抗VGKC抗体
11月13日に、第9回ニューロトピックス21に参加してきました。その研究会では、鹿児島大学の有村公良先生が、「抗VGKC抗体症候群の新しい展開」と題した、素晴らしい講演を聞かせてくださいました。理解できた範囲で紹介しようかと思います。
最初にVGKC (電位依存性カリウムチャネル) が 4量体を形成していることが紹介されます。
次にVGKC抗体の測定法と特徴についてです。
1. α-dendrotoxinを用いた免疫沈降法 (RIA)
VGKC (kv1.1, 1.2, 1.6)に対する感度が低い (40-60%)。方法論が
確立していて、定量が可能です。α-dendrotoxinが最近手に入りにくくなっている事情があります。
2. Patch-clamp assay
VGKCの生理活性 (K電流) を直接測定出来、感度も高い方法ですが、1回の検査に 1週間かかり、手間のかかる方法です。
3. Western blot
SDSで立体構造が変化してしまい、感度が低くなります。
4. Molecular Immunohistochemistrical assay
感度が高く、半定量できます。しかし、偽陽性が多くなります。
末梢神経障害と抗VGKC抗体に関しては、以下のような疾患概念があります。ただ、この辺りの分類は学者によって意見が分かれるところです。
・Acquired Neuromyotonia
Immune-mediated PNH(peripheral neurohyperexcitivirity)
Isaacs’ syndrome
・Cramp-Fasciculation syndrome
更に、末梢神経障害と中枢神経障害を起こすMorvan症候群、中枢神経障害を起こすLimbic encephalitis (辺縁系脳炎) と分類すると考えやすいと述べられていました。
VGKCと抗 VGKCが同定されるに至った歴史については、私は関連論文をほとんど全て読んでいたためメモを取っていませんでした。以前、内輪の会で纏めた資料を紹介することで代用します。
1961年 Isaacsが睡眠時にも持続する筋硬直や筋収縮後の弛緩障害、歩行障害などの運動障害および筋線維性攣縮、発汗過多などを主張とした2症例を”a syndrome of continuous muscle fibre activity”として報告した。
1991年 Shinhaらは、Isaac’s症候群の一例で、血漿交換が有効で、またマウスへのIsaacs患者血漿あるいはIgGの受動免疫後、そのマウス横隔神経-筋標本において刺激に対するアセチルコリン放出量の増加を認め、抗体が関与した自己免疫疾患であることを初めて報告した。
1995年 ShilitoらはVGKCの選択的ブロッカーであるα-dendrotoxin (αDTX) を125Iでラベルし、患者血清及びラット脳とともに免疫沈降させることで、患者血清中に抗VGKC抗体の存在を報告した。
1996年 Sonodaらは、Isaacs患者血清が電位依存性カリウムチャネル (VGKC) を抑制することを、ラット褐色細胞株由来の細胞株である PC12を用いてパッチクランプ法で直接明らかにした。
1997年 Arimuraらは患者 IgMが VGKC-αDTXの複合体に結合することを Western blot法で明らかにした。また、患者 IgMが筋内神経軸索に反応し、筋線維には反応しないことを免疫組織学的に確認した。
1997年 Hartらは、molecular immunohistochemical assayという、三次元構造を保った免疫染色法にて抗体の有無を検討し、患者血清の多くが αDTX感受性 VGKCである Kv1.1、Kv1.2, Kv1.6のうち 2種類以上を認識していることが明らかになった。
1999年 Nagatoらは、抗 VGKC抗体で VGKCの膜電位応答性に変化が見られないこと、および単一のイオンチャネル電位の大きさにも変化が見られないことを明らかにした (VGKCのチャネル数が減少するため総電位が小さくなる)。
抗 VGKC抗体による VGKCの障害モデルは次の通りです。
①補体によるチャネルの崩壊→実験から否定的。
②ブロッキング抗体により、直接 VGKCの機能が阻害される
③二価の結合抗体による隣接した VGKCの cross linkingにより、VGKCの細胞内への取り込みが亢進し、チャネル密度が低下する
④VGKCの clusteringに関連する既知または未知のタンパク質に対する抗体が存在し、そのタンパク質の機能低下が生じ、チャネル密度が低下する
現在では③が正しいと考えられています。なぜなら、抗 VGKC抗体で時間依存性にチャネル崩壊が促進されるが、抗体に暴露させただけではチャネルが障害されないからです。
重症筋無力症でも抗 VGKC抗体 (kv 1.4) が陽性になることがあるそうで、その臨床的特徴を記します。
①重症が多い
②球麻痺が多い
③Myathenic crisisを伴いやすい
④Thymomaの合併が多い
⑤myocarditis, myositisの合併が多い
VGKC抗体の high titerを示す群には、ある特徴があるようです。cut offをどうするかですが、400 pM以上を high titerとするようです。正常老人でも 100 pMくらいはいますが 400 pM以上はいないそうで、鹿児島大学に測定依頼のあった 21%が 400 pM以上だったそうです。400 pM以上だと中枢症状が多いそうです。その代表が limbic encephalitisです。
limbic encephalitisは記銘力障害で発症することが多いので、痴呆と誤診されやすく、診断に時間がかかるのだそうです。尿崩症の合併により低 Na血症の合併が多いと聞きました。痴呆を起こしやすいのは、海馬に kv1.1, 1.2が豊富なことと、BBB (血液脳関門) がルーズである点が挙げられていました。早期に診断すれば血漿交換が奏功するそうですが、治療が遅れると不可逆的な変化を起こしうるようです。 limbic encephalitisを診たら、傍腫瘍症候群などの検索も重要ですが、こうした minorなものも考えなくてはならないのですね。
私も Isaacs症候群についてはかなり調べましたし、論文も書きましたが、辺縁系脳炎については初めて聞く話が多く、勉強になりました。
有村先生は、抗 VGKC抗体が、中枢と末梢神経のどちらに障害を起こすかの違いについて、それぞれの kvの局在を挙げていましたが、クリアカットにいかない部分があり、悩んでいるとおっしゃっていました。
会が終わって、懇親会で有村先生とお話する機会がありました。何故 Isaacs症候群に抗てんかん薬が効くか聞いたのですが、Kチャネルにアプローチするのは難しいので、代わりにNaチャネルをブロックすることで、相対的に膜電位を下げてやるのだと説明して頂きました。