大規模臨床試験の正しい見方

By , 2010年2月3日 7:45 AM

2月2日に医学統計セミナーに参加してきました。特別講演は「大規模臨床試験の正しい見方」。

近年、高血圧治療薬の競争は凄まじく、各社がしのぎを削っています。特にドル箱である ARBでは様々な大規模研究が行われています。良い結果が出れば製薬会社の宣伝材料になります。

EBMにおいて、最もエビデンスレベルが高いのはランダム化比較試験のメタアナリシスとされています。しかし、これにも問題があります。どのランダム化試験をメタ解析するかによって結果が異なり、好きなランダム化試験を選んできて、望む結果を得ることが可能なのです。全てのランダム化試験をメタ解析すれば良いのではないかという意見もありますが、年間ランダム化試験は 2000くらい発表され、当該の分野だけでも数十に上ることを考えると、非現実的です。

そこで行われたのが BPLTTC (Blood Pressure Lowering Treatment Trialists’ Collaboration) というメタアナリシスで、結果の出ていないどのランダム化試験を組み込むか予め宣言し、「前向き」に試験したことです。結果は、どの降圧剤を使ったかはではなく、血圧を下げることが脳卒中の予防に重要であることが明らかになりました。一方で、冠動脈疾患には ACE-Iの方が ARBより有効でした。

ただし、BPLTTCはメタアナリシスであって、降圧剤の直接対決ではありません。しかし、ACE-IとARBの直接対決を行ったONTARTGET試験では、BPLTTCの正当性を裏付ける結果が得られました (結果が BPLTTCで予想される範囲に収まっていました)。

製薬会社は薬が売れないと潰れますで、都合の良いデータを広報します。従って、TRANSCEND, PRoFESSのように、都合が悪いデータは宣伝されず、専門家以外は知らない試験になってしまいます (すべての大規模試験を追いかけるのは、一般臨床医には難しいと思います)。例えば、ある ARBが複合腎イベントでプラセボに負けているとか、ある ARBは心血管イベント、脳卒中、心不全の入院などでプラセボに勝てなかったという話もあります。結果の解釈も問題で、ある ARBは蛋白尿のデータを元に、腎保護作用が ACE-Iと同等であると宣伝しますが、蛋白尿を減らしても総死亡が減っていなかったりします。ELITE試験は、ある ACE-Iに対して、ある ARBが心不全の総死亡において良い結果を得たとするものですが、同じ試験デザインで nを増やすと結果が変わりました。驚きの結果です。

ARBは ACE-Iに対して忍容性では勝る (咳が少ない) ので広く使われているのが現実ですが、医師は宣伝される臨床試験に騙されないようにしないといけません。私は ARBが良いとか悪いとかいうつもりは全然なく、都合の良い結果も悪い結果も一つの結果として、総合的にバランス良く考えるのが大事だと思います。現在は ARBが宣伝されすぎていると感じたので、こうした批判的な講演を聴いて面白いと思いました (とはいえ、これだけ多くの試験があるのだから、どう解釈するかで、どっちの立場からでもモノは言えますよね)。

現在の所、脳卒中に関しては BPLTTCの結果や、どの大規模研究でも降圧で脳卒中が減っていることを考えると “The lower, the better” が正解に近い気がします (ただし、高度の頚動脈狭窄がある患者では、過度の血圧降下は脳血流低下を招くので注意が必要です)。心臓に関しては専門外なので良く知りませんが、 ARBに対して ACE-Iの優位性がありそうで、AHAのガイドラインでもそのように区別されています。

(追記)
とはいえ、私は ARBを良く処方します。結局は下がれば良い・・・ってのが一つと、海外の ACE-Iと比べて日本の ACE-Iは降圧効果が弱いのではないかという疑問があるからです。また、ACE-Iを最初に処方して咳の副作用が出ると、患者さんから「藪医者」とか思われるリスクがあります。治療を drop outされてしまうと、何をしてるんだかわかりません。

色々書きましたが、降圧剤の選択は、議論が多いところですので、何が良いのか絶対的な見方をしないのが大事です。

今回の講演で面白かったのは、ACE-I (ひょっとしたら ARBも?) は夜に飲む方が効果があるのかもしれないということです。レニン、アルドステロンの日内変動と関係があるかもしれません。ただ、夜だと飲み忘れが増えるかもしれませんね。

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