第35回日本神経心理学会総会

By , 2011年9月17日 12:25 PM

9月 15~16日、宇都宮で開かれた日本神経心理学会総会に行ってきました。心理士の方が中心のためか、若い女性の多いなかなか楽しい会でした←何かが間違っている・・・。

1日目

午前の外来を終えて、午後から参加しました。

14:10-14:50 会長講演 失語症の言語治療におけるパラダイムシフト 藤田郁代

 内容は門外漢にとっては難しかったです。心に残っているのは失語症のリハビリの話。個人差はあるものの、発症数年経ってから始めても効果が期待できるとのことでした。ただし、週 3時間、5ヶ月以上かける必要があるらしいです。

15:00-17:00 シンポジウムI 認知神経心理学は失語症臨床にいかなる変化をもたらしたか

 4人のパネリストが講演を行い、最後に客席からの質問に答えました。でも、パネリストの講演は自説の正当性を述べるばかりで、「いかなる変化をもたらしたか」が全く伝わって来ませんでした。そのことは、客席からの質問にもありました。自分の発表がどういう立ち位置で行われるものなのか、考えて欲しいと思いました。

17:15-18:00 教育セミナー 視覚性認知障害 鈴木匡子

 視覚の腹側路 (Visual Recognition; What)、背側路 (Action Guidance; Where) について。例えば Balint症候群は視覚性注意障害、精神性注視麻痺、視覚失調を主徴とするが、精神性注視麻痺、視覚失調は Action Guidanceの障害と捉えることが出来ます。

終了後は、一人で武蔵屋という居酒屋にふらりと行き、矢板市の富川酒造「忠愛」を堪能しました。土瓶蒸しがあったので、久しぶりに食べました。

2日目

8:40-9:40 教育セミナーIII 人工内耳による音楽の知覚

 人工内耳の適応は両側 90 dB以上の高度・重度難聴者です。ヒトの耳と同じように蝸牛頂で低音を、蝸牛底で高音を聞くように作られています。

1960年代はシングルチャネルでしたが、1970年代にマルチチャネルが登場し、1990年頃から語音聴取の改善がおこり、2000年頃には音声コード化法が進化しました。こうした進化により音楽を楽しみたいというニーズが生まれ、音楽と人工内耳の論文が増えてきました。

しかし、人工内耳は音程の弁別能が低く、旋律の知覚は困難です。でも語音の聴取ができるので、歌詞があると何の曲かわかります。

また音色の識別にも難があり、ピアノは弁別できるのですが、ヴァイオリンの音をヴァイオリンの音だと認識するのが難しく、クラリネットの音は歌声やハーモニカと間違えやすいことがわかりました。

驚いたのは、先天性難聴でも楽器を嗜む人が多いと聞いたことです。ピアノや、ヴァイオリンを練習する動画が再生されました。

この講演は衝撃的で、聞きながらずっと考えていたことがあります。音楽において旋律や和声の変化は凄く重要で、それは音程を認識しないと感じられない筈です。また音色も音楽に欠かせない要素でしょう。でも、それらをあまり感じられなくても音楽を楽しんでいる人たちがいて、実際に彼らにとって音楽は必要なものなのです。だとしたら、音楽を音楽たらしめているものは何なのでしょう?

人工内耳の機器の改良により、患者さん達がもっとハンディなく音楽を楽しめるようになることを願ってやみません。

9:30-10:15 教育セミナーIV 神経心理学における意識と無意識 武田克彦

 高名な神経心理学者の講演でした。でも、つたわってくるものがあまりありませんでした。意識と無意識というテーマに深く切り込んだようには思えなかったし、プレゼンも・・・な感じ。残念でした。

11:00-12:00 特別講演 音楽と脳-音楽って何 岩田誠

 頭蓋骨の容積の研究から、旧人類より新人類の方が脳が 100gくらい軽いことがわかっています。つまり脳は大きければ賢いというものではない、女性の方が男性より軽いけれど小さい方が逆に賢いのかも知れない・・・これで会場の女性達の心を掴んだあたりは流石でした。

ネアンデルタール人 (旧人類) が世界最古の笛を吹いていたという話もありますが、笛といわれるものは動物噛んだ骨じゃないかという説も有力で確実なものとは言えません。Youtubeにはこれらの笛による演奏の動画があります。でも第九まで演奏しているのは胡散臭い。

一方、クロマニョン人 (新人類) は様々な楽器を作っており、音楽があったことは確実とされています。興味深いことに、残存する世界最古の壁画はその頃のものとされています。

面白いことに、壁画が描かれた場所は音響効果の良い場所が多いらしいのです。現に普通の所ではきちんと鳴らない笛でも洞窟だと綺麗に聞こえることを発見し、世界で初めて洞窟で録音した CDがあります。岩田先生は音楽の起源について、「絵画と歌、踊り、音楽は同時に生まれたのではないか?」と推測しています。

瞑響・壁画洞窟―旧石器時代のクロマニョン・サウンズ


次は音楽の二面性についてです。アウシュビッツの音楽というものがあります。ユダヤ人達は強制収容所に入るとき音楽が出来るか問われ、ドイツ人看守達を慰めるため、或いは強制労働に行くユダヤ人の行進曲を奏でるため、演奏家は仕事をすることになりました。演奏した側から「アウシュビッツの音楽」、それを聴いていた側から「アウシュビッツは終わらない」という本が出ています。シューベルトのロザムンデの一節、美しい音楽を「アウシュビッツは終わらない」の著者は「地獄の音楽」として感じていたそうです。なぜならその曲が重労働の行進曲として使われていたからです。ある人にとっては美しい音楽でも、別の人には逆だと言うことも起こりうるんですね。


現代絵画において、最も多い質問は「この絵は何を意味しているのですか?」です。また、絵画のタイトルを見て絵を理解しようとします。つまり絵画は「知」の部分で理解しようとするものです。

しかし、音楽のタイトルは大事にされません。例えば「交響曲第 25番」と聴いたときに、そのタイトルは曲の内容をちっとも表していないでしょう。そして下のように歌詞がイタリア語でわからない曲でも、内容が伝わります。

私を泣かせてください (オペラ「リナルド(RINALDO)」の第2幕~アリア (ヘンデル)

Lascia ch’io pianga mia cruda sorte,
e che sospiri la liberta.
私を一人で泣かせてください 残酷な運命に
溜息をつかせてください 失われた自由に
Il duolo infranga queste ritorte
de’ mei martiri sol per pieta.
私の悲しみの鎖を打ち砕くは 哀れみだけ

また、次のような曲を聴いたら体が勝手に動き出すでしょう。

つまり、音楽は他の芸術と違って「情」に直接働きかけることが出来るのです。


次は失語症に罹患した音楽家達です。

まずはモーリス・ラヴェル。「ボレロ」など有名な曲をたくさん残しています。岩田先生が「脳と音楽」でも取り上げた作曲家です。

岩田先生がいらしたパリのサルペトリエール病院の数代前の教授 Alajouanine先生がラヴェルを診察した所見が残されています。

・麻痺なし
・観念運動失行あり
・高度の表出性失語症
・理解障害軽度
・楽譜を書くのが困難
・演奏したものはわかる

ラヴェルの初発症状は失名辞だったようですが、徐々に症状は進行してきます。その中でも作曲を続けていき、「左手のためのコンチェルト」などを残しています。余談ですが「左手のためのコンチェルト」は哲学者ヴィトゲンシュタインの兄のピアニストのために作曲されました。

ラヴェルは症状の進行により曲を献辞する文章も書けなくなっていきますが、自作の曲を間違って演奏されたときは即座に指摘することができました。また、岩田先生が迷って最初たどりつけなかったような複雑な場所にある建物に迷うことなく友人を案内したことから、地誌的失認はなかっただろうと言われています。

ラヴェルの指揮するラヴェルの「ピアノ協奏曲第二番」録音が残っており、ピアノ演奏は Long、ロン・ティボーコンクールに名前を冠されたピアニストです。

Youtube: Marguerite Long (1874-1966) plays Ravel Piano Concerto II Pde.F-Bronco Rec.1932

(※Youtubeの解説には、指揮者は別人の可能性が指摘されています)

この美しい旋律、ラヴェルは命がけで一日二小節ずつ作曲したといいます。岩田先生は、「彼は音楽能力が保たれていたけれど、楽譜へ表出する能力が侵されていたので、頭の中に音楽はあったけれどそれを楽譜に描くのが死にものぐるいで、一日二小節しかできなかったのではないか」と推測しています。

ラヴェルは交通事故後急に症状が進行し、血腫を疑われて開頭術を受けました。しかし血腫も腫瘍もなく、脳の萎縮が見られただけでした。術後、一旦意識を回復しますが、すぐに亡くなりました。ちなみに手術した医師はヴァンサン、フランス最初の脳外科教授でした。


もう一人、失語症に罹患した音楽家がいます。原口隆一さんという歌手です。彼は失語症を煩い、リハビリの末 10年後に舞台に戻りました。そのことを「歌を忘れてカナリヤが」という本にしています。

「唄を忘れたカナリヤ」(西條八十「砂金」より)唄を忘れた金糸雀(かなりや)は
後の山に棄てましよか
いえいえ それはなりませぬ

唄を忘れた金糸雀は
背戸の小藪に埋(い)けましょか
いえいえ それはなりませぬ

唄を忘れた金糸雀は
柳の鞭でぶちましよか
いえいえ それはかわいそう

唄を忘れた金糸雀は
象牙(ぞうげ)の船に銀の櫂(かい)
月夜の海に浮べれば
忘れた唄をおもいだす

忘れた唄を思い出した原口さんに岩田先生は御願いをしました。「ラヴェルは失語症を克服して亡くなったけれど、あなたはそれに勝った訳だから、ラヴェルの敵討ちをしてくれませんか?」

原口さんはドイツ歌曲の歌い手でしたが、フランス歌曲を勉強し、復帰した舞台で披露しました。それがラヴェルの最後の作品『ドゥルシネア姫に心を寄せるドン・キホーテ』(Don Quichotte à Dulcinée)です。この曲を書く頃には、ラヴェルは署名も出来なくなっていたそうです。

音楽とは何か?それは一人一人の心の中にあります。それを探すことが人生を豊かにするのではないでしょうか?

 この講演を聴きながら、何度もじーんとして涙が出そうになりました。公演後、岩田先生の所に挨拶に行った方の中には「涙が出てきましたよ」と話していた先生もいました。本当にすばらしい講演でした。日本でこんな話が出来るのは岩田先生だけでしょうね。

14:10-16:10 シンポジウムII ALSと高次脳機能障害

・市川博雄先生
湯浅三山型筋萎縮性側索硬化症、つまり前頭側頭型認知症を伴った ALSは、1960年代に報告された概念ですが、もっと古い報告があったそうです。それが1893年の岡山医学会雑誌に渡邉が報告した「皮質運動性失語症ト延髄球麻痺及ビ進行性萎縮ヲ合併セル一患者ニ就テ」という論文です。これは知りませんでした。湯浅三山型 ALSでは高率に書字障害を合併することが知られています。仮名優位だと前頭葉萎縮、漢字優位だと側頭葉萎縮と相関する傾向があるそうです。脱字が多くて置換が次ぐとのことでした。

・中野今治先生
ALSの病理、前頭側頭型認知症の歴史と新分類について。

・小森規代先生
意味経路の障害=漢字の類音的錯書、音韻経路の障害=仮名の失書

・三山吉夫先生
湯浅・三山型で知られる「三山」先生直々の講演。最初の症例は 60歳女性で、58歳頃留学中のムスメに同じ内容の手紙が頻回となったのが初発症状らしい。前頭側頭型認知症での精神症状は、行動異常 (脱抑制)、言語障害、アパシーなど。言語障害の特徴は進行性の自発語の減少→消失 (mute) で純粋失語は少ない。

私が数年前に経験した症例で、筆談していた ALS患者さんの誤字が多いことにビックリしていたのですが、あれは前頭側頭型認知症の症状の一つだったのですね。今回の講演で疑問が氷解しました。


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