The musicality of Franz Liszt

By , 2012年12月17日 8:28 AM

The Musicality of Franz Liszt」という論文が、2011年10月28日号 Cell Culture誌の読み物として掲載されたので、「おっ?」と思って読んでみました。内容は直接リストに関係したものではなかったのですが、リストの生誕 200周年を記念して、聴覚と認知について興味深いトピックスが紹介されていました。短い論文ながら、内容は 4部構成となっています。以下簡単に紹介します。

The Musicality of Franz Liszt

①Frequency Detection a Presto

リストは超絶技巧で有名でしたが、聴衆の耳は彼の奏でる複雑な和声や速いフレーズを瞬時に分離することができました。そのメカニズムに関する知見です。

耳にある外有毛細胞の細胞膜には prestinと呼ばれる陰イオン輸送体が多数あります。Cl-が prestinの細胞内側の表面に結合すると脱分極し、prestin容積の減少と細胞の短縮といった構造変化が起こります。2008年に Dallosが prestin変異のマウスを作製したところ、変異 prestinは細胞膜に正しく局在したものの、外有毛細胞を短縮させることは出来ませんでした。そのマウスは音への感度低下を示し、音波を個々の振動数に分離する能力が低下しました。

prestinの働きは、音による振動を増大させることによって、有毛細胞がその下にある基底膜と共に作り出す振動数マップの分離能を向上させているようです。

音波は有毛細胞の脱分極と過分極の周期を作り出し、prestinはそれに合わせて細胞を繰り返し伸縮させます。基底膜は音波と同じ振動数で振動することになり、シグナルは増幅され、周波数の選択性は増します。なんと、prestinは他の蛋白質の約 1000倍もの速さで機能し (μ秒単位)、細胞膜の分極がそのようなスピードについていくことが出来るそうです。

②Pitch Picking

リストは “perfect pitch” を持っていました。つまり、音符を見ずに、音名を当て、同じ高さの音を再現することが出来ました。

2005年に、Bendorと Wangは音程に特異的に応答する神経細胞の一群を見つけ、オクターブにまたがっていたり異なる楽器の楽音を人がどのように認識するのかに言及しました。

ピアノで “A (ラ)” の鍵盤を叩くと、440 Hzの倍音成分 440, 880, 1320, 1760…Hzが発生します。しかし聴き手は最も低い周波数 440 Hzのみを認識します。基礎となる 440Hzの周波数を失ってさえ、脳は (倍音成分に含まれる) 別の周波数から音を再構成し、その音程が 440Hzの “A” であると認識します。

そのような神経細胞を探していて、Bendorと Wangは marmoset monkeyの聴覚皮質で活動電位を記録しました。低周波数領域の境界部を調べたとき、彼らは 131個の神経細胞のうち 51個が音程の選択性に関わっているのを見つけました。これらの神経細胞はそれぞれ基礎となる音に由来する倍音の周波数に応答していました。例えば、ある神経細胞は 200 Hzとその倍音成分である 800, 1000, 1200 Hzの組み合わせに応答しました。聴神経細胞が非常に狭い範囲の周波数に対応していることにより、音程の選択性が生まれることは驚くべきことです。

2011年に Chenらは、”high-speed two-photon microscopy method” を用いて、マウス聴神経細胞の樹状突起棘のシナプスカルシウムシグナルを記録しました。約 45%の樹状突起棘が 1オクターブ以内の周波数に応答しました。しかしもっと驚くことに、同じ樹状突起にあるそれぞれ隣り合う樹状突起棘は異なった周波数で同調されることです。ニューロン全体の最適な刺激は、最適ではない周波数刺激と比べて 2倍もの樹状突起棘でシナプスのカルシウム信号を誘導します。これは、単なる個々の音から調和的に関連した音の周波数まで扱うピッチ選択的ニューロンを形成する仕組みを示唆しています。

③O Please Gentleman, A Little Bluer!

“perfect pitch” に加え、リストは共感覚を有していたと言われています。共感覚とは、ある感覚刺激が、刺激と関係ない感覚の引き金となることです。リストは音符や和音が色に見えました。共感覚は、脳の隣り合った領域の相互刺激によるものであると考えられていますが、よくわかっていません。

2010年、Neelyらは新しい「痛み遺伝子」の研究中にこの現象に出くわしました。彼らはショウジョウバエの高温面からの逃避行動をみることで、痛み知覚を研究しました。彼らは個々の遺伝子を knock downして調べましたが、580個調べた遺伝子の中の一つが straightjacket でした。straightjacket遺伝子は voltage-gate Ca2+ channelのサブユニットをコードしていました。straightjacket遺伝子の哺乳類でのホモログは α2δ3であり、神経痛の 2つの治療薬の分子ターゲットとなっています。また、この遺伝子を除去したマウスは、温度や炎症による熱への感受性が低下します。この遺伝子変異のあるヒトは熱や慢性疼痛への感受性が低下することから、α2δ3はハエからヒトまで保存された「痛み遺伝子」と考えられます。

驚くべきことは、α2δ3欠損がどのように痛覚の認知を変えるかです。有害な熱刺激は脳の疼痛に関係した部位を賦活します。しかしα2δ3変異マウスでは、この領域の不活化が減少し、視覚野や聴覚野、嗅部が賦活されることがわかりました。言い換えると、α2δ3の障害は痛みが「見えて、聞こえて、匂う」共感覚の原因になるのです。α2δ3遺伝子はシナプス発達に関係しています。そのため、α2δ3欠損は視床と高次の痛覚中枢を結ぶシナプス回路を微妙に変化させるのだと考える研究者もいます。

④Lisztomania in the Striatum

リストは音楽の組織やチャリティーに快く応じる慈善家でした。精神疾患に対する音楽療法を試みた最初の一人であるとさえ考えられています。それから 150年近く経って、感動に満ちた音楽は、セックスや薬物、食事と同じように、快楽中枢や報酬中枢にドパミンを放出させることが報告されました。

過去の研究では、音楽は脳の報酬回路を賦活しますが、ドパミン活性を直接調べた研究はありませんでした。さらに、音楽も実験者に選ばれたものが用いられていました。

Salimpoorらは、被験者に自分の好きな曲を選んでもらい、曲のクライマックスで一貫して身震いするような人々に焦点を当てました。ドパミン活性の測定には、ドパミンの D2受容体と競合する 11C-racloprideを用いた PET検査を用いました。普通の音楽と違って、身震いを起こさせるような音楽は、線条体、特に側坐核でのでのドパミン放出の引き金となります。ここは、コカインでの高揚感と関係した部位です。functional MRIと併せて解析すると、歌の感情的なクライマックスは側坐核のドパミンと関連していますが、クライマックスの瞬間への予感は、報酬の予測と関係した尾状核を活性化させることがわかりました。このことで、「リストマニア」を説明できると考える研究者もいます。

 

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