iPS論文不正

By , 2012年10月26日 12:55 AM

森口尚文という研究者が、iPS細胞から作った心筋細胞を、アメリカで重症心不全患者に移植する手術を行ったことが虚偽であったという話で、世間が賑わっています。読売新聞が見事に釣られ、スクープとして報道して大混乱になりました。Yajiuma1遺伝子を過剰発現している私としては、この話題を放っておくわけにはいけません。

この事件は、経歴詐称疑惑、論文捏造疑惑、マスコミの問題など、さまざまな要素をはらんでいます。

【経歴詐称疑惑】

Wikipediaで、彼の経歴が纏められています。

Wikipedia-森口尚史

  • 1989年4月 – 東京医科歯科大学医学部保健衛生学科看護学専攻入学[6]
  • 1993年3月 – 東京医科歯科大学医学部保健衛生学科看護学専攻卒業、同年看護士(現在は看護師)の資格を取得[7]
  • 1995年 – 東京医科歯科大学大学院保健衛生学研究科総合保健看護学専攻博士前期課程修了、修士号(保健)[5]取得[3][8]。修士論文の題目は「健康診断における異常所見の評価とその予後に関する考察〜超音波エコーによる胆のうポリープの自然経過の検討」[7]
  • 1995年 ~ 1999年 – 財団法人医療経済研究機構主任研究員・調査部長、ハーバード大学メディカルスクールマサチューセッツ総合病院客員研究員[9]
  • 1997年 – 東京医科歯科大学医学部保健衛生学科非常勤講師(国際看護保健学、健康情報データベースと統計分析など担当)(2009年迄)[10][7]
  • 1999年8月 – 東京大学先端科学技術研究センター研究員(知的財産権大部門)(非常勤)[11][9]
  • 1999年11月 ~ 2000年1月 – マサチューセッツ総合病院胃腸科客員研究員[12][13]
  • 2000年10月 – 東京大学先端科学技術研究センター客員助教授(非常勤)[11][9]
  • 2002年4月[3] – 東京大学先端科学技術研究センター特任助教授(次世代的知的財産戦略研究ユニット、先端医療システム研究)(常勤)[11][9]
  • 2006年 – 東京大学先端科学技術研究センター特任教授(システム生物医学)(非常勤)(2009年3月迄)[11][14][15]
  • 2007年9月 – 東京大学大学院より、博士号(学術)取得。博士論文題目は「ファーマコゲノミクス利用の難治性C型慢性肝炎治療の最適化」、主査は児玉龍彦東京大学先端科学技術研究センター教授[16]
  • 2010年 – 東京医科歯科大学教授・薬品メーカーと共同でC型肝炎の予防および治療に有用な特許を発明者として提出し、2012年特許公開
  • 2010年 – 東京大学医学部附属病院客員研究員[11](助成金から人件費として月45万円以上が森口氏に支払われていた。[17])、東京大学先端科学技術研究センター交流研究員(無給)[13]
  • 2012年3月~8月 – 東京大学医学部附属病院形成外科美容外科技術補佐員[18] (非常勤)[5]
  • 2012年9月 – 同病院同科で有期契約の特任研究員(常勤)[5]として所属、研究テーマは「過冷却(細胞)臓器凍結保存技術開発の補助」[18]
  • 2012年10月 – iPS細胞を使った世界初の心筋移植手術を実施したと発表。当初6例実施としていたがそのうち5例は希望で1例は実際に行ったと訂正。
  • 2012年10月 – 東京大学医学部附属病院から懲戒解雇処分を受ける。

森口氏は、iPS細胞を使った治療を自ら所属するハーバード大学及びマサチューセッツ総合病院 (MGH) でおこなったとしたものの、病院側は所属を否定しました。病院側が否定しているので、経歴詐称の可能性が濃厚です。

彼は東京大学先端科学技術研究センター特任助教授を経て、2006年に同特任教授になったようですが、何故かその後 2007年に博士号を取得 (学位論文はこちら) しています。博士号がなくても東大の教授になれることがあるのですね。 一応、2002年の東京大学先端科学技術研究センター特任助教授というのが本当かと思って調べたら、東京大学の紹介ページのキャッシュが残っていました。しかしその後、2012年3~8月が、東京大学医学部附属病院形成外科・美容外科技術補佐員。普通は、教授から技術補佐員 (テクニシャン) になるというのは考えにくいです。なかなか謎のある経歴です。

【倫理委員会】

森口氏は、ハーバード 大学及び MGHでおこなった臨床試験を「倫理委員会の暫定承認を得ておこなった」と主張しています。しかし、ハーバード大学側は倫理委員会の承認を否定しています。臨床試験がでっち上げだったとする見方がある一方で、森口氏は少なくとも一件は手術を行ったと主張しているので、もしそれが本当なら、倫理委員会の承認を得ずに行われた人体実験です。

また、彼が Scientific reportsに投稿した論文について、東京大学も倫理委員会の承認を否定しました。

iPS臨床問題:東大「倫理委承認は虚偽」 英誌の2論文

毎日新聞 2012年10月16日 12時07分(最終更新 10月16日 12時10分)

人工多能性幹細胞(iPS細胞)の臨床研究問題で、東京大医学部付属病院は15日夜の記者会見で、所属する森口尚史(ひさし)氏(48)が英科学誌に今年発表した2本の論文で、「東京大の倫理委員会の承認を経た」と虚偽の記載をしていたことを明らかにした。

論文はネイチャー・パブリッシング・グループが発行する科学誌「サイエンティフィック・リポーツ」に掲載された。それぞれ肝臓がんの細胞に化学物質を加えて性質を変える手法と、卵巣の凍結保存技術に関する内容で、両方とも東京大と米ハーバード大などの倫理委員会で承認されたと書かれていた。実際には東大の倫理委に申請していなかった。

両論文は同病院の三原誠助教らとの共著だが、病院側は「(三原氏は)最終的な原稿に目を通したことはないと思う」と説明した。 科学誌の発行元は既に調査を始めている。【八田浩輔、斎藤有香】

この研究が倫理委員会の承認なく実際に行われたとすると、重大な倫理違反にあたるでしょうね。

【研究の真偽】

彼は看護学科出身なので、医師免許を保持せず、直接治療は出来ないはずですが、米国での心臓手術で協力したという医師を明かしていません。怪しすぎます。

森口氏「研究者やめる」…iPS移植虚偽発表

(略)

水色のシャツにグレーのジャケット姿で現れた森口氏は当初、落ち着いた口調で報道陣の質問に答えていた。しかし、会見が始まって1時間近くたってから、米国内でiPS細胞を使った心筋移植を6件行ったとした研究発表のうち5件について、手術の事実がなかったと認め、予定していた手術だなどと弁明した。

一方、昨年6月に行ったと主張した1件の手術については、自分のものだとするパスポートの出入国記録の欄を示し、当時、米国にいたので事実だったと主張した。

しかし、執刀医や患者の名前などを示すよう求められると、「名前を出してくれるなと言われている」「それを出せないから、本当に困っている」などと繰り返した。

読売新聞は、森口氏の今回の心筋移植に関する発表について、ハーバード大や、論文の「共同執筆者」とされた研究者への取材などから、既に虚偽と判断している。

(2012年10月14日18時14分  読売新聞)

(※その後、医師名を明かしたようですが、やはり虚偽であったことが明らかになりました。10月26日付読売新聞から “森口氏は「iPS心筋移植」の手術6件中5件をウソと認めた後も、1件は実施したと主張。検証取材に「米ハーバード大近くの病院で行った」と述べ、初めて病院名と執刀医名を明かしたが、この病院には手術記録がなく、同名の執刀医もいないため、改めて虚偽説明と断定した。記者は、医師国家資格のない森口氏を医師と思い込んでいた。“)

論文の捏造疑惑については、@JuuichiJigen氏が Twitterで次々と明らかにしたのを始め、ネットで様々な情報が出まわっています。

Successful cryopreservation of human ovarian cortex tissues using supercooling

Fig. 1 oocyteは webで拾ってきた画像を加工したもの

Fig.2 右列の上から2段目(KIT)、3段目(YBX2)、4段目(NOBOX)、5段目(LHX8)の4つのバンド画像が同一画像右列の上から1段目(DDX4)と、6段目(GDF9)が同一画像。左列の上から1段目(DDX4)と、右列の上から7段目(ZP1)と8段目(ZP2)の画像も同一画像ZP3の左列画像と右列画像が同一画像。また、同様にβ-actinも左と右で同一画像

ちなみに、この論文、resultが 10行前後なんですよね・・・。

【報道】

これまで、読売新聞が彼の研究を率先して報道してきましたが、取れるはずの裏を取らなかったことで批判されているようです。例えば、彼が医師免許を持っているかどうかは簡単に確認できますし、もし医師免許を持っていないことが明らかになれば、何故このような研究を主導できているかに疑問が生じます。

結局、誤報で叩かれた読売新聞は、この研究者を徹底的に悪者として報道することで、自らを被害者として批判の矛先をそらせようとしました。しかし、その過程で使った「簡易論文」という造語で研究者を混乱に陥れました。BioMedサーカス.comは、このことについて痛烈に批判しています。

責任逃れのために簡易論文という造語を用意した読売新聞科学部(2012年10月23日更新)

お話にならない。読売新聞社は素人並みの知識しかないような記者に科学技術に関する記事を書かせているのだろうか?また、それにゴーサインを出した上司は部下の文章の何を見ているのだろうか?先の誤報の責任は読売新聞社にはありませんよ、と主張することで頭がイッパイだったのだろうか?

神戸大学の岩田健太郎氏は、「読売新聞は被害者だったのか」というタイトルのブログ記事で、今回のような誤報が起こる構造的な問題を指摘しました。一読の価値があります。

【雑誌社の反応】

Nature, Science誌も、早速この問題を取り上げ始めました。興味のある方はどうぞ。

NatureとScienceは森口氏iPS細胞移植治療虚偽疑惑をどう報じたか(記事紹介)

【ネタ】

今回の読売新聞の誤報について、虚構新聞が早速記事にしていました。この記事は秀逸すぎます。読売新聞の記事そのまま書くことがネタ記事になっているとは!

虚構新聞:iPS細胞利用で心筋移植、世界初の臨床応用


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