血液ガスをめぐる物語

By , 2014年2月13日 7:55 AM

血液ガスをめぐる物語 (諏訪邦夫著、中外医学社)」を読み終えました。諏訪邦夫の血液ガス博物館というサイトをベースにした本です。

体内の酸素をいかに測定するか?古くはクロード・ベルナールが、 1851年に、一酸化炭素が血液と結合して、酸素運搬能を失わせて動物を殺す作用を発見し、この事実を用いて血液から酸素を遊離させて測定する方法を提案したことがあるそうです。しかし実際に測定できるようになるには多くの研究が必要でした。フィック (拡散の法則)、ボーア (ボーア効果: 酸素解離曲線への二酸化炭素の影響)、ヒル (酸素解離曲線)、クロー (マイクロトノメター)、ヴァン=ストライク (酸素と二酸化炭素の含量測定法)、ライリー (気泡法 PO2測定)、ホールデン (ホールデン効果:二酸化炭素解離曲線への酸素の影響) らが研究を繰り広げました。この頃は、遊離させた酸素や二酸化炭素を抽出して含量を測定する方法などがとられていました。

その後は、溶液に電流を流して性質を推定する方法を用いて、pH, 酸素、二酸化炭素の測定が行われました (例えば、電流変化は酸素分圧変化にほぼ比例するため、これにより分圧測定が広まることにもなりました)。そのためには電極が重要で、「分極を防ぐ」「較正可能にする」ことに努力が注がれたようです。最初は水素電極や水素ガス/プラチナ電極など、最終的には酸素電極、二酸化炭素電極が開発されました。信頼出来る二酸化炭素電極の開発には時間がかかり、それまでもっぱらアストラップ法が用いられていました。こうして電極が揃ってきて、セブリングハウスらにより、血液ガス分析装置が完成しました。その機械は、現在ワシントンにあるアメリカ自然博物館の地階に展示されているそうです (商品化へはまだ道のりあり)。

また、忘れてはいけないのがパルスオキシメーターです。この機械は、酸素飽和度を持続的にモニターするものですが、日本人が開発したことを知る人はあまりいないかもしれません。1970年、日本光電の青柳卓雄氏は色素希釈法による心拍出量測定装置の開発で、色素の拍動に悩まされたのがきっかけで、パルスオキシメーターの原理に思い至り、特許を申請しました(青柳氏本人による開発秘話)。日本光電の試作機は、耳朶で信号を得るものでした。ミノルタの山西昭夫氏は、指尖容積脈波の波高値の物理的意味の考察から同様の着想に達し、1ヶ月遅れで類似特許を申請し、こちらは国際特許のみ成立しました。ミノルタの商品は、指先で信号を得るものでした。麻酔科医のニュー氏は、この装置の有用性に気付き、麻酔科医の立場を放棄して、ネルコア社を立ち上げ、装置の普及に尽力しました。著者は、この何万人もの命を救ってきた装置の開発と普及に対し、青柳氏とニュー氏にノーベル賞を与えるべきだと考えているようです。

ざっと血液ガス測定の歴史を紹介しましたが、本書にはもっともっと詳しく書いてあります。著者が歴史的論文の多くを読み込んでいることに感服しました。本書には 1870年のフィックの論文の全訳など、他ではお目にかかれないものも収載されています。麻酔科医など、血液ガス分析に関心のある方は是非読んでみてください。

以下、備忘録

・ボーアの死腔に関する論文は有名だが、ボーアの意図は違って、死腔を予め解剖学的に計測しておいて、それを逆に使って肺胞気組成を出そうとした。

・ヘンダーソン (ヘンダーソンーハッセルバルフ式でお馴染み) が動物小屋を研究室に改造して運営するのに 5000ドルくらい必要だった時、ヴァン=ストライクがロックフェラー二世に無心したら、「5000ドル程度ならヘンダーソン教授が自分で何とかするさ。もし 500万ドル必要というのなら考えよう」と答えたらしい。

・ホールデンは酸素療法を開始した人としても評価されている。ホールデンは戦時中の 1917年に毒ガスに対する酸素療法の有効性を唱え、実行した。

・pHという単位を提唱したソーレンセンは、水素電極を用いて体液の水素イオン濃度を測定して、50 x 10-9モルという値をだした。この数値は、pH 7.3に相当する。

・ハーバーが開発したハーバー法により、窒素肥料が手に入りやすくなり農業に大きな影響を与えた。そのハーバーがガラス電極を開発し、水素電極にとってかわった。ハーバーは毒ガスの研究にも携わり、反対した妻を自殺で失った。ノーベル賞の受賞講演では「戦争に勝者はいない。犠牲者だけが残る」という言葉を残している。

・セブリングハウスは、第二次大戦中は MITでレーダーの研究を行っていて、原爆投下を機会に医師になる最終決断をした。コロンビア大学医学部の学生時代に、横隔神経刺激装置を製作して数台販売した。

・急性に CO2が上昇する場合、PCO2 10 mmHgあたり [HCO3-] 1 mEq/l上昇すると概算できる。ここから大きく外れていたら、非呼吸性の要素が加わっていると解釈する。慢性に CO2が上昇する場合、PCO2 10 mmHgあたり [HCO3-] 4 mEq/lの上昇と概算できる。[HCO3-] の上昇の 3 mEq/l分は腎臓が働いたと解釈できる。

・1987年の昭和天皇の手術の際、東京大学病院の手術室にはパルスオキシメーターが 4台しかなく、それを持ち出すのは躊躇されて手術時には使わなかったが、結局術後に必要と判断して 1台を宮内庁病院に移動した。

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