東海道中膝栗毛2

By , 2009年4月1日 6:49 AM

3月 29日 (日) は、ホテルをチェックアウトすると京都駅へ。コインロッカーに荷物を入れると、地下鉄に乗り、丸太町駅で降りて、堀川丸太町まで歩きました。堀川丸太町には、昔通った駿台予備校があり、懐かしく思いました。しかし、予備校の隣にあったホテルや、近くにあった本屋がなくなっており、時代の変化を感じました。

堀川丸太町からバスで金閣寺へ。その日は天気が良く、金閣が映えていました。ふと、それを見ながら「これって当時は公共事業でもあったのかなぁ・・・」と感じました。古墳・寺・城の建設というのは、政府による公共事業と考えることが出来るかもしれません。江戸時代にそれらの建築が減ったのは、身分が固定化し、新たな雇用を生み出す必要がなくなったことがあるのではないでしょうか。推測ですけどね。

金閣寺を見た後、龍安寺まで歩きました。途中に立命館大学があり、浪人時代に模擬試験会場になっていたのを思い出しました。龍安寺の石庭は、どこから見ても 15個の石が 14個しか見えず、人間が不完全な存在であることを示していると聞いたことがありますが、Wikipediaを見ると、それは間違っているそうです。Wikipediaには、その他にも、展示されている「吾唯足知」(われ、ただ足るを知る)の蹲踞が複製であることが示されていました。

龍安寺を出ると、龍安寺駅から嵐山に向かいました。竹フェチ?の methyl先生が竹林に行きたいと言ったからです。methyl先生は、竹林で生き生きと写真を撮っていました。きちんと手入れされた竹林に風が吹くと、竹の葉がこすれる音が何とも風流でした。嵐山には展望台があり、周囲の山に桜が咲いているのを見ることが出来ました。

その後、川縁で食事をしたのですが、昼間から酒を飲み、湯豆腐を食べるひとときが至福でした。大堰川にはボート乗り場もありカップルが楽しんでいました。羨望と嫉妬の「念」を送っていると、2艘ばかり井関の杭に横向きに引っかかって身動きが取れなくなっていました。ボート会社の船が救助に向かい、脱出の仕方を教えて何とか脱出していました。下流側のオールは杭に引っかかって動かないので、上流側のオールを漕いで舳先を上流に向け、それから両方のオールで漕ぐと良いのだそうです。

夕方になって、嵐山からJR線で京都駅へ。荷物をとって新幹線に乗りました。東京駅のKirin-cityで飲んで、楽しかった弥次喜多珍道中が終了。良いリフレッシュになりました。

— 追記 (2012.1.21)
今回の旅行がきっかけで、methyl先生は、私の妹の夫となりました。

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