ウェクスラー家の選択

By , 2014年1月11日 3:06 PM

ウェクスラー家の選択 (アリス・ウェクスラー著, 武藤香織・額賀淑郎訳, 新潮社)」を読み終えました。アリス・ウェクスラーはハンチントン舞踏病の家系に生まれました。母親の疾患が進行した時に、初めてその事実を知りました。その時から、ウェクスラー家とハンチントン舞踏病の闘いが始まりました。父は患者家族や研究者らによる団体を作り、資金を集めるとともに研究を支援しました。また、妹のナンシー・ウェクスラーは、患者が密集するヴェネズエラの集落で DNAサンプルを集めるとともに、家系図を作成しました。最終的に、これらの努力は実を結び、遺伝子同定までこぎつけます。そして、高い精度で発症を予測できることが出来るようになりました。本書には家族の奮闘と、ハンチントン舞踏病研究の歴史が描かれています。検査法が開発された後、患者家系の中には、検査を受けた人も、受けなかった人もいます。発症リスクとどう向き合うか、検査を受けるか受けないかをどう決めるか、内面的な描写が素晴らしく、遺伝性疾患を診療する医療関係者は、読むべき本だと思いました。検査を受けるかどうかについては、著者自身の選択も示されています。

本書のあらすじを詳しくまとめたサイトがあるので、紹介しておきます。

アリス・ウェクスラー 『ウェクスラー家の選択 遺伝子診断と向き合った家族』 新潮社

後半は連鎖解析の話が大きなウエイトを占めますので、予めそれが何かくらいは知っておいた方が読みやすいと思います。知らない方には、Wikipediaの「遺伝的連鎖」の項などでの予習を御薦めします。

一点残念だったのは、科学用語の翻訳です。例えば、”Demyelinating, Atrophic and Dementing Disorders” は「末梢神経脱髄性・萎縮性・痴呆疾患」と訳されています (p231) が、単に “Demyelinating” だと、中枢の脱髄も、末梢の脱髄も両方ありえるし、”Demyelinating”  自体に「末梢神経」というニュアンスはありません。このように読んでいて引っかかる点がいくつかありました (翻訳者らは、科学者による校正を受けるべきだったと思います)。

以下、本筋に関係ないところで、2点ほど。

①以前紹介したハロルド・クローアンズの本で、ハンチントン舞踏病の患者に L-ドパを大量服薬させ発症リスクを推測したことが誇らしげに登場するのですが、本書で倫理的な問題が指摘されていました (p204)。「一時的な舞踏様症状を経験した人々はいつか苦しむかもしれないし、苦しまないかもしれない、といった症状の恐ろしい記憶を消せないまま、ただ時間の経過のなかに取り残されてしまうのだ。それに、実験的に投与された L-ドパそのものが病気の引き金になってしまうかどうかも、誰もわかっていなかった」のが理由のようです。

②「その先生は、ハンチントン病のリスクが、鎌状赤血球症、筋ジストロフィー、インスリン依存性糖尿病、そしてエイズのように、保険会社が無条件に医療保険での支払いを拒否できる病気の一つだということを知らなかったのだろうか? (p308)」という記載があり、アメリカの保険会社の闇の部分を見た気がしました。

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