上肢の機能回復セミナー2

By , 2009年5月14日 11:24 PM

5月8日(金)

午前11時にセミナーが始まりました。どの発表も面白かったのですが、エッセンスをいくつか、ごくごく簡単に紹介しておきます。

①「脳梗塞急性期の脳保護作用と神経機能回復」岡山大学医学部神経内科 阿部康二教授

エダラボンの有効性について。free radicalは水と脂の境界に存在しますが、エダラボンは脂溶性+水溶性であるため、より効果的に働きます。また、薬剤の 65%が脳に移行し、実験系の濃度と患者脳での濃度はほぼ一致します。一方、海外の脳保護薬は脳への移行性が悪いし、医療制度の関係で 3日くらいしか使えないので効果に乏しい特徴があります。

エダラボンは脳梗塞に伴う出血を抑制します。t-PAとの併用も効果的です。日本では t-PA前にエダラボンを投与することがよくありますが、海外の t-PAのスタディは、そうではないため、t-PA後の出血などのデータを一概に比較できません。

また、スタチンは、脳保護に働くとされています。脳梗塞急性期にスタチンを中止すると、悪化傾向が見られるとの報告が多いようです(最近では、有意差がないとする報告もあります)。スタチンがパーキンソン病のリスクを抑制したとのスタディが Neurology誌に掲載され、より脂溶性のものが良いようです。動脈硬化の予防という観点でもそういう傾向があります。脂溶性の程度は、atrovastatin>simvastatin>lovastatin>pravastatin>rasuvastatinとされています。

②慢性脳卒中における手袋刺激の実際 角館綜合病院 西野克寛院長

ASOの壊疽の予防効果のためアメリカ FDAの承認を受けている手袋及びストッキング。Wernicke-Mann肢位の患者に装着して刺激すると、あら不思議、手が広がります。筋萎縮さえなければ、発症からの期間も関係ありません。

詳細は、Prizm medical inc.の公式サイトへ。

③脳梗塞に対する骨髄幹細胞療法 札幌医科大学 本望修講師

札幌医科大学では、脳梗塞患者に対する骨髄幹細胞療法を 12例行いました。それぞれ、脳梗塞発症 5週間~4ヶ月後の患者に対してです。脳梗塞発症からある程度時間が経っていても効果があり、自分の細胞を使うため拒絶反応はありませんでした。幹細胞の中では、Mesenchymal stem cellを使用しましたが、培養液が違うと表面マーカーも変わってくるような細胞で、同じ幹細胞でも、条件によって特徴が変わってきます。

実際の方法論としては、骨髄穿刺をして幹細胞を取り出し、約1ヶ月間増殖させます。その後凍結して、細胞製品にして、点滴投与します。静脈注射でも脳内投与でも可能ですが、静脈注射の方がより容易です。本当は、静脈注射の方が、細胞数が 100倍多く必要なのですが、100倍に培養することで解決出来ます。

投与して数日で効果があり、上肢が挙上できない患者が挙上出来るようになり、手指の巧緻運動が出来るようになりました。メカニズムはよくわかっていませんが、最初の数日が抗炎症作用、及びサイトカインを介した神経保護、次の数日が血管新生で、1週間以降は神経再生が主体と考えられます。脊髄損傷や変性疾患、蘇生後脳症でも効果があるのではないかと考えられており、幹細胞にある種のサイトカインを産生するよう遺伝子を組み換えると、更に効果が出るのではないかと期待されています

④Noradrenergic Modulation of Post stroke recovery 米国脳卒中学会理事 Goldstein教授

どうやら、脳梗塞急性期の神経回復にはノルアドレナリンが関与しているようです。猫の脳梗塞モデルにアンフェタミンを投与すると神経回復が有意に良く、一方ハロペリドールを加えると有意に悪化しました。クロナゼパム投与では、有意差はありませんでした。

⑤動作特異性局所ジストニアの治療 東京女子医大脳神経外科 平孝臣講師

musician’s crampの話題が中心でした。ジストニアの初期の報告には、1833年に Bellが「scrivener’s palsy」と題して報告したものがあります。更に 1893年には Gower’sが「occupational neurosis」として報告しています。ジストニアの一種、書痙は Sigmund Freud, 谷崎潤一郎、松本清張などをも悩ませたそうです。ただ、書痙はしばしば書字振戦と混同されていることも事実です(兵庫県医師会のサイトでも書字振戦の症状を誤って書痙として記載しています)。

musician’s crampについては 1887年に Poorが「Piano failure」と題する論文を書いています。

ジストニアの外科的治療の根拠ですが、末梢からの Sensory imputによって Basal ganglia→thalamus→Motor cortex→Basal gangliaという回路がまわるので、それを破壊するために視床 Vo核を破壊すれば良いのだそうです。ただ、両側破壊すると合併症が増えますので、片側破壊が基本となり、lateralityのない embouchure dystoniaは治療が難しいのだとか。一方で、片側性のジストニアではかなりの好成績を挙げています。

上記のような話を 19時 20分までみっちり聞きました。

私がカルチャーショックを受けたのは、幹細胞治療でした。これまでの治療概念を覆す治療法です。ただ、これが治療スタンダードになったら、脳梗塞が大学病院でなければ診られない疾患になってしまいますし、医療費が膨大な額になりますね。また、面白かったのは、ジストニアの話。私は実は音楽家でのジストニアの研究をしようと考えていて、ボツリヌスで治療出来ないかと思っていたのですが、視床 Vo核破壊の方が圧倒的に治療効果は高そうです。平先生には挨拶をして、今度研究室に遊びに来るように言って頂きました。

19時 20分からは懇親会。懇親会場では、伝統芸能を見て、楽しみました。私の2個隣の席は、なんと「東洋経済」誌の医療記事部門の責任者で、名刺を頂きました。私が毎週「東洋経済」を読んでいることを伝え、記事の質の高さを称えると、「記者によって質が全然違いますよ」と冷静に返されました。今回は、角館周辺で行われる大腸癌に関する大規模スタディが目的で現地にいらしたようですが、さすがに今日の内容は理解出来ないとおっしゃっていました。その記者の力説するには、「医療費抑制政策では医療が滅ぶことは目に見えているので、何とか医療費を増やすようにしないともたない。そのために国に訴えかけている」とのことでした。御活躍を期待しています。

懇親会は早めに抜け出して、「はりやこいしかわ」先生と少し勉強して、ホテルで飲み直しました。

(つづく)

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