古楽器で聴くモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ⑤

By , 2009年3月22日 2:00 PM

「古楽器で聴くモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ」特集のトリを飾るのは、ヒロ・クロサキです。モダン楽器、古楽器を含め、モーツァルトの主要なヴァイオリン・ソナタを全て網羅した録音は、1996年のこの CD以前ありませんでした。ヴァイオリン・ソナタ集とはいっても、全て網羅していた訳ではなかったのですね。

ヒロ・クロサキは東京生まれです。6歳でウィーンに渡り、ナタン・ミルシタインのマスタークラスなどを受講した後、何故か建築学と美術史を学んでいます。良くバッハの音楽は建造物に例えられてりしますし、様式感を学ぶ意味でも建築学は大切なのかもしれません。音楽を学ぶ者が音楽だけ学べばいいものではないことを感じさせます。

ヒロ・クロサキはウィーンで育ったことのメリットを雑誌「ストリング」のインタビューで次のように語っています。

 

ストリング (1997年1月号)

そうです。やっぱりそこに住んで、そこの空気を吸って、そこの人達とチェンバー・ミュージックをやって、それから、ウィーンの言葉を喋ることが大切ですね。ウィーン訛。とにかく音楽というのは言葉にすごく関係している・・・そもそも音楽の元というのは言葉なんですから。ゆえに、言葉が違うから音楽が違う、それからメロディーが違う、リズムが違う、そうなっていると私は思います。

モーツァルトをやるんだったら、その言葉が出来ればいいですよね。フランスの音楽、特にバロック音楽でもそうですよね。言葉を知っていることがとても大切だと思います。

ヒロ・クロサキらは、弓に非常にこだわりをもって録音しています。同じくストリングのインタビューから、そのこだわりを紹介します。 録音を聴くと、私がウィーンを旅行したときに聴いたモーツァルトの心地よさがそのままそこにありました。それがウィーン訛りなのでしょうか。

ストリング (1997年2月号)

「モーツァルトの人生だけではなくて、その頃はヨーロッパは、政治的にも、音楽史的にも、ものすごく変化のあった時代なんです。

楽器もすごい変化があって、弦楽器の変化は、まず弓ですね。トゥルトゥが初めてモダン・ボウをつくった。パリでは一七六〇年代にはモダン弓が考えられているわけです。ところがザルツブルグというところは、どちらかというとイタリアの影響が大きくて、ザルツブルクのオーケストラはほとんどイタリア人で固まっていた。で、どちらかというと田舎ですよね、パリみたいな大都会ではなくモダンではない。そういうところではまだレイト・バロック・ボウで皆さん弾いていたんです。」

-ずれがあったんですか。

「すごくずれがあったんです。」

-同じ時代なのに。

「勿論ザルツブルクでも、モダンのようなボウで弾いていた人たちもいたかもしれないけれど、全体を見るとそこまで変化していないと思うんです。僕が何故そう思うかというのは、モーツァルトのソナタというのは、曲によってすごくスタイルが違うんです。つまり、書いた時期によって違う。

例えば、ある1曲をバロック・ボウで試してみる。そしてアーリー・クラシック、それもその時は一七五〇年代の弓、一七六〇年代の弓、一七七〇年代の弓、というようにいろいろ試してみるわけです。そうすると、この弓だったら一番良いというのがわかるんです。」

-モーツァルトは、その時その時の弓のために、その弓を前提にしてソナタを書いたということになるわけですね。

「大体僕の感じだと、ザルツブルクで書かれている曲は、どちらかというとバロック・ボウの方がいい。けれどちょっと後にパリで書かれた曲をバロック・ボウで弾くと、何か全然力が足りないと言うか、パリで書かれたソナタは、特にピアノのパートがすごくヘヴィーというか、ピアノ・コンチェルトみたいな感じで、バロック・ボウだとヴァイオリンが細くなってしまって物足りない。」

-わずか 10年おきに随分変化・・・

「ものすごい変化ですよ。本当に弓というのは、言葉を語る道具。だから弓でもってアーティキュレーション、発音が全然違ってきてしまいます。音のヴォリューム、出力だけじゃなくて、アーティキュレーションが変わってしまう。だからその時期、バロックのアーティキュレーションからクラシックのアーティキュレーションにどんどん変わっていっていますね。」

今回の録音では、楽器はヴァイオリンがヤヌアリウス・ヴィナッチャ (1773年)、フォルテピアノがヨハン・シャンツ (1794年頃) が使用されていますが、弓にもここまでこだわっていたとは驚きです。弦楽器における弓の変遷の歴史は、さまざまな解説書に書いてありますが、作品との対応を考察して弓を使い分けた演奏家は他に知りません。一つの素晴らしい演奏が出来上がるまでに、どれだけの工夫がされているかを感じました。

もちろん、弓以外の部分、例えば装飾の入れ方なども物凄く入念に検討されていますし、ピアニストとの呼吸も見事です。

是非一度聴いてみてください。

Youtubeにヒロ・クロサキらによるジェミニアーニ、コレルリの演奏がアップされています(コンマスの位置にいるのがヒロ・クロサキです)。こちらもお勧めです。

・Orquesta Barroca de Sevilla. Geminiani-Corelli

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