神経学の源流1 ババンスキーとともに-(3)

By , 2008年12月25日 5:30 AM

Babinskiは、Charcotが課題として残した、器質的疾患とヒステリーの鑑別についても精力的に取り組みます。元々、神経内科の発展の歴史はヒステリーと密接に関連しています。梅毒患者が大きな社会問題となっていた時代、男性患者を収容するためにビセートル病院、女性患者を収容するためにサルペトリエール病院がパリに作られました。これらの病院には精神病患者も多数収容されました。Charcotがサルペトリエール病院に赴任したとき、ヒステリー患者なのか器質的疾患があるか鑑別するのは大きな問題でした。Charcotは多発性硬化症や筋萎縮性側索硬化症を記載したり、Parkinsonが報告した Parkinson病を再評価し、再び光を当てたり、偉大な業績を残しましたが、ヒステリーの診断においては汚点を残しました。Charcotは催眠術により鑑別を試みたのですが、自分では催眠術を行わず、弟子に行わせ、弟子達は師匠の意向に添うように患者を訓練しました。公開講義などでは、患者は金を受け取って、催眠術にかかったふりを演技したと言います。しかし、精神医学の分野で、Charcotの弟子であったフロイトがヒステリーをテーマに業績を残します。Babinskiも負けてはおらず、1900年に「器質性片麻痺とヒステリー性片麻痺の鑑別診断」という論文を発表し、本書の第 4章で取り上げています。そこに掲載されている鑑別表が、現在でも通用する程素晴らしいので紹介します。

器質性片麻痺 ヒステリー性片麻痺
1°麻痺は身体の一側に限られる。 1°麻痺は必ずしも身体の一側に限られない。このことは障害が一般に両側性である顔面の麻痺に特にあてはまる。
2°麻痺は型にはまっていない。たとえば顔面で一側の運動が非常に弱まっている場合は、両側の共働運動のさい、運動障害はやはり麻痺側にはっきり現れる。 2°麻痺はしばしば型にはまっている。顔面ではほとんど常にそうである。たとえば両側の共働運動をするさい、顔面の一側性の運動は完全に消失しているのに、片麻痺側の筋が正常に働いているというようなことがある。
3°麻痺は意識的随意運動ならびに無意識ないし意識下の不随意運動をおかす。その結果2つの現象がおこるが、私はそのひとつを広頸筋徴候、他を大腿躯幹連合運動と名づけた。 3°無意識ないし意識下の随意運動はおかされない。その結果広頸筋徴候も大腿躯幹複合屈曲もでない。
4°舌は一般にわずかに麻痺側に偏する。 4°舌はしばしば麻痺側に軽く偏するが、舌偏位が非常に際立っていることもあり、また麻痺と反対側におこることもある。
5°おもに初期に筋緊張低下があり、顔面では口角や眉の低下などが、また上肢では私が前腕の過大屈曲と名づけた現象が現れることがある。 5°筋緊張低下がない。顔面の非対称がある場合、それは筋緊張低下によるものではなく、痙攣 (spasme) によることがわかる。前腕の過大屈曲の徴候はない。
6°腱反射や骨膜反射はしばしば最初からおかされる。この時期には消失したり、減弱したり、あるいは亢進したりすることがある。さらに時間がたつと反射は殆ど常に亢進し、足クローヌスがみられる場合が多い。 6°腱反射や骨膜反射は変化せず、足クローヌスもない。
7°皮膚反射は一般におかされる。
腹壁反射や挙睾筋反射は普通、とくに初期に減弱ないし消失する。
足蹠を刺激しておこる足指の反射運動は普通その形が逆転し、足指は屈曲しないで蹠骨に対して伸展する。私が足指現象と名づけたこの徴候は片麻痺のすべての時期でみられる。
7°皮膚反射はおかされないように思われる。腹壁反射と挙睾筋反射は普通正常である。足蹠を刺激しておこる反射運動の形は逆転しない。足指現象は欠けている。
8°拘縮の型は独特の様相を呈し、筋を意識的に収縮させてその形を再現することはできない。 8°拘縮の形は筋を意識的に収縮して再現することができる。
9°経過は規則的で、弛緩はつづいて拘縮となり、回復は徐々で、麻痺は軽快悪化を繰り返すようなことはない。 9°経過は気まぐれである。麻痺はいつまでも弛緩性であることもあれば、またはじめから痙性であることもある。特に顔面で痙性現象と麻痺性現象がしばしば合併する。障害が軽快増悪を何べんも繰り返したり、その強さや形がすみやかに変化したり、暫時一過性に寛解したりすることがある。

非常によくまとまっています。現在では、MRIや CT、更には針筋電図などの検査により、当時に比べて飛躍的に鑑別がしやすくなっていますが、検査だけでは完全ではありません。診断制度を高めるには、こうした症候学の知識が不可欠です。

さて、片麻痺でまず重要なのは顔面の麻痺です。顔面の麻痺では、器質性疾患の患者はしばしば麻痺側の筋緊張が低下しています。口角下垂は、器質的疾患の患者では筋弛緩の現れですが、ヒステリー性顔面麻痺では反対側の口角が痙性につり上がった結果と考えることが出来ます。また、上部顔面筋は両側支配なので中枢性の原因では麻痺しないため、眉の低下や前額襞の消失もヒステリー性顔面麻痺では見られません。ヒステリー性顔面麻痺では、麻痺は元来顔面筋が担当している随意運動と関連があるため、ものを話したり口笛を吹く動作では顔面の両側が同じように動きます。

次に広頸筋徴候 (signe de peaucier) についてです。器質的片麻痺では、健側の方が麻痺側よりも広頸筋の収縮が強く働きます。この現象は、患者が口を大きく開いたり、頭を曲げたり、口笛を吹いたり、息を吹きかけたり、嚥下運動をしたりするときなどに特に顕著となります。これを広頸筋徴候と呼びますが、器質性顔面麻痺でも麻痺側で目立つことがあったり、ヒステリー性顔面麻痺でも随意的に演技できるので、この徴候のみで診断をすることは難しいです。

筋緊張の低下は四肢にも起こるはずで、これを観察したのが前腕の過大屈曲です。原文より引用します。「すなわち前腕を回外位にさせ、これを上腕に対して受動的に屈曲させるのであるが、そのさい痛みを感じさせない程度に、また両方に同じ力を加えて、上肢の2つの部分を一方に対して押しつける。そして両側を互いに比較すると、屈曲の程度が麻痺側で大きいことがわかる。この現象は前腕の過大屈曲徴候と名づけられよう」。しかし健常人でも利き手ではない方が屈曲の程度が強い傾向があるので注意が必要ですし、ヒステリー性筋萎縮でも屈曲が強くでることがあるので注意が必要です。

大腿躯幹連合屈曲運動は重要なので、本書からそのまま長々と引用します。機序まで詳細に考察されていて、感銘を受けます。

器質性片麻痺とヒステリー性片麻痺の鑑別診断

さて、2種類の片麻痺を鑑別するための1つの徴候について諸君の注意を喚起したい。これは私が2年前に紹介し、それに大きな価値を与えているものである。これは器質性片麻痺の大部分で認められる。患者を固い水平面、たとえば板敷の上に仰臥位で寝かせ、胸の上に腕を組み合わせて坐位をとるように命ずると、麻痺側では大腿は骨盤に対して屈曲運動をし、踵は地面から離れるが、反対側では下腿は動かないままでいるか、大腿の屈曲や踵の挙上はあらわれるにしても遅れてみられるにすぎず、麻痺側におけるよりもはるかに目立たない。また同時に健側の肩は前方に向かう。

私がただいま記載した運動は、患者が状態をおこした後、腕を胸の上で交叉したままもとの位置に戻ろうとして躯幹をうしろに倒すとき再びおこるが、そのさい前の動作のときよりも多少顕著な場合がある。この運動がはっきりするのは、とくに患者が急に仰向けになるときである。

この運動のおこる機序は、果たしてどのようなものであろうか?

私がくだそうとする解釈を理解するためには、まず上半身をおこすという動作を分析しなければならない。この動作の動きは全く意識的であり、骨盤と脊髄を前傾させることであるが、この前傾は大腿骨が前以て動かないように固定されている場合にのみ正常に行なわれる。実際、腸腰筋の動きを考えてみると、この筋は起始を支点とするか終止を支点とするかによって、大腿を骨盤に対して屈曲させるか骨盤と脊柱を前方に傾けるかするのであるから、ここで問題にしている動作で大腿を動かぬように固定することができないとすれば、躯幹の前方傾斜は阻害され、大腿が骨盤に対して屈曲せざるをえないということがわかる。この大腿の固定は大腿を骨盤に対して伸展する筋が無意識ないしは意識下で働いてなしとげられる。

われわれが今論じている現象の原因は、これらの筋が不全麻痺 (paresie) におちいっているためであると思う。それに、この麻痺が実際にあることは議論の余地がない。なぜなら患者を仰向けに寝かせ、下肢を地面に対してできるだけぴったりつけているようにさせておいて、検者が脚を下から上に引っ張ってもちあげるには健側より麻痺側のほうがはるかに容易だからである。

この現象を私は以前に大腿屈曲連合運動 (mouvement associe de la flexion de la cuisse) とよんだが、もし私の解釈が正しいとすれば、この運動の機序は片麻痺で記載されているさまざまな連合運動の機序とは異なっており、むしろ大腿躯幹複合屈曲運動 (flexion combinee de la cuisse et du tronc) とよぶにふさわしく、そのほうが問題の運動を簡潔かつ正確に表現していると思う。

患者が上半身をおこした後、もとの位置に戻ろうとするとき、なぜ大腿の屈曲運動が再びおこるかは容易に理解できる。この動作では患者が躯幹を後方に傾ける筋を収縮させるだけだと考えるのは実際誤りであろう。もしそうなら、上半身は重力にひきずられて地面に激しくぶつかってしまうだろう。躯幹の伸展は徐々にしか弛緩しない屈筋の収縮によって調節される必要がある。そしてこの屈曲の収縮が効果をあげるためには、あらかじめ大腿の固定を必要としているのである。したがってこれらの条件は双方とも似ている。

この判断が正しいことをさらに私に確信させてくれるのは、大腿を骨盤に対して伸展する筋が萎縮している坐骨神経痛の多くの症例で、大腿躯幹複合屈曲運動がおこるのを私が観察したということである。さらに、私のこの現象の機序に対する理解の仕方が正しかろうとそうでなかろうと、この現象が実存することは明らかで、それこそ本質的な点である。

私が注意しておかなければならないと思うのは、正常の状態で大腿の固定は人によってその完全さに多少とも違いがあるようにみえるということである。上体をおこすさいにすべての人が同じたやすさではなしえない理由の1つがここにあることは疑いないところで、ある者はその動作の間、大腿が地面についたままでいるのに、他の者では大腿が骨盤に対して多少とも目につくような屈曲運動を示す。しかし正常人ではこの後者の運動がおこる場合も両側でほぼ等しい。けれどもわれわれの観点からすれば片麻痺以外にも両側でわずかな左右差が存在しうるのであるから、大腿躯幹複合屈曲運動は一側にしかおこらず、それが非常にはっきりしているか、あるいは両側におこっても片側が他側よりはるかにはっきりしている場合のみ病的とみなしうるのである。

ヒステリーと器質的疾患による片麻痺の鑑別には、皮膚反射や腱反射も有用ですが、なにより重要なのは足指現象です。足指現象には Babinskiの名がが冠せられ、Babinski徴候と呼ばれることもあります。引用します。

器質性片麻痺とヒステリー性片麻痺の鑑別診断

私はヒステリー性片麻痺ではかつて足指現象を観察したことがない。そして、もしこの現象がないからといって中枢性の器質性疾患という考えをしりぞけるわけにはいかないにしても、これがあれば器質的疾患の存在を確実視してよいと思う。

この症候学的価値は腱反射をしらべても錐体路の状態が分からない場合には特に大きい。新鮮な器質的片麻痺では腱反射は一般に正常であるか低下しており、周知のようにヒステリー性片麻痺と器質性片麻痺を初期に鑑別することはしばしば困難である。このような場合に足指現象があれば、麻痺が器質性であるといえるから、とくに貴重である。

私の研究結果は、多くの研究者によって確認されている。なかんずく  Van Gehuchten, Glorix, Ganault, Letienne et Mircouche, Collier, Buzzard, Kalischer, Boeri, Acchiote, Koenig, Cestan et L. Le Sourd, Zlotorofl, Langdon, Gilbert Chaddock 各氏である。

歩行についても、器質性片麻痺があると、特徴的な歩き方になります。

器質性片麻痺とヒステリー性片麻痺の鑑別診断

これについては Toddが美事に記載している。すなわち、患者は麻痺と反対側に躯幹の重みをかけ、麻痺した肢で半円を描いて歩く。いわば「鎌で刈るように歩く」 (“il fauche”) のである。ヒステリー性片麻痺の患者でこのようなことはない。この歩き方についてはよく知られているのでこれ以上述べない。

ヒステリーは診断が困難なことがしばしばあり、神経内科医は結構迷います。経験したことがなければわからないと思いますけど、本当に診断が難しいケースがあります。器質的疾患をヒステリーと診断することは、病気を見逃すことにもなりますし、ヒステリーを器質的疾患と診断すれば、不必要な医療行為が行われることになります。上記のような知見を元に、診断精度を高めたいものです。Babinskiによってヒステリーの診断はかなり進歩したため、著者はこの第 4章に「シャルコーより出てシャルコーを越える」というサブタイトルをつけているのが印象的です。

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