Category: 乗馬

いわき

By , 2015年11月5日 10:47 PM

10月31日~11月1日、珍しく連休がとれたので、レンタカーを借りていわきに遊びに行きました。一人旅です。

宿はワシントンホテルいわきで、株主優待のおかげで半額。チェックインしてから、政寿司で夕食を取りました。東京時代の医局の後輩がいわき出身の方と結婚したのですが、グルメな彼も驚いたという寿司屋です。いわき駅前から 10 kmくらいと結構距離はありましたが、味は絶品。3980円のおまかせ握りは、都内の数万円するような寿司屋の味に引けを取りません。カウンターで隣の席の常連が、大七箕輪門を頼んでいて、酒を飲みたい気持ちでいっぱいになりましたが、車だったので涙を飲みました。

翌日は、小名浜港で遊覧船に乗りました。下船してから、ら・ら・ミュウに入ったところ、震災関連の展示をしていました。ここも甚大な被害を受けた場所だったんですね。

ら・ら・ミュウで美味しい海鮮丼を食べてから、ヘレナ国際乗馬倶楽部に行きました。なんと、ゴルフ場の敷地内にあります。この日は外乗で、ゴルフコースの合間を縫うように、60分ほど乗馬しました。馬房を見せてもらうと、「ブラックジャック」というユニークな名前の馬がいました。

いわきは、乗馬倶楽部を含めて気に入ったので、また行きたいと思います。今度は湯本温泉とか泊まってみたいですね。


近況など

By , 2015年10月26日 6:02 AM

色々と忙しくて、ブログの更新が 3ヶ月近く滞ってしまいました。この 3ヶ月くらいの間にあったこと。

8月30日~9月5日に 1週間の夏休みを追加で頂きました。8月30日は酒井健治さん作曲のヴァイオリン協奏曲を成田達輝さんが演奏 (世界初演) するのをサントリーホールに聴きに行って、夜は酒井健治さん、成田達輝さんらと食事をしました。素晴らしい誕生日になりました。その後は実家に帰省し、連日大山乗馬センターにひたすら通いました。

9月13日は内科専門医試験でした。仕事が忙しく、勉強を始めたのは前日東京に向かう新幹線の車内。内科認定医試験は無勉強で通りましたので、内科他科の勉強をきちんとしたのは国家試験以来・・・。ごっそりと知識が抜けており、99%落ちたという手応えでした。ただし、知人から試験問題再現のバイトを教えていただき、100問近く概要を暗記して帰っていたので、交通費+ホテル代くらいにはなりそうです。来年頑張ります。

9月18~19日は角館で神経機能回復セミナーに参加しました。とても勉強になりました。

あとは 10月17日に DVD収録があり、7月頃からその準備に追われていました。というか、この仕事以外ほぼ何もできませんでした。3時間以上喋るのですが、6時間くらいかけて収録。カメラが回ると頭が真っ白になるものです。色々と反省しました。収録後にプロ棋士のハッシーと飲んで、愚痴を聞いてもらいました。その時に、カメラの前で喋るのに注意する点など色々質問しました。彼は何度もテレビ出演していて経験豊富だったので勉強になったのですが、収録前に聞くべきでした。

10月18日は楽器の合わせ。レスピーギ作曲、「リュートのための古風な舞曲とアリア第 3曲」を弾きました。半年ぶりに楽器のケースを開け、カラオケ屋で一人練習をしてから参加。合わせの途中に楽器の D線が切れてしまい、全部 G線で代用しました。1年くらい弦を張り替えていなかったからですかね・・・。

その他、某ガイドライン作成に systematic reviewの部分で関わることになったので、10月24日は東京医科歯科大学でガイドライン作成法の研究会。GRADE systemの話でした。日本の診療ガイドラインには質の低いものが少なくなく、GRADE systemのようにきちんとした方法論を用いて、全体の質を上げていかないといけないなと思いながら聞いていました。

JMECCという内科救急の講習会にも参加しました。秋田県の医療過疎地で月 1回行っている当直では、3次救急まで対応しなければいけない場合があるので、良い勉強になりました。

現在行っている仕事に関しては、Cochrane DTA (diagnostic test accuracy) reviewにエントリーしている 1本目の論文が protocol openに近づいているのと、タイトル登録にこぎつけた 2本目の論文があります。あとは、ガイドライン作成の準備と、知人から頼まれた和文総説 1本、年明けの講演の準備 (主催者がマスコミに案内状を送るようです) など、臨床以外の部分でかなり忙しくなっています。「何もすることがないよりはマシ」と思って頑張ります。当然、プライベートに関しては、非リアです (´・ω:;.:…

ブログは、Cochrane DTA reviewのデータ解析やガイドライン作成が本格的に始まったらまた滞ると思いますが、それまでは可能な範囲で更新していきたいと思います。


夏休み

By , 2015年7月30日 9:59 AM

7月25日 (土) ~31日 (金) に夏休みを頂きました。

7月25日は沖縄行きの飛行機に乗るため、仙台空港へ。ところが台風が沖縄に直撃するとのことで、飛行機が欠航。福岡沖縄便が運行していることを突き止め、金銭的にかなりの負担ではありましたが、仙台福岡便と福岡沖縄便を予約しました。仙台福岡便では、裏富士、天橋立、鳥取砂丘などの名所を上空から見ることが出来ました。この航路では、左側の座席、つまり A席がオススメですね。福岡沖縄便は、数時間遅れでの運行でしたが、無事夜には沖縄に着くことができました。その日は妹夫婦の家で手料理をごちそうになりました。

7月26日は、ブセナ海中公園に行きました。台風の影響で、残念ながらグラス底ボートは運休。海中展望塔では様々な種類の魚を見ることができましたが、階段を降りて魚を眺めるだけで 1000円程度の入場料は少し高いかなと思いました。ここの観光を終えてからは、地元で有名な「なかむらそば」で沖縄そばを頂きました。午後は、トレッキングをするため、読谷村の観光施設内にある「おきなわ乗馬クラブ」に行きました。珊瑚の欠片が打ち上げられたビーチを馬に乗って歩くのは、沖縄でないとなかなか経験できません。スタッフもとても親切でした。ただし、この乗馬クラブでの外乗は、相当な経験者 (おそらく 150鞍以上) でないと引き馬なんですね。その点が物足りなく感じました。夜は「GOSAMARU」で焼肉をごちそうになりました。肉は最高ですし、おもてなしが行き届いています。素晴らしいお店でした。

7月27日は沖縄から福岡空港に飛んで、新幹線で岡山へ。帰省しました。親の健康相談を聞きながら、もう結構な齢なんだなぁと実感しました。

7月28日は、大山乗馬センターに行って、レッスン (指導されたのは、つま先を外に開いてふくらはぎをしっかり締めることなど) を受けた後に、5 kmの外乗に出かけました。丁度雨が上がったばかりで涼しく、湖畔に立ち込める靄が幻想的でした。いつも、乗馬の帰りは境港で海産物を買って帰るのですが、この日は乗馬を遅めに始めたため、境港は閉まっていました。残念。

7月29日は岡山空港から羽田空港に飛んで、知り合いのプロ棋士と大井競馬場に出かけました。馬券は外れましたが、最終レースまで遊んで、歌舞伎町のしゃぶ叙で閉店時間まで一緒に食事をしました。業界の違う友人との付き合いは刺激になります。

さて、夏休みはあと数日残っていますが、散々遊んだので、溜まった仕事を片付けないといけません。医療系の DVD出演の準備、Cochrane systematic reviewのプロトコル書きなど、期限のある仕事が目白押しです。ということで、当面の間バタバタしてブログはほとんど更新できなくなりますが、ご容赦ください。


正月休み

By , 2014年1月6日 10:29 PM

正月は、1月1日までがオンコール当番だったので、1月2日から帰省しました。以下、日記です。なかなか充実した正月休みでした。

1月2日

羽田空港から空路で岡山空港へ。ボーイング 787は久しぶりでした。乗り心地良く、乗り込んだ後に、うとうとしていたら、いつの間にか空の上にいたのでびっくりしました。ただ、前回乗った時には座席前に液晶画面があったのですが、今回はありませんでした。席が 7番と、前の方だったからなのか、それとも別の理由なのかはよくわかりません。

機内では、隣の席の 3歳児がはしゃぎ回っていて、靴で膝を蹴られたので、「せめて靴を脱がせておいてくれよ」と思いました、でも、降りるときに母親が「○○ちゃん、ごめんなさい、は?」と指示して、愛くるしく周囲の座席に「ごめんなさい」してお辞儀をしているのを見て、なんだか和みました。

自宅に着いてからは、妹の夫が送ってくれた尾崎牛ですき焼きをして、私が取り寄せていた蟹をつまみました。用意した日本酒は、伯楽星大吟醸、伯楽星雄町、日高見、綿屋、丹澤山ひやおろし。飲みながらハーゲン弦楽四重奏団/メイエによるモーツァルトのクラリネット五重奏曲の DVDを見ていて、気がついたら寝ていました。メイエの夫は、バス・クラリネット奏者で、岡山県津山市にも来たことがあるらしいですね。

1月3日

大山乗馬センターに行って、2鞍レッスンを受けました。乗馬は半年ぶりです。まずは、軽速歩からおさらい。踵が上がっていたので、そこを直されました。踵を下げると、重心を前にしたときに、それ以上体が突っ込まないメリットがあるようです。

次に、駈歩をしました。一番注意されたのは、肘が伸びること。肘が伸びているということは、体の重心が馬の後ろの方にあるということで、馬にブレーキがかかってしまうのです。次に注意されたのが、膝で馬をしっかり挟んで腰を使うこと。動きが小さく、遅くなっていってしまうのは、楽をしようとしているからで、そうすると馬は止まってしまいます。これらを意識するだけでも頭がパンクしそうなのに、「鞭」と声がかかると頭が空っぽになってしまい、結構パニックになりました。一度、右足で脚を入れながら、右手の鞭を打ったら、自分の足を打ってしまい、コントをやっているようでした。トレーナーの方は、「毎日通っている方だったら、1つずつ体に覚えて貰うのだけど、1年に1回だと沢山のことを同時に覚えてもらわないといけないのです」と仰っていました。まだまだ先は長そうです。

帰宅する時、近くのブックセンターに寄って「将棋世界」を探そうとしたら、車から降りた瞬間に、頭に鳥の糞をかけられました。ウンがあるとか言うし、縁起が良いのかしら?

夜は、蟹と鍋を堪能しましたが、疲れていたので、21時頃には眠ってしまいました。

以前帰省した時は、「結婚はまだか」としつこい親に激怒したのですが、その後「あなたがしつこく結婚の話をするから、あの子が家に寄りつかなくなるじゃない」と母親が父親に連日説教をしたらしく、今回は結婚の話題は出ませんでした。それはそれで寂しいものです。

1月4日

医局の忘年会で当たった肉を自宅に送っていたのですが、これまで食べる暇がなかったので、朝からステーキにして食べました。

11時頃に、小中学で同級生だった馬券オヤジ氏が自宅に迎えに来て、京都に出かけました。途中から高速道路が渋滞していたので、吉川ICで降りて、一般道を使いました。京都に着いたのは、17時頃。ホテル「サンライン」付近の有料駐車場は、正月のみ終日 60分 500円 (上限なし) という信じられない価格設定で、少しでも安い駐車場を探して彷徨いました。

チェックインを済ませてから、予約していた虎杖に飲みに行きました。行きたかった店の多くが閉まっていた中、幸いここは空いていました。風情のある店で、料理も美味しかったですが、1合単位で頼める日本酒が「虎杖」という銘柄しかなく、この日本酒がイケてなかったのが残念でした。あと、鍋料理も、うどんとかおじやとか出来ればもっと良かったのですが。

食事を終えてから、JIVEという Beer barを見つけ、京都の地ビールやベルギービールを堪能しました。お互いの抱える結婚問題について 23時頃まで語り明かし、ホテルに戻りました。

1月5日

午前 8時にホテルをチェックアウトして、京都競馬に出かけました。みんな暇なのか、G1の日くらい混んでいました。この日は、1レースから 11レースまで少しずつ馬券を買って、ほんの少しだけマイナスでした。

馬券オヤジ氏は病気の母親の世話があるとのことで、16時に京都駅で別れました。予約していた新幹線の時間まで暇がかなりあったので、京都駅内を散策しました。

まずは、「美術館えき Kyoto」の「茶の湯釜の特別展」。1月15日まで開催されています。釜だけじゃなくて、千利休が使っていた茶碗とかも展示されてました。昔読んだ茶道の本を思い出しながら鑑賞しました。様々な種類の釜を見て、茶の湯に使う釜というのは、形状において、かなり自由度が高いものだというのが勉強になりました。外に出ると、この美術館が入った建物が囲む階段は、綺麗にライトアップされていました (, , )。

19時6分発の N700系のぞみに乗って、東京に戻りました。


ヨナグニウマ

By , 2013年10月13日 2:19 PM

10月9~11日で沖縄に旅行し、10月10日にヨナグニウマに会ってきました。うみかぜホースファームに 10月9日深夜にメールして (経験鞍数は 30鞍と申告)、10月10日昼前に返信を確認して、10月10日14時から騎乗という慌ただしい日程でしたが、過去の乗馬の中で最高の経験でした。

乗馬クラブは妹夫婦の住む沖縄市から車で 30分くらい。道路補修で外乗ができず、「海馬遊び+暴れん坊将軍ごっこ」コースを選んだので、水着素材の服をデパートで買ってから乗馬クラブを訪れました。乗馬クラブにはレンタル靴があり、私の足サイズ 27.0の他、25.0くらいの靴がたくさんありました。極端に大きなサイズや小さなサイズはなさそうだったので、レンタルを希望される方は予めメールで確認しておいた方が無難でしょう。

乗馬クラブでは大型犬、猫、ニワトリがお出迎え。契約書にサインをしてから、立ち読みして欲しくなった馬語手帖を購入し、ヨナグニウマ 2頭を乗せた馬運車と共に海岸に移動です。

ヨナグニウマはポニーの一種で、与那国島に生息しています。現在では 100頭前後と希少で、与那国町の天然記念物に指定されています。繁殖及び 2歳までの育成・調教は全て与那国島でおこない、その後本土で仕事する馬と、島に残る馬に分けます。私が会ったヨナグニウマは本土組です。

海岸につくと、早速馬にまたがりました。私が普段乗っているサラブレッドなどの馬と比べて半分くらいのサイズ (体重 200~250 kg) で、台を使わず直に乗ることができました。歩かせてみると、少しバランスが取りにくいように思いました。並足で少し散歩してから、速歩に移行しました。トレーナーの方によると、ヨナグニウマは歩くテンポが速すぎてリズムが取れないので、軽速歩というのはないらしいです。

速歩に慣れるといよいよ駈歩です。綺麗な砂浜、オーシャンブルーのすぐ脇を暴れん坊将軍のように駆け抜け、とても気分が良かったです。

与那国馬

与那国馬と砂浜を歩く

砂浜を何往復かすると、トレーナーの方が「競馬をしてみましょうか」と持ちかけてきました。スタートラインは砂浜の流木、ゴールは海岸に見える岩。「ヨーイ、ドン」で競争しましたが、気が急いた私がバランスを崩し、馬が減速して惨敗・・・orz。しかしトレーナーの方は「今日はレッスンじゃなくて遊びですから、細かいことは気にせずに楽しんでください」と優しく声をかけてくださいました。与那国島では、裸馬に乗って若者が草競馬を楽しんでいるそうです。

それから、馬に乗って海に入りました。与那国島では、暑い日とかにヨナグニウマは水に入って涼んだりします。母馬が海に入るのを見た仔馬は、最初は怖がって浜辺から見ているのですが、少しでも母親の側に居たくて、意を決して海に飛び込んでバタバタしているうちに泳げるようになるのだそうです。本州の馬や欧州のサラブレッドは、そういう環境で育っていないので海を怖がって入ることはないようです。

与那国馬2

与那国馬と海に入る

海に入って散歩した後、トレーナーが「尻尾つかまりをやりませんか?任意ですが」と聞いてきました。与那国の人たちがやる遊びのようです。二つ返事で行うことにしました。

まず、馬の尻尾の毛を束ねて、片手でそこに捕まります。あとは馬が海の中を歩くので、人がそれに引っ張られて泳ぎます。私は右手で尻尾を掴み、ある程度速度がついてからは、馬に引かれながら四肢を大の字に広げて仰向けになって浮いていました。綺麗な空を眺めてボーっとして、最高に心地よかったです。

帰りは近くにあるシャワーを紹介いただき、現地解散となりました。

また沖縄に行く機会があれば必ず訪れるつもりです。乗馬に興味がある方は是非遊びに行ってみてください。


ゴールデンウィーク

By , 2012年5月7日 8:55 AM

ゴールデンウィークは、長々と休みを取らせて頂き、非常に充実した日を過ごすことが出来ました。

 

4月30日 (月)

妹の夫 methyl先生とボーイング 787で岡山空港~私の実家へ。手巻き寿司をして、methyl先生が送ってくれた地酒を堪能しました。食卓を飾った酒は、愛宕の松メモリアル、日高見純米大吟醸、写楽 (備前雄町)、飛露喜特製純吟、伯楽星、弥右衛門酒星眼回・・・。贅沢でした。

5月1日 (火)

妹、methyl先生と 3人で大山乗馬センターに行き、妹夫婦がトレッキング、私は駈歩の練習をしました。それから境港で食事、蟹を購入しました。時間が余ったので、島根原子力館へ。1年ぶりでした。夜は鍋をつつきながら、日本酒の続きを飲みました。

5月2日 (水)

小学生時代からの親友、馬券オヤジ氏と四国旅行に出かけました。瀬戸大橋を渡って、うどん県でうどんを食べようとしたのですが、目的のうどん屋に渋滞が出来ていたので、郊外へしばらく走り、手打ちうどん渡辺に行きました。コシがあって美味しかったです。

そこから高速道路に乗って、みかん県坊ちゃん市へ。道後温泉につかり、隣にある道後麦酒館で地ビール全種類制覇しました。つまみの多くは四国の素材でした。温泉→ビールは鉄板ですね。このコースは楽しかったので、また来ようと思います。

5月3日 (木)

みかん県からうどん県を経由し、かつお県に行きました。かつお県のはりまや市では、とさ市場でかつおを楽しみました。そこから桂浜に行った後、噂の高知医療センターを経由して、一般道で北に向かいました。途中の大歩危 (おおぼけ) で乗った観光船は、船頭の解説が詳しく、なかなか楽しいものでした。

5月4日 (金)

帰京。ボーイング 787の予定が、機体トラブルでボーイング 737になったのは、残念でした。夜は将棋 Barへ。

5月5日 (土)

秋田で乗馬をしてから当直へ。乗馬は鞍を付けたり、蹄鉄の裏を掃除するところから始め、駈歩を楽しみました。終了後は林檎をあげると、凄い喜んでいました。馬とのコミュニケーションがとれるようになると、乗馬の楽しみが倍増します。

 


秋田

By , 2012年4月8日 3:14 PM

4月2~7日、秋田県の医師不足の病院で勤務してきました。総合病院の病棟内科医がゼロになってしまい、応援の医師が勤務するまでのつなぎとして、院長から頼まれて行ってきました。

いなくなった内科医の穴をどう埋めるか、診療態勢が定まらぬ中だったので、思わぬ暇が出来たりして、読書の時間がもてたのは収穫でした。読んだ本をいくつか紹介したいと思います。

ドクター夏井の外傷治療「裏」マニュアル―すぐに役立つHints&Tips

ここ 10年くらいで、外傷治療の常識が覆されています。外傷での消毒は意味がなく、組織を傷害するだけで却って有害であることが明らかになりました。秋田では内科外科問わず全科の患者さんの対応をしなければいけないので、こうした外科系の最新の知識も必須であると思い読みましたが、眼から鱗でした。

ドクター夏井の熱傷治療裏マニュアル―すぐに役立つHints&Tips

熱傷の治療も、外傷治療同様、近年大きく変わってきています。以前は消毒をして乾燥させて・・・でしたが、最近では全く逆であることが常識になりつつあります。熱傷創にはサイトカインや組織栄養因子が存在し、それを乾かすのは培養細胞の入った培地を乾燥させるのに等しいそうです。湿潤を保ち皮膚の再生を促すことが治療への最善で、さらに消毒は有害 (菌を殺す効果がほとんどなく、組織を傷害する結果に終わる) であるというのは、知らないと患者さんに不利益を与えることになりますね。学生時代に習ったことと常識が 180度変わってしまっているのを感じながら読みました。

帰してはいけない外来患者

救急をやっていると、「地雷」と呼ばれる症例にぶつかることがあります。例えば「喉が痛い」と来院した患者が心筋梗塞だった・・・など、通常の診断アルゴリズムでは予期できない疾患に遭遇するものです。もちろんほとんどの患者さんではこういうことがないのが、「地雷」たる所以で、全く意外なタイミングで、意外な疾患が隠れていたりします。それを見抜く目を養うのが本書の狙いです。第一章:外来で使える general rule、第二章:症候別 general rule、第三章:ケースブックとなっています。ケースブックではいくつかのケースで「これは見逃しそうだなぁ・・・」などと思いながら読みました。救急に従事する医師は一度眼を通しておいた方がよいかもしれません。

ダ・ヴィンチのカルテ―Snap Diagnosisを鍛える99症例

Snap Diagnosisとは、「知っていれば一目」の診断ですが、知らないと正しい診断に辿り着くまでひどい遠回りになります。臨床の場での実践的な知識が身に付きますので、読んでおいて損のない本です。

3分間 神経診察法 ―最も簡単で効率のよい考え方・進め方

3分間で読了しました。学生の知識の整理に丁度良いですが、臨床の場ではあまり実践的ではないかもしれません。

手軽にとれる神経所見―カラーイラスト図解

薄い本ですが、かなり実践的な本です。研修医、救急医、プライマリ・ケア医などにオススメ出来ると思いました。

秋田では、上記の本を読んだほか、論文もいくつか読みました。機会があれば紹介したいと思います。

今回は早めに秋田入りしたので、4月1日に乗馬クラブに行くことが出来ました。乗馬クラブの名前は「エクセラ」です。非常に親切にして頂いたので、また行きたいと思いました。今回は巻乗り、半巻乗り、脚の使い方、尻鞭、馬装具の外し方・・・などを学びました。


夏休み前半

By , 2011年8月12日 7:44 AM

8月 4日のブログにも書いたように、8月6~14日に夏休みをとっています。その間のことを日記風に記しておきます。

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ゴールデンウィーク

By , 2011年5月14日 4:35 PM

ゴールデンウィークが終わりました。といっても、終わってから結構時間経ってますけれど (^^;

今年はなかなか充実したゴールデンウィークでした。

5月2日
昼頃から郡山のビッグパレットふくしまに行きました。ビッグパレットふくしまには、原発周囲(主として富岡町、川内村)からたくさんの方が避難していました。同地区で働いていた医師の方が、避難所でも医師をしており、他にも、多くの方が、もとの職業を生かしてコミュニティーを作っている光景を見ました。

頼まれていた患者さんを診察してから、郡山時代の同僚達と郡山駅前の「寧々屋」に飲みに行きました。福島県立医大の某科の先生から、色々と興味深い話を聞くことが出来ました。

・震災後、放射能の専門機関から原爆事故が起こると聞かされた。教授が「常勤以外は避難しなさい」と言ったが、全員「残る」と答えた。
・最初のうちは気が張っていて、みんな気分が高揚していたが、交通網が復旧して避難できる環境になってくると、脱落者が出てきた。
・電気の復旧した地区、水の復旧した地区などがばらばらに存在していたので、みんな自分の提供できるものを提供していた。
・○○総合病院はほぼ崩壊してしまい、残った部屋で診療を続けた。比較的マシな部屋でさえ壁にはひびが入っていた。余震の中、恐怖があった。
・東京から戻ってきた教授が、医局員全員に買ってきてくれたカツサンドの味が忘れられない。

他に聞いた話もあったけれど、ここには書けません (^^;

寧々屋で東北の美味しい日本酒を頂いた後は、しゃんでりあの君の新居へ。向かう途中、駅前ローソンのドラえもんの人形に書かれた文章に感動しました。しゃんでりあの君は、地震で部屋が水浸しになり、今の家に引っ越したそうです。そして更に、現在は郡山の放射線量が高すぎるので妻子を大阪に避難させ、単身郡山で診療を続けています。

午前2時頃まで日本酒を飲んで、4人で色々語り合いました。最後は私が持ちネタ「シャラポワ風喘ぎ声」を披露し、みんなを寝かせませんでした v(^^)

5月3日
郡山から直接羽田空港へ行き、実家に帰りました。実家では鍋をつつきながら、親と酒を飲み、将棋を指しました。

5月4日
馬券オヤジ氏と鳥取県大山に出掛け乗馬。ゴールデンウィーク中は混むため乗馬レッスンはやっておらず、40分程トレッキングをしました。久々の乗馬だったので、最初は手綱の持ち方も忘れていたのですが、徐々に思い出しました。大山乗馬センターは親子連れの観光客で賑わっていました。

乗馬を終えた後は、島根原発に向かいました。島根原発の近くには、島根原子力館が建てられていて、原発のしくみの展示などをみることができました。実物大の燃料棒は、原子炉のイメージを持つ上でとても参考になりました。

シアタールームでは、島根原発の建設風景や内部の構造などを映画で見ることができました。短時間の映画が終わった後、館員が福島原発の問題についてパワーポイントで 1時間近く講義をしてくださいました。原発の構造、福島原発の現在の状況、島根原発の新たな対策など、とても勉強になりました。10人くらいしかいなかったのが残念でしたが、私ともう一人の客が、結構つっこんで質問しました。館員は「私の立場からは何も言えないんだけど・・・」と言いながら、「政府が情報開示をしないのはけしからん。県庁とか大きな部屋でマスコミ関係、医療関係ほか様々な業種を集めて会見して情報を全部出すべき」「東電のやり方も、もっと色々あると思うんだけど、手際が悪いなぁ・・・」とか、ちくちく本音が出ていました。館員によると、もっと色々な方に原子力館に聞きに来て頂いて、説明したいそうです。

島根原子力館の見学を終えてから、松江に行きました。駅前のホテルに宿泊手続きして、飲みに出掛けました。ホテル近くの 「Dinningなごみ」には、李白、七冠馬、死神、豊ノ秋、やまたのおろち、開春、高正宗、黒牛、月山、扶桑鶴、玉櫻・・・といった島根の地酒があり、いくつか飲みました。

5月5日
日本海に向かい、潜戸で遊覧船に乗りました。ちゃんとした船かと思いきや、小さな漁船のような船。日本海の荒波で凄く揺れました。天然に出来た穴を船で抜ける所があり、その日は高波で中止するとアナウンスがあったのですが、一転トライすることになり、熟練の船長の技術ですれすれで通過しました。通ったあとは拍手喝采でした。途中で船を止めて、有名な賽の河原に案内されました。

遊覧船を下りてから、境港に行き、昼食を食べて、蟹などを購入して帰宅しました。

自宅に戻ると、methyl先生から東北の日本酒が届いていて、日高見を美味しく頂きました。日本酒のラベルには「絶対負けない石巻」と書かれ、裏には下記の文章が書かれていました。

 日高見 震災復興酒 希望の光

このお酒は、平成23年3月11日(金)の東日本大震災によって被災したお酒です。純米酒を中心に大吟醸や純米吟醸など、発酵中のお酒が被害に遭いました。震災直後、仕込み蔵は地震の揺れの激しさから、発酵中の醪(お酒)がタンクから流れ、床一面、白い絨毯を敷き詰めたのかと、錯覚するような情景でした。溢れ出た醪は震災になり辺り一面に立ち込め、蔵の奥が良く見通せない状況で、目の前の光景を疑いました。そして、溢れ出た醪が発生している音なのか、今までに聞いた事の無いような音が蔵内にこだまし、まるで醪の悲鳴のようにも聞こえ、何とも言えない恐怖感を覚えました。建物のいたるところが壊れ、立ち入る事が困難になり、同時にライフラインが寸断し、発酵中のお酒の管理が出来なくなってしまいました。何の手立ても出来ず、ただ、呆然と指をくわえて見守る日々が続きました。一週間が過ぎても復旧の目処が立たず、発酵中の醪の全廃を覚悟しました。しかし、震災から二週間目、電気など一部ライフラインの復旧などが重なり、詰め掛けていた醪を、遂にお酒として甦えさせる日がやって参りました。ただ、放置している時間が余りにも長く、垂れ口から搾り出されるお酒の品質がとても心配でした。しかし、我々の心配をよそに、そのお酒はとても力強く生命力に溢れ、我々に勇気と希望を与えてくれました。

本来の酒造りでは、如何に良い酒を造ろうかと凌ぎを削りますが、このお酒からは普段の酒造りでは味わえない感動を貰いました。蔵の有る宮城県石巻市はこの度の震災で、壊滅的な被害を受けました。勿論、弊社も甚大な被害を受けました。しかし、被災した石巻市の惨状を見た時に、弊社は本当に生かされたのだと、強く感じるほか有りませんでした。

普段の生活では感じ得ない、感謝の気持ちを強く痛感させられ、造り酒屋として何か地域に貢献することは出来ないか、自然と、その様な気持ちが芽生えて参りました。そして、この気持ちを大事にしたいと考えるようになり、この被災したお酒を震災復興酒として販売し、少ない金額になりますが、売上金の一部を義援金として、私達の住む石巻市に献金したいと考えております。また、我々が励まされた、このお酒を通じて、御愛飲頂く全ての方々に希望の光をお送りする事が出来れば幸いに思います。

            (株)平孝酒造 亭主謹白

さっぱりとした飲みやすい出来映えでした。少し飲んで酔っぱらってから、日本酒片手に将棋。オヤジ相手に7連勝しました。「駒落ちはしない」「手は抜くな」と言われていたので、わからないように弛めようと思ったのですが、無理でした。さりげなく弛めるのにはテクニックが必要なんですね。

結局、親とその日のうちに 1升空けてしまいました (^^;

5月6日
昼前の飛行機で羽田空港に戻り、自宅に寄ってから、新幹線で仙台に向かいました。国分町で被災地で金を使うプロジェクト的な・・・一人飲みでした。東北の日本酒と海の幸を堪能しました。

5月7日
秋田で当直でした。時間があったので、朝から東北本線に乗って、鈍行で盛岡に向かいました。東北本線は、ボタンを押して電車のドアを開けるようになっていて、ヨーロッパの鉄道を思い出しました。ちなみに、私の地元岡山の電車は、手で開けるドアです (^^;

盛岡に着いてぴょんぴょん舎で焼肉や冷麺を食べて、秋田の当直先に向かいました。

当直では、「頭に虫がいる」という主訴の方がいらして、診察時は刺し口しか確認できなかったのですが、虫の写メを見せて貰うとツツガムシ!ミノサイクリンを処方して帰宅としましたが、貴重な経験をさせて頂きました。

5月8日
朝4時半くらいから CPAの対応。30分以上の Asystoleから何とか ROSC得られたのですが、遅れて駆けつけた遠い親戚から延命の希望がないと知らされ、治療を中断。8時頃にお看取りとなりました。

当直の帰りに、盛岡で下車して、「わんこ蕎麦」の店に入りました。2時間前に病院で検食していたことや、日本酒を頼んで出来上がっていたことなどが災いして、 102杯しか食べられませんでした。本当は「101匹わんちゃん」ならぬ「101杯わんこ」を狙っていたのですが、蓋を閉めるタイミングを逸しました。

ちなみに、15杯がそば1人前に相当し、店の記録は女性で 570杯くらいらしいです。後日、私のラボの痩せた女性は 120杯だったと教えてくれました。今度は空腹でリベンジしに行こうと思います。


By , 2011年1月2日 11:39 AM

実家に帰省してからのことを少し書きたいと思います。

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