動物の脳採集記
「動物の脳採集記 キリンの首をかつぐ話 (萬年甫著、中公新書)」を読み終えました。萬年先生は神経解剖学の大御所です。教育者としても業績が大きく、弟子から多くの教授を輩出しています。本書は彼が解剖学研究に打ち込んでいたときのこぼれ話を集めた本です。
第一話は彼が解剖学の道に進むまでを記していますが、師である小川鼎三先生からかけられた言葉にはっとさせられます。その言葉とは「標本は自然そのものであって、決して嘘がかかれていない本のようなものなのですな。この本を穴のあくほど観察することがきわめて大切である。われわれは自然そのものと直接に対話して問題を深く探り出さねばならない。本など頼りにしてはいかんですな。そこらにある本には、たとえ部厚くて立派に見えても皆適当に嘘が書いてある」というものです。確かにどんな医学的常識も覆るリスクを孕んでいますが、標本そのものは真実ですね。科学研究をする上では、胸に刻んでおきたい言葉です。
第二話は「脳の比較解剖学」です。冒頭でインターン制度について触れられています。もともとインターン制度とはフランスの制度で、優れた臨床医を育てるため、院内の衣食住はすべてパリ市の丸抱えであり、パリ市から給与も支給されるなど厚遇されていたそうです。更にインターンはエリートコースで、その後は輝かしい将来が約束されていました。それがアメリカ経由で日本に導入され、本場フランスのものとはかなり異なったものになったと言います。
さて、第二話では「のう」についての考察がされています。そもそも「脳」は小児の脳を表しているらしいです。「凶」の上に「“’」と三本の頭髪が表されていますが、その間に「なべぶた」がありません。これは大泉門が開いていることを意味しているという説があります。一方で「腦」という字は大人の脳を表しています。右下の部分が「凶」ではなく、その上に鍋ぶたがついています。これは大泉門が閉じていることを表すらしいです。そこまで意識したことがなかったので、勉強になりました。
また、第二話で面白かったのは、著者の師である小川鼎三先生がオットセイの脳を探しに行った話。オットセイを銃殺して脳や脊髄を損傷しては標本として困るというので、作業する人に「首を絞めて窒息死させてくれ」と頼んだところ、「ところで先生、オットセイの首はどこからどこまでだか教えてください」と答えられて、困ったというエピソードが紹介されています。この下りには大爆笑してしまいました。
何故著者が動物の脳を集めるようになったかは、「比較解剖学」というこの第二話のタイトルから知ることができます。解剖しただけだと構造物の役割がわからないのですが、色々な動物を比較することで見えてくる可能性があるからです。
以後、さまざまな動物の採集記が章毎に書かれ、その時の光景が浮かぶようで引き込まれます。例えば、キリンを解剖することになったとき、横浜の野毛山動物園でキリンの首を貰い受け、東大に持って帰ることになりました。ところが彼らは貧乏でタクシーなど使えません。リュックにキリンの首を入れて背負って電車で帰ることにしたらしいのですが、その時の珍道中の面白いこと!ゾウの解剖に四苦八苦する様子にも不謹慎ながら思わず笑ってしまいました。
最後に本書で見かけたトリビアを二つ引用しておきます。
第九話 イルカの脳
知能の発達の度合いの指標としてはむしろ体重と脳重の比のほうがより参考になるともいわれるが、これとても絶対的なものでないことはすでにカバのところで述べた。人間でも傑出人の脳重は一般人の平均脳重より重いといわれるが、逆に犯罪者でもこれに決して劣らないらしい。ちなみに日本での犯罪の種類と脳重の関係を調べてみると、殺人犯は脳重の平均は一二六〇グラムで最も軽く、放火犯は平均一三三五グラムでこれに次ぎ、詐欺犯は平均一四九八グラムであるという。知能犯のほうが脳重が重くて、傑出人のそれに近づくのはまことに皮肉で、頭は使いようとはよく言ったものである。いずれにせよ、今後、脳重を論ずるには、今までのように老衰やいろいろな病気で死んでから計る脳重ではなく、その人が社会で活躍しているときの脳重を参考にすべきではないだろうか。以前にはそんなことは夢であったが、現在はCTスキャンやMRIとかを用いて生前に脳の立体構築が可能であり、これによって脳重を算定することができるのであるから、それはもう決して夢ではないのである。
犯罪によっても脳の重さが違うことにびっくりしました。最近は「脳ブーム」ですから、脳の重さを推測する商売始めたら、儲かるかもしれませんね。まぁ、測定された方の自己満足を満たしたという以外意味のない検査ですが、商売とは得てしてそんなものです。
第一〇話 脳から見た世界
なかでも私が特に興味を惹かれたのは、杜鵑科に属する鳥の習性、すなわち自分で巣をつくらずに決まった種類の他の鳥の巣に卵を預ける習性であった。杜鵑科の「鵑」はホトトギスのことで、「杜」は現在の四川省に当たる蜀の王であった杜宇に由来するらしい。杜宇が失政の末、死ぬを得ずして化して鵑になったという伝説があるそうで、ホトトギスは鳴くときに赤い舌を出すので血を吐いているように見え、中国では昔からなにやら悲劇をもつ鳥と思われていたらしい。日本に渡ってくる杜鵑科の鳥はホトトギスのほかに、カッコウ、ツツドリ、ジヒシンチョウ (ジュウイチともいう) の四種であるが、わが国でもいつの頃からか、この類は卵を産みっ放しのため、わが子を求めて鳴き声がいずれも物悲しいと言われてきた。あるいは東洋では古くから杜鵑科の托卵性の習性を知っていたのかも知れない。ちなみに杜鵑科のこの習性を見いだしたのは種痘法の発見者エドワード・ジェンナーとされている。彼が豊かな自然に囲まれた生れ故郷で開業医をしていた時期に、往診の合間に自然観察を行ってこのことを発見した。今でこそ鳥類学上の大発見と高く評価されているが、ジェンナーがっこの事実を雑誌『ネイチャー』に発表したときには信ずる人はほとんどいなかったといわれている。
ジェンナーのことは種痘法でしか知りませんでしたが、こんな業績を残していたのですね (色々調べていて、それに軽く触れたサイトも見つけました)。改めてジェンナーが偉大な人であったことを知りました。
本書は、中公新書から出版されていることからわかるように、専門書ではありません。一般の方にも読みやすい書と思いますので、推薦しておきます。