Kyoto Heart Study

By , 2013年3月6日 7:49 AM

2012年末~2013年初旬にかけて、バルサルタン (商品名ディオバン) に関する臨床研究 “Kyoto Heart Study” についての論文が立て続けに撤回されました。

Journal retracts two papers by Japanese cardiologist under investigation

Study of blood pressure drug valsartan retracted

日本循環器学会は京都府立医大に調査を依頼したようですが、大学側は 3教授による内部調査のみで済ませたようです。3教授にしてみても、他科の教授のクビを切ることになる報告書を作れるわけないですよね・・・。玉虫色の調査結果となりました。

しかし、このスキャンダルは一般紙でも取り上げられることになりました。

降圧剤論文撤回:学会が再調査要請 京都府立医大に不信

毎日新聞 2013年02月20日 15時00分

京都府立医大のチームによる降圧剤「バルサルタン」に関する臨床試験の論文3本が、「重大な問題がある」との指摘を受け撤回された問題で、日本循環器学会が吉川敏一・同大学長に対し再調査を求めていたことが20日分かった。大学側は今年1月、捏造(ねつぞう)などの不正を否定する調査結果を学会に出していたが、学会は納得せず不信感を抱いている。

問題になっているのは松原弘明教授(55)が責任著者を務め、09〜12年に日欧の2学会誌に掲載された3論文。患者約3000人で血圧を下げる効果などが確かめられたとする内容だ。昨年末、3本中2本を掲載した日本循環器学会が「深刻な誤りが多数ある」として撤回を決めるとともに、学長に事実関係を調査するよう依頼した。

しかし大学は調査委員会を作らず、学内の3教授に調査を指示。「心拍数など計12件にデータの間違いがあったが、論文の結論に影響を及ぼさない」との見解を学会に報告し、松原研究室のホームページにも同じ内容の声明文を掲載した。

学会はこれに対し、永井良三代表理事と下川宏明・編集委員長の連名で2月15日付の書面を吉川学長に郵送した。(1)調査委員会を設け、詳細で公正な調査をする(2)結論が出るまで、松原教授の声明文をホームページから削除する−−ことを要請している。

毎日新聞の取材に、学会側は「あまりにもデータ解析のミスが多く、医学論文として成立していないうえ、調査期間も短い。大学の社会的責任が問われる」と説明。大学は「対応を今後検討したい」とコメントを出した。

バルサルタンの薬の売り上げは薬価ベースで年1000億円以上。多くの高血圧患者が服用している。【河内敏康、八田浩輔】

騒ぎが大きくなったためか、最終的には、責任者の教授は辞任に追い込まれました。

京都府立医大:責任著者の教授、辞職へ 降圧剤論文撤回で

毎日新聞 2013年02月28日 02時30分

京都府立医大のチームによる降圧剤「バルサルタン」に関する臨床試験の論文3本が、「重大な問題がある」との指摘を受けて撤回された問題で27日、論文の責任著者の松原弘明教授(55)が大学側に月末での辞職を申し出、受理されたことが大学への取材で分かった。松原教授は大学に対し、「大学や関係者に迷惑をかけた」と説明したという。

大学によると、辞職申し出は2月下旬。大学を所管する府公立大学法人が受理した。

問題になっているのは、09〜12年に日欧2学会誌に掲載された3論文。血圧を下げる効果に加え、脳卒中のリスクを下げる効果もあるかなどを約3000人の患者で検証した。

3論文のうちの2本を掲載した日本循環器学会は昨年末、「深刻な誤りが多数ある」として撤回を決め、吉川敏一学長に調査を依頼。これに対し、大学は学内3教授による「予備調査」で、捏造(ねつぞう)などの不正を否定する結果を学会に報告した。その後、学会は再調査を求めており、大学は「対応を検討中」としている。【八田浩輔】

ここにきてやっと、京都府立医大は 3月 1日付けで調査本部を設置しました。

「Kyoto Heart Study」に係る研究発表論文に関する対応について

 本学大学院医学研究科の研究グループが実施した臨床研究「Kyoto Heart Study」の発表論文に係る学会誌からの撤回案件につきましては、次のとおり対応することとしましたので、お知らせします。
  なお、本学の研究活動につきましては、今後とも、なお一層、研究者の行動規範等の徹底を図っていくこととします。
 1  本学研究者が行う研究活動の「知の品質管理」を常に行うことにより、本学の研究活動の質を確保するために、学長を本部長とする「京都府立医科大学研究活動に関する品質管理推進本部」を平成25年3月1日付けで設置したこと。
  具体的な取組内容
   (1)研究活動の質を確保するための支援
   (2)研究活動上の不正を防止するための指導、啓発
   (3)研究論文内容の精査力向上のための研修、支援 など
 2 「京都府立医科大学研究活動に関する品質管理推進本部」の中に「Kyoto Heart Study精度検証チーム」(外部の有識者を含む6~7名程度のチーム員で構成)を早急に設置し、「Kyoto Heart Study」の臨床研究の精度の検証を行うこととしたこと。

多くの患者さんたちが研究に協力してくれていたのに、この医師たちはどういう気持でずさんなデータ処理をしていたのでしょうか?そればかりでなく、医師は臨床研究の結果が記された論文を治療の根拠にするため、誤った論文はそのまま患者さんの不利益になります。

こうなった以上は、(場合によっては生データを開示して) 何が問題だったか徹底的に膿を出してほしいものです。もしここで中途半端な報告が出ると、「京都府立医大の臨床研究は、こんな杜撰にやっても咎められない環境で行われているのか」と周囲から見られることになります。

責任者の教授は、論文不正ではなくデータの解析ミスを主張していますが、彼は過去に研究不正の疑惑が取りざたされており、信憑性に欠けます (最近さらに別の論文が撤回されています)。本当に不正がなかったか追求する必要があります。

もっとも、今回の研究に関しては、研究結果が医師の実感や欧米での研究と解離 (ARBにそこまでの脳卒中予防効果はない) していたため、勘の良い医師たちは信じていなかったのも事実です。この問題が話題になる前に、既に論文に問題があることを指摘していた人もいます。

余談ですが、バルサルタンには他にも怪しげな研究があり、かなり手厳しい批判がされています。では悪い薬かというとそういう訳ではありません。脳卒中予防において、一番大事なのは、血圧を下げることです。副作用なく血圧を下げられれば、とりあえずの目標達成といえます (ただし、どこまで下げれば良いかには諸説あり、最近ではあまりにも下げすぎるのは逆に良くないともされています)。バルサルタンは、そういう意味では優れた薬剤です。しかし、その上で同系統の薬剤に対する優位性を出すには、血圧を下げるプラスアルファの効果 (pleiotropic effect) が大事になります。”Kyoto Heart Study” はこういう状況下で、背伸びをした結果を出そうとして、おそらくデータを都合よく解釈してしまったのでしょう。普通は、あまりに常識から離れたデータが出たら、データを疑って解析し直してみるものだとは思いますけれど、そのまま発表されたのには、恣意的な何かがあったのかもしれません。

今回の件が研究の不正だったかどうかは今後の調査結果を待つ必要がありますが、研究不正についてノーベル賞学者の野依良治先生の論文を元に、安西祐一郎氏が素晴らしい文章を書いていますので、是非御覧ください。

科学研究の目的はトップジャーナルに論文を載せることなのか?

その他、研究不正について書かれたいくつかのリンクを貼っておきます。

医学論文の捏造

Vol.128 論文捏造疑惑

研究不正が起きる根本原因について

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C9orf72での RANTing

By , 2013年3月5日 10:08 PM

筋萎縮性側索硬化症 (ALS) 研究で、現在最もホットな遺伝子は C9orf72かもしれません。このブログでも何度か紹介しています。

2011年9月、C9orf72のイントロン領域における GGGGCC 6塩基リピートがフィンランド人 (Finnish) において孤発性 ALS患者の 21.1%を占めることが報告され、大きな衝撃を与えました。その後、さまざまな国における遺伝子変異の頻度の報告が相次いでいますが、国によりかなり状況は異なるようです。

C9orf72について、2013年 2月 20日の Neuron誌に興味深い論文が掲載されました。その論文は同誌の “Previews” で注目の論文として紹介されています。まずは紹介記事を示します。

RANTing about C9orf72

Neuron, Volume 77, Issue 4, 597-598, 20 February 2013
10.1016/j.neuron.2013.02.009

Refers to: Unconventional Translation of C9ORF72 GG…

Authors

Tammaryn Lashley,John Hardy,Adrian M. Isaacssend emailSee Affiliations

Summary

A noncoding repeat expansion in the C9orf72 gene is the most common genetic cause of frontotemporal dementia and amyotrophic lateral sclerosis. In this issue of NeuronAsh et al., 2013 show that despite being noncoding the repeats are translated, leading to widespread neuronal aggregates of the translated proteins.

C9orf72がどのようにして ALSの発症に関与しているかはわかっていませんが、これまで 2つのメカニズムが推測されていました。

① gain of function

筋緊張性ジストロフィーのように noncoding lesionの異常な反復配列がみられる疾患では、機能獲得を起こすことが知られています。こうした疾患では、転写された repeat RNAが核に RNA fociという凝集体を形成します。RNA fociは RNA結合蛋白を独占してしまい、RNA結合蛋白の喪失が最終的に疾患を発症させます。C9orf72患者において RNA fociの存在が報告されています。

② loss of function

C9orf72は、Rab-GTPaseを活性化する GDP/GTP exchange factors (GEFs) である DENN蛋白との構造上の類似性から、小胞輸送に関与しているのではないかと推測されています。C9orf72の機能喪失を支持する知見として、 GGGGCC反復配列を含む転写産物レベルが患者の脳で低下していることが挙げられます。

今回、Ashらにより、第 3の仮説が登場しました。

③ RAN translation

Huntington病や一部の脊髄小脳失調症のように CAGリピートがみられる疾患において、開始コドンを介さないリピート関連翻訳 (repeat-associated non-ATG translation; RAN translation) がみられることが近年報告されました。RAN translationが起きるには、最低 58個の CAGリピートが必要で、RAN翻訳産物は凝集体を形成します。

Ashらは、C9orf72の CCCCGG配列で RAN translationが起こっているか調べるため、poly-(glycine-proline), poly-(glycine-alanine), poly-(glycine-arginine) に対する抗体を作製し、C9orf72変異 ALS患者の神経組織で免疫染色しました。すると、しばしば Cporf72変異 ALS患者で認められる p62陽性/TDP-43陰性封入体と似たような形状・分布で C9RANT陽性神経凝集体が染色されました。

“Previews” ではこのように、非常にわかりやくポイントが示されていました。そして実際の論文は下記です。

Unconventional Translation of C9ORF72 GGGGCC Expansion Generates Insoluble Polypeptides Specific to c9FTD/ALS

Neuron, Volume 77, Issue 4, 639-646, 12 February 2013
10.1016/j.neuron.2013.02.004

Referred to by: RANTing about C9orf72

Authors

  • Highlights
  • C9ORF72-expanded GGGGCC repeat RNA undergoes unconventional translation
  • C9ORF72 RAN translation product accumulates in insoluble inclusions in the brain
  • Inclusions are specific to c9FTD/ALS and not in other neurodegenerative disorders
  • C9ORF72 RAN translation peptides maybe a potential biomarker and therapeutic target

Summary

Frontotemporal dementia (FTD) and amyotrophic lateral sclerosis (ALS) are devastating neurodegenerative disorders with clinical, genetic, and neuropathological overlap. Hexanucleotide (GGGGCC) repeat expansions in a noncoding region of C9ORF72 are the major genetic cause of FTD and ALS (c9FTD/ALS). The RNA structure of GGGGCC repeats renders these transcripts susceptible to an unconventional mechanism of translation—repeat-associated non-ATG (RAN) translation. Antibodies generated against putative GGGGCC repeat RAN-translated peptides (anti-C9RANT) detected high molecular weight, insoluble material in brain homogenates, and neuronal inclusions throughout the CNS of c9FTD/ALS cases. C9RANT immunoreactivity was not found in other neurodegenerative diseases, including CAG repeat disorders, or in peripheral tissues of c9FTD/ALS. The specificity of C9RANT for c9FTD/ALS is a potential biomarker for this most common cause of FTD and ALS. These findings have significant implications for treatment strategies directed at RAN-translated peptides and their aggregation and the RNA structures necessary for their production.

C9orf72において RAN translationがないか調べるため、著者らはまず poly-(glycine-proline), poly-(glycine-alanine), poly-(glycine-arginine) に対するポリクローナル抗体 (抗C9RANT抗体) を作製しました。論文の figure 1Aを見ると、なぜこの組み合わせのポリアミノ酸を調べなければいけないかがよくわかります。”GGGGCC” 反復のフレームシフトによって出来るアミノ酸が変わってくるからですね。。

figure1A

Figure. 1A

次に、著者らは作製された抗体を検定し、poly-(glycine-proline) peptideに対する抗体を用いるのが最も良いことを確認しました。

それから、ALSないし前頭側頭葉変性症 (FTLD) 患者の小脳組織を抽出し、Western blot及び dot blotを行いました。その結果、C9orf72変異のある患者ではバンドが検出された一方で、変異のない患者ではバンドは検出されませんでした。

さらに小脳組織から得られた pre-mRNAの塩基配列を調べると、開始コドンと GGGGCC配列の間に複数の終止コドンがあることがわかりました。したがって、GGGGCC配列は開始コドン (ATG) によって翻訳されていないことがわかりました。つまり、GGGGCCは開始コドンを介さない翻訳 (=リピート関連翻訳) が行われていることになります。

続けて免疫組織化学的評価をしました。C9orf72変異 ALSでは、TDP-43陰性ユビキチン陽性ないしユビキチン結合蛋白 (p62, ubiquilin-2) 陽性封入体が出現することが知られています。これらの封入体と、C9RANT抗体陽性の神経細胞質/核内封入体は形態的に似通っていました。抗 C9RANT抗体に反応したのは、灰白質および神経内封入体のみで、血管内皮細胞、平滑筋細胞、白質、グリアでは反応しませんでした。

C9RANT陽性封入体が脳内のどこに出やすいか、30症例で調べたのが Figure 2Qです。

Figure. 2Q

Figure. 2Q

C9RANT陽性封入体が最も豊富に見られたのは、p62陽性封入体がみられる小脳でした。しかし、p62陽性封入体とは異なり、外側膝状体や内側膝状体でも検出されました。

C9RANT陽性封入体は、C9orf72変異を伴わない FTLD/ALSや他の変性疾患 (アルツハイマー病、レビー小体病、多系統萎縮症、進行性核上性麻痺、皮質基底核変性症) では検出されませんでした。トリプレットリピート病 (ハンチントン病、脊髄小脳失調症 3型、球脊髄性筋萎縮症) では、p62陽性封入体が検出された一方で、C9RANT陽性封入体は検出されませんでした。

また、C9orf72変異を伴う患者において、骨格筋、末梢神経、後根神経節、心臓、肺、肝臓、脾臓、腎臓、精巣を調べましたが、精巣のセルトリ細胞を除いて、C9RANT陽性封入体は検出されませんでした。

 著者らは、C9orf72に対する髄液の immunoassayが進歩すれば、疾患の活動性や進行に対するマーカーとして使えるのではないかと考えております。

C9orf72は ALSにおけるホットトピックスということもあり、どんどんと知見が積み重なっています。今回の C9RANTは、分子メカニズムという観点からはかなり意義のある報告です。しかし、知見が積み重なるにつれてますます問題が複雑化している感もあります。

(2013.3.8 追記 )

ブログ “First Author’s” に、この領域の研究著者による解説が載っていましたので紹介しておきます。

前頭側頭葉変性症および筋萎縮性側索硬化症の原因である非翻訳領域のGGGGCCリピート配列はジペプチドリピートタンパク質に翻訳され脳に蓄積する

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ALSの新規遺伝子

By , 2013年3月4日 8:30 AM

2013年 1月に、筋萎縮性側索硬化症 (ALS)  の遺伝子関連で、興味深い報告が 2報ありました。

まずは、2013年 1月 4日の Amyotrophic Lateral Sclerosis and Frontotemporal Degeneration誌に報告された新規原因遺伝子です。 

Detection of a novel frameshift mutation and regions with homozygosis within ARHGEF28 gene in familial amyotrophic lateral sclerosis

Rho guanine nucleotide exchange factor (RGNEF) is a novel NFL mRNA destabilizing factor that forms neuronal cytoplasmic inclusions in spinal motor neurons in both sporadic (SALS) and familial (FALS) ALS patients. Given the observation of genetic mutations in a number of mRNA binding proteins associated with ALS, including TDP-43, FUS/TLS and mtSOD1, we analysed the ARHGEF28 gene (approx. 316 kb) that encodes for RGNEF in FALS cases to determine if mutations were present. We performed genomic sequencing, copy number variation analysis using TaqMan real-time PCR and spinal motor neuron immunohistochemistry using a novel RGNEF antibody. In this limited sample of FALS cases (n=7) we identified a heterozygous mutation that is predicted to generate a premature truncated gene product. We also observed extensive regions of homozygosity in the ARHGEF28 gene in two FALS patients. In conclusion, our findings of genetic alterations in the ARHGEF28 gene in cases of FALS suggest that a more comprehensive genetic analysis would be warranted.

その遺伝子の名前は ARHGEF28といいます。その遺伝子産物は Rho guanine nucleotide exchange factor (RGNEF)  というタンパク質です。RGNEFの役割を知るためには、まずニューロフィラメント (Neurofilament; NF) を理解する必要があります。

細胞は、形態を維持したり、細胞内輸送を行うために ”細胞骨格” と呼ばれる構造物を持ちます。細胞骨格はアクチンフィラメント、中間径フィラメント、微小管に分類されます。ニューロフィラメントは神経細胞に広く分布している中間径フィラメントです。分子量が 68 kDaの低分子量ニューロフィラメント (low molecular weight NF; NFL), 160 kDaの中分子量ニューロフィラメント (middle molecular weight NF; NFM), 200 kDaの高分子量ニューフィラメント (high molecular weight NF; NFH) があり、ヘテロ多量体を構成します。

RGNEFは NFLの mRNAに結合し、3’末端非翻訳領域の不安定化を介して、mRNAの安定性に影響を与え、細胞の NFLレベルを調節します。中間径フィラメントの化学量論的異常は運動ニューロン死を起こすことが過去に報告されていますし、NFL量の調節は ALSの NF陽性封入体の出現にも関与しているのではないかと言われています。

今回著者らは、既知の SOD1, FUS/TLS, TARDBP変異のない 7例の家族性 ALS患者 (男性 5名, 女性 2名, 年齢 54-71歳) を調べました。ただし、4例 (ALS-3, ALS-5, ALS-6, ALS-7) では C9orf72変異がありました。

遺伝子検査の結果、下記の 3例で ARHGEF28変異を認めました。

・ALS-2 : Homozygosis

・ALS-4 : Homozygosis

・ALS-5 : Exon 6と Intron 6の境界に一塩基欠失あり、frameshift もしくは spilicing異常の原因となっている。結果として遺伝子産物は非常に短くなる。

病理学的に RGNEF陽性細胞質封入体は ALS-1, ALS-2, ALS-4~6で確認されました。RGNEF陽性細胞質封入体と C9orf72遺伝子変異の間に明らかな関連はなさそうでした。

ALSでは RNA代謝の障害が話題になっていますが、RNA結合蛋白質である RGNEF、それもニューロフィラメントに関係した蛋白質の発現に関与する遺伝子が同定されたというのは、興味深いことだと思います。

2013年 1月に興味を引いたもう一つの報告は、p62という蛋白質をコードする SQSTM1 (squestosome 1) 遺伝子についてです。p62はユビキチン会合ドメインと LC3認識配列を持ち、不良蛋白質を処理するユビキチン・プロテアソーム系、オートファジー両者に関係した蛋白質として近年注目されています。2011年 11月の archives of neurology誌に、SQSTM1米国で孤発性 ALSの約 4.4%を占める原因遺伝子として報告されました。今回、2013年 1月 29日号の Neurology誌には日本人での 解析結果が掲載されています。

Mutations in the gene encoding p62 in Japanese patients with amyotrophic lateral sclerosis

Neurology January 29, 201380:458-463
Hirano M, Nakamura Y, Saigoh K, Sakamoto H, Ueno S, Isono C, Miyamoto K, Akamatsu M, Mitsui Y, Kusunoki S.

Abstract
OBJECTIVE:
The purpose of this study was to find mutations in the SQSTM1 gene encoding p62 in Japanese patients with amyotrophic lateral sclerosis (ALS), since this gene has been recently identified as a causative gene for familial and sporadic ALS in the United States.
METHODS:
We sequenced this gene in 61 Japanese patients with sporadic and familial ALS. To our knowledge, we describe for the first time the clinical information of such mutation-positive patients.
RESULTS:
We found novel mutations, p.Ala53Thr and p.Pro439Leu, in 2 patients with sporadic ALS. The clinical picture of the mutation-positive patients was that of typical ALS with varied upper motor neuron signs. Although this gene is causative for another disease, Paget disease of bone (PDB), none of our patients showed evidence of concomitant PDB.
CONCLUSION:
The presence of mutations in this racial population suggests worldwide, common involvement of the SQSTM1 gene in ALS.

孤発性及び家族性 ALS 61例の遺伝子を調べた所、2例に p.Ala53Thr, p.Pro439Leu変異が見つかりました。SQSTM1遺伝子は骨 Paget病の原因遺伝子としても知られていますが、今回の症例の中に骨 Paget病の存在を示唆する患者はいませんでした。

ALSの原因遺伝子はこのように続々と見つかってきていますが、それらがどうやって疾患を引き起こしているか、詳細なメカニズムの解明が待たれます。

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脱線

By , 2013年3月3日 10:12 AM

3月 2日、大学での業務を終えて秋田での当直に向かいました。14時 22分に大宮駅で新幹線こまち 29号に乗車。強風の影響で所々徐行運転をしながら、5分遅れで 16時 30分頃盛岡駅に到着しました。そこで「こまち 25号が秋田駅手前で脱線したため、秋田新幹線は運転打ち切りです」と突然のアナウンス。こまちから切り離された新幹線 “はやて” 29号は予定通り青森方面に向かって行きました。

こまち車内の客達はみんな冷静に新幹線を降り、アナウンスで誘導されたコンコースに集まりました。そこで、バスによる代替輸送について知らされました。ところがバスが何時に出るのかはわかりません。周囲の話し声を聞いていると「3時間」という声が聞こえました。病院に電話したところ、タクシーで向かうように言われ、タクシーに乗りました。

しかし途中からは猛吹雪で、視界がほとんどなく、スピードが出ません。何度も吹き溜まりに突っ込みました。途中、雪のため起きたと思われる交通事故現場の横を通り、しばらく進むとそこに向かうパトカーとすれ違いました。

なんとか病院に到着して当直を開始すると、病院に向かう途中で見かけた交通事故現場からの救急車が到着!交通事故の状況がわかっている分、診察はスムーズにいきました。

何かドタバタしましたが、たった今当直が無事終わって一安心です。これから駅に向かい、東京に帰る方法を模索します。

新幹線脱線:暴風雪の秋田で 乗客130人は無事

毎日新聞 2013年03月02日 19時13分(最終更新 03月03日 01時49分

猛吹雪の中、脱線し停止した秋田新幹線。一番右の車両が脱線した先頭車両とみられる=秋田県大仙市で2013年3月2日午後7時29分、田原翔一撮影
猛吹雪の中、脱線し停止した秋田新幹線。一番右の車両が脱線した先頭車両とみられる=秋田県大仙市で2013年3月2日午後7時29分、田原翔一撮影

2日午後4時5分ごろ、秋田県大仙市神宮寺のJR奥羽線神宮寺−刈和野駅間で、東京発秋田行き秋田新幹線こまち25号(6両編成)が脱線したと乗務員からJR秋田支社に連絡があった。車体は転覆しておらず、乗客約130人にけがはないが、2人が嘔吐(おうと)など気分の不調を訴え、病院に搬送された。同新幹線の脱線は在来線区間を含めて初めて。事故を受け国土交通省運輸安全委員会の鉄道事故調査官2人が3日未明、現地に到着し、事故原因の調査に乗り出した。

同支社によると、車両の下から「ドン」と音がしたため、運転士がブレーキをかけて停車。外に出て確認したところ、現場付近には雪が積もり、先頭車両の進行方向右側の1軸目と2軸目の車輪が内側に脱線していた。左側の車輪の状況は不明。事故発生の6分前に在来線の奥羽線が現場を通過した際、異常はなかったという。同新幹線は盛岡−秋田駅間で上下線12本の運転を見合わせた。3日に再開できるかは未定。

同支社によると、現場一帯の除雪は2月25日夜から26日朝にかけて実施。それ以降は走行できないような積雪は確認されず、除雪を行っていなかった。運行制限は最大瞬間風速20メートル以上で徐行、同25メートル以上で運転停止になるが、JRの風速計で基準超えはなかった。積雪についての基準はないという。脱線事故は在来線の直線区間で起き、当時は時速20キロに減速して運行していた。

乗客の救出は猛吹雪のため難航し、秋田支社に設置された現地対策本部は、乗客に水と乾パンを配った。秋田駅に移送するためのバス3台に乗り換えるため、乗客が新幹線を降り始めたのは午後10時5分ごろ。乗客は先頭車両から外に出て、徒歩で約100メートル離れたバスに向かった。秋田駅には同11時40分ごろに到着した。同駅と反対方向に向かう乗客にはタクシーも用意された。

2日は発達した低気圧が北海道を通過した影響で冬型の気圧配置が強まり、北日本で大荒れの天候だった。気象庁によると、最大瞬間風速は秋田市で26.0メートル、大仙市で23.0メートルを記録。秋田県ではこの日7地点で3月としては過去最大の瞬間風速になった。同日午後5時現在の積雪は、秋田市で平年比の5倍近い47センチ、大仙市に近い秋田市・大正寺で同2倍超の93センチとなっている。【小林洋子、田原翔一、池田一生】

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参考文献

By , 2013年2月27日 7:38 AM

論文を書く時、参考文献のリストも記載しなければなりません。しかし、手入力するとミスしやすいし、Endnoteは使い方が結構難しい・・・というときに使えそうなサイトを見つけました。

参考文献表にそのままコピペ可能な文献情報を出力するウェブサービス

例えば、上記リンク先で紹介されているMedical & Scientific Citation Generatorを使ってみましょう。2013年2月19日のブログで紹介した Nature論文で試してみました。この論文の DOIは “10.1038/nature11647″ なので、入力フォームに DOIをそのまま入力します。すると下記のように表示されました。

Tachibana M, Amato P, Sparman M, et al. Towards germline gene therapy of inherited mitochondrial diseases. Nature. 2013;493(7434):627-31.

投稿する雑誌によっては、少し整形が必要なものの、手でチマチマと入力していくより圧倒的に楽です。まだ試してはいませんが、上記リンクで Medical & Scientific Citation Generator以外のサービスを使うと、もう少し表示形式を変えることもできそうです。

その他、Facebook経由で得た情報だと、下記のサービスを使っている方もいるようです (その方から聞いた話では Wordへの引用も、参考文献一覧作成もワンクリックとのことですが、未確認です)。

MENDELEY

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Saving AccountとChecking Account

By , 2013年2月26日 7:46 AM

私は英文校正ではいつも editage社に御世話になっています。

editage社のサイトに、利用者のインタビューが載っていました。笑ってはいけないのかもしれないけれど、笑ってしまったインタビューがあったので紹介します。

日本の臨床研究や医療体制に危機感

アメリカに到着後一番困った場面は、銀行で口座を開設する時でした。Saving AccountとChecking Accountの違いが銀行員の方の説明で十分に理解できないまま「yes please!」と言ったら、お金が全部Saving Accountに入ってしまって、お金を引き出せなくなってしまいました(笑)。

渡米していきなりこれは焦りますね (^^:

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MUSICOPHILIA

By , 2013年2月24日 10:19 AM

音楽嗜好症 (オリヴァー・サックス著、大田直子訳、早川書房)」を読み終えました。

オリヴァー・サックスの書いた本を読むのは初めてでしたが、彼は独特の研究スタイルを持っていると感じました。多くの科学者は、間違いないと確認されたことを足がかりに次のステップに進んでいきますが、彼の場合はとりあえず正確かどうかは二の次にして手に入る限りの情報を集めて、その中からエッセンスを抽出する方法を取っているようでした。そのため、所々「本当にそう言い切れるのかな?」と感じさせる部分はありましたが、独自の視点で音楽について論じることが出来ていました。

本書は、音楽に対して医学的にあらゆる角度からアプローチしています。症例が豊富ですし、論理を裏づけるために引用した科学論文も膨大な量です (末尾に文献集があります)。

特に印象に残ったのはパーキンソン病と音楽療法についてです。日本では林明人先生が「パーキンソン病に効く音楽療法CDブック」を出されていますが、L-Dopa登場前に既に行われていて、大きな効果を上げていたことは初めて知りました。

また「誘惑と無関心」と題された、失音楽に関する章でイザベル・ペレッツの名前を見た時は驚きました。メールのやり取りをしたことがある研究者だったからです。この業界では有名人なので、登場してもおかしくはないのですが。

それと、ウイリアムズ症候群の患者達がバンドを組んでデビューしている話も興味深かったです。Youtubeで動画が見られます。

The Williams Five

5足す 3が出来ないくらいの mental retardationがありながら、プロの音楽家として立派に活躍しているというのは、音楽がそういうことは別に存在していることを示しています。

このように興味深い話題が豊富なのですが、内容をすべては紹介できないので、代わりに目次を紹介しておきます。本書がどれだけ広範な角度から音楽にアプローチしているか、伝われば幸いです。

序章

第1部 音楽に憑かれて

第1章 青天の霹靂―突発性音楽嗜好症

第2章 妙に憶えがある感覚―音楽発作

第3章 音楽への恐怖―音楽誘発性癲癇

第4章 脳のなかの音楽―心象と想像

第5章 脳の虫、しつこい音楽、耳に残るメロディー

第6章 音楽幻聴

第2部 さまざまな音楽の才能

第7章 感覚と感性―さまざまな音楽の才能

第8章 ばらばらの世界―失音楽症と不調和

第9章 パパはソの音ではなをかむ―絶対音感

第10章 不完全な音感―蝸牛失音楽症

第11章 生きたステレオ装置―なぜ耳は二つあるのか

第12章 二〇〇〇曲のオペラ―音楽サヴァン症候群

第13章 聴覚の世界―音楽と視覚障害

第14章 鮮やかなグリーンの調―共感覚と音楽

第3部 記憶、行動、そして音楽

第15章 瞬間を生きる―音楽と記憶喪失

第16章 話すことと、歌うこと―失語症と音楽療法

第17章 偶然の祈り―運動障害と朗唱

第18章 団結―音楽とトゥレット症候群

第19章 拍子をとる―リズムと動き

第20章 運動メロディー―パーキンソン病と音楽療法

第21章 幻の指―片腕のピアニストの場合

第22章 小筋肉のアスリート―音楽家のジストニー

第4部 感情、アイデンティティ、そして音楽

第23章 目覚めと眠り―音楽の夢

第24章 誘惑と無関心

第25章 哀歌―音楽と狂喜と憂鬱

第26章 ハリー・Sの場合―音楽と感情

第27章 抑制不能―音楽と側頭葉

第28章 病的に音楽好きな人々―ウィリアムズ症候群

第29章 音楽とアイデンティティ―認知症と音楽療法

謝辞

訳者あとがき

参考文献

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RAB7L1と LRRK2

By , 2013年2月23日 8:50 AM

2013年2月6日の Neuron誌に興味深い論文が掲載されました。

RAB7L1 interacts with LRRK2 to modify intraneuronal protein sorting and Parkinson’s disease risk.

家族性パーキンソン病の原因遺伝子はこれまで 20近く同定されています。これらの遺伝子がコードするタンパク質には、協調して働いているものがあるらしいことが最近明らかになってきました。例えば、Parkin, PINK1は一つの系として、異常ミトコンドリアを検出し、ミトコンドリア外膜タンパク質をユビキチン-プロテアソーム系で分解したり、ミトコンドリアのオートファジーである mitophagyを誘導する役割を担っています。DJ-1もどうやらこの系に含まれるようです。

今回の Neuron誌の論文は、LRRK2, RAB7L1, VPS35が一つの系として細胞内輸送に関係しているらしいということを明らかにしました。この系の役割には未解明の部分が多いですが、今後研究が進んでいくものと思われます。

この論文は筆頭著者が日本人であり、FIRST AUTHOR’Sというブログにわかりやすく纏められていますので紹介しておきます。

 RAB7L1とLRRK2は協調してニューロンにおける細胞内輸送を制御するとともにパーキンソン病の発症リスクを決定する

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ACP Japan Chapter 2013

By , 2013年2月22日 8:19 AM

American Collage of Physicians Japan Chapter Annual Meeting 2013に参加申し込みました。私はACP日本支部の会員ではありませんが、素晴らしい講演が目白押しなのと、知り合いの先生が講演されるため、参加することにしました。 


私が申し込んだ講演は下記です。

5月25日 (土)

9:30-11:00 臨床推論ケースカンファレンス~総合内科医の思考プロセスを探る~ 徳田 安春(筑波大学水戸地域医療教育センター・水戸協同病院)

11:30-12:30 「Snap Diagnosis」 須藤 博(大船中央病院)

13:00-14:30 「総合内科が知っておくべき膠原病診療ピットフォール~身体診察から鑑別診断まで~」 高杉 潔(道後温泉病院)・岸本 暢将(聖路加国際病院)萩野 昇(帝京大学)

19:00-20:40 Reception

5月26日 (日)

9:30-11:00 「臨床研究デザインの道標~研究デザイン7つのステップ~」栗田 宜明・福間 真悟(京都大学)

12:30-13:30 「膠原病の検査の見方~乱れ打ちは今日からやめよう!」 岸本 暢将(聖路加国際病院)

時間がかぶったため、泣く泣く諦めた講演もたくさんありました。例えば、「感染症ケース・スタデイ」、「論文の書き方」、「水・電解質を極める」、「一般内科医のためのリンパ腫診断のコツ」、「内科救急の御法度」、「問診」といった講演は、また機会があれば是非聴きたいと思いました。

ネットで簡単に申し込みできますので、 興味のある方は参加してみては如何でしょうか?

 

(参加するまでに、京都での飲み屋さんをチェックおかないと・・・ボソボソ)

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絶対音感を身につけるタイミング

By , 2013年2月21日 7:05 PM

2013年 1月 29日に、音楽に関する sensitive periodについての論文を紹介しました。

絶対音感にも、sensitive periodがあり、大人になってから身につけようと思っても、まず無理です。「では、何歳までなら大丈夫なのか?」という問いに答えた論文を見つけましたので、紹介します。

Absolute pitch among American and Chinese conservatory students: Prevalence differences, and evidence for a speech-related critical period a

Absolute pitch is extremely rare in the U.S. and Europe; this rarity has so far been unexplained. This paper reports a substantial difference in the prevalence of absolute pitch in two normal populations, in a large-scale study employing an on-site test, without self-selection from within the target populations. Music conservatory students in the U.S. and China were tested. The Chinese subjects spoke the tone language Mandarin, in which pitch is involved in conveying the meaning of words. The American subjects were nontone language speakers. The earlier the age of onset of musical training, the greater the prevalence of absolute pitch; however, its prevalence was far greater among the Chinese than the U.S. students for each level of age of onset of musical training. The findings suggest that the potential for acquiring absolute pitch may be universal, and may be realized by enabling infants to associate pitches with verbal labels during the critical period for acquisition of features of their native language.

© 2006 Acoustical Society of America

[背景]

絶対音感は、参照にする音がなくても音名がわかったり、その高さの音を出したりする能力ですが、アメリカやヨーロッパでは非常に稀とされ、おそらく 10000人に 1人以下であると言われています。稀ということもあって、絶対音感はしばしば、非常に優れた能力であるとみなされます。しかし、実際には絶対音感がなくても優れた音楽能力を持つ人はたくさんいます。ドイチュらは、2006年の論文に「ヴェトナム語と北京語を母国語として話す人たちは、単語のリストを読む時に非常に正確な絶対音感を示す」ことを報告しました。

声調言語はピッチの高さとそのコントロールに規定されます。声調言語である北京語では、例えば「マー」と発音したとき、第一声 (高い音で平板に) だと母、第二声 (中ぐらいの高さで始めてさらに高く) だと麻、第三声 (中ぐらいの高さからいったん低く下げ、最後は尻上がりに) だと馬、第四声 (高い音から低い音に下げる) だと非難・・・といった感じです。このように微妙なピッチの感覚を子供の頃から身につけていると、絶対音感取得に役立つのではないかというのがドイチュらの推測です。さらにドイチュらは英語のような非声調言語より、声調言語の方が絶対音感の保持率が高くなるのではないかと推測しました。子供の頃に微妙なピッチの感覚が身につかない非声調言語では、それを応用して絶対音感を身につけることができないので、特に音楽を開始する年齢が強調されるのです。

今回、絶対音階を身につけるために言語に関連した臨界期 (critical period) を調べるため、北京中央音楽学校 (Central Conservatory of Music; CCOM) とイーストマン音楽学校 (Eastman School of Music; ESM) の 1年生を比較しました。

[方法]

①被験者

CCOM: 男性 28名、女性 60名、平均年齢 20歳 (17-34歳)

ESM: 男性 54名、女性 61名、平均年齢 19歳 (17-23歳)

音楽開始年齢別分類 (比較の関係上、少なくとも 9名以上含まれるサブグループを用いた)

CCOM: 4-5歳 43名、6-7歳 22名、8-9歳 12名

ESM: 4-5歳 21名、6-7歳 31名、8-9歳 24名、10-11歳 20名、12-13歳 9名

②音源

音源は Kurzwei K2000 synthesizerによるピアノ音で、C3 (131 Hz) ~ B5 (988 Hz) の音を用い、CDないし DVDを通じて被験者に聴かせました。相対音感を使いにくくするためにそれぞれの音の感覚は 1オクターブ以上離しました。チューニングは A4= 440Hzとして、音の長さは 500 msとしました。検査は 12個の音を含む 3つのブロックに分け、ブロック内での音と音の感覚は 4.25秒とし、ブロック間では 39秒の休憩をとりました。

[結果]

Fig.1A 正解率 85%以上を絶対音感ありとしました。

Fig. 1B 半音の間違いは許容した上で、正解率 85%以上を絶対音感ありとしました。

Fig1

Fig. 1

・CCOMにおいても、ESMにおいても、早期から音楽トレーニングを始めるほうが絶対音感保有率が高いことがわかりました

・絶対音感保有率は、どの音楽開始年齢においても CCOMの方が ESMよりはるかに高かいことがわかりました

・絶対音感保有率に性差はありませんでした

[考察]

 今回の研究で、絶対音感の獲得には声調言語でも非声調言語でも臨界期が存在することが示されました。絶対音感は、声調言語を用いる中国人の方が保有率が高いですが、ひょっとすると遺伝的な要素も影響を与えているかもしれません。

  この論文の Figure. 1を見ると、絶対音感を身につけるためにはだいたい 9歳くらいまでに音楽を始める必要があるのがわかりますし、若ければ若いほどよさそうです。弦楽器奏者及びピアノ奏者の方が管楽器奏者より絶対音感保有率が高いことは広く知られているので、楽器別の分析に興味が湧きましたが、残念ながら論文中にそれらについての記載はありませんでした。

さて、実は日本人とポーランド人の音楽性を比較した研究も 2012年 11月に発表されています。この研究を行った宮崎先生は日本での絶対音感研究の第一人者です (昔、研究室のサイトに論文が公開されていて、読んで勉強させて頂いていたのですが、いつの間にかなくなっていて、がっかりしています)。

Prevalence of absolute pitch: a comparison between Japanese and Polish music students.

Source

Department of Psychology, Niigata University, Niigata 950-2181, Japan. miyazaki@human.niigata-u.ac.jp

J Acoust Soc Am. 2012 Nov;132(5):3484-93. doi: 10.1121/1.4756956.

Abstract

Comparable large-scale surveys including an on-site pitch-naming test were conducted with music students in Japan and Poland to obtain more convincing estimates of the prevalence of absolute pitch (AP) and examine how musical experience relates to AP. Participants with accurate AP (95% correct identification) accounted for 30% of the Japanese music students, but only 7% of the Polish music students. This difference in the performance of pitch naming was related to the difference in musical experience. Participants with AP had begun music training at an earlier age (6 years or earlier), and the average year of commencement of musical training was more than 2 years earlier for the Japanese music students than for the Polish students. The percentage of participants who had received early piano lessons was 94% for the Japanese musically trained students but was 72% for the Polish music students. Approximately one-third of the Japanese musically trained students had attended the Yamaha Music School, where lessons on piano or electric organ were given to preschool children in parallel with fixed-do solfège singing training. Such early music instruction was not as common in Poland. The relationship of AP with early music training is discussed.

PMID:23145628

論文にアクセスできなかったので、abstractから抜粋して紹介させて頂きます。

音楽学生を調べた所、絶対音感保有者はポーランドでは 7%だったのに対し、日本人では 30%でした。絶対音感保有者は 6歳までに楽器を始めていました。日本人の音楽学生は、ポーランド人学生に比べて平均 2歳早く音楽を始めていました。幼い頃よりピアノトレーニングを開始していた音楽学生は、日本人では 94%だったのに対し、ポーランド人では 72%でした。日本人音楽学生の 1/3が、固定ドで英才教育をするヤマハ音楽学校で習っていました。このような教育法はポーランドでは一般的ではありません。この論文では絶対音感と早期音楽トレーニングについて考察しました。

ちなみに私はヴァイオリンの音域だけ絶対音感があります。それも第 1-3ポジションで弾ける音のみです。コンクールでモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第 3番を弾いたのが 8歳の時で、この曲は第 3ポジションまでの音を使いますから、私の絶対音感はヴァイオリンを始めた 4歳からおよそこの頃までに身についた能力なのだということが感覚としてわかります。もし私が鍵盤楽器を練習していれば、絶対音感はもう少し幅の広いものになったでしょう。

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