Birthday

By , 2007年8月30日 6:56 PM

私事ながら、本日誕生日を迎えました。大学時代の部活の後輩達が祝ってくださるそうで、今から池袋に行ってきます。

「プレゼントはア・タ・シ」なんてリボンされてたらどうしよう・・・(爆)。

それはそうと、昨日と明日と明々後日が当直。学会で海外に行く間当直できないので、ここのところ週3回ペースで当直しています。体重7kg落ちました。

でも、今日は羽を伸ばせそうです。ニュースで「池袋で医師補導」のニュースがあったら私だと思ってください。


ワイン

By , 2007年8月28日 7:17 AM

昨日、医局で新聞を読んでいました。

ブドウのゲノムを解読 仏・伊の共同研究チーム
2007年08月27日07時44分

フランスとイタリアの共同研究チームがブドウのゲノム(全遺伝情報)を解読し、26日、英科学誌ネイチャー(電子版)に概要を発表した。ワイングラスを傾けながら、遺伝子レベルでワインの個性にうんちくを傾けられるかもしれない。

果実をもつ農作物でゲノムが解読されたのは初めて。植物では、イネ、シロイヌナズナ、ポプラに続いて4番目。

チームは、仏ブルゴーニュ地方の赤ワインの主要品種で、シャンパンにも使われるピノノワール種の系統のブドウを調べた。

遺伝子の数は3万434個。赤ワインが健康にいい理由の一つとされるレスベラトロルという物質の遺伝子や、赤ワインの風味の重要な要素の一つであるタンニンの代謝にかかわる遺伝子が、ゲノム解読ずみの他の植物よりたくさん働いていることがわかった。

チームは「ワインの風味の多彩さを、遺伝子レベルで説明できるようになるのではないか」と述べている。 (http://www.asahi.com/science/update/0826/TKY200708260111.html?ref=rss)

脳卒中の分野で有名な先生に、

「おいしいワインが飲めそうですね」

と話題を振ると、

「それより、薬の開発に結びつきそうですね。レスベラトロルは抗酸化作用があるから、脳卒中の治療に有効かもしれないし・・・。」

という返事が返ってきました。生きる姿勢の違いを見せつけられました。


Glenn Gould

By , 2007年8月27日 12:50 AM

今日は、ほろ酔い加減で「Glenn Gould」について語ります。Gouldは夏目漱石に傾倒していたとする逸話があり、日本人としては少し親近感が持てます。

私が初めてGouldの演奏を聴いたのは、「グレン・グールド/バッハ全集」というCDでした。当時は研修医で、今よりハードな生活をしており、バイト当直が週2日、大学当直が週1日、当直がない日も帰宅は毎日終電近くで、少ない睡眠時間も深夜に看護師からの電話で起こされる毎日、患者のことを考えるよりも自分を守ることで精一杯でした。3日連続当直で、睡眠時間が 3日で 3時間という時もありました。Gouldのゴルドベルク変奏曲 (J.S.Bach) は、そんな時期に聴いただけに、荒んだ心に染みこむように感じました。

どのくらい感動したかといえば、ピアノを衝動買いしてしまった程です。ピアノなんて弾いたことがないのですが、「ゴルドベルク変奏曲」の楽譜を買ってきて、最初のアリアの右手だけでも弾けるようになりたいと思ったのです。結局その夢は挫折して今に至ります。郡山時代はピアノ不可の部屋だったのですが、東京に戻ってからはピアノ可の部屋に移り、今私の横にオブジェとして存在します。調律頼まないとなぁ・・・。

最近、Gouldの CDをまた買いました。ベートーヴェンの協奏曲集なのですが、特に第5番(皇帝)が綺麗でした。ソロパートの旋律を紡ぐように演奏するところで心を打たれました。他の協奏曲についてはノーコメントとしておきます。

ゴルドベルク変奏曲については、1955年と 1981年の録音が知られています。ミッシャ・マイスキーによるチェロ組曲 (Bach) は、歳をとってからの録音の方がテンポが速いのに対して、Gouldのゴルドベルク変奏曲の場合は逆で、1981年は優しくゆっくり弾いているのが印象的でした。この曲は、最近ペライアの CDを買って、再び感銘を受けました。

さて、前置きはそのくらいにして、紹介するのは、Gouldの死因についてです。これは実際に医学論文が出ています。一部引用しますが、推敲していませんので、(ほろ酔い加減でもあるし) スペルミスなどあるかもしれません。是非原文に当たることをお薦めします。

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世界でもっとも美しい10の科学実験

By , 2007年8月23日 11:35 PM

「世界でもっとも美しい 10の科学実験 (ロバート・P・クリース著、青木薫訳、日経BP社)」を読み終えました。高校物理がある程度理解出来ていれば、十分に楽しめます。

本書は、「フィジックス・ワールド」という雑誌の読者から「一番美しいと思う物理学の実験」をアンケートで集め、もっとも美しいとされた 10の実験を紹介したものです。

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ビリーズブートキャンプ

By , 2007年8月23日 7:31 AM

はり屋こいしかわ先生から、ビリーズブートキャンプのやりすぎで肋骨骨折した人の話を聞きました。

何事もほどほどに。


Isabelle Faust

By , 2007年8月21日 7:55 AM

Isabelle Faustが演奏するベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲とクロイツェルソナタの CD (HMC 901944)を聴きました。

ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は現在練習中の曲で、メジャー、マイナー問わず、いろいろな演奏家の録音を多数集めて聴いています。中でもお気に入りはヴォルフシュタールの演奏 (1928年録音) です。カップリングされた曲の演奏が不安定なこと、ピッチがあまりに高い (録音技術の問題?)、録音技術のため音質が多少悪いといった欠点がありますが、それらを補って余りあります。その他、個人的に好きな演奏家なので、レオニード・コーガンの演奏を良く聴きます。また、オイストラフの演奏は、録音によって多少の当たりはずれがありますが、言葉にならないくらい美しい録音もあり、時々聴きます。クライスラーの演奏は、傷も多いのですが引き込まれますね。

今回の Isabelle Faustの演奏は、清々しく、聴きやすい演奏でした。エレガントで押しつけがましくないのですが、伝えたいことがはっきりと伝わってきます。これまでに聴いた中にないタイプで、非常に面白かったです。繊細でクリアな音に、一瞬古楽器演奏を思い浮かべました。

彼女の演奏は 2000年10月7日にサントリーホールで聴いたことがあります。その時は、バッハの無伴奏パルティータ第2&3番、バルトークの無伴奏ヴァイオリンソナタでした。特にバルトークは圧巻でした。

彼女の使用している楽器はストラディバリウスの「スリーピング・ビューティー」だそうで、チャーミングな名前です。

一時期、ドイツのヴァイオリニストは不作だと言われましたが、ムター以降、ツィンマーマン、テツラフ、ファウストと大物が続いています。それぞれタイプが違うのも面白いところです。


学会の準備

By , 2007年8月18日 7:45 PM

学会の準備が佳境です。今月中にはポスターを仕上げて、業者に印刷を頼む段取りとなっています。今日も夕方まで大学で準備していました。明日も当直の合間を縫って作業が出来ると良いのですが、多分忙しい当直となるので無理そうです。

 さて、今日、航空券とホテルの予約をしました。

一応の日程は、9月15日成田発。9月15日~18日ベルリン。9月19日クレモナ。9月20日~23日ジェノヴァ(学会発表)。9月24日~25日ミラノ。9月26日日本着。

夏休みがほとんど取れないと言われたので、学会の前後にくっつけて、連休と合わせて海外旅行をキープしたのですが、公私混同となってしまうため全額自費となりました。

涙が出るくらい高い旅行になりそうです。その分、音楽や医学史に触れて来られるように頑張ります。とはいっても、メインは学会なんだけどね。


Chopin

By , 2007年8月18日 12:35 PM

音楽仲間と話をしていると、男性ではバッハやベートーヴェンが好きな人が多い反面、女性ではショパンが好きな人が多い傾向にあることに気付きます。

ということで、今日紹介するのは、ショパンの肺疾患についてです。何故、彼はそんなに短命 (39歳で死亡) だったのでしょうか?

医学論文検索システムである Pubmedで、「Chopin」「cystic fibrosis」と入れると 10本の論文に Hitします。今日は、その中で、Lucyna Majkaらによる論文を紹介します。

Cystic fibrosisは Caucasian (コーカサス人) では、2500人出生に 1人くらいで見られる比較的ありふれた病気で、常染色体劣性遺伝です。最初に記述されたのが 1930年代と、割と新しい概念です。つまり、それ以前に罹患していても診断がつかなかったことを意味します。

従来、ショパンの死因は結核とされていて、「ショパン年報」でのチェスラーフ・セルジッキ博士の論文でも、結核説が支持されています。ショパンは、同時代の有名な医師「ジャン・バティスト・クリュヴェイエ」の診察を受け、「結核」の診断を得て、偽薬による治療を受けています。クリュヴェイエ医師は、ショパンの最期を看取り、解剖報告書(火事で失われたと言われている)も作成したそうです。解剖はショパンの希望だったようです。ただ、解剖の結果、肺結核は証明されませんでした。クリュヴェイエ医師が、「a disease not previously encountered」と述べたと伝えられています。

クリュヴェイエといえば、我々医師は「Cruveihier-Baumgarten症候群」を思い出します。これは、肝硬変で怒張した腹壁皮下静脈が出す雑音を呈する症候群です。おそらく、同症候群の Cruveihierはショパンの主治医と同人物と思いますが、余談です。ショパンと同症候群は何の関係もありません。

ショパンの結核説に関しては、反論があります。オシエーは、「合併症を起こさない結核という診断にも曖昧な点がある。マジョルカ島での病気も結核が原因とは思えない。もしそうであれば、一時的な呼吸不全、体重の激減、多量の肺出血が自然に治るとは到底考えられないからである。」

では彼を苦しめた病気は何だったのか?そこで、Cystic fibrosisという診断が浮かびます。この説は、オシエーらの1987年の報告 (O’Shea JG, Was Frederic Chopin’s illness actually cystic fibrosis? Med J Aust 147: 586-9, 1987) で最初に提唱されたものです。その診断根拠を示します。まず、表を見てください。Majkaらの論文から引用したものです。

Family history Symptoms Signs
Two sisters with similar symptoms and premature death Chronic pulmonary symptoms (productive cough, hemoptysis, shortness of breath) since childhood. Recurrent gastrointestinal symptoms (diarrhoea, fatty food intolerance, hematemesis). General complains (effort intolerance, fatigue, failure to gain weight). Inferility. Heatstroke. Atralgia (osteoarthropathy?) Short (170cm) and skinny (48kg), Barrel-chested, waisted limbs (later in life peripheral oedema). Cyanosis? No finger clubbing?

一つずつ見ていきましょう。まず、家族歴です。ショパンの両親は天寿を全うしました。父は73歳 (1770-1844)、母は77歳 (1784-1861) まで生きました。母親の Justynaは生涯健康でしたが、父親の Nicolasは生涯呼吸器症状を繰り返していたと言われています。ショパンの 3人の姉妹のうち、Isabella (1811-1881) のみ健康上の問題がありませんでした。長女のLudwika (1807-1855) は呼吸器症状に苦しみ、それが原因で 47歳で死亡しました。末の妹のEmilia (1813-1827) は病弱で、痩せていました。彼女は咳や喀血に苦しみ、肺炎を繰り返しました。彼女は 14歳で上部消化管出血で死亡しました。

次に、症状です。彼の残した文章から、彼が幼少時より多臓器にわたる症状を抱えていたことがわかります。彼は下痢などの消化器症状を繰り返し、頻回に気道感染も起こしてました。そのため、体重減少がありました。16歳の時には、病気が 6ヶ月続き、呼吸器症状や頭痛などの症状に苛まれたようです (一説には頸部アデノパシー)。また、その 5年後には、パリで喀血し、高熱に苦しみました。この時のみならず、呼吸器症状や消化器症状は慢性的にショパンを苦しめました。

また、彼は 170cmの身長に対して体重 48kg (一説には 45kg以下) と痩せており、お世辞にも健康そうには見えなかったようです。

こうした家族歴、症状、経過は、Cystic fibrosisに合致します。Cystic fibrosisは外分泌腺の障害による病気で、呼吸器症状と消化器症状がメインとなります。彼は生涯呼吸器症状と消化器症状に苦しみました。また、Cystic fibrosisは遺伝性疾患です。家族歴に見られるように、彼の姉妹の同様の症状は、本疾患の可能性を強くします。また、ショパンは多くの女性と関係を持ったにもかかわらず、子供を持ちませんでした。オシエーは、ショパンに生殖能力がなかったことと、Cystic fibrosisの関係について考察しています。Cystic fibrosisは高頻度に不妊症を起こします。

その他、ショパンの死因として存在する説を紹介しておきます。肺気腫、気管支拡張症、低γ-グロブリン血症、僧冒弁狭窄症、アレルギー性肺アスペルギルス症、三尖弁閉鎖不全症、Churge-Strauss症候群、肺胞ヘモジデローシス、肺動静脈奇形。α1-アンチトリプシン欠損症という説もある程度有力で、1994年にKuzemko JAらにより報告されていますが、膵障害による慢性下痢の存在、黄疸や腹水を欠くことなどが反論として挙げられます。

個人的には、Cystic fibrosisという説に強い説得力を感じます。

(参考文献)
・Majka L, et al. Cystic fibrosis – a probable cause of Frederic Chopin’s suffering and death. J Appl Gnet 44: 77-84, 2003
・「音楽と病(ジョン・オシエー著,菅野弘久訳,法政大学出版局)」
・「ミューズの病跡学Ⅰ音楽家篇(早川智著、診断と治療社)」


生物と無生物のあいだ

By , 2007年8月17日 7:40 AM

「生物と無生物のあいだ(福岡伸一著、講談社現代新書)」を読み終えました。

著者は、プロローグで「生命とは何か」と問いかけます。一つは「自己複製するシステム」であるという答えを提示しますが、著者はノックアウトマウスの研究を通じて、疑問を抱くようになります。ある機能がノックアウトされたはずのマウスが、何らかの代償機構で機能不全なく生きていく、そのことで「プラモデルのようなアナロジー」では説明できない特性があると感じるようになりました。その「ダイナミズム」、ユダヤ人研究者ルドルフ・シェーンハイマーが述べるところの「動的な平衡状態」をキーワードに、生命とは何かと考察していきます。

第1章は、著者が所属したロックフェラー大学から始まります。ここは野口英世も存在した大学です。野口英世は日本では伝記に登場する偉人ですが、実際は違ったようです。著者はロックフェラー大学定期刊行雑誌 (2004年6月発行) を引用して、彼の実際を紹介しています。

 ロックフェラーの創成期である二十世紀初頭の二十三年間を過ごした野口英世は、今日、キャンパスではほとんどその名を記憶するものはない。彼の業績、すなわち梅毒、ポリオ、狂犬病、あるいは黄熱病の研究成果は当時こそ賞賛を受けたが、多くの結果は矛盾と混乱に満ちたものであった。その後、間違いだったことが判明したものもある。彼はむしろヘビイ・ドランカーおよびプレイボーイとして評判だった。結局、野口の名は、ロックフェラーの歴史のにおいてはメインチャプターというよりは脚注に相当するものでしかない。

第2章は、ウイルスの発見から始まります。タバコの葉に起こるタバコモザイク病という病気があります。1890年代にロシアのディミトリ・イワノフスキーが、陶板を通した病葉の抽出液が病気を引き起こすことに気付きました。単細胞生物の10分の1以下のサイズのフィルターをすり抜けた抽出液が病原性を失わないことに、彼はびっくりしました。それからしばらくして、オランダのマルティンス・ベイエンリンクが同様の事象を再検討して、「微小な感染粒子の存在」 (つまりウイルス) を初めて提言しましたが、今日ではウイルスの最初の発見者はイワノフスキーになっているそうです。

次いで、ウイルスは生物かの議論がなされます。私は生物とは言えないと長年思っていて、分子生物に詳しい友人に聞いたところ、「生物だよ」と言われました。その時は、「はーん、そうなのか」と納得しましたが、著者はこのことに問題を論じます。

ウイルスは生物と無生物のあいだをたゆたう何者かである。もし生命を「自己複製するもの」と定義するなら、ウイルスはまぎれもなく生命体である。ウイルスが細胞に取りついてそのシステムを乗っ取り、自らを増やす様相は、さながら寄生虫とまったくかわるところがない。しかしウイルス粒子単体を眺めれば、それは無機的で、硬質の機械的オブジェにすぎず、そこには生命の律動はない。

ウイルスを生物とするか無生物とするかは長らく論争の的であった。いまだに決着していないといってもよい。それはとりもなおさず生命とは何かを定義する論争であるからだ。本稿の目的もまたそこにある。生物と無生物のあいだには一体どのような界面があるのだろうか。私はそれを今一度、定義しなおしてみたい。

結論を端的にいえば、私は、ウイルスを生物であるとは定義しない。つまり、生物とは自己複製するシステムである、との定義は不十分であると考えるのである。では、生命の特徴を捉えるには他にいかなる条件設定がありえるのか。生命の律動?そう私は先に書いた。このような言葉が喚起するイメージを、ミクロな解像力を保ったままできるだけ正確に定義づける方法はありえるのか。それを私は探ってみたいのである。

その答えを探るために、DNAに関する話題が提供されます。世界で一番最初に DNAに気付いていたのは、オズワルド・エイブリーであると言われています。1877年生まれで、1913年にロックフェラー医学研究所に勤務し始めたそうです。エイブリーが DNAの存在に気付くきっかけになったのは、肺炎双球菌の研究であったそうです。肺炎球菌には、病原性の強い S型と病原性のない R型があります。イギリスのグリフィスは、「死んでいるS型菌と生きている R型菌を混ぜて動物に注射すると肺炎が起こり、動物の体内からは、生きている S型菌が発見された」ことを見いだしていました。エイブリーはこの「形質転換物質」を追究しました。そして、研究の結果、「残った候補は、S型菌体に含まれていた酸性の物質、核酸、すなわち DNA」でした。残念ながら、そこでエイブリーはそこで定年退職してしまうのですが、ロックフェラー大学には、今でもエイブリーがノーベル賞に値する研究者であると信じてやまない人々がいるそうです。この形質転換という現象は、抗生剤に対する耐性菌という問題で、我々を悩ませています。

そしてDNAの謎を解く競争が始まります。シャルガフは、「動物、植物、微生物、どのような起源の DNAであっても、あるいはどのような DNAの一部分であっても、その構成を分析してみると、四つの文字のうち、Aと T、Cと Gの含有量は等しい」ことに気付きました。この謎を解いたのが、ワトソンとクリックだったのです。彼らはDNAの二重螺旋モデルを提唱し、瞬く間にそれは世界に受け入れられました。

しかし、世紀の発見には裏がありました。ワトソン、クリックが他者の成果を盗み見した疑惑です。ロンドン大学キングズカレッジでロザリンド・フランクリンという女性が、DNAの X線解析をしていました。しかし、彼女の上司のウィルキンズが、ワトソンに彼女の研究データを見せていたというのです。著者は、むしろクリックの方に疑惑があったように記しています。

フランクリンが英国医学研究機構に提出した報告書の写しはまずペルーツに行き、そこからクリックの手に渡った。クリックはフランクリンのデータを見ることができたのである。じっくりと、誰にもじゃまされることなく。

この報告書はワトソンとクリックにとってありえないほど貴重な意味をもつ文書だった。そこには生データではなく、フランクリン自身による測定数値や解釈も書き込まれていた。つまり彼らは交戦国の暗号解読表を手にしたのも同然だったのである。そこには DNA結晶の単位格子についての解析データが明記されていた。これを見れば、DNAラセンの直径や一巻きの大きさ、そしてその間にいくつの塩基が階段状に配置されているかが解読できたはずである。その上で報告書にはさりげない、しかし最も大きい意味をもつ記述があった。

「DNAの結晶構造は C2空間群である」

この一文は、そのままクリックのプリペアード・マインドにストンとはまった。あたかもジグゾーパズルの最後のピースのように。C2空間群とは、二つの構成単位が互いに逆方向をとって点対称的に配置されたときに成立する。(中略)

おそらく、ワトソンとクリックはこの報告書を前にして、初めて自分たちのモデルの正しさを確信できたのだ。すぐに彼らは論文を『ネイチャー』誌に送った。

しかし、である。ピア・レビューの途上にある、未発表のデータを含む報告書が、本人のまったくあずかり知らないうちに、ひそかにライバル研究者の手に入り、それが鍵となって世紀の大発見につながったのであれば、これは端的にいって重大な研究上のルール違反である。

結局、フランクリンはワトソン、クリック、ウィルキンズが「ノーベル賞を受賞したことも知らず、そして自身のデータが彼らの発見に決定的な役割を果たしたことさえも生涯気づかないまま、この年 (ワトソンらがノーベル賞を受賞した年) の四年前の一九五八年四月、ガンに侵されて三七歳でこの世を去」りました。X線を無防備に受けすぎたためとも言われています。

第9章で、前述のシェーンハイマーが登場します。シェーンハイマーは、トレーサーを使った実験技術を開発しました。このシェーンハイマーの実験から生まれた「身体構成成分の動的な状態 (The dynamic state of body constituents)」という概念を、著者はシェーンハイマーの言葉を使って紹介しています。

 生物が生きているかぎり、栄養学的要求とは無関係に、生体高分子も低分子代謝物質とともに変化して止まない。生命とは代謝の持続的変化であり、この変化こそが生命の真の姿である。

そして、「秩序は守られるために絶え間なく壊されなければならない」をキーワードに議論を展開します。そして、生命の新しい定義を提唱するのです。

 生命とは動的平衡(dynamic equilibrium)にある流れである。

以後、動的平衡が、タンパク質の動態、細胞膜のダイナミズムなどを例に紹介されます。

パラーディーは、放射性同位元素でラベリングしたアミノ酸を用いて、細胞内での動きを観察しました。これは、小胞体輸送を始めとした細胞内ネットワークに大きく貢献しました。パラーディーの流れを汲む著者らは、膵細胞を用いた GP2蛋白の動態を研究し、球形の膜形成に大きな役割を果たしていることを突き止めました。しかし、129系マウスを用いた、GP2ノックアウトマウスによる実験で、GP2欠損マウスに何の障害がないことも見いだしたのです。一連の実験で、生命における「時間」の重要性を痛感させられるシーンがあります、

この研究から、著者らは「生命とはなにか」という問いに、次のような考察を与えています。

機械には時間がない。原理的にはどの部分からでも作ることができ、完成した後からでも部品を抜き取ったり、交換することができる。そこには二度とやり直すことのできない一回性というものがない。機械の内部には、折りたたまれて開くことのできない時間というものがない。

生物には時間がある。その内部には常に不可逆な時間の流れがあり、その流れに沿って折りたたまれ、一度、折りたたんだら二度と解くことのできないものとして生物はある。生命とはどのようなものかと問われれば、そう答えることができる。

今、私の目の前にいる GP2ノックアウトマウスは、飼育ケージの中で何事もなく一心に餌を食べている。しかしここに出現している正常さは、遺伝子欠損が何も影響をももたらさなかったものとしてあるのでない。つまり GP2は無用の長物ではない。おそらく GP2には細胞膜に対する重要な役割が課せられている。ここに今、見えていることは、生命という動的平衡が GP2の欠落を、ある時点以降、見事に埋め合わせた結果なのだ。正常さは、欠落に対するさまざまな応答と適応の連鎖、つまりアクションの帰趨によって作り出された別の平衡としてここにあるのだ。

私たちは遺伝子をひとつ失ったマウスに何事も起こらなかったことに落胆するのではなく、何事も起こらなかったことに驚愕すべきなのである。動的な平衡がもつ、やわらかな適応力となめらかな復元力の大きさにこそ感嘆すべきなのだ。

結局、私たちが明らかにできたことは、生命を機械的に、操作的に扱うことの不可能性だったのである。

著者は本当に文章が上手で、引き込まれました。生物学的な手法に、基本的な説明があり、こういった本を読んだことのない方でも読みやすい本だと思います。

ここで紹介した以外にも、面白いネタが多数収録されています。

例えば、PCR (ポリメラーゼ連鎖反応) 装置という遺伝子複製機器の開発秘話として、キャリー・マリスがデート中に思いついたということ。

(正常) プリオンのノックアウトマウスに異常はないが、頭から1/3の分子を欠損した不完全プリオン蛋白をノックインしたマウスが、狂鼠病ともいうべき病態を発症すること。

シュレーディンガー方程式で有名なシュレーディンガーによる、「なぜ原子はそんなに小さいのか」、ひいては原子に対してなぜ我々はこのように大きいのかという話。

読みやすく、後に残る物の多い本でした。


私の脳科学講義

By , 2007年8月14日 8:25 PM

「私の脳科学講義 (利根川進著、岩波新書)」を読み終えました。著者は、免疫、特に抗体に関する研究でノーベル生理学医学賞を受賞しました。

私が医学生時代、薬理学の教授が講義で、「利根川先生は、免疫の研究をしていた頃は良い仕事してたけど、脳の方にいってからおかしくなってしまった。」と述べていて、「どうおかしくなっていたのか」それ以来ずっと疑問に思っていました。本書を読んで、おかしくなったなどということはなく、本当に凄い人だなと思いました。

本書では、最初に利根川氏の分子生物学との出会いが紹介されます。そして、彼の師について紹介されています。彼のアメリカでの師はノーベル賞学者レナート・ダルベッコですが、ダルベッコの弟子達は、4人 (ハワード・テミン、デビッド・ボルティモア、利根川進、ポール・ハーグ) ノーベル賞を受賞しています。また、ダルベッコの兄弟子がジェームズ・ワトソンでノーベル賞学者です。ワトソンとダルベッコの師サルバドール・ルリアもノーベル賞を受賞しています。天才というのは、集うものなのですね。

利根川先生は、アメリカに渡った後、分子生物学の手法を用いて、スイスのバーゼルで免疫の研究をすることとなりました。当時、何故一〇万個 (実際には三万個) の遺伝子で一〇〇億種類の抗体を産生できるのかは免疫学上最大のジレンマになっており、「GOD (Generation of Diversity) のミステリー」と呼ばれていました。研究中に彼の任期は終わってしまうのですが、彼は「この研究はひじょうに重要だと思ったのです。しかも、いま得られたデータはひじょうに有望である、これを中断させる所長の決断はまちがっていると勝手に考えて、人事部からの手紙は無視して研究をつづけていました」という態度をとり、最終的には雇用を延長させ、ノーベル賞を受賞するきっかけとなった研究を完成させました。GODのジレンマの答えは、抗原の可変領域の変異、DNA組み替えにあったのです。さらに彼は抗原と反応性の高い抗体が選択的に増殖することで、効果的な免疫応答をしていることを発見しました。

免疫の分野で成功を収めた彼が次に研究の対象としたのは脳でした。彼は脳に分子生物学的手法を持ち込み、研究を始めました。そ研究が本書で紹介されています。

一つは、海馬に関する研究です。Cre-loxPというDNAの部位特異的組み替えシステムです。この手法でマウスの海馬の CA1野及び CA3野の NMDA受容体をノックアウトしました。とても綺麗な実験なので、是非本書を読んでみて頂きたいのですが、部位特異的に受容体をノックアウトしたのが、この実験の醍醐味です。シャーファー線維のテタヌス刺激で、シナプス伝達の増強 (長期増強;LTP) を調べています。更に、多電極解析法という電気生理学的検証を織り込みました。

この実験により、海馬 CA1野の NMDA受容体ノックアウトマウスでは、シナプス伝達の増強、すなわち長期増強 (LTP) が起こらなくなり、更に空間記憶が得られないことがわかりました。海馬 CA3野の NMDA受容体ノックアウトマウスでは、目印物質を減らした後、場所ニューロンの活性化に欠陥があり、パターンコンプリケーションに障害があることがわかりました。

利根川先生は、この実験について、次のように述べています。

記憶というのは、ある出来事があって、そこからいろいろな情報が脳に入ります。ほかのことをしているときは、その出来事のことはとくに思い浮かべていません。たとえば、ある人にはじめて会って、興味深い会話をしたとします。そして一ヶ月後に、その人がたまたま道を歩いているのを、遠くから見たとします。すると、一ヶ月前の会話の記憶の内容がつぎつぎに思い出されます。そのきっかけになったのは、その人が歩いている横顔をちょっと見たというような、ほんの少しの情報です。これを、記憶の再生におけるパターンコンプリケーション (pattern complication) といいます。記憶の再生においては、ほんの一部の情報を使って、以前に蓄えた全情報のパターンを再生するということです。

考えてみると、一連の情報を記憶として脳に入れたときのその全部の情報にまた遭遇して、記憶の再生が行われるというのではありません。パターンコンプリケーションというプロセスが、再生に密接に関与しているわけです。それで、パターンコンプリケーションをするときに、さっき言った CA3野の自己連想型ネットワークにおける、神経のシナプスの可塑性が重要な役割を果たしているというのがマー (注:デイビッド・マー (MITの神経学者)) の仮説だったわけです。

しかし、この仮説はあくまでアイディアで、ほんとうにそうかどうか、実験で確かめる手だてがなく、三〇年間わからずにきたわけです。

わたしたちは、この CA3野においてのみ、NMDA受容体の遺伝子をノックアウトする方法を開発することによって、この重要な問題を検討しました。それでわかったことは、このマウスは記憶を獲得することに関しては、何の支障もないということです。しかも、記憶したときに使った情報全部を与えてやれば、思い出すこともできます。ふつうのマウスは、ほんの一部を与えても、その情報にもとづいて、全記憶を思い出すことができる。つまり、パターンコンプリケーションができるわけです。ところが CA3野で NMDA受容体の遺伝子をノックアウトするとそれができないのです。

これは、記憶の再生に直接関与している遺伝子が、しかも海馬のどこの細胞でその遺伝子が記憶の再生に関係しているかということを含めて、はじめて突きとめられたケースです。さらに同じ遺伝子が、CA1野では記憶の獲得に関係していて、CA3野では記憶の獲得ではなく、再生においてのみ関係している、ということを証明したことになります。

彼が最初に行った、カルモジュリンキナーゼⅡ遺伝子ノックアウトによる長期増強の阻害は「Science」誌に掲載されましたし、一連の研究も有名雑誌に載っていると思いますので、取り寄せれば読むことが出来そうです。是非、論文の方も読んでみたいと、興味を持ちました。


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