神経学の源流1 ババンスキーとともに-(6)

By , 2008年12月28日 4:53 AM

さて、Babinskiの小脳に関する研究は、1899年に「最初の観察例」「小脳性アジネルジー」、1902年に「静止時における意志的平衡と運動時における意志的平衡。これら両者の分類。アジネルジーとカタレプシー」、「アディアコキネジー」と題された一連の論文から始まります。これは Mouninou という名の患者が契機となっており、H.M. というイニシャルで論文に登場します。これらの集大成として、Babinski は 1913年にトゥルネーとともに「小脳疾患の症状とその意義」という論文を著しています。

「最初の観察例」という論文は、患者の症状の記載に終止しています。

「小脳性アジネルジー」という論文では、「アジネルジー」という単語の定義を示し、患者H.M. の症状を記載しています。アジネルジーとは、筋のジネルジー(synergie) (共同、共力) が乱されれて起こる運動症状です。この論文で示している、アジネルジーについては歩行時に評価することができます。歩行は「足を地面から持ち上げて移動させる運動」と「体ののこりの部分を移動する運動」から成り立っています。従って、歩行が正常に行われるためには、これらの運動に関わる筋が無傷であることと、2つの運動が共同(synergie) することが大切なので、筋力が正常であっても、患者 H.M. のように足の前方移動(propulsion)。が出来ないのは、アジネルジーのためと考えられます。また、起立時に頭を後方に移動させた場合、アジネルジーがあると、躯幹と下肢の運動の共同動作に欠陥があることになり、容易に転倒するのです。正常人の場合は、体を後方に傾けると同時に、足に対して下腿を、下腿に対して大腿を屈し、膝を前に出して平衡をとると、Babinskiは分析しています。

「静止時における意志的平衡と運動時における意志的平衡。これら両者の分類。アジネルジーとカタレプシー」という論文では、小脳性アジネルジーの患者は運動時における意志的平衡は強く侵されているが、逆に静止時における平衡は減弱していないどころか正常よりも完全であり、一度姿勢が固定するとカタレプシー (強硬症) の如き固さをとることが述べられています。

「アディアコキネジー」という論文は、両手の回内、回外を交互にできるだけ早く行う動作で評価されます。この動作は、運動促進作用と制御作用を組み合わせた特殊機能であると理解されます。この特殊機能に Babinski がどのようにして名を付けたか、論文中に経緯が書いてあるので紹介します。

アディアドコキネジー

・・・この機能には適当な名を付するべきであろう。私はこれをディアドコキネジー (diadococinesie) とよぶことを提案する。この語は、ひとつは ”連続的” (successif)、もうひとつは ”運動 ”(mouvement) を意味する2つのギリシャ語から作られた新語である。Vulpianがつくったsyncinesie (共同運動) という語が、mouvement associe (協同運動) の同義語であるのと同様に、このディアドコキネジーという語は連続運動の同義語であって、意味をひろげれば、私が先に説明したようなメカニズムによって、連続運動を可能にする機能をさすことにもなろう。

上記のフランス語ではなく英語にはなりますが、 Diadochokinesis, dysdiadochokinesis, adiadochokinesis などという語を、我々神経内科医は良く使います。元になる diadococinesie という語が Babinski によって提唱されたということをこの論文を読むまで知りませんでした。つくづく歴史の重みを感じます。ちなみに、adiadochokinesieという語は Bruns によって提案されたらしいです。

「小脳疾患の症状とその意義」という論文は、トゥルネーとの共著となっています。第一部は迷路傷害と小脳傷害の比較、第二部は小脳疾患での症状、第三部は小脳症状を変化させる条件が述べられています。

第一部の結論は、迷路性と小脳性の症状は同一ではありませんが、一線を割しうるほどはっきりした差もないため、症状のみで鑑別することはできないということです。従って、両者の鑑別には、小脳に特異的な徴候について考究する必要があります。それについて考察されているのが第二部になります

①測定異常性運動 (mouvements demesures) : (運動) 測定過大症 (hypermetrie)

指鼻試験、手回内回外試験などで測定過大が見られ、しばしば運動は行き過ぎます。歩行時にもこの測定過大は見られ、歩き始めに大腿を骨盤に対して大きく屈し (足を過度に持ち上げ)、次いで足蹠が激しく地面を打ち、大腿が過度に伸展したためとわかります。

膝踵試験や、背位で横たわった患者が踵を臀に近づけるような運動でも、測定異常性を見ることが出来ますが、運動を連続して行わせた場合アジネルジーの要素が入ってくるので注意が必要です。

小脳の測定異常性運動を他と区別する最も重要な鑑別点は二つあります。一つは、視覚によらないということです。小脳性測定異常性運動では、開眼でも閉眼でも差が出ません。二つ目は、小脳性測定異常性運動では、方向、方角が失われないということです。方向は正しいけれども行き過ぎるのが特徴です。

典型的な測定異常性運動を呈する小脳患者と失調症 (ataxie) を呈する脊髄癆患者を並べて比較してみます。小脳患者では、動作は同じ性質を持って繰り返されます。唐突で、目標には達するがこれを通り越してしまい、ゆっくり繰り返させると緩徐に目標に達します。閉眼しても運動の形はほとんど変わりません。これに対して脊髄癆患者では、様々な方向に偏倚し、その角度も極めて変異に富んでいます。運動は唐突で、ゆっくりであっても最初から方向を間違え、修正はするものの、さらに遠ざかります。閉眼すると増悪します。Babinskiは、小脳患者は測定異常であり、脊髄癆は測定不良であると考え、前者を hypermetrie, 後者を dysmetrie と呼ぶことを提唱しています。小脳性測定異常性運動の発現機構は不明ですが、Babinskiは筋緊張低下 (hypotonie) よりも筋覚の障害によるものではないかと推察しています。

②小脳性アジネルジー、共同運動不能症 (asynergie cerebelleuse)

1899年の論文「最初の観察例」で一度述べているのですが、再度述べられています。小脳患者での歩行を Babinski がどう表現し、なぜこのような名前をつけるに至ったか、引用します。

 小脳症状について

患者は筋力が正常、知覚も異常がないのに、支えなしには歩くことができない。患者の上半身に運動を促すことなく、単にこれを支えるだけの目的で、右と左に 1人ずつ補助者をつけて、患者に歩くように命じたとする。ところが第 1歩をふみだすや止まってしまう。大腿は急激かつ測定異常性に屈曲し、足は前にはこばれる。しかし、上半身はこのような移動に協調せず、躯幹は骨盤上にのびたままである。少しく後方に引っ張られていることすらある。これは大腿の屈曲運動が測定異常性なためであろう。それゆえに、患者が下肢を動揺させつつ急激に音を立てて地面におろしてその第1歩をはこび終えると、もうそれから先に進むことはできない。彼は後方へ倒れそうになり、もし支えがなければ第 2歩をふみ出そうとするだけで倒れてしまうであろう。この間上半身はじっとしており、前進は不可能となるのである。

それゆえに、患者が前進するためには、補助者たちが躯幹の上部を前方へかるく押してやるか、あるいは 1人の補助者が患者の前に立って両手で彼をとらえ、患者が大腿を持ち上げる瞬間にかるく彼を引く必要がある。また、補助がなくとも、進路に固定した支柱があって患者がこれにまといつき、腕の力で身体を前方に引張ることができるならば、歩行は可能である。

それゆえ、歩こうとするたびに下肢は動くのに躯幹は不動であり、なんとか彼とかしてこの障害を防いだときにのみ歩くことが可能になるのである。

このようなことがこの現象の特徴であって、われわれのみるかぎりでは、今まで知られているあらゆる運動障害と客観的に異なっているように思う。これに対しては特別の名が必要であり、われわれがなぜ、小脳性アジネルジーの名を選んだかについては、今にお判りになるであろう。

アジネルジーが観察されるような検査が、いくつか挙げられています。

i) 直立不動の患者に頭を後方に傾け躯幹を弓状に後方に曲げさせると安定性を失って倒れる。
ii) 患者は背位で横たわり、腕を胸の上で組み合わせ、上半身を起こすことができない (一見、大腿躯幹連合屈曲運動に似ているが、錐体束症状がないことが必要である)。
iii) 患者を腰掛けさせ、足の先を 60 cmの高さにある点まで持ち上げさせると、大腿と下腿の筋の協調がうまくいかず、最初は下腿が大腿に対して屈曲するが大腿はわずかにしか動かず、次の段階で大腿は急に骨盤に対して伸展する。
iv) 患者を背位にねかせ、踵をできるだけ臀部に近づけさせ、またこれをもとの位置に戻させると、下腿は最初わずかにしか屈曲せず、第二段階ではじめて強く屈曲する。

iii) 及びiv) が測定障害ではなく、アジネルジーだと言えるのは、運動の分解 (decompose) があるためです。

③アディアドコキネジー
原著に定義、語源が書かれているのでそのまま引用します。

 小脳症状について

アディアドコキネジーとは、連続的随意運動を急速に行う能力がなくなるか、あるいはこの能力が低下していることである。われわれにはこのような能力がなくなったときに、その存在がはじめて判るのである。

健康な人では個々の運動を急速に行なうこと、たとえば手を急速に回内したり回外したりすることができる。また、基本運動を急速につづけて行うこともできる。たとえば、手を急速に交互に回内したり回外したりすることが可能である。

しかるに、小脳患者ではつぎのようなことを認めることができる。その筋力は完全で、基本運動のおのおの、すなわち、回内と回外を正常人と同じように早く行うことはできる。しかし、これら2つの運動を連続して行うというひとまとまりの動作は、正常人に比べて2ないし3倍おそいのである。このような現象は、同じ動作をなんべんも繰り返させるととくに顕著になる。

かくのごとき障害を受けたこの能力に名称をつけるために、われわれは1つは連続を、他は運動を意味する2つのギリシャ語に由来する新しい言葉を用いることを提案したのであった。このディアドコキネジー (diadococinesie) という言葉は連続運動と同義語で、広義には連続運動の遂行を可能とする能力を指すこともできる。

アディアドコキネジー (adiadococinesie) という言葉は Brunsが提案し、現在一般に用いられているものであるが、否定の a を加えてこの能力の消失あるいは変化を指すのである。

われわれは、当初から誤解をつとめてさけるために、この症状は基本運動を正常な早さで行なうことのできる被検者に現われたときにのみ陽性とみなすということをはっきりさせるよう注意を払ってきた。なぜならば、回内であれ、回外であれ、個々の運動を急速に行なうことのできない人では、ましてこれら2つの運動を急速に連続して行なうことは不可能だからである。

④小脳性運動失調症

Babinskiは、小脳性運動失調という呼び方については否定的な見解を示しています。その理由は、失調という言葉が元来、脊髄癆など(※後索が障害される疾患)で主として用いられていたためです。多くの人が「小脳症状」を「脊髄癆での失調」と区別できず、両者を失調と呼んでいましたが、これまで述べてきたような診察をすれば両者は区別できます。従って、小脳症状は「小脳症状」として捉え、脊髄癆などでみられる症状を「失調」とした方が誤解が少なくてすむという訳です。

⑤小脳性カタレプシー
論文は、小脳性カタレプシーとは「長い間動かないように意志のもとにおかれた筋肉のしめす性質であって、意志的平衡状態が一定の位置で実現されると、筋肉は拘縮などすることなしにその位置にあたかも凝固したようになってしまうのである」「意志的平衡状態 (equilibre volitionnel)」と定義されています。どのような診察をすれば小脳性カタレプシーが観察されるかを引用します。

 小脳症状について

カタレプシーがもっとも印象的にみられる姿勢は次のごとくである。すなわち、被検者を仰臥させ、大腿を骨盤に対して屈曲、下腿を大腿に対してわずかに屈曲させて、左右の足をひらかせる。患者が仰臥してのち、この姿勢をとるために下肢をあげるとき、下肢と躯幹は最初いろいろな方向、ことに左から右へまたは右から左へ大きく振動する。しかし、しばらくすると体と下肢は固定するにいたる。この固定度は完全で、正常人が実現しうる程度をしのぐものである。ほとんど臘のごときマネキンのごとき固定度であって、きわめて強壮な人に同じ姿勢をとらせたときとは反対に、筋肉の小攣縮によって乱されることはない。このような状態は何分もつづき、患者は対照例とはちがい、ほとんど疲労感を訴えることがない。

カタレプシーは、小脳患者と脊髄癆患者を鑑別するのに役に立ちます。小脳患者ではカタレプシーが見られますが、脊髄癆患者では、不安定さがみられ、動かさないでいることができないのです。

第二部の最後に、小脳の持つ機能を要約しているので、紹介します。それは、小脳患者でアジネルジーとカタレプシーが同時に存在することを説明するものです。

 小脳症状について

”小脳は平衡の保持に本質的役割を果たしており、小脳の病変がこの機能を損ずるということは一般に認められている。”

”このこと自体、議論の余地がないのであるが、私の自己所見からは、概念規定はもっと正確を期する必要があると思う。なぜならこれまでのいい方では批判を免れないからである。”

”平衡という言葉にはいろいろな意味がある。現在では、「いずれの側にも傾くことなしに立っている物体 (Littre) (※Littreはフランスの標準的な辞書の編集者)」という意味に用いられている。”

”この言葉をこのような意味に用いると、アジネルジーで蹣跚 (※まんさん) 歩行をする小脳患者は平衡を保つことができないというのはもっともである。”

”しかし、この語には別の意味もある。すなわち、「正しく相互に釣合を保っている多くの力の作用で静止をつづけている物体の状態」 (Littre) という意味である。このように理解すると、小脳性カタレプシーにかかっている患者は平衡の亢進した状態にあるということができる。”

”しかるに、アジネルジー状であると同時にカタレプシー状である患者の場合は、以上のごとき観点からみれば平衡機能が減少したり増大したりしていると主張しうるわけである。”

”これらのことから私が注意したいのは、平衡には、物体が自発的に不動の状態にあるか、あるいは運動ないし移動状態にあるかによって2つの面を考える必要があるということである。最初の場合は平衡は静的 (statique) であり、第2の場合は動的 (cinetique) であるといえよう。さらに、このような場合に平衡が実現されるには意志の働きが関与することが必要であるから、これら2つの平衡状態を私は意志的 (volitionnelles) とよびたい。このようないい方は容易に批判の的になることと思われるが、慣用の問題にすぎず、折り合えばことたりるのである。”

”正常の場合は、運動時における意志的平衡は静止時における意志的平衡よりも実現がずっと容易である。事実、よろめかずに立っているよりも歩く方がよりやさしいし、片足でとぶよりも一本足でじっと立っていることの方がはるかに困難である。”

”小脳疾患では、運動時における意志的平衡がひどい障害をうけるのに、静止時における意志的平衡は保たれるか、あるいは亢進することすらありうるのである。”

”以上のことから明らかなことは、一方においては観察者は将来これらの平衡の様式のおのおのを別々に考察せねばならぬということであり、他方においては小脳の場合の平衡障害に関して一般にひろく認められているデータのうち、運動時における意志的平衡に関するものだけが妥当であるということである。”

小脳機能の本態に迫り、小脳症状が動的平衡の障害であると喝破し、一見、分離が困難な脊髄癆性失調症と小脳症状の鑑別をこのような観点から行った Babinskiに感服しました。

第三部は代償 (compensation) と協同 (association) についてです。小脳疾患が潜伏性のままにとどまることについて検討しています。

まず第1の範疇とされるのは、もともと症状を現さないもので、神経の連続性をたち着切ることなしに発育するものと考えられます。第2の範疇は、症状が代償されるものです。動物実験では、小脳症状が代償されている犬の大脳を傷害すると再び小脳症状が増悪しますし、小脳半球の摘除と対側の前頭葉を破壊することで補償が停止してしまうことが確認されているそうです。また、脊髄後根切除で代償されていた症状が再度出現してきた実験があり、「小脳は脊髄後根切除によっておこる症状を代償するのに寄与するだけでなく、逆に、小脳症状は末梢神経の働きによって代償される」ことも知られていたそうです。一方で、伝導路に病巣がある時は代償が起こりにくいことが知られています。Pierre Marieの言によると「小脳に病巣があり、そのために平衡障害を呈する患者で、きわめて顕著になってもよい筈の症状が数ヶ月数年の間にだんだん回復してゆくのを一度ならず確かめた。これに反し、小脳伝導路が最初に傷害をうけると、回復はそれほどしばしばおこらず、またそれほど顕著ではない。時には逆に時間の経過とともに症状が増悪することすらある」とのことです。これはさまざまな線維が密集しているため、小脳伝導路以外にも障害が及びやすいためではないかと推測されています。

これで小脳症状という長い論文は終わりになります。締めの言葉は「解剖的臨床的観察を正確に行なってゆくならば、病変のいろいろの組み合わせの仕方が小脳症状の強さ、形および持続におよぼす影響を厳密に明らかにしうる日がいつかはくることであろう。」となっています。

第7章は防衛反射についてです。

防衛反射は、外から加えられた危害から逃れて防衛しようとする運動のことを指します。最初の記載は1784年の Prochska によるものと考えられ、以後 Schiff, Vulpian, Brown-Sequard らにより実験が行われました。防衛反射には屈曲性のものが多いのですが、伸展性のものもあります。MarieとFoixが見出したように、一方の下肢が屈曲する時に、あらかじめ屈曲していた他方の下肢が伸展する場合も知られています。防衛反射を出すための刺激の与え方は様々で、簡単なものは皮膚をつまむものですが、針でつつく、電流で刺激する、圧を加える、牽引するなどの方法がとられます。有名なものでは、Marieと Foixによる「短縮筋現象」、Bechterewによる「背底屈筋反射」、Schaeferによる「Schaefer反射 (患者のアキレス腱と母指と示指ではさんで強く圧迫すると、麻痺側の足の屈曲と足指の伸展が起こる)」 Oppenheimによる「下腿反射 (下腿内面の刺激で足が屈曲する)」などがあり、Claudも患者の手を過度にひきのばすか無理に回外させると防衛反射が誘発されること見出しています。錐体路障害で出現しますが、脳性の病変より脊髄性の病変の方が出現しやすいという特徴があります。

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