人生は意図を超えて

By , 2010年9月4日 8:27 PM

「人生は意図を超えて (野依良治著、朝日選書)」を読み終えました。野依先生は先日、事業仕分けで科学予算を削られたことに関連して、「将来、歴史の法廷に立つ覚悟でやっているのかと問いたい」という言葉を残したことでも話題になりました。

野依先生は 2001年のノーベル化学賞受賞者です。「不斉合成反応の研究」が受賞の理由です。いきなり「不斉合成」って言われても、「何じゃこれ?」って思いますよね。わかりやすく解説してみます。

高校生の化学で、光学異性体って出てきたと思うのですが、それに関連した話です。D体とか L体とか聞くと思い出す方もいるかもしれません。ちなみに、Wikipediaを見ていると「光学異性体」は厳密には望ましい用語ではないようですが、厳密な用語の使い方については学者さんに任せるにして、先に進みましょう。

「分子構造が非対称なために鏡写しの構造をとった分子」のことをキラルと言い、このような性質をキラリティーと言います。大雑把に言えば、「同じ種類の分子にもかかわらず、鏡に映したように左右が異なる分子」と言えばわかりやすいかもしれません。概念的には「右手」と「左手」をイメージすると良いでしょう。本書では、「右手型」「左手型」とわかりやすく書いて説明してあります。

何故これが問題になるかといえば、同じ物質でも右手型と左手型で性質が大きく異なることがあるからです。メントールは右手型だと消毒薬くさい匂いがしますが、左手型だとハッカの風味です。サリドマイドは右手型 (R体) だと鎮痛/催眠効果がありますが、左手型 (S体) は奇形の原因です。薬としてのサリドマイドには右手型と左手型が等量含まれていました(右手型と左手型が等量混ざっているものをラセミ体といいます)。サリドマイド事件は、左手型の性質が引き起こした悲しい事件でした。

このように、右手型と左手型の性質が大きく異なるが故に、右手型だけ欲しいとか、左手型だけ欲しいという場合が出てきます。野依先生らは、欲しい方だけを作る技術を開発したのです。この技術を不斉合成といいます。こういう話を知ると、如何に凄い発見だったかがわかります。

そして、この技術を初めて工業化することに成功したのがノールズ博士で、野依先生と同時にノーベル化学賞を受賞されています。その初めて工業化された物質は何だか御存知ですか?

何とそれは「L-dopa」なのです。L-dopaはパーキンソン病の治療薬で、我々神経内科が日常的に使用している薬です。L-dopaにこんな曰くがあるなんて、ビックリしました。ちなみに L-dopaは左手型の物質であるそうです。

野依先生は「BINAP」という分子触媒を用いることで不斉合成に成功したのですが、この触媒にこだわった理由が分子の美しさにあったそうです。本書では「機能は美なり」というバウハウスのテーマを引用されています。E=mc^2の数式にしてもそうですが、美しさは科学者を惹きつけ、サイエンスで重要とされる発見は大概直感的に美しいものだなぁ・・・と感じました。

難しい話はこれくらいにして、野依先生の生い立ちに触れてみましょう。野依先生は灘中学→灘高校→京都大学工学部に進学し、33歳で名古屋大学の教授となりました。輝かしい経歴ですし、教授となった年齢の若さに驚きです。

びっくりしたのが、野依家と湯川家に交流があったことです。湯川秀樹博士が欧米を視察しに1ヶ月以上の船旅をしているとき、同じ船に野依良治先生の父が同乗していたのです。野依パパは船中で湯川博士の講義を聴き、年賀状をやりとりする仲になったそうです。湯川秀樹博士に憧れた野依良二先生は、湯川博士がノーベル賞授賞式で躓いたことを知り、小学校5年生のときに「ぼくのときは絶対につまずかないようにしよう」と言って周囲の笑いを誘ったそうです。まさか、その野依良治先生がノーベル賞を将来取るなんて、そんな夢みたいな話あるんですね。

本書の最後には教育についても議論が出てきます。小学校の教科書から「中和」という概念がなくなるとか、中学の理科から「イオン」という言葉が消えることなどです。教育についても考えさせられるところがありますので、危機意識を持った方は、是非本書を読んでみて頂きたいと思います。

ちなみに、野依先生の誕生日は、9月3日、すなわち昨日でした。このブログも昨日書いておくと良かったなぁ・・・と少し後悔しています。

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