィルヒョウにちなんでか、癌を始め、様々な病気を持った臓器ばかり集められていた。標本室は多くの見学者であふれていたが、男性生殖器の標本の前は、いつ見ても女学生が群がっていた。お互いに何か話し合っているが、ドイツ語なのでわからなかった。

 受付に戻って、いくつか本を買い足した。シャリテの歴史などが記された本だ。写真を見るだけでも楽しめる。それは、スーツケースが重くなることと引き換えに得られる権利だ。

 ホテルに戻ると、預けていた荷物を受け取った。吐く息が白く、昼間なのにかなり寒く感じた。

 飛行機が飛ぶのは15時30分だが、余裕を持って12時30分にタクシーを呼び、空港へ向かった。

 空港では、時間が早すぎて手続きが出来ず、重い荷物を引きずってレストランに入った。ステーキを頼んだところ、ことのほか美味しかった。やっぱり、ドイツは肉料理だ。余った時間は酒で潰すより無い。

 14時過ぎくらいから並んで、すんなり搭乗手続き出来た。その時のスーツケースが23kg。重い訳だ。

 客席が左3列、右2列の小さな飛行機(LH 2788便)。途中死ぬかと思うくらいかなり揺れたが、岩肌剥き出しの山々の上を飛び、無事ミラノのLinate空港に着いた。その暑いこと。ベルリンと対照的だ。ミラノ中央駅までバスに乗り、かなり長い距離を走ってたどり着いた。ミラノ中央駅からは、クレモナまで電車だ。運の良いことに、すぐに乗り込むことが出来た。

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 クレモナに着いたのはかなり遅い時間だった。HISが準備してくれたバウチャーには、ホテルの周囲の地図しか載っていない。しかも目印が書いていないのだ。持ってきた旅行本には、駅の周辺や市街中心部の地図しかなく、ホテルが載っていない。そこで、バウチャーで住所を見て、それに該当しそうな通りの名前を旅行本で調べて、歩いて向かった。通りの名前と方角さえあっていれば、いつかは着くという理屈だ。スーツケースがずっしりと重い。

 歩きながら、何人かに道を聞いたが、誰も英語を話せない。ホテルのバウチャーを見せても、誰もそんなホテルは知らないという。何人目かで、やっと方角が正しいことがわかった。もうこれ以上まで歩けないという限界くらいのところで、やっとホテル「Continental」を発見した。

 ホテルの受付の男性は、英語が通じ、色々と親切にしてくれた。とても人なつっこく、どこかで会ったような顔でもある。

 部屋に着いて、鍵が上手く開けられなかったため、受付の男性を呼んだら、快く開けてくれた。どこまでも人の良さそうなオジさんだ。

 空腹のため、ホテルの食堂で食事を摂ることにしたが、21時くらいとやや遅かったためか、接客の悪いこと。更に英語が全く通じないのだ。英語とイタリア語で会話する形になり、お互い相手の言うことがさっぱりわからない。きっと赤ん坊の感じている筈のもどかしさに近いと思う。そのため、料理は指を指して注文することとなった。食事はドイツにいた頃と比べると格段に美味しいが、店員の愛想のなさには辟易した。とはいえ、ワインを一本近く空け、機嫌良く部屋に戻ったのだが。

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 部屋に戻る途中、廊下にヴァイオリンのポスターがあった。「M Maxim Vengerov Owner」と上に書いてあり、楽器の下には「Copy Violino Stradivari Kreutzer 1727」。その下に「Made by Rafaelian Leonidas Cremona 2002」と書いてあった。クロイツェルという名のついたヴァイオリンの名器のコピーをレオニダス氏が作ったということのようだ。ヴェンゲーロフは有名なヴァイオリニストで、私は日本で彼の演奏を聴いたことがある。「クロイツェル」という名のStradivariを所有していることが知られている。楽器のコピーがポスターになったのを見るのは初めてだったから、びっくりした。

 部屋でテレビをつけると、「ドラえもん」をやっていた。主題歌は日本のものと異なるが、アニメ自体の雰囲気はそっくりだった。イタリア語なのに、本当に日本のドラえもんの登場人物が話しているようだった。その他、育毛のCMをやっていた。万国悩みは共通ということか。

 夜はドイツほど寒くなく、快適な睡眠。


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