木越洋のチェロがうたうコンサート

By , 2010年12月2日 7:23 AM

尊敬する先代の教授ラロー先生 (仮名) と二人でコンサートに行ってきました。奥様の都合が悪くチケットが一枚余ったので私に白羽の矢が立ったのでした。

にほんのうた、世界のメロディー
木越洋のチェロがうたうコンサート

1. ルイ13世の歌とパヴァーヌ (クライスラー)
2. 川の流れのように (美空ひばり)
3. シシリアーノ (パラディス)
4. セレナータ (トスティ)
5. いい日旅立ち (山口百恵)
6. オブリビオン (ピアソラ)
7. 月の砂漠
8. 知床旅情 (森繁久彌)
9. ロザムンデ
10. 春の歌 (メンデルスゾーン)
11. よさこい節
12. 城ヶ島の雨
13. ギターナ (モシュコフスキー)
14. ワルツセンチメンタル (チャイコフスキー)
15. 七つの子
16. エストレリータ (ポンセ)
アンコール. ふるさと

 木越さんは N響首席奏者です。演奏を聴くのは初めてでしたが、音の出し方が、ヨーロッパの演奏家を聴いているようでした。こういう日本の曲を聴くコンサートは初めてでしたが、なかなか良い物ですね。一曲一曲解説があり、楽しめました。ロザムンデを演奏するときは、子供の頃感じていた死の恐怖とこの曲にまつわる思いが語られました。

演奏会には神経学会の前理事の方などもいらしていて、社交場的な雰囲気がありました。演奏会が終わった後、ラロー先生が「ちょっと飲みに行くか」と、上野の kirin cityへ。

ラロー先生は、「上野のキリンにはジャガ麺ってのがあって美味しいよ。先生もどんどん頼みなよ」とごちそうしてくださいました。終電近くまで色々と語り合ったのですが、ためになる話を色々聞けたので、ここに支障がなさそうなところを記しておきます。私も酔っていたので、記憶が一部曖昧です。誤りがあったらすみません (^^;

 ラロー先生の話

・欧米には洗礼を受けたとき記帳する習慣がある (両親の情報も書かれる)。それが遺伝病の研究に使える場合もあり、フランスの離れた地方で複数の LaFora病 (※だったと思いますが違う病気だったかもしれません) の患者さんが居たとき、記帳にある親の名前を追いかけ、先祖をずっと辿っていくと、10数代前にスイスのある場所で一致した。この疾患の共通の祖先と考えられる。

・ラロー先生が教授をしているとき、その御先祖様の主君の子孫が入局してきた。御先祖様が戦で負けて落ち延びるときに主君と別れて、ある地域に定住していたので、「ご先祖様に代わって謝ります。見捨てて済みませんでした」と心の中で思った。

・基礎医学をやることは大事。人間を生物学的視点で捉えられるようになる。同じ「neuron」という言葉を聞いても、そうした人とそうでない人では考えることは変わってくる。

・現代では、論文は投稿スタイルが決められているが、昔はもっと自由であり、著者の価値観なども表れていた。また、Resultの項がやたら長く、10ページにも及ぶことがあった。例えば、「○月○日は△であった」と、延々とネズミの日記が書かれることもあったが、これほど詳しくては捏造のしようがなかったとも言える。

・Wilson病に名を残したWilsonは、自分の書きたいように書かせてくれる雑誌がなかったので、雑誌を作ってしまった (酔っていて覚えていませんが、確か Journal of Neurology, Neurosurgery, and Neuropsychiatryだったと思います。ちなみに私は「死者の護民官」を読んで知った Lancet創設のいきさつをラロー先生に伝えました)。

・科学雑誌は基本的に商業誌なので、売れる雑誌の impact factorが高くなる。売れる雑誌というのは読む人が多い雑誌で、医者しか読まない臨床の雑誌より、もっと広い分野を扱った雑誌の方が impact factorは高い傾向にある。例えば Journal of Surgeryという雑誌は術後管理のことなどの論文が多く投稿されるが、その重要性に比べると impact factorは低い。術後管理の論文を必要とする(外科の臨床の現場にいる)医者の数が少ないためと考えられる。そのため、impact factorには騙されないようにしないといけない。

・臨床の現場の医者にとって、症例報告は非常に大事。しかし、稀な症例であるほど、その疾患の診療で困って論文を必要とする医者の数は少ないので、評価はされにくくなる (情報の少ない稀な疾患ほど、実際に診療するとなるとそうした情報が貴重になってくるのに)。

・論文の投稿スタイルが厳格になりすぎると、ひょっとすると論文を投稿するよりも、web siteを通じて自分の考えを自由に述べる学者が出てくるかも知れない。

・ゲシュウィンドが Brain誌に投稿した論文は、絵や図がなく、文章だけで 100ページ超であったため、編集委員の間で掲載するかどうか大議論になった。しかし、編集長の決断で論文が掲載されると、高次脳機能学の礎となる重要な論文となった (ラロー先生は若い頃、医局の抄読会でその論文を紹介したらしい!)。

・重要な仕事の多くは過去に既になされている。現在、機能画像などで脳の局在が活発に議論されているが、1900年頃に頭部銃創 1200例を纏めた独語論文があり、脳の機能局在に関する多くの記載がなされている (角回の皮質が傷害されても読み書きは障害されないが、後頭葉との連絡線維が傷害されると読み書きの障害が起こる・・・など)。しかし、そうした重要な論文はほとんど知られておらず、今日の論文に引用されることもない。

・T大図書館では、以前は歴史的に重要な古い論文がたくさん置いてあり、自由に読めた。しかし館内が手狭になったためか、別の場所にある保管庫に移されてしまった。残念に思う。


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