「古楽器で聴くモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ」特集のトリを飾るのは、ヒロ・クロサキです。モダン楽器、古楽器を含め、モーツァルトの主要なヴァイオリン・ソナタを全て網羅した録音は、1996年のこの CD以前ありませんでした。ヴァイオリン・ソナタ集とはいっても、全て網羅していた訳ではなかったのですね。
Continue reading '古楽器で聴くモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ⑤'»
Raychel Podger は、バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ&パルティータを古楽器で録音し、高い評価を得た女流ヴァイオリニストです。何と、前回のエントリー「古楽器で聴くモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ③」で紹介した Manzeとバッハのドッペルコンチェルトも演奏しているのです。即興での装飾の応酬が興味をそそります。
その Podgerが Gary Cooper (fortepiano)と組んでモーツァルトのヴァイオリン・ソナタを録音しました。現在の所、Volume 6まで発売されています。彼らは初期のソナタをかなりルバートを効かせて演奏しています。バロック音楽の名残があり、自由度を高く設定したのでしょう。中期・後期のソナタとなるに従って、古典派として様式感が聴き取れるようになります。
Podgerと Cooperの演奏の特徴は、即興性です。バロックや古典派の時代は、即興も音楽の大切な要素で、演奏家のセンスを判断する目安のひとつでした。当然、モーツァルトも自作のソナタを即興たっぷりに演奏したことでしょう。Podgerらはそうした点を意識したのだと思います。他の古楽器演奏家と比較しても、Podgerらの即興性の要素は強く、何度も聴いた曲が新鮮に聴かれるのではないかと思います。音楽的にも非常に聴きやすいので、お勧めです。
(気が向いたら)つづく
今日紹介する演奏家は、Andrew Manzeです。古楽器好きの方々の間では有名な存在です。私が衝撃を受けたのは、彼が「悪魔のトリル (Tartini作曲) 」を無伴奏ヴァイオリンのために編曲して演奏したのを聴いた時です。ヴァイオリン一本で紡ぎ上げるおどろおどろしい世界?は、悪魔の演奏を思わせました。
・1-Manze-Devil’s Trill
VIDEO
Andrew Manze (violin) と Richard Egarr (fortepiano) によるMozartの録音は、技術的に非常に安定した聴きやすい録音です。Manzeのことだから、何かとんでもないことをしたのではないかと先入観を持って聴きましたが、実は非常にオーソドックスなスタイルでした。上記のTartiniの時代の演奏と違って、演奏家に許される自由度が多少異なるのかもしれません。それ以上に、Mozartのソナタが編曲の余地が無いほど完璧に作曲されていたからでしょうか。演奏については、ヴァイオリンとピアノの音のバランスが良く、二人の息もぴったりで、音楽的にも非常に自然でした。また、収録されたソナタは全て、モーツァルトがウィーンを訪れた 1781年に作曲されたもので、選曲に Manzeらのセンスを見た気がしました。
楽器はヴァイオリンが「Joseph Gagaliano (1782年)」、弓が「Jutta Welcher」、フォルテピアノが「Johann Zahler (1800年)」が使用されたそうです。
前回、「古楽器で聴くモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ①」で述べたように古楽器ブームが起こりましたが、ブームを支えた演奏家として、クイケン3兄弟は多大な功績を果たしました。3兄弟とは則ち「ヴィーラント・クイケン (チェロ、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者)」、「シギスヴァルト・クイケン (ヴァイオリン、ヴィオラ奏者、指揮者)」、「バルトルト・クイケン (リコーダー、フルート奏者)」です。このうち、シギスヴァルト・クイケンは、世界的なバロック・ヴァイオリンの名手ヒロ・クロサキ 、寺門戸亮 などを育てました。
さて、シギスヴァルト・クイケンはリュック・ドゥヴォスと組んで、モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ全集を録音しました。「The Sonatas for Fortepiano and Violin Sigiswald Kuijken / Luc Devos (ACCENT ACC20041)」です。使用された楽器は、ヴァイオリンが1700年製の「Giovanni Grancino」、フォルテ・ピアノが「Claude Kelecom, Brussels 1978 after J.A.Stein, Augsburg 1788」とライナー・ノートに書かれています。
演奏は古典派というより、ややバロック風な印象を受けます。音が颯爽と流れていくシンプルな心地よさが魅力です。一方で、伸びやかさに多少欠く感があります。フォルテ・ピアノの方はチェンバロに近い音で演奏されています。一概にフォルテ・ピアノといっても時代によって様々ですから、どのようなフォルテ・ピアノを用いるかは演奏者の意図と考えることができます。
(気が向いたら)つづく
今回紹介するのは、古楽器 で演奏されたヴァイオリン・ソナタ(モーツァルト作曲)です。まずは基礎知識から。
古楽器という定義は難しいですが、現代のオーソドックスなオーケストラで用いられる「モダン楽器」以前の楽器と考えるとわかりやすいかもしれません。誤解を恐れずに言えば、古楽・バロック期・古典派の時代に用いていた楽器のことです。
我々が普段目にするピアノはチェンバロ からフォルテ・ピアノ を経て現代のスタイルとなっています。チェンバロが弦を爪(プレクトラム)で弾いて演奏する撥弦楽器であるのに対して、フォルテ・ピアノはハンマーで弦を叩いて演奏する打楽器です。しかしフォルテ・ピアノはより現代のピアノに近い割には、張ってある弦がチェンバロのように細く強い音は出せませんでした。室内楽向けの楽器と言えると思います。
フォルテ・ピアノは改良を加えられ、音域を拡大していきました。さらにペダルが改良されたり、強い音が出せるような改良が加えられました。かのベートーヴェンもフォルテ・ピアノの進化に合わせて作曲するピアノ・ソナタの音域を拡大していきました。音域の拡大につれて、作曲の幅は広がり、演奏者も技巧を要求されるようになりました。
時代的にも貴族の地位が低下し、ベートーヴェン以降、主として貴族のためであった音楽は大衆にも開放されるようになりました。音楽がそれまでの<貴族のための室内楽>から大きなホールで演奏されるように変わったことで、求められたのは強い大きな音が出せることでした。それはピアノの進化の歴史と方向を同じくしています。
ヴァイオリンでも同じ事が言えます。バロック期に最高の名器は「アマティ」でしたが、現代では「ストラディヴァリウス」「グァルネリ」と言われます。それらが作られた時代はあまり変わりません。アマティは室内楽向けには良い楽器だったのですが強い音が出にくく、致命的なことに改造がしにくかったのです。「ストラディヴァリウス」や「グァルネリ」は大ホールでの演奏向けに改良するのに適していました。したがって、現存する「ストラディヴァリウス」や「グァルネリ」の多くは現代向けに改造された楽器です。
より派手で華やかに、演奏のチューニング・ピッチはどんどん上がっていき、楽器は改良されていきました。奏法も変わっていきました。我々が現代使用している楽器はそうした進化を辿ってきたものです。
一通りの演奏の可能性が尽くされて、作曲された当時の楽器・奏法・チューニング・ピッチで演奏してみたらどうかという流れが出てきました。これが古楽器ブームに火をつけました。そうした流れが生まれ始めた頃の時代と比べ、名手達がレベルを一気に押し上げました。
(気が向いたら)つづく
(補足)
ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第29番作品106<ハンマークラヴィーア> の作曲の動機が新作のピアノを贈与されたことにあったとする説がありますが、否定的な説もあるので、下記に引用という形で示しておきます。
作曲家別「名曲解説」ライブラリー③ ベートーヴェン 音楽の友社
スケッチ・ブックによれば、この曲にとりかかったのは 1817年 11月で、翌年初めには第 2楽書まで完成され、4月にルドルフ大公のために浄書が行われた。あとの 2つの楽章はその年の夏をメードリングで過ごしていた間にほぼでき上がったらしく、1819年の 3月には作曲も浄書もすべて終わっていた。
ベートーヴェンは 1818年の夏、ロンドンのピアノ製造者ブロードウッドから優秀なピアノを贈られた。当時、英国製のピアノは性能では他を圧していたが、ベートーヴェンはそれを贈与されたことでピアノ音楽への情熱をかきたてられ、この巨大なソナタを作曲することになったという説がある。ところがベートーヴェンが実際このピアノを手にしたのは 1818年の夏のことであるから、先に述べたように早く作曲された第 1, 2楽章はこの新ピアノとは関係なく作曲され、第 3, 4楽章だけが多分このピアノ到達以後の作品ということになる。とすると、その説を全面的には承服するわけにはいかない。
以前紹介した、ピアニストの慢性疼痛。「Hingtgen CM. The painful perils of pianists: The chronic pain of Clara Schumann and Sergei Rachmaninov. Semin Neurol 19: 29-34, 1999」から、Clara Wieck Schumann について書かれた部分を読んでみましょう。
Continue reading 'クララ・シューマンと慢性疼痛'»
Norbert Hilger が演奏する「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ&パルティータ(バッハ)」のCDを聴きました。なんと、この録音はチェロで演奏されています。
最初にソナタ第1番の第1楽章アダージョが流れたときは、「ちょっとイマイチだなぁー」と感じました。この曲は Wikipediaで自筆譜を見ること も出来ますが、縦線としての和音と、それを紡ぐ早いパッセージから出来上がっています。これは建築に例えると、「橋脚」と「吊り橋のケーブル」のように見え、そのように演奏されることが多いです。すなわち和音を重く弾いて、間のパッセージを軽く弾くのです。そうすると曲が立体的になります。しかし、チェロだとヴァイオリンより発音に時間がかかるため、間のパッセージがモコモコしてしまって少し聴きにくくなっていました。スタッカートならもう少しクリアに出来たのでしょうが、楽譜にスラーの指示があるため、楽器の制約を受けてしまいましたね。
でも、以後の曲を聴き進めていくうちに、魅力にはまりました。音域が低い分、より落ち着いた雰囲気が出せていたのですね。一方で、ソナタ第1番のアダージョを除けば、早いパッセージが連続する曲でもクリアに演奏されていました。随所に工夫の跡があり、ソナタ第 2番の第 3楽章はピチカートで演奏されていて、新鮮でした。
一度、聴いてみて損がないと思います。
その他、バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ&パルティータのCDについては、下記のサイトが凄いです。
バッハ: 無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ
今回紹介する論文は、慢性疼痛を持ったピアニスト二人についてです。その偉大なピアニストとは、「Clara Wieck Schumann (1819-1896)」と「Sergei Vassilievich Rachmaninov (1873-1943)」です。Clara Schumann は Robert Schumann の妻としても知られています。Sergei Rachmaninov は、有名なロシアの作曲家でありピアニストです。彼のピアノ協奏曲を扱った「Shine 」という映画を覚えている人も多いと思います。
論文「Hingtgen CM. The painful perils of pianists: The chronic pain of Clara Schumann and Sergei Rachmaninov. Semin Neurol 19: 29-34, 1999」には、この二人の慢性疼痛について詳細に記載されています。
Continue reading 'ラフマニノフと慢性疼痛'»
ヴァイオリンを使ってやる芸がいろいろあり、例えば救急車のサイレン音を Doppler効果付きで表現したり、弓を股間に挟んでヴァイオリンをこすりつけて演奏したり、ドアが開く「ギー」という音を出したり、私もいくつか持っています。
楽器を使った芸を Youtubeから紹介です。
Continue reading '芸'»