ヴァイオリン制作者と皮膚炎

By , 2008年1月20日 8:17 AM

以前、ヴァイオリン製作と喘息について書きました。ヴァイオリン制作者を襲う疾患として、今回は「アレルギー性接触性皮膚炎」を取り上げます。

Lieberman HD, et al. Allergic contact dermatitis to propolis in a violin maker. J Am Acad Dermatol. 46: S30-31, 2002

以下、学会の症例報告風に紹介します。論文タイトルの邦訳は、「ヴァイオリン制作者におけるプロポリスに対するアレルギー性接触性皮膚炎」です。プロポリスは、ミツバチが産生する蜜蝋です。

症例:69歳男性
既往歴:10年前 mycosis fungoides (菌状息肉症), 発症時期不詳 気道過敏性疾患。前者の治療に mechlorethamine HCL (nitrogen mustard), PUVA療法、UVB療法、局所ステロイド投与が行われたが、著変なかった。
家族歴:アトピーなし
生活歴:楽器修理工。木工やニス(ニスはプロポリスを含む)などを用いて仕上げる。また、弓の修理も行う。自分でもヴァイオリンを演奏する。
現病歴: 5年前から灼熱感、掻痒感のある皮疹が、眼瞼、左耳、前腕、手に出現した。ニューヨーク大学医療センターの皮膚科アレルギー部門に紹介される 1ヶ月前に皮膚炎の再燃に気づいた。局所ステロイド塗布や抗ヒスタミン薬内服での改善は認めなかった。
身体所見:上眼瞼、下眼瞼に鱗屑を伴った紅斑あり。前腕と手に境界明瞭で軽度の紅斑状、鱗状パッチあり。
検査所見:一般的なアレルゲン、その他(紫檀、黒檀、ペルナンブーコ、馬の毛)に対するパッチテストを施行し、コロホニウム、アビエチン酸、プロポリスで陽性。RAST法では、ラテックスと種々の樹は陰性。
診断:アレルギー性接触性皮膚炎
経過:抗原の隔離と cetirizine内服、中力価ステロイド局所投与にて軽快した。
考察
・コロホニウム (アビエチン酸の酸化物を含み、ニス、松のおがくず、ワニス、弓の毛に塗る松ヤニなどに存在する) に対するアレルギー性接触性皮膚炎の報告は良く知られているが、音楽家でプロポリスに対して発症した報告はほとんどない。
・従来、プロポリスに対するアレルギー性接触性皮膚炎は、養蜂家で見られることが多かったが、バイオ化粧品使用者で見られることが増えている。また、HIV陽性患者で、プロポリスを含むサプリメントを摂取していて、口唇炎、口内炎を起こした症例も報告されている。
・ヴァイオリニストや弦楽器制作者で難治性の慢性湿疹性皮膚炎を認める時は、プロポリスに対するアレルギー性接触性皮膚炎を鑑別に考える必要がある。

要約すると、上記の如くになります。弦楽器製作の工程を考えると、木の削りカスによる喘息症状も起こりますし、ニスなど化学物質に対するアレルギーも起こりますね。今回は、ニスに含まれるプロポリスに対するアレルギーが指摘されています (コロホニウムに対するアレルギーも検査では陽性)。指摘されると「なるほど」と思いますが、なかなか普通思い至らないものだと思います。

プロポリスに関しては、楽器演奏者以外にも、アレルギーの報告があることを初めて知りました。極めて稀なことなので、まずそういう患者を診ることはないでしょうが、知っておいて損はないかもしれませんね。まぁ、アレルギーなんて、何ででも起こるとも言えるのですが。

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新型インフルエンザ

By , 2008年1月19日 11:34 AM

methyl先生に教えて頂いて、NHKの新型インフルエンザ特集を見ました。

シリーズ 最強ウイルス 第1夜 ドラマ 感染爆発~パンデミック・フルー 
シリーズ 最強ウイルス 第2夜 調査報告 新型インフルエンザの恐怖

新型インフルエンザ H5N1型を扱った番組でした。非常に良くできた番組でした。以前 SARSの特集をした時、番組は見ずに書籍化されたものを読んだのですが、この手の NHKの特集は考証がしっかりしていて、変にバラエティ化していないので、好感が持てます。

第 1話は、感染爆発のシナリオをドラマとして紹介していましたが、役者の演技力も許容範囲内で、他の医療ドラマを見る時のような、白々とした感じなく見ることが出来ました。緊迫感が上手く生み出せていたように思います。

第 2話は、過去の感染爆発の危機と、今後の対応についてでした。新型インフルエンザは、鳥インフルエンウイルス H5N1からのウイルスの変異によって発生すると考えられています。鳥インフルエンザ自体も恐い病気で、過去の感染者 348人に対して、死者は 216人に上るといいます。

実は、インドネシアで新型インフルエンザのヒト-ヒト感染がありました。感染者 7人、うち 6人が死亡。その後の調査で、このウイルスは世界的感染爆発パンデミックを起こす力を持っていないことが明らかとなりましたが、ヒト-ヒト感染を起こすことや、その致死率は驚異です。専門家の見方では、感染爆発は起こるかどうかではなく、起こることは確実で、「いつ起こるか」なのだそうです。

「タミフルがけしからん」と叩いている方が視聴率がとれるのかもしれませんが、新型インフルエンザの方が問題は深刻です。国民に危機意識がないことが最も深刻なのかもしれません。自分も第一線で働く身である以上、こうした疾患の情報を集めておかないといけないなと感じました。

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潜水服は蝶の夢を見る

By , 2008年1月14日 5:37 PM

久しぶりに本を読んで泣きました。

本のタイトルは「潜水服は蝶の夢を見る (ジャン=ドミニック・ボービー著、河野万里子訳、講談社)」です。

著者は、フランスのファッション誌「ELLE」の編集長です。彼は、「Rocked in syndrome」に罹患し、左眼と首をわずかに動かせる程度の「寝たきり」になってしまいました。「Rocked in syndrome」は脳幹部 (中脳・橋・延髄の総称) の障害で起こり、日本語では「閉じこめ症候群」と呼ばれます。脳からの運動の命令は、通常脳幹部を通って四肢に伝わるのですが、脳幹部が障害されることによって、伝わらなくなってしまうのです。従って、彼は知的機能はクリアに保たれつつも、四肢を動かすことが全くできなくなってしまいました。ただし、頭頸部への運動神経の一部がスペアされ、左眼と首をわずかに動かすことができました。

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テンポ

By , 2008年1月12日 8:51 PM

String」という雑誌があり、定期購読をしています。弦楽器を中心とした音楽雑誌です。他の音楽雑誌と違うのは、楽器演奏者を読者としてターゲットにしていることです。

これまでヒロ・クロサキ、アーロンロザンドやアルバン・ベルク弦楽四重奏団のメンバーなどへの興味深いインタビューに加え、シモン・ゴールドベルクの誌上レッスン、N響永峰氏のユーモアたっぷりの裏話など、楽しませて頂いていました。

昔に比べると、引きつける記事が減ったように感じますが、最近また興味深い特集が組まれていました。

早川正昭氏への「”テンポ”が遅くなっている」というインタビューです。早川氏は同誌に「アンサンブルの泉」という連載を毎月されています。

今回は、テンポについての話です。色々とネタは尽きないのですが、ベートーヴェンのテンポについて解説した部分を紹介してみましょう。

まず、ベートーヴェンのシンフォニーのLPと放送されたものを録音したりして、とにかくベートーヴェンのシンフォニーの録音をできるだけたくさん集めたんです。そして、演奏時代順にテンポを比べてみたんです。そうしてグラフにしてみたんです。そうすると、現代に近づくほど、だんだんテンポが遅くなるんですね。

それで、そのグラフを点でつなぎ、ワインガルトナーの『提言』で書かれているベートーヴェンのテンポの値とつなぎ、ずっと過去にまっすぐ伸ばしていくと、ベートーヴェンの時代の時点で、彼が書いたメトロノームのテンポとぴったり合ったんです。逆算してぴったり合ったので、これは大変なことだと思ったんです。それまでは、そういう意識が私にはまったくなかったんです。

それから、いろいろ調べ始めました。かつては、ベートーヴェンの書いたメトロノームのテンポはおかしい、という意見が大勢を占めていましたよね。演奏が不可能だということもあって、テンポ設定はおかしい、と言われていました。現在でもその意見はあります。その上、昔は今よりテンポが遅かったはずだ、ということを言う人も沢山いました。

でも、その統計を取ったときに、ベートーヴェンのテンポ設定は正しいのではないか、と思ったのです。そして、調べれば調べるほど、ベートーヴェンの時代の方が演奏テンポが速くて、ベートーヴェンの書いたテンポ設定は正にそのとおりだということにならざるを得ないんです。

(中略)

しかし、バロック時代、一番速く弾く場合、器楽も声楽も同じなんですが、一秒間に十六個の音を演奏したそうです。

そのデータをもとに計算すると、ベートーヴェンの八番の四楽章のテンポ設定は全音符が84とベートーヴェンは書いていますが、80ならばバロック時代の演奏家は演奏できるはずなんです。

ベートーヴェンが84と書いたのは、バロック時代の演奏が進歩して84でも弾けるようになったから、そのように書いたのか、あるいは、ベートーヴェンが将来もっと演奏家が進歩して、それくらいのテンポでも弾けるだろうと考えて書いたのか、そのどちらかだと思うんです。

古い録音として、フルトベングラーの第九などを聴くと「あー、遅いなぁ」と感じるので、中には例外もあるのでしょうけれども、一般的には、時代と共にテンポは遅くなる傾向にあるようです。早川氏は、別のところで、「テンポは 100年間で 7%ずつ遅くなっていっている」と指摘していました。ただし、最近は古楽器ブームの影響を受けてか、特にバロック~古典派の音楽はテンポが速くなった印象があります。

何故テンポが速くなっていくかについてはですが、私は「大指揮者が年を取って反射神経が鈍くなって、テンポがゆっくりになっていき、周りがその影響を受けるのでは・・・」などと考えてみたのですが、早川氏は「一つ一つの音を大切にし、この音は良い音だから、しっかり聴いてほしい、ということで演奏していくと、テンポは自然と遅くなっていきますよね。」と述べています。

ベートーヴェンが、実際にどう考えていたかを、早川氏が推測しています。

 ベートーヴェンというのは、テンポというのは、だんだん速くなる、と思っていた節があるんです。

というのは、皆上手くなってくるだろう。だいたい誰でも個人的に上手くなっていくから、社会全体もだんだん伸びるだろう、と思っていた節があるんです。

それは、現代でもそうで、演奏というのはどんどん進化していくと皆、思っていますよ。

ベートーヴェンは晩年のハンマークラヴィーアの作品で、テンポをメトロノーム設定で書いて、自分でも弾いて、『このテンポで弾ける人はあと五十年くらい出てこないだろう』と言っているんです。

ということは、やはり彼は時代と共に演奏家は上手くなっていくだろうと思っていたんですね。だから、先読みしてテンポ設定をした可能性があるんです。

なるほどという感じです。確かに、昔と比べて、器楽演奏のレベルは上がっていると思います。「巨匠」といわれるレベルは別としてです。一般的には、メソッドの発達も大きいのでしょう。ヴァイオリンでは、パガニーニのカプリスやコンチェルトを音大生が弾く時代ですからね。

ベートーヴェン以外の作曲家についても、彼は語っています。

その頃の文献を調べると、とにかくテンポは皆速い。ベートーヴェンより少し後の時代を見ても、チェルニーやシューマンのテンポ設定は速くて弾けそうにないと思うものがあるんです。でも、当時は弾いていたと思うんです。

シューマンのトロイメライ、これは四分音符が 100なんです。これは勿論弾けないことはないテンポですが、現代で弾かれるようなテンポからすると相当に速く感じます。夢という雰囲気を出せるかどうか。

でも、シューマンはそのテンポでいいと思ったんでしょうね。ただ、クララが五十年くらい経ってから校訂版を出していますが、そこでは 80になっています。この 80のテンポだと雰囲気が出せないこともない、現代では 50か 60位のテンポが普通ですけどね。

我々の感覚からすると、80まではなんとか理解できますが、100になると納得できない、という感じですよね。でも当時はそのテンポだったわけです。トロイメライは組曲の中の一曲ですが、他の曲はもっと速いので、その中でテンポ100のトロイメライが出てくると、夢のような感じが出てくるのかもしれない。

ただ、そういうことが、現代の人にとって想像がつかないのは、無理がないことかもしれません。

そう聞くと、「トロイ・メライ」をテンポ別に聴き比べてみたい気がします。

私は、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタを色々な演奏家のCDで聴き比べることがあります。例えばスプリングソナタを例にとると、どうもテンポが遅い演奏は好きになれません。自分でも演奏してみて、「昔はもっとテンポが速かったはずだ」と一人で思っていたのですが、本当に今よりテンポが速かったかもしれませんね。

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「北欧」はここまでやる。

By , 2008年1月7日 11:21 PM

今週号の雑誌「東洋経済」は、「『北欧』はここまでやる」という特集でした。特集には、冒頭から引きつけられます。

 医療、年金、介護問題など、日本は今、社会保障にかかわるさまざまな難問に直面している。いずれも有効な解決策が見当たらない。

その背景にあるのは、社会の活力低下。つまり少子高齢化と格差社会の出現だ。OECD(経済協力開発機構)の調査では、日本は平均より半分以下の収入しかない国民の割合(貧困率)が、先進諸国の中でアメリカに次ぐワースト2位なのだ。「一億総中流」の時代はとうの昔に終わってしまった。

日本だけではない。市場経済を重視して規制緩和を求める「新自由主義」が世界に成長と反映をもたらす一方、貧富の格差は世界的な課題になりつつある。1990年代終わりから「第3の道」を標榜し、新自由主義と福祉政策を融合させようとした英国は、確かに福祉政策で一定の成果を上げた。だが、その水準は決して高くない。世界中が福祉政策とどう向き合うか、模索を続けているのだ。

経済成長を望むなら、”平等”は犠牲にしなければならないのか。

95年から2006年までの1人当たりのGDP伸び率と、平等性を図る指数であるジニ計数との相関を調べると、興味深い事実が浮かび上がる。GDPの高い伸びを示しているのは、むしろ所得の平等性が高い国々(ジニ係数の低い国)が多いのだ。少なくとも、ここからは成長と平等がトレードオフの関係にあるとはいえない。やはり、健全な中間層の存在こそが、経済社会を成立させる前提ではないのか。

格差社会の問題は、実は GDP成長率と大きく関わっていることが示唆されています。上記の文章の後に続くのは、経済開放が進んだ中国などを除くと、英国、北欧諸国など福祉政策に積極な国に GDP成長率が高い国が多いのだという事実です。

北欧諸国の社会保障政策は、高福祉、高負担として知られていますが、何故経済成長が可能なのかを、その後で論じています。その答えは、「産業構造が国内の需要と一致しやすい構造となっている」ためなのだそうです。日本の産業構造の象徴として、需要に乏しい道路を作り続けることなどが思い浮かぶことを考えると、説得力がありますね(少なくとも高度経済成長の頃には、それは需要の中心でした)。これからは、産業構造を国内の需要に合わせてシフトしていくことが大事なのではないかと考えさせられます。そうすると、介護とか、福祉は需要が多いのではないでしょうか。力を入れるべき方向性が見えてくる気がします。

そんな北欧の国、スウェーデンでも、医療問題は深刻なのだそうです。最大の問題はアクセス制限で、2006年には国民の 40%が医療へのアクセスが問題だとしています。そもそも、日本での年間受診回数 13.8回に比べて、スウェーデンでは 2.8回 (!) なのだそうです。また、「2006年 4月時点で、3ヶ月以上の専門医の診断を待つ患者はおよそ 5.7万人、手術を待っている患者は 2.3万人にも上る」のだそうですから、医療については、どの国も苦労してますね。

ここからは余談ですが、冒頭で述べた格差社会については、東洋経済の「日本人の未来給料」という特集で、面白い記事があります。年収 2000万円超の人はバブル以降 1.9倍に増えているとか、純金融資産 1億円以上のミリオネアが日本には 80万世帯以上存在するという一方で、生活保護を受ける世帯が急増(全世帯の 2%)しているとか、3人に 1人が非正社員だとか、二極化が進んでいるのがわかります。

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歩を「と金」に変える人材活用術

By , 2008年1月5日 9:45 PM

「歩を「と金」に変える人材活用術(羽生善治、二宮清純、日本経済新聞出版社)」を読み終えました。

棋士の羽生善治氏とスポーツジャーナリストの二宮清純氏の対談集です。

羽生氏の着眼点にはいつもはっとさせられます。着想が豊かです。本人にしては自然な発想でも、周囲から見ると新鮮に感じさせるのは、将棋の羽生マジックと通じるところがあるのでしょうか。

羽生:私、思うんですけど、能力ってきっちした普遍的なものがあるわけじゃなくて、その時代時代の社会から求められてるものを能力と呼ぶんじゃないかと。ある社会、ある組織から求められる能力って、つねに変化し続けている。だから、ある組織から別の組織に移った人が活躍できるかどうかって、「いかにマッチングさせるか」というマネジメント次第だと思うんですよ。決して本人だけの問題じゃない。成功するかどうかは、組織を運営する人のマネジメント能力にかかってる気がしますね。

私は、異動の多い大学勤務医ですので、マネジメントの問題については凄く理解できます。医師の力を最大限に引き出すか、能力の発揮出来ない状況に置くか、マネジメントの部分は大きいですね。

対談者の二宮氏も、様々なスポーツ業界の内情に精通しているのみならず、独自の視点を持っています。対談中、日本人の哲学について、はっとさせられる部分がありました。

羽生:新しいアイデアが出てもすぐ共有されて、創造した人のアドバンテージは失われる。それはスポーツでもまったく同じだと思うんです。でも、真似されやすいものと、されにくいものがあるでしょう。例えばスキーの萩原健司がV字ジャンプで一世を風靡したけれど、すぐ真似されちゃった。一方、野茂のトルネード投法はあれだけ騒がれても、誰も真似しないじゃないですか。その違いは何なのでしょう?

二宮:いや、V字ジャンプというのは萩原が発明したんじゃなく、実はヨーロッパで生まれたものなんですよ。

羽生:あっ、そうだったんですか。

二宮:ヨーロッパで生まれたものを、萩原ら日本人選手が研究してマスターした。それをヨーロッパが逆輸入した感じなんですよ。やっぱりそういう改良型のイノベーションというのは、日本人の得意分野なんですね。

羽生:じゃあ、その後、日本のスキー界がいまひとつふるわないのは、テクニックを盗まれたのが原因じゃないと。やっぱりルール変更の影響なんでしょうか。たしかスキー板の長さを・・・。

二宮:身長の一.四六倍に変更されましたよね。現在ではさらに体重も加味して長さを決めますが、あれで圧倒的に不利になった。日本人は身長が低いぶん短い板を使わなきゃいけないから、浮力が得られない。長野オリンピックのジャンプ競技では、ラージヒル個人で金と銅、ノーマルヒル個人で銀。団体でも「日の丸飛行隊」と呼ばれた原田雅彦、岡部孝信、船木和喜、斉藤浩哉のチームで金。もう圧倒的な強さでした。ところが、次のソルトレーク大会以降はさっぱりです。

羽生:ルール変更は長野とソルトレークのあいだの話ですよね。

二宮:だから、ルール変更の影響がはっきり出た形です。ただ、当時、「日本人はいじめられている」みたいな反応が多かったけれど、それはちょっと短絡的なんです。ヨーロッパ人に聞くと、「長野では日本に花をもたせてやったんじゃないか。日本が勝たなきゃ客が入らない。メダルをあれだけとれたから、長野は大成功したんだろう」と。

羽生:ああ、興行の観点から・・・。

二宮:そうなんです。アマチュアとはいってもオリンピックはビジネスですから、興行の論理で考える。「だから、今度はルールを変えて、うちが勝つようにしてくれよ」と。お客さんが入らないスポーツはダメだという哲学が根底にある。でも、日本人はルール変更に負けたんじゃないと僕は思うんです。「ルールは変えられないものだ」と日本人が思い込んでいるところに最大の問題がある。

羽生:たしかにそういうところがありますね。学校教育の影響なんでしょうか。

二宮:子供の頃から「ルールを守れ」とは言われても、「ルールを作れ」とは言われませんからね。ルールは守るもんだと思って育っちゃう。一方、欧米人にとってのルールというのは、「人間がよりよく生きるため、人生を面白くするための手段」にすぎない。競技を面白くするためにルールを変えるのは、彼らにとっては当然の話なんですね。

羽生:日本人の感覚だと、なかなかルールに手をつけるというのは・・・。

二宮:ルールって、「指一本ふれちゃいけない神聖なものだ」と思っていますよね。だから、ルール改正の会議とかでは欧米人に比べて日本人の発言は消極的です。終わってから文句を言うことが多い。やっぱり小さなときからルールを作る感覚、そして「自分が作ったから守るべきなんだ」という感覚を育てていかなきゃいけないと思います。

確かに、ルールを作るという意識は普段持っていませんでした。今後は少し意識してみたいと思いました。

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神経内科病棟

By , 2008年1月4日 4:00 PM

「神経内科病棟(小長谷正明著、ゆみる出版)」を読み終えました。

小長谷先生の本は、これまでに「ヒトラーの震え 毛沢東の摺り足」や「神経内科-頭痛からパーキンソン病まで- 」を紹介したことがあります。文章が上手ですし、内容がしっかりしていて読みやすいです。

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明けましておめでとうございます

By , 2008年1月3日 1:25 PM

新年あけましておめでとうございます。昨日東京に戻って来ました。

正月には、久しぶりに叔父に線香をあげることができました。そこで、線香をあげながら色々考え事をしました。

私の叔父は「患者の為の医療をしなさい。それで病院が潰れたら、それは国の責任だ」というのが口癖で、それを地でいく人でした。ところが、今は、本当に病院が潰れる時代です。病院が潰れるというのも大変な事です。叔父が生きていたら何というかなぁ・・・などと考えていました。

叔父の葬儀では、宗派の異なる町中のお坊さんが集まり、「お経をあげさせてください」と無料で声をそろえて経をあげたという逸話があります。浄土宗も浄土真宗も、様々な宗派の僧が日蓮宗の経をあげたのは、よほどのことではないかと思います。葬儀には、平沼赳夫氏や片山虎之助氏といった自民党議員、岡山大学、鳥取大学の教授達も多く集まり、人望の厚さを実感しました。更に驚いたのは、雪が降りしきる道の両脇に、多くの人々が出て、霊柩車を拝んでいたことです。いつ霊柩車が通るというアナウンスもなかったのに、葬儀場から火葬場まで10キロあまりの沿道に集まっている人たちのことは、今でも覚えています。

そんなことで、将来は叔父の遺志を継いで地域医療に尽力出来たら良いなと思っているのですが、今の医療の現状では難しいと思います。また、田舎で一人で神経内科医をしていくには、私もまだ力不足です。力を蓄えて、時期を待ちたいと思います。

元旦には、親戚一同と飲んだのですが、IT業界の社長、土建屋社長、アナウンサーなど様々なジャンルの方と一緒で、面白い話が聞けました。IT業界の社長は、テレビ番組のスポンサーを探す仕事などもしているらしいのですが、苦情が来ないので、テレビで医者叩きはしやすいのだと言っていました。逆に薬害問題などを扱うと、製薬会社がスポンサーにつかなくなるので番組が作りにくいと言っていました。マスコミによる医療の偏向報道が医療崩壊に与していることを考えると、医師も黙っていてはいけませんね。それから、私が普段読んでいる「東洋経済」については、「提灯記事を売り込みに行く仕事もしているんだけど、あそこは固いからそういうのは載せないんだよ」と言っていました。そういう意味では、信頼できる雑誌ということですね。

新年早々、暗い考え事をしてしまいましたが、本年もよろしくお願い致します。

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幸せのひととき

By , 2007年12月24日 11:13 PM

今日はクリスマスイブです。何を祝う日なのか知りませんが。

朝起きたとき、ひどい二日酔いでした。嘔吐もあって、悪阻かと思ったくらいです。

昼くらいから起きだし、楽器の練習を少しして、池袋に出かけました。

巷のカップルを横目に見つつ、目的は東武百貨店のCD屋「HMV」。ここで、何枚かのCD、DVDを購入しました。

一つはたまたま見つけたフルトベングラーの第九のCD。1951年の音楽祭のプログラム付きです。

もう一つは、ヨハネ受難曲のDVD。去年は、クリスマスにマタイ受難曲を聴いたものですから、今年はヨハネ受難曲かなと思っていました。ただ、去年はその後、感染性胃腸炎を発症してしまい、苦い思い出があります。ヨハネ受難曲については、また時間を見つけて鑑賞する予定です。

残る一つは、「Nathan Milstein in portrait」というDVDです。

今、そのMilsteinのDVDを見ています。ナレーションが英語で良く聞き取れないため、もっぱら演奏のみ見ています。その演奏ですが、ベートーヴェンのクロイツェルソナタとバッハのシャコンヌが収録されています。

私は、ミルシテインという演奏家が大好きで、何故かというと、演奏の意図が非常にわかりやすいからです。その意図にまた説得力があるのです。どこを取っても何がやりたいかが明確で、洗練されています。感情をベタベタ貼り付けただけの演奏をすることがありません。彼の「ロシアから西欧へ」という自叙伝を読むと、彼が如何に知性的な人物だったのか良くわかります。

二日酔いのため、一人でお茶を片手に鑑賞していますが、DVDを堪能出来て、本当に幸せです。

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ヴァイオリン製作と喘息

By , 2007年12月19日 7:02 PM

今回取り上げるのは、職業性喘息についてです。実は、フランス語の論文のため、私はabstractしか読んでいません。フランス語が読める方は、是非全文読んでみて下さい。

Rev Mal Respir. 1992;9(4):470-1.Links
[Occupational asthma caused by ebony wood][Article in French]

Kopferschmitt-Kubler MC, Bachez P, Bessot JC, Pauli G.
Service de Pneumologie, Pavillon Laennec, CHRU, Strasbourg.

A case of occupational asthma to ebony wood dust is described in a violin and stringed instrument maker, who was sanding and filing ebony to make the finger boards of violins and cellos. The diagnosis was confirmed using a realistic provocation test; after sanding and smoothing the ebony for 20 minutes the patient developed bronchial spasm with fall of the force expired volume in one second (VMS) of 45% which was reversible following the inhalation of beta 2 agonists. A delayed reaction was seen at 3 hours and 6 hours and at 20 hours after the test. The observations of occupational asthma or rhinitis to ebony wood are very rare. To our knowledge there are two publications at the present time. It has been recognised as an occupational disease (see table 47 of occupational diseases) and an exclusion order has been effected.

PMID: 1509193 [PubMed – indexed for MEDLINE]

ヴァイオリン、楽器製作者は、ヴァイオリンやチェロの指板を研磨したり、削ったりしますが、指板に用いられる黒檀の粉塵に対する喘息の一例が本論文では取り上げられています。

診断には誘発試験が用いられます。実際には、20分間黒檀を研磨するなどの作業をした後、患者が気管支の spasm (攣縮) を起こし、1秒率 (force expired volume in one second; VMS) が 45%低下したことから、気道の過敏性を証明し、β2刺激薬吸入を行って可逆性を証明しています(喘息の確定診断には、気道の過敏性や可逆性の証明が大切です)。遅発性反応が、3時間、6時間、20時間後に見られています。

黒檀に対する職業性喘息、鼻炎の知見はとても珍しいのだそうです。

楽器作りも、こんな辛い発作を乗り越えて行っている職人がいるのですね。

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