筋萎縮性側索硬化症やパーキンソン病では、最近 seed仮説というのが唱えられています。疾患の原因タンパク質がプリオンタンパクのように個体間や個体内で伝播し、正常なタンパク質を変性させていくもので、注目を集めています。
2015年9月9日の “Neurology Now” に恐ろしい事例が掲載されていました。
1985年以前には、ヒト成長ホルモンは人工合成でなく、死体の下垂体から抽出されていました。しかし、プリオンタンパクの混入があり、2000年までに 1848名中 38名がクロイツフェルト・ヤコブ病を発症しています。今回、このうち 8名の脳が調べられました。年齢は 36~51歳でした。すると、6名にアルツハイマー病にみられるようなアミロイドβの沈着がみられたのです。4名は広範囲であり、2名は斑状に分布していました。一方で、アルツハイマー病でみられる neurofibrillary tau gangleはみられませんでした。これらの患者には若年性アルツハイマー病の遺伝的背景はありませんでした。また、ヒト成長ホルモンの投与を受けていないクロイツフェルト・ヤコブ病でアミロイドβが検出された患者はいませんでした。
研究者らは、死体から抽出したヒト成長ホルモンの中に、プリオンタンパクと共に βアミロイド含まれており、それが伝播したのではないかと考えているようです。アミロイドは下垂体に凝集しやすいこと、アルツハイマー病で死亡した患者の脳組織をマウスに投与するとアルツハイマー病様の病理を呈することが知られていますが、それを支持するものです。
もし今回の報告が事実なら、アルツハイマー病の原因タンパク質である βアミロイドが seed仮説に従うという大きな根拠となりそうです。現在、別の研究機関で再現性を調べているらしく、結果を待ちたいと思います。
(参考)
最近、定期購読している JAMA neurology誌に血栓溶解療法 rt-PAと症候性脳出血について 2本ほど論文が掲載されていました。興味深い内容だったのでさわりだけ紹介します。
脳梗塞発症 4.5時間以内に血栓溶解療法が行われた患者 3894名のうち、3.3%に症候性の頭蓋内出血がみられた。血栓溶解療法が行われた時間の中央値は 470分で、症候性頭蓋内出血が診断された時間の中央値は 112分だった。院内死亡率は 52.8%で、26.8%に 33%以上の血腫拡大があった。血小板輸血や低フィブリノゲン血症が血腫拡大と相関していた。いかなる治療 (評価項目:Vitamin K, Cryoprecipitate, Aminocapronic acid, Fresh frozen plasma, Prothrombin complex concentrate, Recombinant factor VIIa, Plantelet transfusion, Surgical decompressive craniotomy or hematoma evacuation, Any treatment) も生命予後を改善しなかった。(2015年10月26日 published online)
症候性脳出血の発症率は先行研究より少ないですが、死亡率が約 50%というのは他の報告とほぼ一緒の結果ですね。一回出血してしまうと、何をしても厳しいようです。
血栓溶解療法を受けた 85072名のうち、45.7%が治療前に抗血小板薬を内服していた。交絡因子を調整した後、血栓溶解療法前に抗血小板薬を内服していた患者が症候性脳出血を起こすリスクは、内服していない患者と比べて有意に高かった (adjusted odds ratio [AOR], 1.18 [95% CI, 1.10-1.28]; absolute difference, +0.68% [95% CI, 0.36%-1.01%]; number needed to harm [NNH], 147)。最もリスクが高かったのは、アスピリン単独と (AOR, 1.19 [1.06- 1.34]; absolute difference [95% CI], +0.68% [0.21%-1.20%]; NNH, 147) とアスピリン+クロピドグレル併用療法 (AOR, 1.47 [1.16-1.86]; absolute difference, +1.67% [0.58%-3.00%]; NNH, 60) だった。院内死亡については、抗血小板薬内服の有無で有意差はなかった。しかしながら、抗血小板薬の内服は、交絡因子を調整すると、自立歩行 (42.1% vs 46.6%; AOR, 1.13 [1.08-1.17]; absolute difference, +2.23% [1.55%-2.92%]; number needed to treat, 43) や退院時の機能予後 (退院時の mRS 0-1: 障害がない) (24.1% vs 27.8%; AOR, 1.14; 1.07-1.22; absolute difference, +1.99% [0.78%-3.22%]; number needed to treat, 50) という点で優れていた。(2015年11月9日 published online)
以前、同僚と下記のような議論を同僚としたことがあります。
「抗血小板薬の効果は切れるのに数日かかるので、脳梗塞発症前に抗血小板薬を飲んでいた患者の場合、その効果が持続した状態で血栓溶解療法が行われる。これは、血栓溶解療法後と同時に血小板薬を投与するのと違わないんじゃないか?ガイドラインでは血栓溶解療法を行ったあとに 24時間以内は抗血小板薬を投与しないことになっているけどね・・・。」
今回の研究を見ると、やはり抗血小板薬は血栓溶解療法における症候性出血の増加と関連があったのですね。一方で、抗血小板薬が入っていた方が、機能予後としては良いというのは驚きでした。
2014年、「神経難病における音楽療法を考える会」に参加しました。
素晴らしい会だったので、今年も参加しようと思います。締め切りは 11月17日までです。参加される方はお早めに。
HPV (ヒトパピローマウイルス) ワクチンを接種した後に様々な症状を訴える患者が社会問題となっています。私は直接診療したことはありませんが、テレビなどで症状が映されるのを見ると、心因性の要素が強いのではないかと感じさせられることがあります。例えば、座位と臥位で不随意運動の周波数が違うことや、注意が他にいっているときに症状が弱くなることなどからです。親がかなり強固に症状を主張しているので、患者もその状況から抜けられなくなっている要素もあるかもしれません。
とはいえ、すべて心因性といえるかというと、それを証明するのは難しいですしょう。
私はどちらの可能性も含めてもう少しニュートラルに議論すれば良いのではないかと思うのですが、薬害というレッテルを貼ることで冷静な議論が難しくなっているのが現状ではないかと思います。母が子宮頸癌で苦しんでいる背中を見てきた私としては、ヒステリックな議論に引っ張られてワクチンを受けない選択をとる方々が増えているのを見るのは辛いところがあります。
そうしたなか、この問題に正面から取り組んでいる医師が話題になっています。非常に説得力のある文章なので、ぜひ一度読んでみてください。
①あの激しいけいれんは本当に子宮頸がんワクチンの副反応なのか 日本発「薬害騒動」の真相(前篇)
②子宮頸がんワクチン薬害説にサイエンスはあるか 日本発「薬害騒動」の真相(中篇)
③子宮頸がんワクチンのせいだと苦しむ少女たちをどう救うのか 日本発「薬害騒動」の真相(後篇)
なお 2015年11月6日、欧州医薬品庁 (EMA) は HPVワクチンが複合性局所疼痛症候群 (CRPS) や体位性頻脈症候群 (POTS) の原因になるという根拠はないと結論づけたそうです。
November 6, 2015 // Despite continued reports in the lay media of teenage girls developing various symptoms after human papillomavirus (HPV) vaccination, and also documented cases in the medical literature of two syndromes — complex regional pain syndrome (CRPS) and postural orthostatic tachycardia syndrome (POTS) — after such vaccination, an eagerly awaited review from the European Medicines Agency (EMA) has concluded that the “evidence does not support that vaccines cause CRPS or POTS.”
物の名前を聞いても答えられない失語症の患者さんが、日常会話だと喋れてしまうことがあります。日常臨床では割と普通に見かけることですが、この現象に名前が付いていることを Alajouanine先生の論文で最近知りました。
Baillargerはパリのサルペトリエール病院の医師です。Baillargerは、ある単語を発音しようとしてもできないのに、やろうとしなければ出来てしまう現象を記載しました。これに眼を止めたのが、Jacksonてんかんなどで名を残した Queen Squareの医師 Hughlings Jacksonです。Jacksonは、さまざまな調子で ”yes” “no” などの発話ができる失語症患者について、感情的言語は保たれているが命題的機能が欠けていること、時々行なわれる発話に次の 3つの状態があることを見出しました。すなわち 「(1) 感情に支配された、会話ではない発話 (“oh”, “ah” など), (2) 会話ではあるが下位の発話 (”merci”, “good-bye” など), (3) 知的な価値を持った真の会話」です。鋭い観察に基づくこれら異なった状態の分析が、発話障害におけるジャクソンの生理病態学的解釈の基本でした。
この論文著者の Alajouanine先生は、次のような症例の体験を記載しています。ある失語症患者に娘の洗礼名を質問したのですが、その患者はうまく答えられず、娘に向かって「ねぇ、ジャクリーヌ (※洗礼名)、私はあなたの名前を思い出せないのよ」と。意図しても出てこないのに、感情に支配されたシチュエーションでは、このように簡単に出てくるものなのですね。この症例では、本人がそのことに気付いていないのが興味深いです。
高次脳機能の分野は非常にマニアックなので、なかなかこうした領域の論文を読む機会は少ないのですが、あまり気に留められないこの現象をジャクソンが追求していたことを知って、新たな発見がありました。
(参考)
・歌を忘れてカナリヤが
視神経脊髄炎 (Neuromyelitis Optica; NMO) は、視神経炎と脊髄の長大病変 (3椎体以上) を特徴とする疾患で、多くの場合抗AQP-4抗体が陽性となります。抗AQP-4抗体は陽性でありながら、視神経脊髄炎と診断できないような症例は、視神経脊髄炎スペクトラム疾患 (NMO spectrum disorders; NMOSD) などと呼ばれてきました。
2週間近く前に、その NMO/NMOSDの改訂診断基準が策定され、Neurology誌に掲載されています (2015.6.17 published online)。Open accessなのでどなたでも読めます。
じっくり読む時間が取れていなくて、まだ斜め読みですが、下記あたりがポイントと思います。
・NMOと NMOSDは同じ病態なので、統一して NMOSDと呼ぶことにする。NMOSDは、抗AQP-4抗体陽性と抗AQP-4抗体陰性/不明に分ける。診断基準 (Table 1)
・抗体測定法は cell-based assayが強く推奨される
・他疾患の除外が必要。特に Red flag (Table 2) に注意。
・画像検査の特徴 (Table 3)
・抗MOG抗体など抗 AQP-4抗体以外の抗体の役割についてはよくわかっていない (NMOSD with ◯◯ antibodyなどのように表現)。
(参考)
・第6回東京MS研究会
・抗MOG抗体と NMO/NMOSD
脳血管性パーキンソニズム (Vascular Parkinsonism) という概念があります。パーキンソン症状を呈する疾患はパーキンソン病以外にも沢山あり、そのうち脳血管障害によりパーキンソン症状が出てしまうものを脳血管性パーキンソニズムと呼びます。一般的には下肢に強いパーキンソン症状があり、CT/MRIで白質病変が目立つと、他疾患を除外の上、脳血管性パーキンソニズムと呼ばれることが多いです。
しかし、この疾患概念が問題を抱えていることは事実です。そのことについて、ついて、 Movement disorders誌にわかりやすい総説が掲載されていました (2015年5月21日 published online)。
著者の意見によると、”definite” な脳血管性パーキンソニズムは、黒質ないしは黒質線条体経路の脳血管障害で起こるものです (線条体そのものや皮質、その間の白質によるものは除きます)。一方で、画像検査で白質病変が目立つことを診断根拠にしている症例では、白質病変が病理学的に必ずしも “vascular” とはいえず、パーキンソニズムをきたすとする根拠にはならないとしています。私も同意見です。白質病変の目立つ患者は、「脳血管性パーキンソニズム」というのがゴミ箱診断にされているなぁというのは実感するところです。この総説には、下肢に強いパーキンソニズムを来す疾患について、正常圧水頭症、進行性核上性麻痺、CADASILなど鑑別すべき疾患がいくつか提示されています。
もし日常診療で「脳血管性パーキンソニズム」という診断をよく下している医師がいれば、是非読んでみて頂きたい総説です。
神経変性疾患には、α-synuclein病理を示す疾患がいくつかあり、まとめて “α-synucleinopathy” と呼ばれることがあります。いずれも α-synucleinが何らかの役割を果たしていると考えられていますが、なぜこんなに病気の表現型が違うのかはよくわかっていません。
2015年6月18日の Nature誌に、それを説明するような論文が掲載されました。
どうやらラットの脳に異なった形状の α-synucleinを注入すると、それぞれ異なった表現型を示すようです。この仮説が正しいかどうかは今後の検証を待たないといけませんが、凝集のもととなる α-synucleinの形状によって、パーキンソン病になったり、多系統萎縮症になったりすると考えると、これまで疑問が説明出来そうに思えます。興味深い研究です。
(参考)
Nature ハイライト:神経変性: シヌクレインのバリアントが異なる病態を引き起こす
筋萎縮性側索硬化症 (ALS) や前頭側頭葉変性症の原因遺伝子の一つとして C9orf72の GGGGCC 6塩基反復配異常伸長が知られています。そのモデルマウスの作製に成功した話を 2015年5月28日のブログ記事で紹介しました。
逆に、C9orf72を神経細胞およびグリア細胞で選択的にノックアウトしたマウスの表現型を調べた論文が Annals of Neurology誌に掲載されました (2015年6月5日 published online)。
なんと、このマウスは体重減少はあったものの、ALSのような運動ニューロンの障害は見られず、生存期間も変わらなかったそうです。
この結果をみると、 C9orf72遺伝子異常は、loss of functionというより gain of function、もしくは RAN translationが原因となっているのではないかという印象を持ちます。